約束



By あおり様



厳寒の北海道、札幌市大通公園。
クリスマスを間近に控えたこの時期、中心街を一直線に貫くこの公園に、今年も花やツリーをかたどった、幾千もの電球で作られた光のオブジェが設置される。
札幌市の冬の観光名物、ホワイトイルミネーション。
あたりは薄闇に覆われたが、歓楽街の明かりが灯るには少し早い午後6時、地面をおおう
雪の白と、色とりどりの電球が織り成す幻想的な光景を見上げる一組の男女がいる。

「人工的な光とはいえ、見事なもんだな。まるで天の川だ。」
「...うん。」

目の前に広がる光景に感嘆する男とは対照的に、どこか浮かない顔の女。

「…どうかしたのか?」
「...あのね。北海道出身の友達に聞いたんだけど…この『ホワイトイルミネーション』って、恋人同士で見ると、その後別れちゃうってジンクスがあるらしいの。」

彼は彼女の言葉を聞いて、たっぷり三十秒は考えた後…

「もしかして、俺と、お前のこと心配してるのか?」

気の抜けた返答に、彼女の形のいい眉がつりあがる。

「他に誰の心配をするっていうのよ!」

声は怒って見せても、瞳は不安に揺れている。
それを見て取った彼はふっと頬をゆるめる。
前から思っていたことだが、彼女のような職業の人間はどうも必要以上にジンクスを信じたり、縁起を担いだりする傾向にある。
くだらないことで悩むなと一笑に付すこともできたがすこしナーバスになっている彼女の逆鱗に触れることになりかねない。
彼は顎に手をやりしばらく考え込むふうだったがやがて何か思いついたらしく、突然、通りかかった人を呼びとめて自分のカメラを手渡した。

「すみませんが、一枚撮っていただけませんか?」
「ちょ、ちょっと…」

私の話聴いてた??と言いたげな彼女を強引に自分に寄り添わせると、カメラを構える相手に

「後ろのコレ、入るようにしてもらえますか?」

と頼む。
その大きな、花をかたどったオブジェの前で、訝しげな彼女に、

「ほら、いい顔だ!」
「…??」

突然の頼みを快く引き受けたその初老の男性は、そんな二人を微笑ましく見て、シャッターを切った。
礼を述べてカメラを受け取り、戻ってきた彼を、全くさっぱり訳がわからないと言った表情の彼女が見つめる。
その視線を受けて、生来の自信家らしく不敵に笑った。

「そんなジンクスは迷信だってこと、証明してやるさ。…そう、20年以内には」
「はあ…?」









「ど〜したんだよ。急に行きたくないなんて言い出して。」
「…だって、ダメだもん…」
「何がダメなんだよ。ホワイトイルミネーション、見たいっつったのオメーだろ〜が。」
「だから、ね…新一先に見てきて。私、後から見るから。」
「何訳のわかんないこと言ってんだ??」

冬の北海道を訪れた新一と蘭。旅行の行き先を決める際、冬なんだから南のほうへ行こうと言った新一だったが、
雑誌でこのホワイトイルミネーションの記事を見た蘭が

「コレ見たい!!」

と主張し、それに押し切られる形になってしまった。
にもかかわらず。
今朝まで楽しみにしていたはずの蘭が、どこかに電話をかけ、その後急に見に行かないと言い出した。
正確には、『一緒にはいかない』と言い張る。
新一が探偵でなくても、こりゃさっきの電話で何かあったなということぐらいはわかる。

「…電話、誰だよ。」
「…大学の、友達。札幌出身だから、この辺のこと、いろいろ聞いてたの。」

「なんかまずい話でもあったのかよ。」
「......」

強硬に口を閉ざす蘭を見て、新一は不満そうに目を細める。

「これ以上黙秘するって言うなら、俺にも考えがある。」

それを聞いた蘭は観念して、話すことに決めた。こう言う台詞を吐くときの新一に逆らうとロクな目に
あわないことは経験上、よくわかっている。

「別れちゃうらしいから…」
「はい?」

意味がわからずにきき返す新一に、蘭は続ける。

「ホワイトイルミネーションって、恋人同士で見ると、別れちゃうってジンクス
があるって聞いちゃったから。」

新一は思わず目をぱちくりさせる。

「…オメー、そんなくだらないことで…」
「何よ!新一にはくだらないかもしれないけど、私…別れちゃうことになるなんて、やだもん…」

微妙に論点がずれた部分で怒る蘭をおもしろそうに見ながら、

「んな事で悩むなんて…そうですか、そんなに俺が好きですか。」

と満足げに一人うなずく。
からかいに抗議しようとする蘭の手を引くと、会場に向かって歩き出す。

「ちょっと新一ぃ…」
「心配すんなって、泣いて頼んでも別れてやんねーから。」

ようやく会場までつれてきて、新一は目の前の光景に感心していたが、蘭はやっぱりまだ不安そうだ。
そんな様子を横目で見て、一発ほっぺちゅうでもくれてやるかなどと不埒な企みをしていた新一だったが、ふとオブジェの中の一基に目が止まる。

「あれ…?」

ふいに、強烈なデジャヴ(既視感)が新一を襲う。

(アレは…たしか…)

記憶の扉を次々に開け、奥底に眠っていた思い出を引っ張り出す。
と、ふいに頭の中でパズルのピースがかちっとはまっていくように、すべてが繋がった。

(なるほどな…!)

「蘭!カメラあるか?」
「きゅ、急に何…?」

蘭から奪ったカメラを手に、もう一方の手で蘭の手をつかんで無理矢理先ほど目に止まった
オブジェの前に連れて行く。
そして自らカメラを覗きアングルを確かめると、通り掛かりの人を呼びとめ、

「すみません。一枚撮ってもらって良いですか?」

と、お願いする。
頼まれたほうの人物は快く引き受けてくれ、カメラを構えようとする相手に新一は

「後ろの、この…ヒヤシンスみたいなの、入るようにしてください」

と言った。
それを聞いた相手はきょとんとした後、思わず吹き出す。

「あの…?」
「フフ、ご、ごめんなさい…それ、ライラックって言う札幌市の市花なんですよ。」
「あ、そうなんですか?」

ちょっと赤面する新一と、恥ずかしそうに項垂れる蘭。

「じゃ、撮りますよ?」

相手の声に、新一は蘭を強引に引き寄せる。

「ほら、笑え。」
「…もぉ。」

何がなんだかわからないまま見上げる蘭に、新一は素早く何かを耳打ちする。
その言葉にどんな魔法がかかっていたのか、聞いた瞬間、目を丸くした蘭の顔からさっきまでわだかまっていた不安が一発で消し飛んだ。
シャッターが切られたとき、蘭の顔には安心と幸福感でいっぱいの笑みが浮かんでいた。









「ねえ、優作!これ見て!!」

ロサンゼルス、工藤家。何の前触れもなく舞いこんだ息子、新一からの手紙を開封した有希子は、同封されていた一葉の写真を見るなり、狂喜乱舞する勢いで、普段ならノックすることを忘れない夫の書斎に駆け込んだ。

「有希子、少し落ち着きなさい。…新一からか、どれ?」

すっかり舞いあがっている妻の手から手紙と写真を受け取ると短く素っ気無い文章にさらりと目を通し、写真のほうはゆっくりながめる。
その瞳に、感慨深い色が浮かぶ。

あの日の自分たちと同じ、ライラックのイルミネーションの前に笑顔で立つ、息子とその恋人。
あの頃の自分たちに引けを取らない、幸福そうなその表情。
となりに立つ女性にこんな美しい表情をさせてやれるほどに成長した彼の姿を、こうして二人で眺められることが、何よりもその後の自分たちの関係の証明ではないか。

「俺の言ったとおりだったろう?あんなことは、取るに足らない迷信だと。」

満足そうに問う優作の背中に、有希子がそっと頬を寄せる。

「…優作。」
「ん??」
「約束、守ってくれてありがとう。」

優作はゆっくり身体をずらし、有希子を自分の胸に抱き寄せると写真の中の新一に目をやりながら言った。

「約束を守ったのは、俺だけじゃないさ。」









「新一。ちょっと頼みごとをしたいんだが良いかな?」

優作はリビングで子供にはちょっと難しい本を辞書を片手に読もうと頑張るまだ幼い息子に声をかけた。
新一は本から顔を上げ、母親譲りの丸い大きな瞳をくるりときらめかせ、

「良いよ!」

と答えた。
何でも知っていて、出来ないことなどなさそうな大好きな父が、小さな子供である自分に
頼みごととは一体なんだろう?
ワクワクしながら優作について入った書斎で、新一は父から一枚の写真を見せられる。
今よりもっと若かったが、賢い新一にはそれが自分の父母だとすぐにわかった。

「これ、父さんと母さん??」
「その通りだ。」

後ろに写っている物はなんだろう。
暗がりの中にきらきらと輝く、大きな紫色の花。
良く見るとたくさんの小さな光が集まって、一つの大きな花の形を作っていることがわかる。

「これ、花火?」

問い掛ける新一に、優作は微笑みを返しながら言った。

「新一。いつかお前が、この場所に行くことがあって、これと同じものを見つけたとする。もしその時となりに、一生涯愛する、大切にしたい人がいたら…これと同じ写真を撮ってきてくれないか??」
「頼みって、その事?」
「そうだ。」

新一は写真をじっと見つめる。
この場所がどこなのかも、これが一体何なのかも一切明かされないままだ。
父さん得意の、謎かけか。…謎解きは、嫌いじゃない。

「わかった!」

嬉しそうに答える新一に頷いて見せ、優作は写真を大切に引出しにしまった。









「有希子おばさま、すっごく喜んでたよ。」

米花町、工藤家。
昨夜有希子からの喜びの電話を受けた蘭が、起き抜けの新一にコーヒーを手渡しながら報告した。

「あのね、おばさま言ってたよ。紫のライラックの花言葉は、『愛の始まり』だって。そんな花のオブジェがあるんだから、『カップルで見ると別れる』じゃなくて、『カップルで見る幸せになれる』って言う伝説に、変われば良いのにねって。」
「あの万年バカップルが見てる時点でそっちの伝説に変わってんだろ。」
「フフ…あの時、新一が『大丈夫、父さん母さんも若い頃、ココで写真撮ってるから。』って教えてくれたら、なんか安心しちゃったもん。」
「だろ?…ま、残念だったな、別れのジンクスを、俺に愛想尽かしたときの言い訳に出来なくて。」
「…バカ。…別れたくなることなんて…無いよ。」

少しうつむいて頬を染める蘭を、新一は背後から腕の中に収める。
艶やかな髪に口付けて、そのままさらにきつく抱きしめようとしたとき。
蘭がふと思い出したように、言った。

「そう言えば…あの話も、おばさまおもしろがってた。」
「…何?」

「新一が、ライラックのオブジェをヒヤシンスだと間違えて、地元の人に笑われたこと。」
「…蘭。」

首だけを曲げて振り返ると、新一はがっくりと蘭の肩に顔を埋めている。

「どうしたの?」
「…あいつらに、俺をからかうネタを与えんじゃねーよ。」

時すでに遅し。新一は今度あの夫婦に会ったときのことを想像すると、早くも盛大なため息を吐いた。



終わり






作者様後書き


というわけで第23回札幌ホワイトイルミネーション開催記念小説!
途中まではいい話できてるのに最後に笑いを入れずにいられないのは何故なのか…

読んでいただき、ありがとうございました。
あおりでした。


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