強いオンナ



By be様



私が、灰原哀から宮野志保に、江戸川君が工藤新一に戻ってから、
もうすぐ、5年が経つ。

私達は、それぞれ、大学生になり、別々の道を歩んでいる。
私は、医学部に進み、研究を続けている。
工藤君は、法学部に進み、探偵を続けている。
阿笠博士の家に、まだ住んでいるから、本来はお隣同士。
だけど、顔をあわせる事は、ほとんどなかった。

工藤君は、事件を追いかけているときは、ほとんど、自宅に戻らないし、
戻った時は、蘭さんとの時間を過ごしている。
私も、大学の研究所と博士の家の地下室との往復の毎日。

元々、組織の中で、誰一人信じれる人もなく、生きてきた。
そんな生き方を今更変えられるわけもなく、今では、立派に「強いオンナ」のレッテルにも慣れた。
研究所にいる時は、スカートよりもパンツスーツの方が動きやすい。
あの事件の解決の時、工藤君と何度かテレビにも出ていたので、
興味本位の野次馬避けに、サングラスをかける。
移動の際に、博士のビートルを使うわけにもいかず、買った車が、4WDのチェロキー。

友達を作って、女子大生をエンジョイするために大学に行っているわけじゃないから、
未だに、友達と呼べるのは、工藤君の彼女、蘭さんくらいだ。

1人で生きていくことには、慣れていたし、淋しいとも思わなかった。

ただ、灰原哀と江戸川コナンとして生きていた、束の間の時間。
少年探偵団として共に遊んだ、吉田さん、円谷くん、小嶋くん。
初めて「友達」という存在ができ、くすぐったかった。
灰原哀のまま、彼等と過ごすこともできた。
その方が、楽な生き方だったのかもしれない。
その方が、幸せだったのかもしれない。
でも、それは「自分の運命から逃げるな」といった、工藤君の意思に反する。


今、研究室では、遺伝子シークエンスの研究が続いていた。
院生の私は、夜遅くまで、こき使われた。
電車がなくなるまで研究室にいることも多いので、通学は車になってしまう。

今日は、めずらしく、明るいうちに帰ってこれた。
実験がひと段落したからだ。
家の近くまで来たとき、工藤君の歩いている姿が見えた。
ポケットに手を入れたまま、歩いている。
後姿だけで、それが、彼だとわかる。
「工藤君」
横に並んで、声をかける。助手席側の窓を開け、手を振る。
「志保?」
「乗ってく? って、すぐそこだけど」
「ああ」
迷いもなく、助手席に乗り込んでくる。
「珍しく、早いのね」
「オレも、一応、大学生だからね。今日は大学帰り。ったく、毎日事件起こってたら、体もたねーよ」
「でも、事件がないとつまらない顔するくせに」
「・・・久しぶりだな」
「そうね・・・」
そして、沈黙。

私達2人には共通の秘密があった。
関係者以外には誰にも話せない、壮大な秘密が。
今更何も言わなくても、わかりあえる。
恋人とは違った意味で、私達は、深く繋がっている。

「今、何やってんだ?」
「私? 相変わらず研究よ。ゲノムの解析と応用ってところかしら」
「相変わらずだなぁ・・・」
表情がふっと緩む。
「たまには、力抜いたらどうだ?」
「今更、別の生き方をしようとは思わないわ。私はこれでも結構楽しんでるわよ」
「・・・研究は、奴らに強制されてやってたんだろ? 他のもん探すほうが、いいんじゃねーか?」
「他のもの・・・なんて、何もないわよ。私には、この世界だけ」
「だから、探せって。今からでも見つかるだろ?」

とっくに家の前まで着いていた。
車を停めても、工藤君は降りようとはしなかった。

「このままじゃ、駄目なんじゃねーのか?」
工藤君の真剣な眼差しが、胸をついた。
きっと、彼は思いついたことを口にしただけ。
なのに、私は責められている気持ちになった。
「他の世界なんて知らないわ! 子供の頃から、私には研究所だけ!
 小さくなってからだって、あなたや私自身を元の体に戻すために薬を作るしかなかった。
 守るべき人も、守ってくれる人もいない。私は、1人なのよ!!」
いつの間にか、声を荒らげていた。
今まで溜め込んで来た事を一気に吐き出せた気がした。
「・・・お前、前に言ったよな。不本意とは言え、自分で作った薬のせいで命を落とした人がいる。
 その人たちのためにも、今度は人を救うことをしたいって。
 だから、灰原のまま生きることの方が楽なのに、宮野志保に戻るんだって」
工藤君は、あくまでも冷静だった。
犯人を追い詰める時の、落着きはらった瞳。
「でも、もういいんじゃないか? もう、自分を許してやれよ」
「工藤君・・・」
「ばーろ。泣いてんじゃねーよ」
「え??」
工藤君に言われて、初めて気付いた。
私は、涙を流していた。
「やだっ・・。ゴメンなさい」
拭っても拭っても、涙はとめどなくこぼれ落ちてきた。
人前で、しかも工藤君の前で泣くなんて・・・。
「志保も蘭と同じだな」
「蘭さんと?」
「強がり」
「なっっ」
強いオンナと言われることには、慣れていた。
それが見せかけだけだということは、工藤君には、バレていた。
平成のホームズと呼ばれる彼に、私の演技力なんかは子供だましなんだろう。
まったく、役者不足もいいところ。
「ホントに、甘えるってこと知らねーよな、まったく・・・」
言うと、工藤君はいきなり私を抱き寄せた。
「時々は、力抜かねーと、もたないぜ」
子供をあやす母親のように、腕の中に包み込み、背中をポンポンと叩く。
その瞬間、私は何もかも忘れて、工藤君に身をまかせていた。

「あんまり強くねーくせに、いつまでも強がるなよな」
「・・・ごめん」
「学習能力ねーのかよ。少年探偵団の時、1人じゃできなくても、みんなが集まればできたことあったろ?
 助けを求めることを恥ずかしいと思うなよ」
「そういう工藤君だって、全部1人で抱え込んでたじゃない」
「オレはちゃんと、お前や服部に助けてもらったよ」
「そうかしら?」
「それに、蘭にも助けられっぱなしだったしな」
蘭さんの名前が出たところで、私は、思わず工藤君の腕の中から逃げ出した。
「志保?」
「ゴメンなさい。もう、大丈夫よ」
今更ながら、家の前にいることを思い出す。
蘭さんが工藤邸にいるかもしれないのに。
私ったら、ホント、バカだわ。
結局、強がるしかできないんだから。

工藤君はまだ半信半疑で私を見ていた。

「さっきの話、考えてみるわ。他の道があるのかどうか」
「ま、志保がそう言うんだったら、今日のところは許してやるよ」
「あら、あなたに許してもらわなくても結構よ」

相変わらずの私の強がりを、工藤君は笑って受け止めた。

バカね。
私が志保に戻った理由は、それだけじゃないわ。
本当の理由は・・・

これだけは、誰にも言えない。
正真正銘、私だけの秘密。

「じゃ、オレ行くわ」
「ええ。ありがとう」

工藤君が門をくぐって自宅へ入るまで見送ると、私は車を阿笠邸へと回した。

そうね、考えたら隣同士なのよね。
今まで意図して避けていたから、その事実を改めて思い知る。
あなたが、ここにいるなら、私はいくらだって強くなれる。

『オンナは思い出だけで生きていけるのよ』
俗っぽい言葉だけど、その通りね。
少年探偵団として、共に走り回った日々。
組織を潰すために、共に捜査した日々。
私が灰原哀であり、工藤君が江戸川コナンであるという事実。
蘭さんにすら明かしていない、その秘密を私達はこれからも守り通していくのだ。


あなたには帰る場所があることは、最初からわかっていた。
それでも、共に過ごせることだけで、よかった。
同じ秘密を共有できることだけで、よかった。

そう、あなたが幸せに暮らしていることが、私の力になる。
男より女の方が強いのよ。
特に、好きな人に対しては、ね。
それを強がりと呼ぶのなら、それでもいい。


夫に先立たれた妻と、妻に先立たれた夫。
女性の方が寿命が長いのだから、必然的に女のほうが1人で生きる時間が長くなる。

外に出て働く夫を待つ、遺伝子。
子供を育て、家庭を守りぬく、遺伝子。
女にはそんな遺伝子が組み込まれているのだろう。


その遺伝子は、間違いなく私の中にも存在している。
蘭さんが、ずっと工藤君を信じて待ち続けたように。
私が、必死でアポトキシン4869の解毒剤を作ったように。

それが、女の強さ。

腕力に頼る、男の強さとは違う、芯の強さ。


だからこそ、あなたを想う、その心だけで、私は強く生きていけるのだ。




FIN…….



戻る時はブラウザの「戻る」で。