ceremony



By あおり様



扉のむこうでは、もうみんなが待機して、主役の出番を待つばかりらしい。
隙間から漏れている光が、朝にはうす曇りだった天気が晴れ渡ったことを示している。

「疲れてねーか??」

新一はついさっき神の前で誓いを立ててきたばかりの、なりたての妻を気遣った。

「大丈夫よ、ありがとう。」

蘭はそう答えて夫にたおやかに微笑んでみせる。

さまざまな障害物や長い道程を経て、ようやく二人は天下晴れて夫婦となる儀式を終えた。
列席者が見守る中を小五郎の腕につかまってゆっくり歩んでくる蘭は、後光が射してみえるほど綺麗で。
園子と和葉は見送りながらもう、涙目だった。

蘭をもらいに行くときあれだけ文句をたれた小五郎が、自分の目の前まで来てもなかなか手を離そうとしない蘭をそっとこちらに押しやってくれたときにはさすがの新一もグッと来てしまった。

指輪の載ったリングピローは歩美がそのちっちゃな手で縫い上げてくれたもの。
まんまるな瞳を潤ませながらも笑顔で、「お幸せにね。」と手渡してくれたとき、蘭はこの日最初の涙をこぼした。

ベールをあげた蘭のくちびるの色は鮮やかで。何度もキスした場所なのに、えらく緊張してしまった。
口付けた後、蘭の肩越しに英理から渡されたハンカチを押しのける小五郎がちらりと見えた。


柄に無く緊張したせいか、少し疲れた新一だったが、厳粛な式を終えたことで少しはほっとしていた。
あとは一足先に出た皆が待つ表に出て、待ち焦がれてる女の子達に蘭がブーケを投げてやるという定番のセレモニーを残すのみ。
蘭のほうをチラと見ると、もうすぐ幸運な誰かの手に渡る白い花のブーケを、いとおしそうに撫でていた。

「開きま〜す!」

外から係りの女性の声がかかり、歓声と共に重い木製の扉がゆっくりと開かれた。


まぶしそうに目を細めて太陽の下に歩み出た二人は、目が慣れると顔を見合わせて微笑み合い、ざわめきの中をゆっくり歩き出す。
階段を降り、正面の少し高い壇上まで進む。
両脇に立ち並んだ列席者たちが口々に「おめでとう!」と言いながら花びらを撒いてくれる。
どこからか飛んできた白鳩は、快斗の仕込みだろう。
二人が立ち位置につくと、係りの女性はギャラリーにつげる。

「未婚の女性の皆さん、どうぞ前のほうへお集まりください。ただいまより、花嫁が本日の幸福をブーケに託して、幸運などなたかにお裾分けいたします。」

もはや日本でも完全に定番化したこのセレモニーはいまさら説明することもないほどで、若い女性たちは小鳥がさえずるようにさざめきながら二人のいる壇の下へと集まった。
園子に和葉、佐藤刑事も今日は刑事の顔をせずに加わっている。
教会内には入れなかったがここで待っててくれた高校のクラスメートたちもいる。

「それでは花嫁さま、後ろを向いて、ブーケを投げてください。」

係に促され、蘭はみんなに背を向けて背後に向かってその手に持ったブーケを高く放った。
女性たちの歓声があがる中、空中できれいな軌跡を描いたそれは、まるで磁石に引かれるように…
すとん、と彼女の手の中に収まった。

「きゃ〜!」
「ええ〜?!」

蘭はその行方を早く知りたくて振り返る。
苦笑している新一と目が合う。
足元を見ると同じく笑っている女性陣の中で、ブーケを抱えて満面の笑みを浮かべる、歩美。
園子が笑いながら歩美の頭をぐるぐる撫でる。

「あらあら〜、お姉さんたちを差し置いて先に行くつもり??」
「そやそや、歩美ちゃんの後となるとアタシら何年、待たされなアカンのよぉ。」

和葉も笑顔で、それでも半分は本音の文句を言ってみせる。
からかわれながらも本当に嬉しそうな歩美を見て、

「良かったんじゃないか?」
「そうね。」

二人ともにっこり笑った。



さて、これで終わりか。
安堵の表情を見せた二人に、係がこころなしかさっきよりも数倍楽しげな顔つきで二人をその場にとどめ、聴衆に向かって言う。

「続きまして。」

なんだ??予定外の言葉に新一と蘭はきょとんとする。

「結婚を夢見る独身男性の皆様、どうぞ前のほうへお集まりください。それを受け取った人が次の花婿になれると伝えられる、『花嫁のお守り』が投げられま〜す!」

…なんだそりゃ。

「新一、何それ?」
「知るか。」

ささやき合う二人に係から衝撃の事実が伝えられる。

「それは花嫁の”ガーターベルト”ですvv」
「「ええ〜っ!!」」


「お!!良いねえ〜!」

こういうことには抜群の乗りの良さを発揮する快斗と平次がさっさとその場をしきり、聴衆の中から独身男性を手当たり次第に前に出し、自分たちも良い場所に並ぶ。
すみっこのほうで元太が「がーたーべるとって何だ?」と尋ね、きかれた光彦は首をかしげている。

「ぼ、僕はイイですよぉ」

と赤くなる高木刑事も目暮に背中を押され、前に出される。
さりげなく白鳥刑事も輪に加わっていた。
一方で、焦りまくっているのは壇上の二人。

「蘭、オメー、そんなもの着けてんのか?」
「う、うん…着替えるときに、係の人が…おまもりっていうか、縁起物みたいなものだから…って…」
「このこと、知らなかったのか?」
「知るわけ無いじゃない、こんなの…」

もじもじと呟く。ガーターベルトと言ったら、わかりやすい例をあげるとベティちゃんが脚にはめているアレである。
要するに下着の一種。
蘭の肌に触れた下着を何故にこの連中にくれてやらねばならんのだ、と集められた男性陣を見下ろして新一は少々憮然とするが、ここでごねても仕方ないので、軽く咳払いすると

「しょうがねーな。ほら、向こう向いて、外せよ。」

と蘭に言った。

「うん…」

恥ずかしそうに頷いて後ろを向こうとする蘭だったが、係の女性は待ってましたと言わんばかりの楽しげな声で言った。

「花嫁のお守りは、花婿さまが外して投げてあげるのがしきたりですよ。」

二人は数秒、固まる。

「な…何だって?」
「そんなぁ…」

この公衆の面前で、ドレスの中に手を突っ込めと言うのか。
恥ずかしさに真っ赤になる二人を余所に、ギャラリーはどっと沸く。
視界のはしにちっちゃくVサインを出す有希子と苦笑する優作を見て、日本ではなじみの無いこの恥ずかしい風習を仕組んだ首謀者が誰なのかが、新一にはわかりすぎるほどわかってしまった。

(あいつら…人生の晴れの日にまで、俺で遊びやがって…!!)

「お〜い、新一〜!早くしろよ〜!」

快斗が笑顔で手を振って見せる。
こりゃ良いネタになりそうだ、という思いが表情にあふれていて、新一は軽く舌打ちする。
自分が照れればそれだけ周りを無駄に喜ばせるだけだと悟り、覚悟を決める。

「蘭、どっちの脚だ?」
「…ちょ…っと新一…」

ほんとにやるの??という目で見る蘭に、

「やらなきゃいつまでも、晒しモンだろーが。」

とささやき、できるだけ平静を装って(頬は真っ赤でそうはみえなかったが)身体をかがめ、ドレスの裾から手を入れる。
またギャラリーがどっと、沸く。
園子と和葉が手を取り合って

「「きゃあ〜!!」」

と言うのを見て蘭がますます赤くなる。
新一はつとめて平静を保ちながら(傍目には全く保たれていないのだが)目当ての物を探して蘭の細い脚をさぐる。

「…無いぞ。」
「…ゴメン…もっと、上のほう…////」
(事情を知ってりゃ、もっと取りやすい位置につけさせておいたのに。恨むぜ、母さん。)

その母親は満面の笑みで、

「新ちゃん、がんばって〜vv」

と手を振っている。
ドレスの裾がまくれないように細心の注意を払いながら、慎重に手を上に進める。が、蘭が恥ずかしがって逃げ腰になればなるほど距離が開き、なかなかたどり着けない。
おまけにかなり上のほうに着いているらしく、新一がこのままの体勢ではどうしたってドレスの裾はだいぶあがってしまう。
蘭の脚を男性たちの面前に晒すのが悔しい新一は半ば自棄になり、片膝をついて姿勢を低くすると、腕を伸ばして蘭の腰をがっと引き寄せた。

「や、やだ、新一…!」
「るせー!早く終わらせたきゃ、じっとしてろ!」

手を思いきって深く突っ込むと自然と身体が密着し、新一の頬は蘭の胸の下あたりに押し付けられる。
鼓動が速い。
それはこっちだって同じなわけで、焦って新一は手をもそもそ動かす。

「や…」

(そ…そんな声出すなっ!!俺が何か、してるみたいじゃね〜か!)

焦れば焦るほど、目標物は見つからない。覗けば速いのだろうがそれは自身のプライドが許さない。
頬を真っ赤に染めた仏頂面という何とも珍しい顔で蘭にしがみついて、そのドレスの中に手を突っ込むというカッコ悪いことこの上ない構図に、周囲は笑いを隠せない。
平次が愉快そうに声を張り上げる。

「コラァ!工藤!脱がし馴れとんのやろ、ちゃっちゃとせぇ!」

周囲が爆笑。

(服部…いつかもっと恥ずかしい目に合わせてやる。)

一刻も早くこの不本意極まりないショータイムを終わらせるべく、新一はむきになって手をせわしく移動させる。
と、その指にようやく、蘭の腿の上のほうにぴったりとはまった輪状のレースが触れた。

(発見、っと…)

急いで指を引っ掛けて引き降ろす。
が、蘭が膝をきっちり閉じていてそこで引っかかってしまう。

「も少し、脚開け。」

言ってしまってから我ながらイヤラシイ物言いになってしまったと自己嫌悪。
頭から湯気がでそうなほど赤くなった蘭が、それでも大人しく膝をわずかに開ける。
その機をを逃さずにささっと足首から抜き取る。
手のひらに収まった、白いレースに青のリボンの飾りがついた可愛らしいんだかセクシーなんだか良くわからないそれをつい、まじまじと見つめていると、

「お〜い新一〜、名残惜しいのはわかるけど早く投げてくれ〜」

と快斗の野次が炸裂。またも周囲は爆笑。
新一はもはや言い返す気力もなく、

(この”お守り”とやらが受け取った野郎に一生、妻の尻に敷かれる運命をもたらしますように。)

と呪いをかけると、

「…ほらよ!」

と力いっぱい、放った。
ほとんど重さのないそれはふわりと風に舞い、思いのほか遠くへひらひら…と。
高木刑事の頭にパサリと落ちた。

「あっ…!わっ…」

大慌てで手に取ったそれを熱い物でも触るかのように手の中ではずませる。
真っ赤になって狼狽する彼の姿に、周囲は爆笑の渦。
みれば佐藤刑事も手を叩いて笑い転げている…。

(わりぃ、高木刑事。どうやら呪いはほんとに効いちまいそうだ。)

立ちあがって膝を払った新一はようやくほっと息をついた。
隣を見るとまだ赤みの残る頬を押さえてあからさまな安堵の表情の、蘭。
その様子がたいそう可愛らしく、ギャラリーの注目が今だけは高木刑事に向いているのをいいことに、耳元にチュッと音を立ててキスした。
再び頬に血を昇らせてにらみつける蘭に、

「これくらい良いだろ?」

と、しれっとして新一は笑った。
高木刑事が周囲に小突かれる中、ようやくセレモニーは終わった。


しかし、これで終わったわけではなく。
例の…頬を赤くした新一が、蘭の胸にべったり顔を押し付けて手をドレスの中に突っ込んでいる場面に

『平成のホームズ、花嫁のドレスの中も鋭意捜査中!』

とコメントのつけられた写真が、上は警視総監、下は交通課の婦警たち、鑑識から科捜研にいたるまでのすべての警視庁職員を大いに笑わせ、なぜか大阪府警本部長とその周辺の頬をも
ゆるませることになり、そんな写真が流出していることを知らない新一はこの後しばらく、現場でたいそう居心地の悪い思いをすることになるのだった。



end



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