優しい夜明け



By be様



冴えた空気が、ピンと張り詰めたものになる。

「おあつらえむきの快晴か」

快斗はKIDのタキシードにマント姿でビルの屋上に佇んでいた。
満月が濃い影を作り、夜の静寂の中に、辺りを青白く浮かび上がらせる。

快斗は、しばしKIDとしての仕事を忘れて、その景色に見惚れていた。



青子にも、この景色を見せてやりたいな。



不謹慎なことを考えながら、凛とした表情に戻る。
快斗の最愛の人・青子は、KIDの敵である中森警部の娘。
予告日には、決まって、その小さな胸を痛めながら眠れる夜を過ごすのだろう。

「さてと。そろそろ行くか」

怪盗等という仕事上、夜の風景は見慣れてきた。
通常は立ち入り禁止の高層ビルの屋上に立ち、高校生という立場を忘れ、夜更かしの常習犯になっている。


冬の晴れた夜は、いつもよりも冷え込む。
放射冷却がもう始まっていた。

一瞬、身震いを覚えたが、快斗は気を取り直して、モノクルをかけ直す。


時計で時間を確認する。
よし、予告時間まで、あと3分。


快斗は、目を閉じて深呼吸すると、ビルの谷間へと身を投げ出した。












同じ頃、青子は自室の窓から外に輝く満月を眺めていた。

今日はKIDが予告日だから、警察官の父親は捜査に追われている。
ひとりぼっちの夜。

こんな日は、どうしても眠れない。



知らなければよかった。

KIDの正体が、快斗だなんて。



ねえ、快斗。
ドジって、お父さんに捕まったりなんかしてない?
怪我なんてしていない?
こんなに明るい満月だから、正体を見られたりなんかしていない?

不安ばかりがよぎる。



知らなければよかった。

快斗がKIDとして、怪盗を続けている理由なんて。








でも、快斗の秘密をしらない時も、不安だったことには変わりない。

小さなギモン。
あんなにKIDのファンを公言してはばからない快斗が、KIDの犯行現場を見に来たことが無い。
いつだって、『家でマジックショーを・・・』とかなんとか予定があると言って。

それは心の底に、しこりのようにわだかまっていて、離れなかった。


ねえ、快斗。
まさか、そんなはずないよね?


ずっと、そう思い続けていたから。







真ん丸い、満月。

月光には魔力があるという。
快斗は、その魔力をも取り込もうとしているのだろうか。
だから、こんな満月の日を予告日にしたのだろうか。

月を眺めながら、青子はそんなことを考えていた。


冴え渡った冷涼な空気は、凛とした快斗のもう1つの表情を思いおこさせる。
どこか嘲笑うかのような、不敵な笑顔。
どこか冷めたような、自嘲的な微笑み。
1度だけ、快斗は青子にその表情を見せた。

いつもの人なつっこい笑顔とは違って、大人びた笑顔。



あんなの、快斗じゃないよ・・・・。



そう思いながらも、やっぱり、快斗なんだと思わずにはいられない部分もある。
例えば、マジック。
快斗が大好きなマジックを、KIDも披露したことがある。

快斗、なんだね・・・。






不安でたまらない。

父親がKIDの話をするたびに、いつの日か、捕まえられて正体がバレる日が来るのではないかと思う。
正体を知っていながら、大好きな父親にも話せずにいる自分。
それこそ、夜も寝ずに、幾晩も泊り込んで、KIDを捕まえようとしているのに。





そんな青子の不安をよそに、月は角度を変えてゆく。

もう何時間、そうやって、ただ月を眺めていただろうか。

眠さも、寒さも、感覚が無くなっていた。





「まったく、風邪ひくってんだ」




気付かぬうちに、青子は出窓に突っ伏したままウトウトとしてしまっていた。
快斗は、まだKIDの服装のまま。
青子の部屋のベランダに降り立つと、ハンググライダーをしまう。

慣れた手つきで鍵をあけ、部屋の中に入り込んだ。

眠ったままの青子に、ベッドから毛布を引っ張ってくる。

「ん・・・・」

起こさないよう、心がけたつもりだったが、毛布の先が頬に触れてしまったようで、くすぐったさから青子がうっすらと瞼を上げた。
そして、目の前にKIDがいることに気付くと、一気に眠気が引いていった。

「快斗!!」

起き上がって、思わず、ギュッとタキシードを掴む。

「え、あ、おい。青子?」
「本物・・・だよね?」
「寝ぼけてんのか?」
「・・・・おかえり」
「・・・・・。ただいま」

何も言わなくても、その一言だけで十分だった。



快斗は、KIDの変装を解くと、ベッドに座り込む。

「なに夜更かししてんだよ」
「快斗こそ」
「オレは好きでやってんの」

真夜中と呼べる時間帯も、とっくに過ぎ去っている。
それどころか、警察を撒くために、色々と策を弄してきたから、すでに夜明けが近い。



「ねぇ、夜明けって、悲しいよね」
「はぁ??」



突然の話の転換に、快斗は素っ頓狂な声を上げる。
少し空想癖のある青子の常で、時々、突拍子もないことを言い出すことがある。
それには、慣れたものだったが、仕事の後の興奮が治まっていない快斗は、一瞬、反応が遅れる。

「夜明けって、嫌い・・・・」
「そうか? 普通、夜明けって、希望に満ちてる!って感じじゃねーか?」
「うん・・・。そうだけど・・・」

青子は、少し、言いよどむ。

快斗に反論されて、気持ちが揺らぐ。

「あのね、太陽の目で見ると、朝に登ってくるから希望に満ちて見えるのかもしれないけど・・・」
「けど?」
「けど、月とか星とかって、太陽が出てくると消えちゃうなじゃい。
 少しずつ東の空が白んでくると、1つずつ、お星様が消えてっちゃうの。それが、悲しいなぁって・・・」

快斗は、パチパチと瞬きをしてしまう。
毎度のことながら、青子の目の付け所は違う。

自ら光り輝いている星達といえども、太陽の強烈な光の前では敵わない。
同じ恒星ではあるけれども、地球からの距離が格段に違うのだから。
太陽の光も、月の反射光までは消し去ることはできないが、白くぼんやりとした色は、ひ弱く感じられる。


まるで、空の王者は、太陽であると言うことを主張しているように。


太陽の隠れた夜にだけ、輝くことを許された星達。


青子の心は、太陽ではなくその儚い星達に向けられているのだった。
それが、いかにも青子らしくて、快斗はつい、小さく笑みを漏らしてしまった。

「あ、笑ったぁ!」
「わりー。わりー」

それが青子の優しさ。
すべてのものに、平等にその想いを振りまく。



きっと、それが、誰からも見放された存在であっても。



「青子らしいって思ってさ」
「青子らしい??」
「そ。いっつも、日陰のものにも愛情注いでるよな」
「日陰ぇ??」



今度は、青子が瞳を丸くする。

「例えば・・・・。KIDとか」

快斗は、意地悪く笑ってみせる。




公にはできないことをしている。
父親の死の真相を知りたくて、父親を真似てKIDを始めた。
自分のしていることが、犯罪と呼ばれるものであることは、十分に承知している。

夜にしか、輝けないもの。

それは、紛れもなく、自分のこと。






朝の光と共にKIDは消えて、オレは快斗に戻る。






「じゃあ、オレ達だけでも、消えていく星達を見送ってやろうぜ」
「うん!!」





夜明けは、悲しくなんかない。

青子の優しさに触れられたから。


気付いているだろうか。

それだけで、朝が、違って見えるのだということ。







青子も、さっきまでの塞いだ気分が払拭していた。


あ、そうか。
快斗が一緒にいるからだ。


悲しかった夜明けの光が、優しい光に満ちてみえる。






Fin…….



戻る時はブラウザの「戻る」で。