結婚式の朝に・・・<side by 平蔵>



by COCONUT様



「・・・よう晴れとるな。」

まだ早い朝だったが、庭の木々の緑に強い日差しが、降り注いで
思わず目を細めた。

今日は、一人息子の平次の結婚式だ。
生まれた頃から、我が子同然に可愛がってきた和葉ちゃんとの結婚式だけに感慨も深い。
いつの頃からか、幼馴染という感情だけでは語れない二人の関係に気づいてはおったが、殊更親がけしかけるものでもないと放っておいた。
まぁ、静は二人をくっつけようと色々画策するのを見てみぬふりはしておったが。

「平蔵さん、早う朝ごはん食べて、支度しないと遅れてしまうで」

既にすっきりと身支度を整えた静が、小走りにやってくる。
普段ばたばたしない静が、頬を紅潮させて、家の中を小走りしているのは珍しいことだ。
それだけ、緊張し興奮しておるのだろう・・・。

朝ごはんの席には、仏頂面をした平次がもくもくと一人朝ごはんを食べておった。
息子がわしより早く起きているのは、珍しいことだ。
まあ、こいつなりに緊張しておると思うと、思わずひっそりと笑みがこぼれる。

「おとん、なに笑っとんねん」
「何でもない、それより早よ式場行かんでええのんか?」
「和葉はもうじき行くようやけど、俺らは11時くらいでええみたいや」
「・・・そうか」

「平蔵さん、平次、食器は流しにおいておいてや、私そろそろ行くよって」
「なんや静、もう行くのんか?」
「和葉ちゃんの支度みたげなあかんやろ、それじゃまた式場でな。平次遅れちゃあかんよ!」
「へーへー、気ぃつけるわ」

・・・そうやった、親友の妻はまだ和葉ちゃんが5歳になるかならんで亡くなってしまって、遠山は男手ひとつで娘を育ててきたんや。
遠山も平次を我が子同然に可愛がってきてくれたが、目に入れても痛くない可愛い一人娘を嫁にやるのは、わしとはまた違う感情だろうな・・とお茶をすする。

「なあ、おとん」
「なんや」
「おとん達はどうやって知りおうたん?」

ぶほぁ・・思わずお茶をこぼす。

「あーおとんヤケド大丈夫け?フキン持ってこよか」
「いや・・・いい」









・・・わしが静と知り合うたのは、もう何年前の事やったろうか。

まだ若手の刑事で京都府警にいた頃やった。
夜勤明けでこれから独身寮に帰ろうと思っていたところやったんや。

「きゃー!!!!」

声の方を見やると、若い女性が着物の裾でも踏んだんか駅の階段を踏み外して落ちそうになっていた。
とっさに走ってがしっと抱きとめると

「大丈夫やった?」
「へえ、大丈夫です。えらいすみません・・・」

消え入りそうな声で答えた女は、腕の中で真っ赤になっていた。

「あっ、あの服部平蔵さんやないですか?」
「はぁ、そうですが?」
・・・どっかで会うた事あったかいな?と自問する。

「やっぱり!そうやないかと思ったんです。何度か剣道の試合でお見かけしました」

幼い頃から始めた剣道は既に生活の一部になっていて、社会人になった今でも府警代表として何度も試合に出ていた。

「あんたも剣道やりはるのんか?」
「はい、小さい頃からやってます。・・・あの。」
「何?」
「もう、大丈夫です・・・」

なんとまだ腕の中に入れたままだった。
わしとしたことが。

「あっ・・・えろうすまんな、それじゃ気ぃつけて帰りぃ。」
「はい。ありがとうございました。」にっこり微笑んだ。

わしは、歩き去ろうとしたが、その女はなかなか前に進めない。
どうやら足をひねってしまったようやった。

「大丈夫やないようやな。送っていくよって住所教えてや」

京都の道は入り組んで、なかなか車が入れないところも多い。
結局恥ずかしがる彼女をおぶって自宅まで送っていったのやった。


”呉服のいけなみ”と書かれた時代がかった看板の前で

「ここです、ほんますみません・・・」
「じゃあ、病院で見てらわなきゃあかんよ」と歩き去る背に
「あの服部さん、あがって行って下さい!」と声がかけられた。
「気ぃつかわんといてや、それじゃ」と背中越しに手を上げた。
「ありがとうございます!私池波静華といいます。」

・・・いけなみ しずか?どっかで聞いたような名前や?
いけなみ?いけなみ?いけなみ?
そうや、この前の剣道大会の時や、K女子大にえろう別嬪な女剣士がいるって
府警の連中が大騒ぎしとったんや。
まぁ確かにあの容姿からは、剣道をやる姿は程遠いかもしれん。
そう思った道すがらだったが、その後日々の忙しさにかまけて
すっかり忘れとった。






その次に会うた時は確か・・・そうや2月の近畿大会の時や。

「服部さん!」息を弾ませて小走りに駆け寄ってきたんや。
「あ、」
「あの時はえろうご迷惑かけてしまって・・・すみませんでした」
「もう足は?」
「はい、大丈夫です、今日は試合にではるんですか?」
「午後の一番からや」
「そうですか、うちは今から試合ですねん、お時間あったら見て下さい。」
「静華〜試合始まるよ、早よせな、間に合わへんよ」
「今行く〜」


あの時の着物姿とは、うって変わった胴着姿、きりっと髪をまとめた姿は、まあ府警の連中が騒ぐのも無理はなく、思わず目を細めた。
剣道をしている姿も、見たとおりの姿やった。
凛としていて、1本を次々と決めていく。
彼女の所属するK女子大は惜しいところやったが、それでも3位の好成績を修めたのやった。


「服部、なんやお前池波さんと知り合いか?」
「いや・・」
「どこで知りおうたん?紹介してや」
「いや・・」

仕事以外では極端に無口になる平蔵に痺れをきらしてそのまま話は立ち消えになった。




「服部さん、優勝おめでとうございます!」

笑顔を浮かべた彼女が門の外で待っていた。

「あ・・・」

学生の部はもうとうに終わったはずやのに、ほっぺも鼻もが赤くなっておって、長いこと待っていた様子が伺えた。

「服部〜頑張りや」
「なんでこんな無口な奴がええのんかいな〜」

とあからさまに府警の猛者達が野次を飛ばしながら帰っていく。

「寒いから、お茶でも飲もか」
「はい。」

それからなんとなく付き合いが始まったんや。
付き合いっちゅう付き合いやないかも知れん。
将来を約束した訳でもなし、好きやと甘い言葉を囁いた訳でもない。
京都府警から大阪府警に異動したり、刑事としてますます忙しなった身で、当日約束を破った事も度々あったし、流行のスポットに連れて行ってあげる訳でもなく、まめにプレゼントする訳でもない。
静も今年大学を卒業して、京都の銀行で働き始めていた。
それでもいつも待ち合わせの時は、あの時待っていてくれたように笑顔やった。
今日はなんや珍しく事件もなく、約束の時間に行けそうやった。
静の好きな画家の美術展が難波であるようやった。



「平蔵、ちょっとええか?」

隣の部にいる遠山が顔をひょいと覗かせた。

「なんや」
「ちょっと、ちょっと」

と手招きされ自販機コーナーに誘われた。
小学校から大学までずーっと一緒、それどころか二人共今は大阪府警の刑事として働いていた。

「実は、結婚することになったんや。」
「そうか、おめでとう」

遠山がだいぶ前から、大学時代の後輩と付き合うとったのは知っていたし何度か紹介もされていた。
きっとこいつやったら、気の利いた言葉をかけたり出来るんやろな。
遠山は誰にでも気遣いのできる優しい男や。

「平蔵は、まだなんか?」
「えっ?」
「知っとるぞ!なんやえらい別嬪さんと一緒に歩いてたそうやないか。こっちは紹介しとるのに、紹介もしてくれんなんて水臭いやないか俺と平蔵の付き合いなのに!」
「そんなん違う。もう帰るで」
「待てや」

と言う遠山を振り切って、待ち合わせ場所に急いだ。


待ち合わせの場所に行くと、既に静は席についていつものように紅茶を飲んでおった。
心なしか顔色が沈んでいるようや。

「あっ平蔵さん、今日は早いね」
「ああ、行こか?美術館は8時までやろ?」
「実はな、話があるんよ」
「何や」
「私な、お見合いの話があるみたいなんや、親も乗り気みたいでなそれで・・・」
「行こか」伝票を持って立ち上がった。
「えっ?」
「静の家に行くんや」

驚いた顔をした静と共に、そのまま京都にある彼女の実家に行った。
その時の行動は、自分でも信じられない位や。
出てきた父親に向かって、開口一番

「服部と申します。静華さんとお付き合いさせてもらってます。お嬢さんと結婚させてください」

と一気にまくし立てた。
隣に座った静が一番びっくりして、目を見開いておったようやった。

静の父親は、危険を伴う職業である刑事に大事な娘をやることには難色を示したが、同じ剣道を嗜む身である自分を最終的には認めてくれたようやった。



駅まで送ってもらう道すがら

「何や嘘みたいやわ、私、平蔵さんのお嫁さんになるんや」

と静は足元を見つめながら嬉しそうやった。

「・・・・」
「もしかして、勢いで言ってしまってん?私がお見合いがあるって言うたから」

心配そうに顔を覗きこんだ。(なんせ身長差が25cmもある)

「そんなんや、ない」
「・・・ええの?」
「・・・一生大切にするから」

ぼそっとつぶやくとちょっとびっくりした顔をした後、大きな瞳に涙を浮かべてにっこり微笑んだんや。






次の日、遠山に

「結婚することになった」

と一言告げると

「エエーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!」

と府警内に響き渡る大声で絶叫しとった。















「・・・おとん、おとん」
「あっ・・・何や」
「大丈夫け?ぼーっとしとったで」
「あーそうか」

ジリジリリリリリリリリリ・・・・・

「はい、服部です」
「平次、何やっとるの!まだ家にいるん?もうこっちきて支度せなあかんよ。平蔵さんと一緒に早よ来てや。」
「へいへい」

ガチャン。

「おとん、そろそろ行かなあかんみたいや」
「ほな、行こか・・・・」

・・・そうや、あれから27年や。
今日はほんまええ天気や、絶好の結婚式日和や。




END





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