ceremony after



By あおり様



「いや〜、めでたいめでたい!」
「ほんまに、ええ結婚式やったねぇ。」

今日の宿泊先へと消えていった新郎新婦を盛大な拍手で見送り、門出(?)を祝福した友人たち4人は自分たちもいい加減酔っ払っていることを自覚したのかしないのか、街角にかたまって夜風に頬を冷ましながら今日の主役2人の幸せそうな様子を語り合っていた。

「昔っから夫婦そのものだったから今更って感じもするんだけどね〜〜」
「ごっつぅキレイやったぁ、蘭ちゃん。満たされてる、て感じやなぁ」

和葉と園子が楽しそうに喋り合ってる横で平次と快斗は周囲に自分たち以外に人がいないことを確認してから各々煙草をくわえた。
紫煙を夜空にふう、と吐き出す。

「ちょっと飲みすぎたな」
「ええやんか。祝い事やで」

ごく親しい友人の彼らは、新一と蘭が今日を迎えるまでに様々な苦労、それこそ些細なことから大きいのは命に関わりかねないものまで…があったことを知っている。
それだけに今日、これからの人生を生涯支えあって生きていくことを神前に誓った彼らの、幸福で平穏な生活を祈らずにはいられなかった。

「この後どないする?もう一軒行くか??」
「…オイオイ、まだ飲めんのかよ?!帰ろうぜ」
「まだ12時前やで…はじまり、早かったからなぁ…」

まだ名残惜しいらしく1人ぐずっていた平次だったがふと何か思いついたようにニヤッと笑った。

「よっしゃ和葉、ケータイよこせ。」
「なんやの?自分かて持ってるやろ??」
「ガタガタ言わんと、貸さんかい。」

そう言って無理矢理奪った携帯電話をピコピコと操作する。

「工藤に、電話したろ〜v」
「ちょ…ちょっと、アタシの電話で何してんの!」

快斗は笑う。

「平ちゃん、趣味悪ぅ〜」
「アラいいじゃない、どーせこの先蘭は一生新一くんが独り占めするんだから、今日ぐらいお邪魔したって構いやしないわよ!」

園子もだいぶ酔っ払っているのか悪乗りする。

「なんでアタシの…」
「表示に俺の名前出たらアイツ絶対出えへんからな…お、なかなか取らへんな。タイミング悪かったか?」
「アハハ!」

楽しそうな2人に和葉は呆れ、快斗は苦笑する。2人とも悪意のない子供のイタズラのような気でいるだけに止めようが無い。

「お、くど〜v俺や、俺!へーじくんやで!」

どうやら新一が出たらしく平次が楽しそうにご挨拶。
電話の向こうの不機嫌顔が容易に想像できて和葉はハラハラした。

「どや?そろそろ第1ラウンド、終了か?」

(このアホ…)
デリカシーの欠片も無い質問に真っ赤になった和葉は慌てて

「アホ、やめえ!!」

と制止するが平次は陽気で取り合おうとしない。
酔うとさらに手におえなくなるこの男の無駄に豪快な性格はほんとうにどうにかならないものか、と惚れた弱みをさっぴいても嘆息せずにいられなかった。

「蘭ちゃん、どないしとる?…アハハ、そりゃ〜そやろな、幸せそうで結構や!」

もう知らん、とそっぽを向いた和葉と煙草をくわえたまま笑う快斗が目を合わせる。

「黒羽くん、止めてくれなアカンやん…」
「ま、い〜んじゃないの。新一だって平ちゃんに悪気が無いのはわかってるさ」
「もぉ知らんわ…」

ため息をつく常識人の和葉を尻目に会話を続ける平次に園子が、

「代わって代わって!」

とはしゃぐ。電話を受け取ると、

「もしもし、新一くん?園子様よ!」

(新一も、大変だな…)

妻の親友が良くも悪くもパワフルで、いろんな意味で飽きねーだろうな、と快斗は思う。

「蘭にエッチなことしてないでしょ〜ね!!アハハ。」

横で爆笑した平次だったが、園子は何か言ったであろう新一にむきになって言い返した。

「何よ〜!蘭のことを大切に思ってんのはね、何も新一くんだけじゃないんだからね!」

だいぶ酒がまわっているらしい園子の勢いに新一が困る様子が目に見えるようだった。
しかし、

「わかってると思うけどこれだけは言っておくわよ!」

急に今までの陽気な声が一変して、真剣になる。

「蘭のこと。大切にしてあげて。もう二度と泣かさないで。誰よりも…幸福にしてあげてよ…」

見ている3人もしん、と静まりかえる。

「約束だからね。絶対…だからね…」

園子の声はいつしか涙混じりだった。
常に一番近くで喜び、悲しみを共にしてきた親友の幸せを願う気持ちの深さを目の当たりにして3人ともかける言葉も無かった。
園子は黙って俯いていたが、

「ら、蘭には秘密だからね、私がこんな事言ったって!」

そう慌てたように口早に言うと電話を切った。
ふと、3人が心配そうに見ているのに気づき、慌てて涙を拭う。

「や、やーね!見てないでなんとか言いなさいよ、アンタ達!アハハ…」

和葉の手に電話を返し、気を取りなおすように笑う。
それを見た快斗が携帯灰皿に煙草をキュッと押し付けて始末すると一同に言った。

「さ〜て、そろそろお開きにするか。平ちゃんたちは泊まりだろ?園子ちゃん送って俺も帰るわ」
「アラ、私1人でも平気だけど?」

さらっと言う園子に顔をしかめて見せ、

「ダメ。こんな夜中に園子ちゃん1人で帰して何かあって、京極さんのマジ蹴りくらったら流石の俺も最期だから」

そう言ってタイミングよく現れたタクシーを止める。

「じゃあね、服部くん、和葉ちゃん」

そう手を振って乗りこむ園子を待って、快斗も同乗する。和葉が駆け寄って言う。

「ほな、またね。…園子ちゃん。蘭ちゃんお嫁さんになってしもたけど…園子ちゃんの友達や言うことに変わりあらへんよ。これからも、仲良うしてや。…もちろん、アタシも!」

彼女らしい優しい言葉に涙目でうんうんと頷いた。
走り出したタクシーの中で堪えきれずに嗚咽する園子に、快斗がハンカチを差し出す。

「…ありがと」

受け取ろうとする園子の目の前で手をくるりと返すと、ハンカチの間に一本の真っ白なユーチャリスの花がはさみ込まれていた。
今日の結婚式で、蘭の髪を美しく飾っていた花。

「...」

なんにも言えず、園子は渡されたそのハンカチを目に押し当てた。
嬉しいはずなのに、いや、嬉しいからこそ涙を止めることが出来ない。

(蘭…良かったね。幸福になって…良かったね…)


園子の自宅の門の前に着き、降りて財布を取り出そうとする園子を制する。

「でも…」
「俺もいっちょ前の男だからさ。タクシー代までレディーに払わせる教育は受けてないよ?」

それでも、と言いかけた園子のポケットで電話の着信音がなる。
彼女の顔が輝くのを見れば、誰だってそれが京極真からのコールだろうと察しがついた。

「ほら、早く出なって。家入って。」

済まなそうに手を合わせる園子ににっこり笑って見せ、タクシーに出してください、と告げる。振り返って園子がちゃんと玄関に入っていくのを確認すると、シートに見を沈めた。

「この後は…どちらまで?」

と尋ねるタクシーに、病院の名前とその住所とを告げ、目を瞑った。



  ☆☆☆



個人病院の産婦人科は夜中でも出産などで人の出入りがあるため、面会時間にそううるさくなく、
警備(?)も手薄である。
それでも非常識な時間であることに変わりは無いので隠密行動で、そろりと個室の一つに足を踏み入れた。
ベッド脇のネームプレートに〈黒羽 青子様〉とある。
そっ…と起こさぬように覗きこむ。が、青子は待っていたようにぱちりと眼をあけ、えへへと小さく笑った。

「…眠ってなかったのかよ」
「だって、一日中横になってるんだよ?ぜんぜん眠たくならないの」
「それでも、夜は寝ろよ。安静第一、だろ?」

つまらなそうにはぁい、と返事をする青子の頭をくしゃくしゃと撫でると、ポケットからデジタルカメラを取り出して液晶に今日の花嫁の姿を映し出し、サイドランプをなるべく明るくして青子に見える角度にする。
青子が目を輝かす。

「うわぁ…キレイ…」
「…見たかったろ?」

どこか済まなそうにする快斗を安心させるように微笑んで、いいの、と言う。
ほんとうなら、一緒に出席して青子も直接自分の口から2人に祝福を述べられるはず、だった。
一ヶ月ほど前、体調不良を訴える青子の様子になんだか胸騒ぎがし、調べさせれば思ったとおり、胎内に別の命を抱えていた。

「快斗は…どうしたい??」

不安に揺れる瞳で尋ねる青子を見損なうなよ、としっかり抱きしめてやり、

「俺が欲張りだって知ってんだろ?子供ごとお前を手に入れるに決まってんじゃね〜か」

翌日、2人で青子の父に頭を下げた。
殴られる覚悟は出来ていたが…話を聞いた父は拍子抜けするほど、穏やかだった。

「2人とももう成人しているんだし、青子は快斗くんといるのが一番幸せになれるだろう」

快斗の母は手放しで喜び、何の問題も無く2人はとりあえず籍を入れることができた。
しかし良いことばかりではなく、青子の悪阻はけっこう重く、おまけに先日出血と痛みで夜中に病院にかけこんで医師から『入院安静』を命じられていたのだった。
安定期には退院して良いとの事だったが流石に結婚式の出席はあきらめざるをえなかった。
快斗もできるだけ付き添いたいので欠席しようとしたがそれには当の青子が猛烈に抗議した。

「快斗まで欠席したら、誰が結婚式の様子を青子に伝えてくれるのよ!快斗みたいな人は式を盛り上げるのが役目なんだからね!しっかりやってきてよ!あ、鳩も連れてって!写真もいっぱい撮ってきてよ!!」

といわれ、その通りにしたのだった。デジカメの映像に喜んで見入る青子に、

「目が疲れるから、もう終わり。明日ちゃんと写真にしてきてやるからな」

とカメラを取り上げると、枕辺に昨日までは無かったものを見つける。
真っ白な花とグリーンのみで爽やかにまとめられた、どこかで見たようなブーケ。

「これ…」

見間違えるはずが無い。
それは今日、蘭がその手に携えて式に臨み、セレモニーで投げられたものにそっくりだった。
目を丸くする快斗に、青子がしんから嬉しそうに微笑み、添えられたカードを指し示した。

『 みんな一緒に、いつまでも幸福でいようね  工藤新一・蘭 』

「今朝、届いたの」
「わざわざ同じもの…作ってくれたんだな」

蘭の直筆らしいその文字の列がなんだかにじんで見えて、泣かせる演出してんじゃねーよ、と天井を仰いだ。
しばらくして、ぽつりという。

「…産まれた子が、歩けるようになったらさ」
「なあに?」
「結婚式、しような」

青子は照れたように笑った。

「いいのに。充分、幸せだよ?」
「女の子だったら、青子と同じドレス着せていっぺんに俺がもらうの」

真面目くさって言う快斗にくすくす笑いながら、

「男の子だったら?」

と尋ねる。快斗は不敵に笑ってみせると言った。

「決まってんだろ。キッドの格好させて、2人で青子のこと攫うんだよ」

青子はそんな快斗と、枕もとのブーケを見比べ、自分のお腹にそっと手を当てると

(幸せだね)

と、小さな命に呼びかけた。



  ☆☆☆



去って行くタクシーを見送り、大きく手を振っていた和葉は、やがて車影が見えなくなるとそのまま夜空に向かってふうーと大きく息を吐いた。

「ほんまに、ええ一日やったなぁ…蘭ちゃん、幸せそうやったぁ…」

しみじみという和葉を黙って見つめていた平次だったがやがてぽつりと言った。

「オマエも早よ、蘭ちゃんみたくなりたいか?」
「え…?!」

ビックリして振り返る。
見上げた平次の表情はさっきまで悪ふざけしていたのとは別人のように真剣な面持ち、だった。

「…わからへん。今日の蘭ちゃん見てたら、羨ましいと思うけど…あの2人とアタシは違うし…何がなんでも急いで…とは思わへんわ…」

慎重に、言葉を選びながら言う。
言いながら心臓がどくん、と鳴る。
考えてみたら…自分と平次はいわゆる恋人同士の付き合いをしているけれど、正式に結婚の話になったことはまだない。
平次も、自分も、まだ仕事の上ではかけだしで、毎日毎日学ぶことばかりだ。
特に新人刑事となった平次は激務を極め、そんな平次を見ていて…絶対に口には出さなかったけれど…正直、結婚のことなど見えていないだろうな…と和葉は考えていたし、そんなことを口に出す気も無かった。

重荷になりたくない。
側にいられれば…それで良かった。
そんな和葉の胸中を知ってか知らずか、平次からもそんな話は一度として出たことは無かったけれど、今日、同い歳の親しい友人の幸福そうな姿を見るとなにか思うところがあるようだ。

「…和葉。」
「な、何?」

いつのまにか正面に向かい合っている平次の顔を、直視できない。息が、止まりそう。

「…オマエは、待てるか?」
「…え?」
「蘭ちゃんみたく、待ってられるんか?」
「……わからへん。」

正直に答える。きっと待てる。待てると思いたい。しかし…自信が無い。
自信なんて、無いのだ。
和葉の答えに、平次は小さく頷く。

「それが普通や。…俺はな、正直言うて今、仕事のことで手一杯や。ほかの連中に負けとるなんて思うてへんけど…半人前に変わりあらへん。それにまだ、人間も、ようできとらん。全てにおいて中途半端や。…だからこんな状態では何にも出来へん。遠山の親父さんにも認めてもらえへん。いや、むこうがどう思おうとな、大事な娘さんもらいに行くのに甘やかして欲しゅうないんや。」

和葉は目を見開く。さらりと今、すごく重大なことを言われた気がする。

「…せやからもう少し頑張らせてくれへんか。完璧とはいわんでも、せめてもう少し、格好のつくくらいまで。どれくらい時間かかるんかわからんけど、でも…」

まっすぐに見つめる平次。
射抜かれたように動けない、和葉。

「待っててほしいんや」
「……平…次ィ……」

和葉の視界が歪む。
ズルイ。こんな、涙もろくなっている日に、こんな不意打ちなんて…目にいっぱい涙を貯めている和葉に、平次はしばらく沈黙した後…表情を崩し、

「工藤のマネ。どや、かっこええか?」

と笑って、照れを隠すように背を向けたままさらにぶっきらぼうに言う。

「ア〜ホ。他人の口説き文句の受け売りで、泣く奴があるかい!」

ぽいと渡されたハンカチで顔を覆う。

「何やのよ、もぉ…せっかく感動しかけたんに…フフ…アハハ。」

和葉は涙を止められないまま笑っていた。
嬉しかった。最後は笑いで誤魔化されたけどそんな誤魔化しかたしないとやってられないほどにさっきの言葉は平次の本心だって、わかったから。

(…平次、ありがと。あんな事言うてたけどあれは平次の言葉や。工藤くんと同じ台詞は使うたけれど、あれは…アタシだけにくれた、平次自身の言葉やもんね。)

もっと涙が出るかと思ったけれど、嬉しい気持ちがいっぱいで、和葉は笑いつづけた。

「泣いたり笑ったり、忙しい奴やな。行くで」
「待ってえな♪」

よほど恥ずかしいのか、振り返ってもくれずに歩き出す平次の背を和葉は軽い足取りで追いかけた。


新一と蘭が幸福な暮らしの第一歩を踏み出した日、それを祝福した友人たちもまた、それぞれの小さな幸せを胸に抱いて眠りについたのだった。



end






作者様後書き


以前書かせていただいた新一・蘭結婚式話の続き、になりました。
あの日他の友人カプたちがその後、どうなったのか…
青子ちゃん欠席の謎もこうして解かれたわけです。
親しい人の結婚式のあとってなんとなく、こう言う雰囲気ですよね。

読んでいただき、ありがとうございました。


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