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By あおり様



「わ〜、可愛い!」
「きれいな色〜♪」

教室の片隅、女子生徒たちが数人群がって
なにやら品物を吟味中のようだ。
輪の中心は、園子の席。
机の上には、口紅やマニキュア、コロンなど
ミニサイズの化粧品が所狭しと並べられている。

「今度ね、ママが代表してる会社が
10代向けでコンビニ販売のの化粧品を出すことになってね、試作品なの」

並べられたそれらはどれもサイズが小さく、
色も淡めの、女子高生が手軽に試せそうな感じのものばかり。
パッケージやボトルのデザインも丸っこく、羽根をあしらった
柔らかな色合いでたいそう可愛らしかった。

「ほんとに貰っていいの〜??」
「うん、その代わりと言っちゃナンだけど、
購入ターゲットが私たち高校生だから、モニターになって欲しいんだって。
使い心地とか色の好みとかデザインとか…感想よろしくね〜」

「お安い御用〜♪」

女子たちはきゃあきゃあ言いながら各々その化粧品たちを手にした。
こっちの色がいいだの
これ似合ってるよ〜だのと
やむことのないお喋りの中で園子は自分の前の席でこちらを向いて座り、
周囲のさざめきを笑顔で見つめる親友に声をかける。

「蘭もお願いね♪」
「え、あ…私も?お化粧しないしいいよ〜」

慌てて手を振る蘭に眉をしかめる。

「あらー、普段はともかくデートの時にちょっとつけるくらい
いいんじゃないの〜??それともあれか、
お化粧なんかしなくても彼は私に夢中なの〜♪ってか??」

「な…何言ってんのョ!」

からかわれて赤くなりながら、慌てて机に残っていたいくつかのうち
桜貝みたいなピンクの、丸いボトルを手にとってくるくる回す。

「これ、可愛いわね…」
「ごまかしちゃって…まあいいわ。それコロンなの。
3種類くらい出るけどピンクのはフローラル系かな」

「あー、なんかそれ蘭っぽい!」
「うん、蘭って感じよ、そのコロン」

周囲から口々に言われてほんのり照れる蘭。
手の中のボトルを無意味に開けたり閉めたりしてみる。

その時、教室の扉がガラガラと開く。
反射的にそっちを見た蘭が、
ふわっと笑顔になったのを見て
園子には振り向かなくても誰が来たのか判断できた。

「あら、ダンナご出勤〜♪」
「園子ぉ…」

この頃ようやく『ダンナ』は否定しなくなったのね〜
などと笑いをこらえながら見ると
新一は自分の席に向かう途中、
蘭と目が合うと口元をかすかに微笑ませる。
蘭も笑顔で返す。

アイコンタクトのみとは やるじゃないの…

頬杖をついて見守っていた園子だったが、
不意に思いつく。

「ちょっと、蘭のだんなさーん!」

高らかに呼ぶと
着席した新一が

「あ?」

と顔をこちらに向ける。
蘭のダンナと言われりゃ 自分のことだと信じてるあたり
この男は…
と軽く呆れながらちょいちょいと手招きする。

めんどくさそうに眉をしかめながらも新一は
こちらにやってきた。
蘭の近くに来たかったのだろう。

当然のように蘭の脇に立ち、
手に持っているボトルにちょっと目をやる。

「新一くん、これ今度ウチで出す化粧品の試作品のコロンなんだけどどう?」
「オレに聞くな」

「あら、男の子受けも結構重要なのよ。みんなも、彼氏の感想もよろしく〜」

後半は周囲の女子たちに向かって言う。

新一はふーん と呟きながら蘭の手の中のボトルと蘭の顔とををじーっと見くらべて…
不意に、
蘭の首もとのあたりに顔を寄せると、言った。

「…きついのは勘弁だけど、こーゆー香りは安らぐよな」

…数秒の、間。
ぽかんと口を開ける女子たち。

園子がぶっと吹き出すと、
周囲もこらえきれずに爆笑した。

突然のことに面食らう新一。
なんだ?なにかヘンなこと言ったか??

助けを求めようと蘭をみたが
なぜか本人は顔を真っ赤にして俯き固まっている。

「な…なんだよ??」

どうしていいかわからなく混乱する新一を見て、
園子が笑いすぎて出た涙を指でぬぐいながら
苦しそうに言った。

「…あのね、このコロンの瓶、まだ空なのよ」
「あ?」

「デザインがどうか聞きたかっただけ」
「……」

「蘭は、まだ何もつけてないわよ」
「………」

成り行きを見守っていた男子たちも
この状況に大笑いする。

「そーゆー香りで安らぐって、お前は赤ちゃんか!」
「いやいや、それが夫婦の年季ってもんだろ〜」

新一の憮然とした表情がほんのりと赤くなるのを見て
園子はにやりと笑う。

「名探偵さんは、『蘭の香り』がお好きみたいね??」
「園子…てめ…」

蘭はと言うと、今すぐ消えてしまいたい、と言った風情で顔も上げられない。
席に戻ることも出来ずに立ちつくす新一に、
園子がとどめを刺す。

「新一くんって、ほんっっっとに蘭が大好きよね〜!!」

新一の白い頬がみるみる赤く染まる。

教室がまた爆笑する中、それでも一言も言い返せない新一。

本日、完全勝利を確信した園子は高らかに笑った。




END



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