Storytelling



By あおり様



「後から聞いた話だと、そのアパートの床下から白骨化した死体がさ…」
「ひえ〜!」

夏休みも後半に近づいたある日の教室。
なぜ、制服姿の生徒たちが集まってるかって?

それは彼らが受験を控えた高校生だからなのです。

本日は学校で模試と、夏期講習が行われて今は午後の講習の前の休み時間。
それぞれ夏休みの前半に行った旅行やらバイトの苦労話やらの中で、やっぱりというか 夏の定番、コワイ話が教室の一角で盛り上がりを見せていた。

男の子たち4〜5人でどっかの女の子グループと心霊スポット探検に行ったら中の一人がマジでヤバい状態になった とか

親の田舎に帰省したときにヘンな物を見た とか

主に、自分が実際に遭遇した恐怖体験が今日のお題らしい。

やがて、みんなの幽霊話を黙って聞いていた新一が組んでいた腕を解くと軽く咳払いして、言った。

「…幽霊とか、そう言うものは見たことないけどな…」

何かを話そうとしてるらしい新一に、周囲が注目する。
そんな彼らを見回して、過剰な期待にちょっと困ったような顔をするとぽつりと話始めた。

「ずっと昔から、絶対に開けちゃいけない、と言い伝えられてる箱があってさ」

「その箱は一家の主が大事に隠して、しまっておかなきゃならない。けれどしまいっぱなしじゃダメで箱の蓋の表面は常に磨いてきれいにしておかなきゃダメだ。その箱は言いつけを守って大事にしていれば、その家の者たちは有名になったり、裕福になったり、家が繁栄するらしい。それを怠ったり、ぞんざいな扱いをした者は…」

そこで言葉をいったん切ると、新一は声をわずかに潜めた。

「必ず普通でない死に方をする、と言われてる」

周囲はいつの間にか静まり返っている。
新一の語り口はなぜか周囲を引き込む力を持っている。

「それに富や名声を得たとしてもその家には常にさまざまな難題や事件が起きたりと、平静な一生は送れないらしい」

誰かが、ごくっと喉を鳴らした。

「箱の中身…は、開けちゃいけないんだから誰も見たことがないけれど、言い伝えでは『面』だ、と言われてる」

「伝聞だが…その昔に、暴君と言うわけではなかったがそれほど能力もなくあまり民から尊敬されていなかった王がいた。王には、誰からも尊敬され、有能で美男な部下がいて…王がその男の妻に懸想してしまうんだな。言い寄って当然突っぱねられた王は腹いせに男を捕らえて顔の皮を剥いでしまう。その皮を自らの顔につけて妻の下へ忍んでいって…」

「手篭めにして殺してしまう」

「その有能な部下の顔を面としてつければ彼の能力も人望も美しい妻も、自分の手に入る…と思い込んだんだな。まさに狂気だ」

「その、顔の皮で出来た面…がその箱の中にしまわれている、らしい。王の狂気や部下の男の、恨み辛みも一緒にな…」

誰も、一言も発しない。
新一は、ふと真顔になった。

「この話は、これで終わりなんだけど…」

「実は俺、小さい頃から良く…」

「夜中に起きてたまに書斎をふと覗こうとするとさ…」

「父さんが、」

「人の顔くらいの大きさの箱の蓋を懸命に磨いてるのを…」



「きゃああああ!」

空気を切り裂くような悲鳴に、身を乗り出して聞いていた男子たち、いつの間にかしーんとなって新一の話に耳を傾けていた女子たちも、心臓が2秒ほど止まった。

「び…びっくりしたぁ!」
「こえー!」

新一が振り返ると、教室の一角で耳をふさいだ蘭が床にぺたりと座り込んでいた。

慌てて駆け寄り、手を伸ばしたが
ぱちんと振り払われた。

「いや!もう絶対新一の家行かない!!!」

ぶんぶんと首を横に振る蘭の頬に涙が飛び散るのを見て、ここが教室だと言うことも忘れて抱き寄せる。
手は振り払われたが今度は新一の胸にぎゅうっとしがみついてきた。

「落ち着けって、大丈夫だから」

なだめながら、背中を撫でる。あまりの恐怖に周囲のことなど見えていない蘭はますます新一に強く抱きついた。

「ごめん、そんなに怖かったか…」
「怖いわよ!ばかぁ…」

「ごめんな。でも心配すんな、あんな話嘘だから」
「え?」
「俺の、作り話。」

あ、そうなの??
これには周囲がかくんと脱力。
新一の中にも一流作家の父の血は確実に流れているらしい…

新一の腕の中で震えていた蘭は、その言葉を聞いてようやく少し安心したのか

「良かった…」

と小さく呟いて新一の胸にまた、すがった。
よほど怖かったのだろう…

そして顔をあげると、きれいな眉をしかめてちょっと叱るような調子で言った。

「もう…ほんとに怖かったんだからね!」

「蘭…(か、可愛い…vv)」

新一がそう思っていることはその表情から 全員が手に取るようにわかった。

このあたりでようやく、回りがクラスメートだらけだと気づいた新一だが、蘭はまだどこか怖いようでそんなことは目に入らないらしく、新一の胸におとなしく身を預けて、それでも安心したのか新一に対しぽんぽんと文句を言っている。

それに対してごめんと繰り返しながら腕の中の蘭を離そうともせず髪を撫でてなだめながら、いつの間にかじーっと見守っている級友たちに

『見せモンじゃねーぞ!』

と口の形だけで綴った。

苦笑いしながらある男子生徒はふと思う。

まてよ、
有名人で裕福だけど、身の周りで難題や事件が絶えず、平静な一生は送れない…

…箱…ほんとに、あるんじゃねーのか??工藤。



END



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