デジャヴ



By あおり様



「く だ ら ね ー!」

そう言う反応は予想していたけれど、
あまりにきっぱりさっぱりと一蹴されて
話を振った級友たちは肩をすくめる。

「そりゃ、まさかほんとに出るとは俺たちだって思ってないけどさ」
「そこまではっきり否定されるとなぁ?」

放課後、サッカー部部室。
練習も終えた夕暮れ、掃除その他は
お決まりに1年生の仕事だった。
疲れた身体で雑用は正直しんどいのだけれど、
ボールの泥汚れを拭き落としながら
先輩達に気兼ねすることなく話せるこの時間は
実は楽しい。男だって、お喋りは嫌いではないんである。

好きなサッカー選手の話とか、親への軽い愚痴とか
男の子らしい、ちょっときわどい話題とか。

何から繋がったのかはわからないが
今日はふと、最近教室の女子たちのなかで
大ブームになっているらしい「おまじない」の話になった。

『夢で、自分の【運命の人】に逢える』

というもの。

一般的にそういうことにドライなこの年頃の男の子たちのこと、
何を馬鹿なことを…と笑っていたのだけれど
このところあまりにもブームが広がっていて。
実際に、夢で見た!などと興奮気味に語る女子たちの姿を
教室で目の当たりにするにつけ、
だんだんと、

(…ほんとかよ?)

という気持ちに傾いて来つつもあったりする。
ましてや自分がひそかにいいな、と思っている子が

「私もやってみようかなぁ??」

なんて話しているのを聞いてしまったりすると
…むやみに、胸がざわめくのを押さえ切れなかったりするんである。

そんなわけで結構気になっているこの話題、
試しにふってみたら、この冷たい反応。
工藤新一らしい、といえば、らしいけれど…

きれいに拭いたボールを器用に指でくるりと回しながら、
新一はイタズラ小僧のように笑って級友達に言った。

「どーせ、気になってるんだろ?…と、…の夢の結果」

告げられた名前は、まさに彼らがこっそりと、
想いを寄せる女子の名前であって。
ど、どうしてバレたんだ…?!
推理力がなにより自慢の自称『探偵』な
聡明すぎる級友に図星をさされて
二人はかなり挙動不審に口ごもった。
そんな様子を、してやったりと言わんばかりに
にっと笑って見ている新一に、
顔を見合わせた彼らだったが…程なく、小さな反撃を思いつく。
なーに、こっちだって新一との付き合いは昨日今日始まったわけじゃない。
この小憎らしい推理小僧の弱点だって、
こちらはちゃんとつかんでいるんだから。

「そりゃあ…工藤は、なぁ?」
「あー、もうとっくにわかってるヤツにはくだらねーだろうな」

「…あ?何がだよ?」

不審そうな顔で問い返す新一に攻撃。

「工藤の夢に出てくるのは、毛利しかいねーもんな!」
「そうそう。もう二人は結ばれる運命〜♪だもんな!」

「ばっ…なに、言ってんだ!!なんで蘭がそこに出て来んだよ!」

いきなりその場の誰よりも赤くなって言い返す新一の
あまりに解りやすすぎる反応に、ここぞとばかりに追撃。

「実はもうとっくに夢にご出演済みか?」
「夢ん中ではドコまでやっちゃってるのかな、工藤くん!」
「バーロー、蹴られてーのか!」
「そんな真っ赤な顔で怒鳴られたって怖くねーよーだ!」

そのあとはもう、文字通り子供の喧嘩的な応酬。
お互いに、好きな女のことを出されると弱い上に
2対1では流石の新一も分が悪い。

散々言い合ってふと気がつくと
もうとっぷりと日は暮れていた。
馬鹿なことに時間を使ってしまった…
と我に帰る男3人。

「とにかくさ、迷信かどうか…確かめてみっか。今夜。」
「くだらねーって言ってんだろうが…」
「ハナっからそう思ってんなら、やったっていいだろ、減るもんじゃなし」

級友二人に丸め込まれる形で、なんとなくやることになってしまった。
方法は中の一人が見聞きして知っていたのを
ひそひそと、耳打ちされ…



  ☆☆☆



(できるか、バーカ)

帰り道、新一は花屋の前を通りすぎながら心の中で呟いた。
『トランプのハートとスペードのAのカードの間に
赤い薔薇の花びらを挟んで貼り合わせた物を、枕の下に入れて眠る』
それがまじないの方法だった。

中学1年生男子で、そんな面倒くさいまじないを
真顔で実行できる者がいたらお目にかかりたいもんである。
大体がわざわざ花屋で赤い薔薇を買うこと自体が
この年齢にとっては高難易度なミッションなのだから…

いかにもほっとしたように、家路を辿って玄関を開けた新一を出迎えたのは…

「あら、お帰りなさい。遅かったわね?」

母親が活けている、両手に余る程の量の真紅の薔薇たちだった。

「……すげー量」
「きれいでしょ〜♪」

「…腹減った」
「もう!きれいなお花を見てもそんなことしか言えないのー?」

これだから男の子なんてつまんないわー、などとぶちぶち言いながら
有希子は花瓶の花をちょいと整えて、台所へと立っていった。

夕食を終え、風呂も済ませて父の書斎から今夜読む本を選んで…
階段を上がるとき、玄関ホールに置かれた花瓶の薔薇の紅が
あまりにも鮮やかで、いやでも目に入ってしまう。
わざわざくだらないことのために手間をかけて…
と思っていたら、

試せる環境がここにある。

「……」

なんとなく、側に近づく。
目にしみるような、濃い紅。

そろりと、手を伸ばす。
触れた瞬間、ざわっと血が沸くような気がした。

ぷつ、とごく微かな手ごたえと共に
花びらが一枚、新一の指先に摘み上げられる。
慌てて階段を駆け上がり、
自室に入ってばたんと戸を閉め、
息さえも止めていたことにようやく気づく。

(…別に…信じてるわけじゃねーぞ)
(ただ、探偵としての好奇心がだな…)

自分に言い聞かせる言い訳を呟きながら、
手の中の紅の花びらをじっと見つめ…

あくまでも自分は本気じゃない、
と言うことを示すべくトランプは省略することにして

乱暴に、枕の下に押し込んだ。

(…べつに…信じてるわけじゃ…)

もごもごと呟きながら、ベッドにもぐりこむ。
たった一枚の花びらのことがやけに気になって
新一は何度も寝返りを打った。



  ☆☆☆



『……。……』
(…あ…ん??)

うっすらと、目を開ける。
視界はぼうっとしていて、
視野が狭く感じる。

何だ。誰かいるのか?

覗き込んでいる者がいるようだ。
霧の向こうから言ってるような、
遠い声がする。

(オレを呼んでるのか…?)

優しく、甘い響きの女性の声だ。

『…。…、大丈夫?』

柔らかな手が、肩に置かれる。
そちらに目を向ける。
かがみこむようにこちらを見ている。
見降ろされてる…
ずいぶん大きい女だ。否、自分が小さいようだ。

急に霧が晴れるように視界が明るくなる。
ものがはっきり見えるようになり、
目の前には
白い肌。
男の自分にはない柔らかなライン。
徐々に盛り上がりを形成する丸み。

…女性の胸の谷間辺りだと気づくのに数秒かかった。

(うわ!)

我に帰って見上げると、
相手もこちらを覗き込んだ。

『…くん、大丈夫??』

誰だって?!

慌てて見上げたその顔は…


「…うわ!」

目が覚めた。
心臓が、ちょっとおおげさなくらい強く拍動している。
なんだ?なんて夢だ?!
あれは…

ふと見た手にぼたりと赤い血が落ちている。
枕にも。

鼻血が出ていた模様だ。

(…オレ…かっこ悪ィ…)

自己嫌悪の渦に叩き込まれながら
枕に巻かれたタオルを乱暴に外し、どうせ洗うのだからと
顔をごしごしぬぐった。

もう朝だった。
学校は休みでも練習はある。

母親が余計な勘違いをしそうでイヤだったが
仕方なくタオルを

「寝てる間に鼻血がでちまった」

と渡し、身支度してだいぶ早いが先に自主練習するつもりで家を出た。

あんな夢みるなんて…
思い返して、自嘲気味にため息をつく。

ぼんやりした情景のはずなのに
要所要所はやけにリアルだった。

胸の、丸いラインとか。
谷間の翳りとか。
ふくらみの下側のあたりにぽつんとごく小さい、ほくろがあったとか。

おまけに顔は

蘭、か?

疑問系にしては見たけど、
自分的理論で言えば
オレが、蘭を見間違えるはずが無い。

そう思うと蘭と そのしたのボディラインとが繋がって
一気に頬に血が上った。

(こらこら、何考えてんだオレ!だいたい、
蘭はまだ…あんな体してねーし…
って、そうじゃねーだろ!)

中学生の男子としてはごく健全な妄想だけれど、
自分がそんなことを考えていると思われるのがイヤなのもまたこの頃の特徴。

新一は脳内から魅惑的な映像を無理矢理追い払おうと頭を振った。

だいたい、顔は一切見えなかったというのに
無意識にそれを蘭だ、と思い込んでしまった、
と言う事実が恥ずかしさに拍車をかける。

トランプを省略するなど、いい加減にまじないを行った報いか?

(…顔を見せろよ、顔を!)


その日の練習で昨日の二人が
好奇心旺盛に

「どうだった」

と尋ねてきて、新一は

「やるわけねーだろ」

とさらりと言った。
つまらなそうな級友二人を見て
自分の見事なポーカーフェイスにひっそりと乾杯する。

それにしても…

(…あれは…誰なんだよ)

あまりに印象深く脳裏に焼きついてしまった
魅惑的な身体のラインと、
口では否定しつつも何だかんだいって
自分が唯一女性として気になる少女の
未発達なか細い身体とを思い比べて…

新一は煩悩と孤独な戦いを繰り広げた。



  ☆☆☆



「…。コナンくん。大丈夫??」

遠くで呼ぶ声。
無理矢理、目を開ける。
霧がかかったようにぼうっと白い視界。

柔らかい手が肩を揺する。

「コナンくん、聞こえる?」

目を開けると、心配そうに覗き込む蘭の顔。

「ら…ん…」

呟くと、冷たいやわらかいものが額に置かれる。タオルのようだ。
冷やされてふっと意識が正常になる。

と、目に飛び込んできたのは
白い肌。
柔らかな体のライン。

「…!!」

一気に、覚醒する。
身体を起こすと
くらりと、世界が回るような気がした。

「あ、起きちゃダメ!横になってなさい!」

やんわりと、肩を押される。
状況を飲み込むのに苦労しつつ、
新一…もとい、コナンは目の前の
あまりに刺激の強すぎる光景から必死に目を逸らす。

自分はタオルを敷いた床に寝かされていて
蘭は心配そうに介抱してくれていて

蘭も、自分も

裸だった。

ようやく…思い出す。

毛利一家で訪れた温泉。
広いがひと気の無い露天風呂。

当然のように 一緒に入ろう、コナンくんと誘う蘭。
とんでもないと断れば
大丈夫よ、 ほかのお客さん いないから
などと、見当違いもいいところななだめ方をされ。

小五郎にも 
「ガキのお守りは勘弁だからさっさと入って来い」
と体よく追い払われ…

結局、親以外とは人生初の混浴露天風呂と相成ったわけで。

正直蘭とお風呂は初めてじゃない。
ない、が、それはそれ、
二人とも幼い子供の頃の話。

考えないように、そちらを見ないようにと
決死の努力をするも、
蘭のすべすべの背中が視界に入ってしまっただけでもう
脳内を流れる血液量は普段の倍くらいになった。

その結果…がこれ。

のぼせてしまったコナンを、脱衣所に寝かせて
クールダウンさせながら

小さい子供に、湯あたりさせちゃった…

と反省しきりで、巻いたタオルがいつのまにか
緩みかけていることなど気にも留めずに、

コナンの容態を見守っていた蘭だった。

額を冷やすタオルを絞りなおし、また載せる。
そのたびにやわらかく揺れる、胸元。

(やべ…)

コナンは無意識に眉間のあたりを押さえた。
今はもう別の理由でくらくらする意識の中で
ふと、
あれ…
と思った。
この角度。
肌の色。
身体の線。

まさか、あの時の…

「どうしたの?頭痛い??」

蘭が心配そうにかがみ込み、

タオルがぱらり、と落ちる。

(う わ・・・!)

白い肌の、露わになってしまった胸のふくらみの
下あたりに、
いつか夢で見た小さなほくろがはっきりと見えた。

「……!!」

やっぱり、オメーだったのか…!

「きゃ、コナンくん鼻血!大丈夫?!」

タオルを直すのも忘れて慌てふためく蘭。

(…もー…ダメかもしんね…)

不思議な出来事と刺激の強すぎるアクシデントに、
コナンの視界は一気に暗転した。



END


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