ハンマープライス




By あおり様



『俺のことは気にすんなって。楽しんで来いよ。』

12時間ほど前に蘭を毛利夫妻との温泉旅行に送り出して、結婚以来しばらくぶりの、一人で過ごす自宅での夜だった。

蘭は話を持ってこられたときは日にちをずらしてもらうか最悪断るかしようと思っていたのだが。
小五郎、英理の休みが合うのがちょうどこの2日間のみ。
二人も『蘭がいかないなら…』と話自体が消えかけていたところに冒頭の、新一の台詞。

「おめー、結婚してからはこんな近くに住んでるのにあんまり実家に行くことねーだろ。たまには毛利家の娘に戻って親に甘えるのも親孝行じゃねーか?」

そんな夫の優しさは嬉しくて。

「うん…じゃ、お言葉に甘えて」

そう言って発ったけれど…
(お誕生日、お祝いできないな…)
相変わらず自分の誕生日に興味の無い新一は、蘭のそんな心を、読めていなかったりして…



  ☆☆☆



「く・ど・う!来たったで!」
「お〜〜〜す新一!!」
「…誰だお前ら」

午後8時を回ってすぐに玄関のインタフォンが10連打ほど押され、その時点で訪問者はわかり過ぎるほどにわかっていたが玄関先で不機嫌に応じる。

「連れへんのー。折角慰めに来たっちゅうに…」
「どーよ、結婚以来初の一人ぼっちの誕生日は!」
「…あ?誕生日??」

これだよ、と夜の訪問者、快斗と平次は肩をすくめる。

「お前ってほんっっっとに自分の誕生日忘れてるのな」
「信じられへん。俺なんて未だに自分の誕生日大好きやで?」

「うっせー…何しに来たんだよ」

めんどくさそうに答える新一に快斗はこれ、と手に持ったコンビニ袋を揚げて見せた。

「誕生パーティー♪」

絶句する新一を尻目にリビングのテーブルに持参したビールやらつまみやらその他を楽しげに並べる二人。

「……おめーら、自分の家庭はどうした」

「んー??青子が『新一くん、お誕生日に一人なんて可哀相だから快斗行ってお祝いしてあげたら?おとーさん連休休めるの明日だけだし孫に会いたがってるから青子行ってくるし!』だってさ。やー、どうだいこの青子の優しさは!」
「和葉もオカンと旅行行きよった。弘前の桜観るんやて」

結局全員置いてかれ組じゃねーか、
と思ったが口には出さず、手渡されたビールを開ける。

「はい、新一の誕生日と久しぶりに訪れた独身貴族の夜を祝って!」
「かんぱーい!!!」
「あー…うるせー…」

たった3人のパーティーとはいえ3人中2人がお祭り男だけあってやかましいことこの上ない。
快斗のマジックだの平次の一発芸だので無駄に盛り上がるのを乾いた笑いを浮かべて観つつ奇妙な宴は進行していった。
やがてだいぶ酒も回った頃に快斗が不意にすっくとたちあがる。

「レディース エンド ジェントルマン!!!」

両手を広げた怪盗ポーズに平次が大拍手。
…だいぶ酔っ払ってる。
呆れ顔で見上げる新一を気にも留めず続ける。

「えー、本日のメインイベント!工藤新一救済チャリティーオークションの開催です!」
「おー♪待ってましたー!!」
「…あ??」
「えー、本企画は本日一人ぼっちの誕生日をむなしく過ごす、寂しき日本警察の救世主を救済するべく、無聊を慰める稀少な品物を良心的な価格なるオークションにて販売するものであります!!」

平次、また大拍手。
新一はというといまいち状況が読みきれない ぽかーん顔。

「と、いうわけだから新一、せいぜい高値をつけてくれよな」
「…ちょっと待て、俺を救済すんのに俺が買うのか?!」
「当然。金をあるところから無いところへ回すのが経済の基本だろ」
「バーロー、誰がそんなもん…」
「おっと、そーゆー台詞は品物を見てから言ってくれよ?」

そう言ってにやりと快斗は、ポケットに手をいれて一枚のMDを取り出す。

「まずは最初の商品、帝丹高校の修学旅行の蘭ちゃんの班の女の子部屋の会話が録音されたMDで〜す!」
「こらこらこらーっ!!どーやって入手した!!」

細かいことは気にするな、と快斗はMDをひらひら振る。

「あー、きっとあれだぜ、『新一くんとはどこまで行ってんのよぅvv』
『わ、私は別に…普通だョ…////』なーんて会話が入っちゃってるんだぜ!」
「蘭の声真似すんな!!…っきしょー、いくらだよ!」
「お気持ちで結構ですvv」

にっこり笑って差し出された快斗の手にちっ、と舌打ちしながら財布から抜いた札を載せる。

「お〜流石工藤、金払いがええな!」

金遣いのことで平次にとやかく言われたくないものだ、と思いながらMDを受け取る。誰が録ったのか…おそらく同室だった園子だろうが…をきっちり確認してシメねーとな…(しっかり聴くつもり)などと思っていると快斗の手から再び、今度は小さな本のようなものが現れた。

「続いての商品は〜、鈴木園子様の提供による『写真で綴る蘭ちゃんの水着変遷史』であります!」
「おー、そらすごいな〜」
「何ぃーーーーっ!!!」

またもにっこり笑って手を差し出す快斗にさっきの倍の札を放る。

「お〜、スクールもあんで!」
「開くなコラァァァ!!!!」

ぱらぱらめくって喜ぶ平次の後頭部に一発お見舞いして
アルバムを取り上げる。

園子のヤロォ…

こいつらと最初っから組んでやがるな?!

この後どんなスゴイ商品がかかるのか…
石にされそうな視線に耐えつつ快斗が次に取り出したものは…

プリペイド式の携帯電話。

訝しげに見る新一に、ふっと笑った快斗が告げる。

「間もなくここに、新一がいますごーーーーく声を聴きたい人から電話が入る」
「………」

数秒の沈黙のあと、新一は…財布ごと快斗に放った。

快斗の手から新一の手に、携帯が載せられた瞬間。
待っていたかのように着信音が鳴る。

工藤家の柱時計が日付が変わることを告げる鐘を鳴らす。

「…もしもし??」
『もしもし、新一?…誕生日、おめでとう!』

「…ありがとう、蘭」

彼女が電話の向こうにいるだけでこんなに優しい顔になれるのか。
そんな新一を見ながら快斗と平次目を見合わせて頷くとそーっと、部屋を後にする。

財布はシビアに空になっていて、
『代金は来るべき日までお預かりしておきます 怪盗KID』
と署名されたカードだけが残されていた。



   ☆☆☆



やがて新一と蘭に最初の子供が誕生した時、このときの全額が入金された子供名義の通帳が届くことになるのだが、それはもう少し未来のお話。



end






あおり様の後書き


以前からやりたかったネタがようやく日の目を…
結局これは園子ちゃんも一枚噛んで新一の誕生日を祝ってあげたいというはかりごとだったのでしょう…
しかし蘭ちゃん水着写真集…流出したらさぞ高値が(おい)これ以上のものが出たとしたら…
もちろんゴールドカードの出番も想定していましたとも!

ちなみに子供名義の通帳をプレゼント…出来るのか?
と言う疑問がおありの方もいらっしゃるでしょうが
実際にも可能な場合が多いです
工藤の印鑑は三文判で容易にありますし子供の住民票でも貰って持っていけば口座開設してくれる(←蘭ちゃんあたりに頼んで)ところがほとんどだと思います

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