2006年工藤新一誕生日記念



誕生日の小さな奇跡



By あおり様



「あれ」

上着のポケットを探って思わず上げられた声に、
隣を歩く蘭は首をかしげてどうしたの、と訊ねた。

新一はポケットから出した手を広げて
カラだということを示す。

「携帯、家に忘れたみてーだ」
「え…」

昨夜充電して、そのまま置いてきてしまったらしい…
あるべきところにあるものが入っていないポケットは
なんだか、軽くて違和感があった。

「取りに帰ろうか??」

蘭が心配そうに提案してきたのを聞いて、
新一は数秒考えたのち…

「いや、いい。」
「でも、大丈夫?」

言外に、呼び出しの可能性を含ませた問いに首を振る。

「いいよ。映画館とかじゃどうせ電源切るんだし
ほんとうの緊急なら蘭の携帯にかけるとか、方法はあるって。
たまにはこう言う日があっても、いいだろ?」

なんと言っても、今日は特別な日なんだろ?
どこか楽しそうに告げた言葉に、蘭はくすりと笑った。

(今朝まで、忘れてたくせに)

このところ忙しい日が続いていたけれど、その見返りのように
この日はあらかじめ入った仕事の予定はなく、
久しぶりに夫婦ふたりで、誕生日を祝うことができそうで
蘭は素直に嬉しかった。

映画を観て、プレゼントを選んで。せっかく二人で来たのだから
新一の好みを言ってもらおうと思っていたのに
「蘭がいいと思ったやつがいい」
と譲らず、結局蘭の選んだ品物に、新一は満足そうだった。

レストランでは予約時に、店側の訊ねで夫の誕生日であることを
予め告げてあったため、
テーブルに飾られたケーキ型のフラワーアレンジと
シャンパンとをサービスされるなどちょっとしたサプライズがあり…
蘭も喜んで盃をあけたためか珍しく少し、ほろ酔いになった。

店内は携帯電話は切らねばならない場所であったため、
結局忘れたことが特に困らない一日だった。

二人はかすかな酔いも手伝ってかとても気分が良くて
近くもない帰り道を、手をつないで歩いた。
空を仰げば、都会には珍しく、星が瞬いているのが
はっきりと見える夜。

穏やかで、満ち足りた誕生日の一日が間もなく終わろうとしている。


家に入り、服を着替えて
そういえば…と今日一日置き去りにした携帯を一応、見る。

ディスプレイを見た新一が驚いた表情を浮かべたので
蘭は何か重要な連絡でもあったのでは…
と心配になったが、新一はしばらく携帯を見ながら…
やがて、笑いながら頬をちょっと掻いた。
照れた時にする、仕草。

不思議そうにしている蘭に見てみろよ、と携帯を渡す。

蘭の目に映ったその履歴画面には。
何十件もの、メール着信。
よく見知った名前ばかりがずらずらと並んでいる。

「これ…」
「中身、読んでみろよ」

いいの?と目で訊ねる蘭に笑顔で頷く。

蘭は始めから一件づつ、メールの内容を読んだ。

『5/4 9:10
服部平次
件名:誕生日おめでとう
今日は誕生日やろ、おめでとうさん!
今年もどーせ忘れとったんやろから
オレが思い出させたるわ、感謝せえ』

『5/4 10:02
高木渉
件名:お誕生日おめでとう
工藤くん今日は誕生日だそうだね!
いつもお世話になりっぱなしで、すまないね
今日はなるべくお祝いの邪魔をしないよう、僕たちも
がんばるよ(^^;)楽しい誕生日を過ごしてください』

『5/4 11:15
鈴木園子
件名:HAPPY BIRTHDAY!
新一くん誕生日おめでとう〜。
蘭は毎年楽しみにしてるわよ
今年は一緒に過ごしてあげてるでしょうね?
また一つ歳をとるけどせいぜいラブラブで過ごしなさいよ〜
じゃね(^^*)/』

『5/4 14:12
黒羽快斗
件名:Happybirthday☆
よう名探偵、今日は誕生日だろ?
一足先に歳とったな(笑)
パーティーの余興が必要なら呼べよな〜♪じゃな』


「…すごい…」

そのほかにも何件も。
阿笠博士からは探偵団たちのメッセージも転送されていたり。

目暮警部の微妙に間違った変換で打たれた、
不慣れを感じさせる文章とか。

和葉や青子の、笑顔の顔文字だらけの文面とか。

どんな顔して打ったのだろうか、
英理や小五郎からもある。



いずれも新一の誕生日を祝うメールばかり、だった。


「すげーよな。今日の日付のメール、全部誕生日絡みだぜ?
もしかして蘭、仕組んだのか?」

笑ってみせる新一に慌てて首を振ってみせる。
ほんとうに、蘭は何も知らない。
数日前に、園子や和葉と電話したとき
「今年も忘れてるのかな〜」
なんて笑って話した記憶はあるけれど…
え、まさか、それで?

「服部のやつ、一時間に一本は送ってきやがって…
もう嫌がらせに近いよな」

女の子たちから友人、彼氏ルートで回る可能性なら…あるけど。
警察関係は、高木刑事が出所だと思われるが真相は謎。

確かなことは。
今日新一に御祝いメールを送ろうと
偶然にも、みんながみんな、思ったということ。

新一の誕生日を祝いたいと思ったひとたちが
起こしてくれた誕生日の小さな奇跡。

蘭は、心がほんわりとあったかくなった。

「…あ!」

あることに思い至って、慌てて携帯を置いて部屋を出る。

早くしなきゃ。
日にちが変わる前に…

ばたん、と閉められた扉を見送って
突然の蘭の行動に新一がどうしたんだよ、と思っているうちに

新一の携帯は、再び着信音を奏でた。

開くとそこには
今日の受信メールの列の中で
ひとつだけ、欠けていた誰より大切な名前。

『5/4 23:53  蘭』

メールを開いて、新一は他の誰にも見せない、
柔らかい微笑みでそれを読んだ。

そこに書かれていたのは
生まれてきてくれたことと、
一緒に毎日を生きられる幸せと、
今年も一緒に誕生日を祝えることへの感謝。
それから
面と向かってはなかなか言ってくれない、
ひたむきな、愛を告げる言葉。

たくさんの人からのお祝いの言葉は
それだけで言葉の宝石箱のようだったけれど、
最後に新一にとって最も価値のある
たった一人の人からのメッセージが加わって
ようやく、最高の宝物として完成した。

新一はとても満たされた気持ちでそのメールを読み終えると
すぐにそれに、返信した。

ドアのすぐ向こうで、蘭の携帯への着信を告げる音が鳴る。予想通り。


ドアに背をつけて頬を染めながら
メールを開いた蘭の目に映ったのは、

『5/4 23:58 新一
件名:

  「   」        
          』

意味深に、鍵括弧のみが打たれたメールを
蘭は訝しげに見つめた。

と、背後で扉が開き、

括弧の中に入るべき言葉が
腕の中に閉じ込められた蘭の耳に
甘い声で直接、囁かれる。

真っ赤になって固まる蘭の手の中の携帯を、
そっと取り上げて新一はさらに、耳元にくちびるを寄せた。


はやく来いよ。


扉がばたんと閉まると同時に、
柱時計が12時の鐘を打った。


FIN…….



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作者様後書き

携帯は新一を事件へと連れ出す使者であると同時に
心を温めるこんな道具にもなるのですね。
ラブな新蘭がひたすら好きなので最後はラブ増量でv

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