花言葉



By あおり様



「ね、あれ、蘭ちゃんじゃない??」

そう言って服を引っ張る青子が指す方向を見ると、確かにそこに居たのは蘭だった。
花屋の店先で腰をかがめ、なにやら思案顔できょろきょろしている。
長い黒髪に陽射しが反射してキラキラと眩しかった。

「ほんとだ、なにしてんだろうな」

快斗は食べかけのクレープを手早く口に押し込み、指についたクリームを舐めると青子と2人、しばし蘭の様子を観察した。

「…蘭ちゃん、なにか探してるお花があるのかな??」
「う〜〜ん…それよりも見ろよ、あの店員ののぼせ面を。見惚れてないで仕事しろっつーの」
「蘭ちゃん、今日もきれいだよねぇ〜…」
「…あんな美人に店先うろちょろされたら花が負けて商売あがったりだろ…よし、助けてやるか」
「うんっvv」

そして2人は席を立ち、通りの向かいの花屋へと向かう。

「蘭ちゃ〜〜ん!!」

トーンの高い甘い声に呼ばれて顔を上げると、大きく手を振りながらぱたぱたと駆け寄ってくる青子の姿。
と、石畳の段差に躓いてぐらりと倒れかかるのを、すぐ後方についてきていた快斗の腕が軽がると支える。
あ、良いなぁ、この2人。
と思い、蘭は微笑んだ。

「青子ちゃんに、快斗くん。こんにちは」
「偶然だね!!逢えて嬉しいよぉ〜v」

頬を紅潮させて蘭の腕に自分の腕をからめて懐く青子はまるっきり、自慢の姉に纏わりつく妹のようで微笑ましい。
いままでぼうっと見惚れていた美女に、突如そっくりな妹が出現したかのような光景に花屋の若い店員はますます目を見張る。
快斗はそんな彼の視線を横目でさりげなく且つするどく牽制し、隠すように間に入った。

「こんな所に来るなんて珍しいじゃん。何か花関係で探し物??」
「ぁ…うん。」
「良かったら…俺達に手伝わせてくんねぇ?少なくとも蘭ちゃんよりはこの辺、詳しいぜ?」

青子もうんうんと首を振る。
ありがとう、と笑顔を見せた蘭は店員にも礼を言って店を出た。


通りに立って、2人に切り出す。

「あのね、錨草っていう花を探してるんだ」
「「…イカリ…ソウ???」」

青子はきょとんとする。初めて聞く名前だ。
一方快斗は知っているようでふんふんと頷いている。
蘭はバッグから手書きのメモを取り出し開いた。

「ええと…別名は三枝九葉草とも言って、錨草っていう名前は花の形が船のイカリに似てるからついたものらしいの。春の花で、山に咲くんだけど庭に植えたり、鉢で栽培もできるみたい」

青子は首をひねる。

「そのお花を買いたいの??…青子は見たこと無いなあ…快斗知ってる??」
「う〜ん、名前はきいた事あるけど…蘭ちゃん、その花がどうかしたの??」

快斗に尋ねられると蘭の頬がほんのわずかに赤くなった。

「ん…あのね、誕生花なんだって…」
「???」
「5月4日…新一の…ゆうべ、ラジオで5月の誕生花の話をしてて…『5月4日の誕生花は苺の花、ヘリオトロープ、イカリソウです』って言ってたの。他の二つは知ってるけど、錨草って初めてきくから…どんな花かな…と思って…」

「それで、その花を誕生日にプレゼントしようと??」
「きゃ〜、素敵〜!!」

盛り上がる2人に蘭は慌てたように手を振ってみせる。

「あ、ほら、でも新一花とか興味無いし!一寸見てみたいだけだよ!?で、もし…可愛い花だったら…新一の家の庭、スペースあるし…植えさせてもらおうかなっ、て。勝手に思ってただけ!」

恥ずかしそうにもじもじ言う蘭を見て、快斗と青子は顔を見合わせてくすりと笑った。
ほんとに、この友人はいつまでこんなに可愛いのだろう。
あの『工藤新一』が彼女が絡むと形無しになるのも頷ける。
ここは是が非にも一肌脱がせてもらわねばなるまい!と誓った二人は早速ひそひそと相談する。
やがてまとまったのか、ちょっと所在無さげに待っていた蘭にこう提案した。

「俺んちの近くに、小さいけど品揃えのいい花屋があるんだ。かなり珍しいものもおいてあるし、なきゃ大抵のもんは取り寄せてくれるよ。行ってみる??」
「うん、青子も小さい頃から知ってるお店だよ!店長さんがすっごく花のことに詳しくてね、きっと錨草のことも教えてくれるはずだよ!」
「わぁ、ほんと??…でも、いいの?デートの邪魔しちゃったんじゃない?」
「「いいからいいから!」」

ぴったり声をそろえる2人に笑いながら、蘭はじゃあ、お言葉に甘えて、と二人にぺこりと頭を下げる。

「じゃあさっそくしゅっぱあ〜〜つ!」

元気いっぱいに蘭の腕を取って歩き出す青子に、快斗は…手をつなぐ相手を間違ってませんか??と苦笑いしながらその後を追った。

二人の案内で辿りついたその花屋は、広いとは見えない店内にひしめき合うようにたくさんの種類の切り花や鉢、種や苗も豊富に並べられ、初老の男性の店長が1人で切り盛りしていた。
柔和な印象の主は快斗の姿をみると息子を見るように相好を崩した。

「よぉ快ちゃん。いつからそんな美人2人を連れて歩けるほど偉くなった??」
「うっせーよ!自分こそいつまでも花に埋もれてないで人間と付き合えっての!」

悪態をつくが、明るい口調は快斗がこの人に懐いている証拠だった。

「おじさん、青子だよ!」
「おおっと、あんまり綺麗になっててわかんなかったよ。で、そっちは青ちゃんの姉さんか??」

そんなに似てる〜??と大はしゃぎする青子の隣で蘭がはじめまして、と挨拶する。

快斗は早速本題を切り出す。

「おっちゃん、この美人は俺が連れてきたお客様。感謝しろよ?で、彼女の頼みなんだけど…錨草ってあるか??」

店主はあごひげに手をやって考える。

「ふんふん、錨草、ね。ちょっとまってて」

そう言って奥に引っ込んだ店主はやがて鉢を持って現れた。
蘭の顔がパッと輝く。

「運が良いね。ちょうど今朝、入ったところ」

三人は目の前に置かれた鉢に見入った。
背丈はそんなに無く、緑のハート型の葉が茂る中に、真っ白な、はなびらがすっと三方向に伸びた…まさに、錨の形をした不思議な花が二つ三つ、こっちを見上げるように咲いていた。

「へぇ〜…」
「すっごく綺麗!ね、蘭ちゃん!」
「…うん…ほんとに、すごく…綺麗だね…!!」

はじめてみるその花の不思議な魅力に蘭はすっかり、心魅かれてしまった。
この花が、新一の誕生花…これが、春になるたび新一の家の庭で咲いたら…綺麗だろうな…と考えただけで、胸がわくわくした。
実はすでに、庭に花を植える許可は優作と有希子に取ってある。

「あの…この花、育てるのは難しいでしょうか…?」
「いや〜、山の花だからね、強いし、手は掛からないほうだよ?
…もっとも、お嬢さんのような人は、どんなに手がかかろうと大事に育ててくれるんじゃないかな?」

そういって人懐っこい笑みを浮かべる。
快斗と青子も大仰に頷いた。

「蘭ちゃんがこの花枯らすわけないよな??」
「だよね〜ぇ??」

2人にからかわれて一寸赤くなった蘭を見て店主は面白そうに言った。

「へえ。この花を育てたいってことは…捕まえておきたい、素敵な男性でもいるのかな??」
「…!えっ…//////」

事情を話したわけでもないのにほぼ核心をつかれたような店主の発言に蘭はどきっとした。
青子と快斗も目を丸くする。

「なんたって、錨草の花言葉は…『あなたを、離さない』だからねぇ」

さらり、といわれた店主の言葉に蘭の頬が見る見る真っ赤になる。
一瞬言葉を失った青子と快斗はガマンしきれずに吹き出す。

「ぷっ…あはは!間違い無いよ!」
「ははっ、確かに、新一の花だな!!いや〜、ほんとに!」
「ちょ、っと…2人ともぉ…///////」

爆笑する2人の横で消え入りそうにもじもじする蘭。
店主はそんな三人の様子を見てなにやら自分がずいぶんツボにはまったことを言ってしまったらしいことは察しがついた。

「あのね、その花言葉にぴったりの恋人がいるんだよ、この蘭ちゃんには!」

笑いすぎて出た涙を拭いながら青子が店主に解説する。

「カッコ良くて、優しくて、いつでも蘭ちゃんのことしか見てなくて、と〜っても、蘭ちゃんのこと大切にしてる人!」
「青子、ほめすぎ。やきもち焼きでワガママで独占欲が強くって…が抜けてんだろ!」

どうやら相当その恋人に大切に独占されているらしいこの少女は、『蘭』と言う名前なのか。
蘭の花は数千種類もあるが、『蘭』全体を指せば、その花言葉は『美しい人』…こちらもほんとにぴったりだ、と店主はひとりごちた。

ひとしきり笑われた後、ようやく静けさの降りた店内に、遠慮がちな蘭の声が流れた。

「これ…10株くらい植えたいんですけど、取り寄せていただけますか?」
「はいはい。一週間ほどで届きますよ。配送は?」
「あ、取りに来ますので…ここに連絡してください」

注文票に連絡先を記入して、礼を述べて去ろうとする蘭に店主は先ほどの鉢を「おまけ」と手渡した。

「え、そんな…」
「この花があなたの彼なら、こんなオヤジよりあなたと居たいでしょうからね。」

蘭は再び、紅くなった。

そのあと快斗は手品の仕込み用にと薔薇をいくつか買い、三人は店を出た。


「ったく、上手いこと言うオヤジだよ…ところで蘭ちゃん」

快斗に呼ばれて振り返ると、目の前でぱちんと指を鳴らしたその手に、一輪の真っ白い薔薇の花があった。

「え、何??」
「俺から蘭ちゃんへのプレゼント…と言いたい所だけど、それは新一をすっごく喜ばせるプレゼント。その薔薇には使い方があってね……」

ごにょごにょと耳打ちされた蘭は

「それだけでいいの??」

と不思議そうにしていた。
青子はえらく愉快そうな快斗の様子にまた、くだらないイタズラを工藤くんにしかけようとしてるんじゃ…と、一寸心配になった。


「へえ…これが錨草か。俺も実物見るのは初めて」
「綺麗でしょう?早く植えたいな♪」

翌日蘭の部屋に、「見せたいものがある」と招かれた新一は自分の誕生花だというその不思議な花をものめずらしそうに眺めた。
といっても花を観賞すると言うよりは植物の調査のように葉を裏返してみたり、花の構造をじっくり見たりしているところはいかにも新一らしい。

ひとしきり眺め飽きたのか、部屋を見まわした新一の目が昨日の白薔薇に止まる。
快斗に言われたとおり枕もとに飾ったその花と蘭とを、新一はちらちらと見比べていたが…やがて言った。

「あの薔薇…どうしたんだ?」
「ああ、あれ?なんかね、快斗くんが…ああしておくと、新一が喜ぶから…って。新一、白い薔薇好きなの???」

あんにゃろ…余計なお世話なんだよ、と口の中でもぞもぞと呟いた新一だったが、蘭があまりにも不思議そうに自分を見つめているのに気づき、偉そうに咳払いする。

「…アレの意味が、わかってないようだな。」
「意味って、なんの??」

本当にわかっていないんだな、とちょこっとがっかりした新一は苦笑いして一輪挿しからその白薔薇を取る。

「…あのな、女が男を部屋に招く時、枕辺に白い薔薇を飾っておくとそれは…」

蘭の腕をとって引き寄せ、耳元に囁いてやる。

「『あなたにバージンをあげる』ってメッセージになっちまうんだぞ?」
「……ええっ!!///////」

意味を理解するまでに数秒かかった蘭が真っ赤になって飛びのく。

「…確信犯なら、遠慮はしねーけど??」

にやり、と笑って手の中の薔薇に、思わせぶりに口付けてみせる。
普通なら下卑た印象になるこんな笑顔までカッコイイなんて、反則だ。
蘭はこんなときでもその笑顔に見惚れてしまって思わず心臓を押さえた。

慌てて我に帰り、伸ばされかけていた腕を振り払う。

「し、知りません!知らないわよ、そんなこと!そんなつもりじゃありません!!!」

(快斗くんのバカ…!//////)
(そこまで完全否定しなくても…)

新一は新一で、そっちのほうがショックだのだが完全に混乱している蘭の目には入っていない…



「え、えええ〜〜っ!!!そんな意味があるの???」
「うっせ〜な〜でかい声出すな。」

こちらは主犯の快斗と、青子。
昨日の白薔薇の使い方とその意味をせがんで聞き出した青子は蘭と同じように一瞬で真っ赤になった。

「じゃ、じゃあ…」
「あん?」
「蘭ちゃんが危ない…っ!」

深刻に呟く青子に快斗はずっこけそうになる。

「あのな、その辺は青子が心配する必要無いの。新一は蘭ちゃんが嫌がれば無理強いするような男じゃねーし、イザとなりゃ空手でぶっとばしゃいいんだから」

どっちに転んでもそれなりに俺は楽しい、と快斗は平然と言った。

「そだよね…蘭ちゃん強いし…それに、工藤くんが白薔薇の意味知ってるとは限らないしね…」

希望的観測を口にする青子を見て、快斗は心の中で思った。

甘いぜ、青子。新一が知らねーと思うか??
それに蘭ちゃんがいくら強くても、新一が本気出したら雰囲気に呑まれて食われっちまう可能性が大だな…

なんせ、錨草のもう一つの花言葉は…

『罠』

だから、な…。



end







作者様後書き

誕生花と花言葉は本によって様々でこれ!と決まったものは無いようですがたまたま私の手持ちの本では5月4日の誕生花は錨草でした。
ちなみに6月21日、快斗くんのお誕生日の花は『月見草』
月見草は夜に開く花で、花言葉は『自由な心』です。
こちらも、まさにぴったりではありませんか???

花言葉の中でも薔薇はその色や大きさなどでも細かくわけられてそれぞれに意味を持ち、『愛しています』から『死ぬまで憎んでやる』まで(ひええ〜;;)恋愛関係の言葉は全て事足りるくらいあるそうです。
花のついてない枝だけを渡せばそれは『あなたは不愉快よ!』と言うメッセージ、三つのつぼみと一つの咲いた薔薇は『永遠に秘密にして』という意味だとか。お話を書く資料として調べ出したところあまりにも深くてびっくりしました。

工藤新一くんのお誕生祝いになっているのかは謎ですが、読んでいただき、ありがとうございました。


戻る時はブラウザの「戻る」で。