YOU&I
by あおり様
「拭けよ」
「…何よ。泣いてないわよ」
差し出したハンカチにも、目も向けようとしなかった。
普段は太陽に向かって咲く向日葵みたいに惜しみなく出された彼女の白い額は今日はしょんぼりと俯いてしおれている。
人のあらかた去った試合会場のロビー。
二人が待つひとはなかなかその姿をあらわさなかった。
「…蘭、かわいそう…」
「……仕方ないだろ。これはスポーツだ。勝ち負けがあるのは当たり前だ」
「でもっ…」
「でも、なんだ?」
園子が顔をあげる。涙をためた瞳が怒りを含んでいる。
「あの人、蘭の髪掴んだ!」
「…あぁ」
「新一君だって見てたでしょ?あれがなければ蘭が勝ってたのに!審判、どうして何も言わないの??」
「…俺にも、そう見えた。でも審判の目には入らなかったか、反則行為とするに至らないことだと判断したんだろう」
「そんなのって…!」
「…少なくとも表面上は、スポーツの世界は審判の言うことが絶対だ。」
最終試合。蘭の組み合った相手は当然のように強かったが、それでも蘭のほうにやや分があるように感じた。
終盤、そろそろ決まるか、と思っていたとき相手の動きをかわした蘭の、ポニーテールに結われた髪の房がよろめきかけた相手の手に絡んだ。
その瞬間、故意…でないことを祈るが、相手は手を強く引き、ふらついた蘭は直後に技を受けて、1本を取られてしまったのだった。
観戦していた新一があっと思ったとき、園子が隣の席で自分がそうされたかのように悲鳴を上げた
試合を終えて蘭が一礼し、会場を出て行ったあと、勝った相手が仲間たちと談笑しながら指に絡んだ…蘭の…髪の毛を無造作にむしってゴミ箱にぽいと捨てているのを見て怒鳴りそうになった園子を、新一は必死で抑えた。
それから小一時間になるが、蘭はまだ戻らない。
しばらく黙っていた園子が、不意に言った。
「蘭、髪切るかも」
「…あ?」
「あんなことあって、悔しくないはずないもん」
いいことを思いついたようにうんうんと頷く。
「そうよ!切ればいいわ!そしたら蘭がもうこんな目にあわなくて済むのよ!超カッコイイ、イケメン美容師のいる店でばっちりキレイにしてもらうのよ!」
拳を握って力説する園子。
急にうるさく喋りだしたのは、そうしていないと 泣いてしまいそうだから。
それがわかっている新一は、止めることはせず、少し困ったように見ていた。
「どーせならばっさりよね!私と同じくらいの長さかな」
「…ん」
「軽く見えるようにちょっと明るい色にしたりして!」
「そっか」
「親友同士おそろいの髪形ってのもいいかもしれないわ!」
「ああ」
興奮気味に話す園子を
穏やかに見ている新一の様子にちょっと、不満を感じて言う。
「…何よ。切っちゃっても平気なの。蘭のあのキレイな髪」
「どんな髪形になったって蘭は蘭だからな」
「あの髪、好きなんじゃないの?」
「長いからじゃなくて 蘭の髪だから好きなんだ」
言ってくれるじゃないの…
と呟いて話し疲れたようにふう、と息をつく。
「蘭が戻ったら、よろしく頼む」
「…はぁ?彼氏の出番じゃないの?」
「まずは、オメーの顔を見たいんじゃないかな」
「…そうかしら」
「オメーの無駄な明るさは無条件に人を救う」
「なんですって…!」
それは冗談としても、園子と蘭とはシンクロしてるからな、と言う。
何のことかわからない、と言うように新一の顔を見る。
「オメーはさ、蘭と同じことに腹立てたり、喜んだり、泣いたりして心の一部が繋がってるみてーだろ。だからオメーが思ってることは たぶん蘭だってそう思ってるんだ、きっと。だから今蘭は、オメーがきっと悔しがって、泣いてるってわかってるはずなんだ。…自分が、悔しくて泣いてる時は…きっと園子もそうだって」
「……」
「だからこそ、泣いてる姿見せないように 気持ちを切り替えて園子の前にたてるように今、頑張って涙止めてから戻ろうとしてるんだよ。」
「園子はもし、自分のことで蘭が泣いてたらどうする?」
「……平気よって、笑ってみせる…」
「そうだろうな。蘭もそうする」
そう言って園子の頭を、ごく軽くぽんと叩く。
顔を上げると、蘭が小走りにこちらへやってくるところだった。
その顔にはもう、涙の跡も無い。
「蘭!」
駆け寄って、ごく自然に手を取り合う二人。
「残念だったね…」
「うん。でも仕方ないよ、試合なんだし。園子たちが応援してくれてたから頑張れた…」
「ね、髪…大丈夫?」
心配そうに声をひそめる園子。
蘭は少しだけ切れ毛になってしまった髪をなんでもないようにさらりと流して、
「平気よ、これくらい。それより私、疲れちゃった。なにか甘いもの食べたいな」
「やっだ、任せてよ!美味しいケーキ屋さんちゃんと調べてあるんだから!」
「うわー、さすが園子!」
抱き合ってきゃあきゃあ騒ぎながら、園子と蘭は新一を振り返って声を揃えた。
「「スポンサーさん、よろしくお願いしま〜すvv」」
あ、俺なのね…
新一が苦笑いしつつOKサインを出して見せると早速二人は何を食べようかとかオススメはどれだとか喋り始める。
最初はどこかぎこちなく振舞っていたようだった二人も、お互いの明るさに救われいつしか自然と笑顔になっていた。
園子が女で良かった、と新一は思う。
「男だったら、恋敵だな…」
「何、なんか言った??」
腕を絡めてふりかえった二人に
「オメーら、仲いいな、って言っただけ」
「そうよ、親友だもん」
「「ねー。」」
会場を出て、木漏れ日の中を笑って駆けて行く二人を
歩いて追いながら、新一はこっそりと
口には出さないけれど何度目になるかわからない
園子への感謝を、心で呟いたのだった。
END
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