真夏の夜の夢
By あおり様
《トランプのハートのAとスペードのAのカードを用意します。2枚のカードのマークの面を内側にして、間に赤い薔薇の花びらを一枚挟んで貼りあわせます。それを枕のしたに敷いて眠ると…夢にあなたの『運命の人』があらわれます。》
毛利蘭、13歳。
入学したばかりの中学校のクラスの女子たちの間でにわかにこんな『おまじない』が流行った。
夢見る女の子と言えども中学生ともなればそろそろ現実を見据えはじめて恋愛その他のことをおまじないに頼るなどということからは卒業し始めていくものだけど、
このおまじないは妙に凝った呪術的な方法が信憑性を高めたのか、『夢で運命の人に逢う』と言うちょっと艶っぽい効果への期待なのかちょっとしたブームになっていた。
「私、出てきたけど全然知らない人。逢ったこともない人だった」
「え〜、いいじゃない、私夢なんか見なかったよ〜!」
教室のあちこちで繰り広げられる会話。
それをきいて更に『わたしもやってみよう』と言う者も増える。
蘭は、と言うと…まだ試していなかった。
むろん、全部を信じているわけではない。
そんなバカな、と思う面もある。
でも「そんなのくだらない、そんなことがあるわけない」
と否定するほど頭の硬い女の子でもなかった。
「ねえねえ、蘭。私たちもやってみようよ!」
放課後、並んであるきながら園子が誘う。
新一は、今日は部活。
MFのポジションが獲れるかもしれない、とこの頃すごい意気込みなのだ。
園子はもともと好奇心旺盛な性質で、こと恋愛に関して並々ならぬ憧れを抱いているだけに蘭よりもさらに興味津々なよう。
「そだね。本当かどうかはともかく、楽しそうだしね。やろっか?」
「よ〜し、そうと決まれば!さっそく今夜決行よ!」
園子の指差す先には、商店街のお花屋さん。
2人はそこで、見ているだけでなぜかどきどきしてしまうような真っ赤な薔薇を一本づつ買った。
別れぎわに園子は早くも期待で一杯の顔をして言う。
「ぜったい、今夜だよ?明日お互い、報告だからね!」
「うん、わかった。いい夢が見れるといいね?」
蘭はそう言って、家に使わないトランプがあったかなあ、と思案しながら帰途についた。
☆☆☆
昼間のうちは軽い気持だったのに…蘭はその夜、部屋のベッドの上でなかなか寝つけずにいた。
熱帯夜で、寝苦しい夜ではあったけど…理由がそれだけじゃないのは明白。
気になっているのだ、枕のしたにひっそりと息づいている、例の『チャーム(まじないに使う道具)』が。
(全部信じてるわけじゃないけど。まさか、とは思うけど。……なんだろう、どきどきする…)
今夜、夢を見るのだろうか。
物知りの幼馴染がいつか言ってた。
『夢って言うのは、毎晩必ず見てるんだ。起きた後に大抵、忘れてるだけでさ…』
私は今夜の夢を覚えていられるだろうか。
夢でほんとうに『運命の人』に逢えるんだろうか。
それは一体…誰?
そう思った瞬間小さい頃から見なれた横顔がちらり、と脳裏をよぎった気がしたが…
(な、なんでここに、出てくるのよ!///////)
あわてて打ち消す。まだその思いが恋と言う名であることも、それを自分が彼に抱いていると言うことも、蘭は知らずにいる…
余計なことを考えたせいか更に暑くなった。
パジャマは脱ぎ捨てて、キャミソールとショーツだけでベッドに入る。
(…考えすぎない、考えすぎない…ただのオマジナイ、よ)
0時を回ってもこもるような暑さは衰えなかったが、時間も時間でようやく蘭は眠りの淵に意識を沈めていくことができた…
☆☆☆
「んん…」
目を開けてみたが未だ室内は暗かった。
どうやら少しまどろんだだけで目が覚めてしまったらしい…
蘭はタオルケットの中で寝返りを打つ。
と、今まで自分が向いていた方向の反対側に誰かが、自分と同じように横たわっているのに気づいて心臓が止まりそうになった!
(…!!)
窓は開けてなかったのに!
…まさかお化けとか?やだよ〜!!
落ち着いて、私。叫べばすぐ、
お父さんが来てくれる。
だから落ち着いて!!
「だ、誰!誰なの?!」
蘭は半身を起こして気丈に身構え、でも震える声で誰何した。
その声に反応した『誰か』は自分も身体を起こし、思いもよらぬことを言った。
「…どうした、蘭?」
蘭の目が驚愕に見開かれる、が、暗闇に慣れない目で相手の顔は伺えない。
この人、私を知ってる?
…それだけじゃない。
はじめて聞くはずなのに、この人の声を知ってるような気がする。
宥めるように自分を呼ぶ、優しい声。
少なくとも、自分に危害を加えようとしている人間の放つ声では、ない。
早鐘のように打つ心臓を押さえて息を殺すと、相手が動く気配がし、突然ふわりと抱き寄せられた。
「怖い夢でも見たのか?」
また優しく問われたが、こっちはそれどころではない!
叫ぶべきか、それとも一撃食らわすのが先か?!
混乱しきった頭で必死に考える。
(何するのよ!)
と大声で言ったつもりだったが実際には蚊の鳴くような声で
「な、…」
と言ったきり言葉が出てこなかった。
と、自分をいきなり腕の中に閉じこめたこの図々しい相手もなにか違和感を感じたのか訝しげに
「え?」
と言った。ほぼ同時に枕もとの明かりがぱち、点けられる。
「……蘭…か?…ど…して…」
淡い明かりの下で整った顔立ちの男性が腕の中の蘭を信じられないものを見るような瞳で見降ろしていた。
(この人…)
蘭もまた、自分の今を状況を一瞬忘れるほどに驚いて彼の顔を見つめる。
…初めて会うはずなのに。
こんな大人の男の人の知り合いなんていないのに。
私、この人を知ってる。
…正確には、もっと子供の頃の顔を…知ってる。
「…しん、いち…??」
そんなこと…あるはずがない、と思いながらも蘭は、目の前の人が良く見知った自分の幼馴染であることを確信していた。
そしてそれが正しかったことを裏付けるように新一もまた、目の前の少女が蘭であることをようやく確信するに至ったようだった。
「…何があった??」
怖がらせないためか、どこまでも優しく声をかけられてようやく蘭は我に帰る。そして…自分が眠る直前、していたことを思い出した。
(じゃあ…これは…夢??)
運命の人に、夢で逢えるおまじない。
そして夢にあらわれた、大人になった…新一。
(これって………つまり、そう言うことなの??)
自分で導き出した答えの内容に思い至ってたちまち蘭は赤面し、頬を押さえて自分に言い聞かせる。
(夢よ。これは夢なのよ!!)
ようやく落ち着きを取り戻しかけてきた蘭に対して新一は真顔で
「何か…変な薬飲まなかったか??」
などと聞いてくる。
心配そうに尋ねてくれる新一を安心させようと、深呼吸して自分も落ち着かせてから、今日のことを話した。
相手がいま、自分の知っている新一だったらとても言えなかったけれど、目の前の新一はずいぶんと大人だったので、落ち着いて話せた、と思う。
「…つまり、今オレは蘭の夢に出演中…ってわけ?」
「そう…だと思うの」
「ちなみに蘭は今何歳??」
「13歳。中学1年生よ」
…10年前か、と呟いたところを見ると夢の中の新一は23歳らしい。
ふ〜んと、納得しきれない顔で何やら思案している。
あらためて明かりの下で盗むようにこっそりと見ると、幼さがとれて目許が涼しくなった新一の顔はずいぶんとカッコ良かった。
それでも新一の面影ははっきり残っていて…思わず見惚れてしまう。
それに、さっき不意に抱き寄せられた胸の、Tシャツ越しの厚みと温かさ。
現実にはまだ聞いたことのない、優しくて甘く響く、大人の声。
(新一…こんな大人になるの??)
蘭はそれが夢だ、ということも忘れて高鳴る胸を押さえた。
と同時に自分が下着同然の格好でいたことを不意に思い出してしまい、思わずまだふくらみに乏しい胸元を腕で覆い隠す。
蘭のその仕草に新一は今更ながらにほんの少し頬を赤くすると、ベッドの脇に放り出されていた水色のシャツを取ると蘭の細い肩にふわりとそれをかけてくれた。
正直、新一にとってもいまの蘭の服装は正視できなかった。
身体を隠せてほっとした蘭は、目の前の新一に向かってようやく、笑顔を見せた。
つられたように笑顔を返す新一。唇がその名を呼ぶ。
「…蘭。」
胸が、きゅうんとなった。
現実の世界では、新一はまだ私と同じ子供。
こんなに優しい声で呼ばれることも、こんな笑顔で見つめられることもない。
でも…
夢に出てきてくれた。
ただの、幼馴染だと思っていたのに…
私は、新一のことを??
突如胸に湧き上がってきた感情に名前をつけることもできずにただ、その思いはずっと隠れていただけで、ずっと前から自分の心の中に住んでいたんだ、と言うことを漠然と感じながら…
「……新一は、私の、運命の人なの…?」
震える声で、そっと、尋ねる。
私は、知らない。でも、未来の新一になら。それがわかる…?でも…
「…それは、オレが今言うべきことじゃない」
新一は優しく、しかしキッパリと言った。
蘭もそう言う答えは…新一ならそう答えると…確信していた。
「…そ、だね。未来のことを先に知ってるなんて、良くないよね」
少し残念そうにしながらもそう言う潔さが、蘭の良い所だ。
「答えなら、蘭が10年後に知れば良い。蘭にとって幸せな未来になること、信じてる」
そう言って新一は不意に蘭の左手をとり、薬指の付け根にとても紳士的にキスをした。
せっかく落ち着いていた蘭の心臓は一気に心拍数を上げる。
とたんに頭がくらりとし…
目の前の光景が真っ白になって行く。
☆☆☆
「おっはよ、蘭!!」
「おはよう、園子…」
翌朝。目覚めたのは自分の部屋。いつもと変わらぬ朝。
やっぱり、夢だった…
枕の下を探ると、不思議なそのカードは何事もなかったかのようにそこにあった。
教室で園子に昨夜にのことを言うべきかどうか迷う。
お互いに話すって、約束したけど…
言えない。
23歳の新一に逢った、なんて。
抱きしめられて手にキスされた、なんて。
どこまで話せば良いのだろうか…それに、園子がまだその話題を振ってこない以上、自分から言い出すのも…
どのへんまで話そうか、と必死で頭の中を整理していると教室の扉がガラッと開いて、朝練を終えた運動部の男の子達がぞろぞろ入ってきた。
その最後に、新一が。
「よぉ、蘭!」
「きゃあ!!!」
平素と変わらない朝の挨拶だったのに、蘭の心臓を一時的に止めるのに充分な衝撃で。
悲鳴で返された新一はきょとんとしている。
蘭は赤くなった顔を見られたくないのと、もうひとつ…
(…無理!いま、新一の顔まともにみるのは無理!!)
と言う蘭にしかわからない切実な理由で机に突っ伏した。
「…どうしたんだよ??」
尋ねられた園子は昨日の今日でだいたいの理由にぴんときたが、黙っててやることにして…
「さあ?新一くん、いまオシリでも触ったんじゃないの?」
としらばっくれた。
ギャラリーが爆笑する中、
んな事、するかよ!と大声で否定する新一。
蘭も誤解を解いてあげたかったが…
こんな赤面した顔をあげては逆効果だと思い、
(ご、ごめん、新一…////////)
心の中で謝りながら、騒ぎが落ち着くのを待って一時限後の休み時間にようやく新一の濡れ衣を晴らしたのだった。
その日の新一は終日機嫌が悪かったが…
教室の斜め後ろの席からそっと新一の、昨夜見たものより細い印象の背中を見ながら蘭は思い出ださずにいられなかった。
新一…
10年後の新一はあんな風な人なの?
あんなに優しい声で、私を呼ぶの?
夜中に飛び起きたら、あんなに優しく抱きしめてくれる…
そんな風になってるの?私と、新一は…
私はあんな未来を欲しがってるのかな。
私は、新一を、好きなのかも、しれない…
…でも、今はまだ、知らなくて良い。
まだ…幼馴染でいい、よね?
「おはよう、新一」
声をかけた蘭を、新一はまだ夢の続きを見ているような目で見つめた。
…目の前にいるのは昨夜よりもずいぶん大人びた顔と身体を持った、今の自分と同い年の蘭。
その事実にほっとしながら…
昨夜の夢のやけにリアルな記憶を反芻する。
蘭はと言えば起きるなり穴の開くほどじっと自分の顔を見つめる新一にちょっと赤くなりながら
「…なにかついてる?」
といっって髪に手をやってみたりした。
そのままその手を引いてベッドの自分の隣に腰掛けさせると、とっておきの秘密を話すように声をひそめた。
「…昨夜、家に来たか?」
真顔で尋ねる新一に、蘭は首を横にふる。
「…さっき来たばっかりだけど?」
そうか、と言ったきり押し黙ってしまった新一にどうしたのかとその顔を覗きこむ。
「…昨夜、10年前の蘭に逢った」
「え??」
「夢、なんだろうけど…目ェ覚ましたら隣に、13歳の蘭がいた」
言いながら、一笑に付されるんじゃないか、もしくは
「な〜に?その頃の私のほうがよかったってこと??」
とでも言われるかとちょっと決まりが悪そうに話した新一だったが…
「…それで、新一はどうしたの?」
予想をかけ離れた真顔で尋ね返されて新一はちょっと驚く。
真剣に自分を見つめて答えを待つ蘭の瞳は昨夜見た13歳の蘭と少しも変わらなかった。
『新一は、私の運命の人なの?』
と震える声で尋ねてきた、少女時代の蘭と。
ああ、昨夜のことは…
夢じゃなかったんだな。
科学や人間の力の及ばない不思議なちからで…13歳の蘭と、23歳のオレは、お互いの夢を借りた異次元で…逢えたんだな。
不条理なものは信じないはずの新一だったが、今回ばかりは違うようだ。
「…こうした」
そう言って新一は蘭の左手をとると、薬指の付け根に唇を寄せた。
それが触れるか触れないかのうちに、
「…夢じゃ…なかったの…?」
蘭の震える声がおずおずと尋ねた。
どうやら蘭も、完全に思い出したらしい。
それなら。
「…10年経ったぜ。蘭の、運命の人は誰だ?」
「……しん…いち…」
そのまま薬指に接吻ける。
「ここのサイズ、教えろよな」
そう言って見上げると、蘭の瞳から涙がぽたぽたっと零れた。
end
作者様後書き
こう言う、日常ファンタジーはけっこう好きです。
コナンもある意味ファンタジーな作品だと思うので
こう言うのもアリかな…?と思って書いてみました。
最後さりげにプロポーズ直前話になってるのは書いた時期が6月だからでしょうか??
肝心のプロポーズはまた後日…かな?
読んでいただきありがとうございました。
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