素直になれたら…



BY えいも様



ある春の日
この日、中森青子はいつものように中森警部の弁当を届けに行った。
父の中森銀三は警視庁の、怪盗キッド専門の警部だった。
「おう、いつも悪いね、青子」青子は父親に話していた。
そのとき、
「あら、青子ちゃん!」
青子と同じ米花女子短期大学に通っている毛利蘭と彼女の彼氏、工藤新一がやってきた。

蘭と青子は現在、短大2年生である。
蘭とは短大の入学式で意気投合になった。
それ以来、蘭と青子は一緒に買い物に行く仲だ。
蘭の彼氏は、あの有名な探偵だ。蘭を通じて、新一と知り合ったのだ。
二人は、高校卒業と同時に恋人同士になり、今や同棲もしているという。もちろん経験も済ませているらしい。
青子は二人の関係がうらやましかった。
(いいな…、蘭ちゃんと工藤君、本当にお似合いだね。)

「蘭ちゃん!それに工藤君も!」
「こんにちは、青子ちゃん」新一は青子に笑顔で挨拶した。
「工藤君、元気だった?」
青子は新一に好意を抱いていた。しかしそれは決して恋愛感情ではなく、兄に対する尊敬の目で見るという感情に近かった。「相変わらず蘭ちゃんとラブラブだね〜♪」と新一と蘭の仲をからかった。
「今日こそ、青子のお父さんが怪盗キッドを捕まえるんだから!」と青子がいった。新一と蘭はそんな青子を微笑ましく見た。
三人でわいわい話していると、森川 隆志刑事がやっていた。
「やあ、青子」
「森川さん…」青子の表情が曇った。
森川は青子の肩を抱こうとしていたが、青子がそれを拒否していた。
新一も蘭も、森川の行動に不審を抱いていた。
「じゃあ、私、用があるから…じゃあね!工藤君!蘭ちゃん!」
「「青子ちゃん!!」」新一と蘭が叫んだが、彼の視線を避けるように、青子は足早にこの場を去った。

走っていった先は、杯戸公園だった。
青子、どうして男性が怖いんだろう…。
青子は高校生時代、同じ学校の生徒たちから告白されたことがある。もちろんそのうちの何人かとは付き合ったこともある。
だが、相手からキスを迫られたり、それ以上の関係を求められると青子は彼らを拒み、逃げていった。
父の銀三はそんな娘を心配し、自分の部下である森川を紹介した。
父いわく、彼は確かに優しいし青子を大切に思っている。実際、昨年の青子の誕生日にはプレゼントの指輪を森川からもらっていた。だが青子は彼を本気で好きになれない。本当は付けたくないのだが、青子は仕方なく右の薬指に指輪をつけていた。
もし彼と肌を重ねたら…、そう考えただけで鳥肌が立った。
嫌だ!森川さんとはああなりたくない。

それに青子には忘れられない少年がいた。
その少年は青子より3つぐらい年下の男の子で、時計台で一人佇んでいる青子にマジックをみせた。
「オレ、黒羽快斗ってんだ!よろしくな!」
あのとき少年が見せた笑顔が青子を支えている。

(バカね…、向こうは青子のことなんか忘れているのに…。)

青子が夜空を見上げると、ジャングルの上に誰かがいた。青子がもっとも会いたくない人物、父の敵である天下の大怪盗、怪盗キッドであった。

「怪盗キッド!」
青子は思わず声をあげた。
怪盗キッドは顔を振り向き、青子を見下ろしていた。
白いシルクハットやマントに身を包まれ、片目にはモノクルをはめていた。

「こんばんは、お嬢さん」
キッドは不敵に笑い、ジャングルから飛び降りた。
青子はキッドを睨んだ。
「そんな顔をしないでくださいよ。中森警部のお嬢さん」
青子は自分が中森銀三の娘であることを、キッドが知っていたのを愕然とした。
「なんで、あんたが知っているのよ?!」
「それは企業秘密って事で」歯を見せた。

「あんたなんか大っ嫌い!世の女の子が貴方に夢中だと思っていたら大間違いよ!早く青子の前から消えて!二度と青子の前に現れないで!」
「どうして…貴女は、私を毛嫌いしているんですか?」
「決まっているんじゃない!貴方のせいよ!お父さんが世間から白い目で見られているのも、青子が一人で寂しかったのも!」
青子はそう叫んだとき、キッドの顔つきが変わった。
「あぶない!」
銃声が響いた。
キッドは青子の手を引き、公園にあるトンネルの中に隠れた。

気がつくと、青子はキッドに抱きしめられていた。
だがなぜか嫌悪感は沸かなかった。むしろ心地よいと感じてしまった…。でもキッドに知られたくないと思い、離れようとした。
だが…、青子の右手には血がついていた…。

「ぐっ…!」
キッドの顔が歪んでいた。そう彼は、何者かに撃たれたのだ。

「キッド!」
青子はキッドの着ているスーツ、ブルーのワイシャツを脱がせ、傷を見た。腹部に血がにじんでいたが、幸い内臓までいたっていなかった。
キッドの顔は汗でぬれていた。
「私はだい…じょ…うぶ…ですから…」
「ダメ!しゃべらないで!」

青子はキッドを寝かせ、腹部の手当てをした。
ちょうどカバンの中に入っていたガーゼで、傷口をふさぎ包帯をまいた。それにしても、ワイシャツを脱いだ彼の上半身をみて青子は赤くなった。
見た目とは違いたくましい体つき、無駄のない筋肉…。
(青子、なんでドキドキしているんだろう…?)
青子は彼なら抱かれてもいいと、危ない妄想まで至っていた。
そんなことを考えるのはやめようと思い、頭をブルブルと横に振った。
(やだ!青子は何考えているの?!相手は怪盗キッドよ!)

「お嬢さん?」キッドは首を傾げていた。

キッドはずいぶんと顔色が良くなった。
彼は青子を見て、微笑んでいた。その笑顔は彼が人前で見せるそれとは違い、優しかった。
「ありがとうな」
「そんな!青子は…」青子は赤くなり、下をうつむいていた。

キッドが体を起こし、シルクハット、モノクルをはずした。
彼の素顔は少年っぽかった。おそらく高校生ぐらいだろう。しかし表情は普段、短大仲間(蘭を除く)から、お子様と言われている青子より大人びていた。何より、くせのある髪型が青子と似ている。
青子は不思議な感覚に襲われた。キッドとは以前にも会ったことがあるような気がしているからだ。

「いいの?素顔、見られても」青子は問う。
「別に。オレもわかんねーけど、中森警部の娘であるオメーに見せてもいいと思ったから」
キッドのくだけた口調に、青子は驚きながらも、クスリと笑った。
その笑顔にキッドはドキッとした。
(オレ…、今ドキって…)
黙ってうつむいているキッドに、青子は首をかしげる。
「あのさ…、あんまり人の顔をジロジロ見ないでくんねーか?」赤くなったキッドがそっぽを向ける。
「ぶぶ…、アハハハ!」突然、青子が笑った。「な…!」キッドは驚いて青子に顔を向ける。
「だって…キッドもそんな顔するんだ!」ゲラゲラ笑う青子に、キッドはふっと笑う。

「オレも普通の人間だけど」と小さな声でつぶやいた。だがキッドの胸の高鳴りは止まらなかった。
「なあ、ひょっとして恋人いんのか?」
「え?」
突然キッドが青子の恋人の有無をきいてきた。青子の反応にキッドが苦笑する。
「指輪だよ」
「あ…!」青子は指輪を見た。
「うん…、一応…ね。」気まずい表情でうなずいた。そんな青子にキッドはこれ以上追求しなかった。
同時にキッドの中にモヤモヤ感が生まれた。

(なんだ?このモヤモヤした感じは…?)

「さてと、そろそろ帰るか」キッドは立ち上がり、ハンググライダーを広げた。
「もう帰っちゃうの…?」
青子は寂しそうな顔をした。なぜ寂しい顔をするのか自分でも分からなかった。そんな青子に、キッドは彼女の頭を撫でる。
「んな顔すんなよ…、また青子とは会えそうな気がするんだ」キッドはそういった。
そして初めて青子の名前を呼んだ。
「本当に!」
「ああ、約束する」
キッドは小指を青子に出した。青子も意味がわかり、小指を出した。
二人は指きりげんまんをし、それそれの帰途ついていった…。


江古田高校では黒羽快斗が、教室でボーとしていた。快斗は忘れられなかった。この間キッドである自分を助けた女性が…。
(あいつ、どうしているのかな…)
そう思いながら、クスと笑った。

「・・・ばくん。…ろばくん。…黒羽君!」クラスメイトの白馬探が呼んでいた。
「白馬!」快斗は驚いた。
「何ボーとしているんですか!もう昼休みですよ!」
「やべ…、早く食べなきゃ!」
白馬の後ろで小泉紅子がくすくすと笑っていた。「何を考えていらしてたですの?」
「お前らには教えられねーよ」呆れた表情で二人をみていた。
この白馬探と小泉紅子。2年B組では江古田高校で一番美男美女のカップルと言われているくらい、お似合いなのである。

快斗がお弁当を食べていると、校内放送で音楽が流していた。
今流行のDHUDHUの「素直になれるなら」である。

抱きしめてほしいよ ほんとはねぇ今すぐに…。

「またこの曲かよ〜」快斗がつぶやく。
しつこいくらい毎日、校内放送で流していた。
「あら、黒羽君には分からないわよ!」快斗のとなりにいた直美が言った。
「はいはい、分かりたくもありません」快斗はそっけなく言っていた。
そのとき、快斗は知らなかった。
この曲が青子との関係が縮まるきっかけになろうとは。

一方青子は短大からの帰りであった。
彼女はいつもi-podをぶら下げながら、音楽を聴いていた。そんな青子のお気に入りは「素直になれるなら」である。
レンタル屋でこの曲に聞き惚れ、以来青子の生活の一部になっている。
「君の声を聞くだけで〜、ふっと見つめられるだけで〜」
思わず口ずさむほどであった。
本当は蘭と帰るはずだったのだが、新一とのデートの予定が入ってしまったために、青子一人で帰っている。
森川とデートの約束をしていたが、用があるからとうそをつきデートを断った。
今、青子の頭の中では怪盗キッドでいっぱいであった。
大嫌いなはずなのに、気になってしまう存在になっていた。彼の端整な素顔や優しい笑顔に、心を奪われてしまったのだ。

(ダメダメ!相手は気障な泥棒、お父さんの敵なんだから!)
青子は頭を振った、そのとき…

「ママァ!」男の子の声がした。
横断歩道橋の上を見上げると、少年がぶら下がっていた。ボールをとろうとし、隙間から落ちたらしい。
青子は思わず階段を駆け上がり、少年の手首を掴んだ。
「はやく!お姉さんの腕を捕まって!」
「お姉ちゃん!怖いよぉ!」少年は泣き叫んだ。
青子は腕に痛さを感じた。筋肉が引き裂くような痛み。とてもじゃないが女性一人では持ち上げられなかった。
(腕が痛い…、お願い…落ちないで…)
少年の手首が青子の手から落ちようとしたそのときだった。

青子の隣にやってきた青年が少年の腕を掴んだ。
青子が横を見ると、学ラン服を着た高校生らしい青年だった。
「ボウズ…絶対に離すなよ」
彼は青子の腰に手を回していた。「いくぞ!」彼の掛け声とともに少年を持ち上げた。


「ありがとうございます」少年がお礼を言うと…
「バーロ!!こんなところでガキ一人がうろついているんじゃねー!もし落ちていたら、今頃オメーはあの世だぞ!!」快斗は少年を怒鳴った。
青子は驚く。
「ごめん…なさい…」少年は泣きじゃくっていたが、その瞳は快斗を見つめていた。
快斗は少年の額に自分の額をつけた。「もう一人で行くなよ、オメーの友達か親といたほうが絶対に安全だからな」少年を見つめる快斗の瞳は優しかった。
「うん!」少年は笑顔でうなずいた。
「あ、そうだ!オメーにこれやるよ!」快斗の手が握り、開いた手から出てきたのは…「わー!いいの?僕にもらっても?」
少年の手にはおもちゃの車があった。「ああ、お兄ちゃんは高校生マジシャンだからよ!」とウインクした。
快斗が立ち上がると。少年は走りながら手を振った。「バイバイ!お兄ちゃんとお姉ちゃん!」

「手を貸してくれてありがとうございました!」青子が快斗にお礼をいい顔をあげると、愕然とした。
(怪盗キッド…?)
快斗が青子の反応を予測していたように、青子の手をにぎり手の甲にキスをし、「青子嬢の勇気に頭を下げる思いですよ。ありがとう」と告げた。
青子が呆然としていると、「まだ紹介してなかったな。俺、黒羽快斗ってんだ!よろしくな!」快斗がバラを出し、青子に差し出した。青子はバラを受け取った。
そのとき、何かが思い出した。「ねえもしかして…」
「ん?」
「ううん!なんでもないの」青子は笑顔で首を振った。
青子は思った。
(覚えているのは青子だけだよね・・・。キッドはきっと青子のことなんて覚えていない)

「ねえ、どうして泥棒をしているの?」
青子は前々から思っていたことを口にしてみた。
快斗の顔が曇ったが、「それは教えられねぇな」と言っただけだ。
「そう…」青子はこれ以上追及してはならないと悟った。彼が怪盗キッドになったのは、きっと訳があると思った。
それでなければ、子供を叱ったり優しい笑顔を向けられたりするはずがないのだ。
「もしかしてキッ…」キッドの名前を呼ぼうとしたとき、快斗の指が青子の唇に当てた。「こういう姿のときは、快斗って呼んでほしいな♪」彼が子供みたいな笑顔でこう言った。
「かい…と…?」
「そう、快斗。んで、もしかしてってなんだ?」
青子は思い出したように「ねえもしかして、快斗って江古田高校の生徒なの?」
「ああ、そうだけど。ちなみに今、青春真っ最中の高校二年だ☆」
「そうなの?青子も江古田高校に通ってたの!」笑顔で答える青子に快斗は「もしかして中退?」と聞いた。
青子はムッとして「失礼ね!青子、ちゃんと卒業しています!快斗より三つも年上なんだから!」
「はあ?まじかよ」快斗が驚く、そして…「ぎゃはははは!」お腹を押さえて大笑いした。
「なっ…」怒りで顔を赤くしたが、同時に青子は安心感を覚えてしまった。

(そうか…、キッドもこういう表情をするんだ…)

あまりに彼の笑いが止まらないので「笑い事じゃないよ…」とつぶやいた。
「あ、わりぃ」涙を拭いた快斗が「てっきり俺と同い年かと思ってた。」
青子は一瞬、胸が痛かった。きっとお子様と思われたんだと思った。
「なあ?」先ほどとは違い、真摯な表情を見せた彼にドキドキした。
「連絡先、教えてくんねーか?」
「え…?」青子は突然の申し出に戸惑ったが、「恋人がいるってのは分かっている、けどオレはもっと青子のことが知りたい。話したい。」
そんな快斗の想いが通じたのか、青子は「いいよ…。快斗のも教えて?」と返事した。

快斗は嬉しそうに頷き、二人は携帯の番号、メールアドレスを交換した。
せっかくだから快斗と青子は近くのファミレスに寄った。だか、快斗に悲劇が待っていた。
青子が注文した料理は魚料理だった。店員が料理を運んできたとたん、快斗の顔色は真っ青になり…

「魚あああああああああああああああああああああ!」

快斗の悲鳴がファミレスに響き渡っていた。青子は首を傾げていた。
「快斗…、もしかして…魚ダメなの?」と青子が聞いた。
次の瞬間、快斗は気絶してしまった。

公園のベンチで青子は快斗を自分のひざに乗せた。快斗が目を覚めると、青子のひざの上にいた。快斗はびっくりして身を起こした。「青子、オレ…」戸惑っている快斗に「だって魚を見たとたんに、気絶しているんだもん。大丈夫?」
心配して顔を覗いている青子に、快斗はドキドキしながらもなんとかポーカーフェイスを保っていた。
「オレ、どうしても魚がダメなんだ…」と下にうつむいた。
快斗のお腹が鳴った。青子は笑って、「そうだと思って…残り物を持ってきたの!はい!」
それはファミレスで食べるはずだった料理を残り物バッグで詰め込んでいた。
「一緒に食べよう?」と笑う青子に、快斗は釣られて笑顔になった。
「「いただきます!」」
二人は談笑しながら、一緒に食べていた。それを見た者がいた。たまたま通りすがっていた新一と蘭だった。
「青子ちゃん、楽しそうだね」微笑む蘭に新一は同意した。
「青子ちゃんらしいな。森川刑事に対して、こんな笑顔を見せないもんな…」わずかに眉に皺をよせる。
「それにしても、青子ちゃんと一緒に食べている高校生…、新一にそっくりじゃない?」新一の顔をみた。
「そうか?それにしてもどこかで見たことあるような…」新一は高校生を睨んだ。
「そうかな?それにしても本当に青子ちゃん、幸せそうだね…」
二人は快斗と青子の邪魔をしないよう、その場を後にした。

「青子、どうしたの?」隣にいた恵子が聞く。
「え?」青子が驚いたが、「今日はやけに笑顔が多いなって…。もしかして森川さんとうまくいってるの?」
森川の名前が恵子の口から出たことに、不快感を覚えていたものの、「ううん、たいしたことじゃないよ」と笑顔で切り替えした。
喫茶店で恵子と食事をしていた。桃井恵子は大学に通っており、毛利蘭の親友、鈴木園子と同じ大学に通っている。
「恵子はどう?」
「二年生は大変だよ、単位をとるのにさ。後テニスサークルも忙しくて、大変!」そういう恵子は、どこか楽しそうに話していた。
二人がたわいもない話をしていると、青子の携帯にメールが来た。快斗からのメールだ。

(快斗…)
『今日は大変だったな!今日は予告も出していないし、キッドとしての仕事はなし。安心しな。そのうち、怪盗キッドとしてまた会いたいな…』
青子は嬉しかった。青子のことを気遣っていたことを…。
「青子?」恵子が聞く。「ううん、お父さんからだよ!早く帰ってこいってさ」
青子は嘘をついた。高校生の男の子とメールしているなんて言えない…。

その夜、青子は携帯を握り締めながら、眠りについた。彼から「おやすみなさい、私の愛しい青子嬢」とメールがきていたのだった…。
「素直になれるなら…」を聴きながら…

3ヵ月後、森川は青子の変化に気づいていた。
「青子?」と彼が声をかけていても、彼女は上の空だ。
「え?何?森川さん?」青子はこたえた。
「このごろ、僕の話、聞いていないな。青子、僕に不満にあるのか?」森川が聞いた。

青子はそんな森川にある決意を話そうと思った。
「あのね、私、あれから考えてみたんだけど、私達、別れたほうがいいと思うの。なんか森川さんと私じゃ、合わないというか…。とにかく別れたいの!自分の気持ちに嘘をつけないわ!」
しかし、そんな青子に森川は…
「青子は僕と過ごす時間がなかったから寂しかったんだね?僕だって刑事で忙しいし?また時間が出来たらデートしよう?ごめん、今から仕事なんだ・・・」と笑顔でレストランから森川は去った。
青子はあまりの森川の言動に絶句した。
もしかしたら、森川と別れられないかもしれない…。怪盗キッドが快斗だとバレてしまう可能性が高い。銀三に勘当されてしまうかもしれない。だが青子が何より不安だったのが、青子の存在で快斗の将来をつぶしてしまうかもしれないのだろうことだった…。

今日はキッドの予告日だ。いつもなら父親がいない寂しさに泣く青子だが、今日は違う意味で泣いていた。
(どうして。快斗のことばかり考えちゃうんだろ…)
快斗に対する不安が募っていた。
どれくらい泣いていたんだろう…。時間がだいぶ経っていた。帰ろうと思ったそのとき…

「青子?」キッドがいた。
いつの間にか「キッド」「青子」とお互い呼び合う関係になっていた。「どうしたんだよ?」キッドが青子の顔を覗いた。
いつもなら「いい加減にお父さんを返して!」だの「偽善怪盗!」だのキッドに憎まれ口を叩くのだが、今日は明らかに様子が違った。明らかにキッドを避けていた。
「青子?オレを避けてねぇか?」キッドは青子の手首をつかんだ。
「ちょっと…、離してよ!」青子は叫んだが、キッドは眉をしわによせていた。握る力も強くなった。「オメーが話すまで、離さねぇから」
初めて聞くキッドの冷たい声…
「いや…」涙目になる青子にキッドはハッとし、手首を離した。
「ごめん…不安にさせたな?恋人のことで悩んでいたか?」キッドの言葉に青子は「違う!」とかけたくなるが、キッドの悲しげな笑顔に何も言えなくなる。
「本当に大丈夫だから!」笑顔で不安を隠す…。

強がって笑顔で隠す不安は、君にはもう気付かれてるかな?

「ごめんね…、青子、もう帰るね」と言い残し、走り出した。

快斗は自分の拳を握った…。血が出てしまったが、自分ではどうすることもできなかった。青子を泣かせてしまったことへの罪悪感でいっぱいだった。
「あいつが泣いているところなんて見たくなかったのに、キッドである年下の俺じゃ青子の涙を拭ってやる権利はねぇよな…」と食いしばっていた。
その様子を見た快斗の母、黒羽千影が声をかけた。
「快斗…。何か不安でもあるの?」自分の息子の手を握っていた。
「お袋…、オレ…」
「青子ちゃん…でしょ?」笑顔で言う母親に快斗は絶句した。「どうして…?」目を見開いた息子に、千影は「バカね…。これでも貴方の母親ですもの…」と手を握り続けていた。
「ごめんね…、盗一さんが死んでから貴方を一人にさせて.…」と涙ぐんでいた。
「お袋は悪くねぇ…。お袋はこれからラスベガスに行くんだろ?オレは一人でも大丈夫さ!」快斗は千影を宥めた。

青子は泣きながら、走っていた。キッドに対する気持ちが募っていくのが怖くて…、彼に気付かれたくなくて・・・、でもやっぱり気付いてほしい…という矛盾した自分の心を呪った。

だが…そのとき青子の身に危険が迫っていた。
家に帰ると、誰かがいた。森川だ。
「青子、今までどこに行ってたんだ?」優しく話しかける彼に、青子はなぜか寒気を感じた。「どうして…森川さんがいるの…?」後ろに下がったが、次の瞬間、青子を力ずくで押さえた。
「青子、なんで僕じゃなく高校生のガキに笑顔を向けるんだ?」とつぶやいた。
青子は「どうして…知っているの?」と聞いたが、森川は何も答えなかった。青子は力いっぱい抵抗した。そのとき青子の携帯がカバンから飛び出し、青子の手に収まった。青子は隙を見て、携帯のボタンを押したが、後ろから森川に押さえつけられていた。
「こわい!!助けて!快斗!!」と叫んだ。

母親を見送ったキッド姿の快斗の携帯電話が鳴った…。
「もしもし?」
『いやあああああああああああ!!助けて!!快斗!!』

聞こえたのは青子の悲鳴…

「どこにいるんだ!?青子!」激しい音が響いたきり、通信は途切れた。
「くそっ!」キッドはバンググライダーを広げ、夜空を飛んだ。

青子は森川に抵抗を試みるも、男性である森川に適わない。
「この体は俺の物なんだよ!」
と森川は本性を表した。
(かいと…、かいと…)
頭の中で彼の名前を何度も呼んだ。
森川の手が青子のブラウスのボタンに手をかけ、ボタンを全てはずし、体を撫で回す。

同時にスカートを脱がせた。

「いやあ!!」青子は思い切り叫んだが、声はすぐに消えた。
青子は気持ち悪さと寒気を覚え、体が震える。吐き気が襲ってきた。
「気持ち良いか?青子?」悪魔のような囁きに青子は目を閉じた。
森川は青子の下着に手をかけようとした。
「快斗…、ごめんね…」と涙が流れた。

その時、窓のガラスが割れる音がした。ガッガッガッ…

そして、

バリーーーーーン!!!!

「か…怪盗キッド!!」森川が叫んだ。キッドの息は「ハァハァ…」と荒かったがポーカーフェイスを保っていた。彼の右手にはトランプ銃が構えていた。
「森川刑事…、明らかに女性が嫌がっているのにも関わらず、力ずくで彼女を押さえつけて関係を持とうとするのは、犯罪ですよ?」と顔は笑っていたが、殺気に近い目で森川を睨んだ。
青子は起き上がり、「キッド!」と泣きながら、抱きついた。
「もう大丈夫だぜ…」と青子の髪を撫で、耳元に囁いた。怪盗キッドは青子の前に立ち、青子は彼のマントをギュッと握った。
「ハン!なぜかビッグジュエルばかり狙っているお前には言われたくないんだよ!」と叫んだ。
「青子…、奴の後ろに隠れていないで、僕のところにおいで?」森川は優しく青子に言ったが、それさえも青子は嫌悪を抱いていた。
「青子…、最初から森川さんに気持ちが向いていなかった。もちろん恋愛感情持とうと努力していたわ。でも無理だった。だって青子にはずっと忘れられない人がいるの…」と語った。
森川は唇を噛んだ。「僕は諦めないからね。こんな泥棒の後ろなんか隠れていないで」と一歩近づき、キッドと青子は一歩退いた。
「やれやれ、諦めの悪い人だ…」
キッドは森川に催眠スプレーをまき、森川を眠らせた。彼をソファの上に横たえる。
のちにキッドによって中森邸の外に投げ出され、森川は中森警部に一発殴られてしまうわけだが、あえて省略する。

キッドは青子を白いマントで覆い、もともと青子が着ていた服装を着させた。
「大丈夫か?」キッドは青子の髪をなでた。
「うん。大丈夫…。でも怖かった。」青子はキッドの胸に顔を埋める。
キッドは青子を優しく抱きしめた。
「これから、どうするんだよ?」キッドは心配そうに青子を見た。
「え?」
「だから、オメーの居場所だよ?朝までこいつといるわけにはいかねーし?それに警部は翌日まで帰らねぇだろ?」
そう彼は、青子の身の危険を心配していた。キッドの優しさが嬉しくて、青子は心が温まる気がしていた。
「快斗の家がいいな…」青子の正直な気持ちだった。そんなことを言う青子に目を見開いた。
「でも…、オレ一人だぜ?やっぱり友達の家にしたほうが…」
「ううん!快斗の家がいいの。青子、快斗とお話がしたいの…。」目を潤んで見つめる青子にキッドは頭がクラクラした。
「わかった。」とキッドはマントで身を包み、元の高校生、黒羽快斗に戻った。

黒羽邸に向かっている途中、快斗は初めて青子に自分の父親、黒羽盗一について話した。「八年前、オレが九歳のときに親父が死んだんだ。」と遠くを見ていた。それを聞いた青子は複雑な気持ちを抱いた。
「でもオレは事故で死んだとは思えなかった。だから怪盗キッドになって、親父の死の真相を探ったんだ。」
「快斗…」青子は快斗を見上げていた。
「昨年、ブルーバースデーのとき、ある組織に殺されたこと、その組織がパンドラというビッグジュエルを探しているということを知った…。それからオレは…、ビッグジュエルを狙うようになったのさ…。」
青子は思い出した。昨年の誕生日、森川とデートしているときに、新聞で怪盗キッドのピンチの記事が載っていたことを…。そのときに限ってなぜか青子は、キッドのことが心配でたまらなかったことを覚えている。
「青子…、なぜかキッドのことが心配でたまらなかった。大丈夫かな?大丈夫かな?って…」
「青子…」快斗は青子を抱きしめていた。
二人は黒羽邸に着き、リビングで抱き合っていた。
「なあ?青子?」快斗は青子の髪を撫でていた。「なあに?快斗?」甘えた声で快斗の胸に顔を埋める。彼の制服のシャツの匂いが、青子に安らぎを与えていた。
同時に快斗も青子の髪の匂いに安心感を覚えていた。
「覚えているか?時計台でオメーが泣いているときに、オレがマジックでオメーに花をやったことを…」
「かい…と…も?」
そう快斗は忘れていなかった。自分より三つ年上の女の子が時計台の前で佇んでいたとき、この女の子の笑顔が見たくて、マジックを披露したのだ。初めて父から教えてもらった、初歩的なマジックを…。
「青子!中森青子っていうの!よろしくね!」
快斗は青子に優しく微笑んだ。「決め付けはこの曲さ」彼は青子にi-podを聴かせた。その曲を聴いて青子は涙を浮かべた。

いつだって本当はずっとI wanna say I love you
でも戸惑うばかりで過ぎていくね時間だけ
君のすべてになりたくて信じてたいの
僕の声聞こえているなら

「はじめ、オレは『素直になれるなら』を好きになれなかった。どうせありったけの恋愛ソングだろうと高をくくっていた。でも青子が好きな歌だと知ってからは…、オレも聴くようになったんだ」
快斗は青子に赤くなった顔を見られたくなくて、自分の胸に青子の顔を埋めた。
「快斗?どうして、青子が好きなの…知ってるの?」
「ああ。お前気付いていなかったのか?あのボウズを助けたあと、無意識のうちにウォークマンをi-podから外していたぜ?」と自分のウォークマンをi-podから外した。リビングには「素直になれるなら」が流れていた。
快斗は青子に自分の顔を近づき、二人の唇が重なった。
「ん…」青子が少しだけ抵抗をしたが、快斗は青子のあごに手をかけた。快斗の舌は青子の口の中に入り。舌を絡めた。
「んんん!!」青子が息苦しさを覚え、快斗は青子の唇を解放した。
「あおこ…」快斗は青子をお姫様抱っこして、自分の部屋に向かった。


翌朝、快斗が目を覚ますと隣には幸せそうに眠っている青子がいた。
「ったく…、昨日はやばかったぜ。」
快斗はそんな青子に笑いかけ、ベッドから下り部屋を出た。

秋が訪れ、快斗と青子の関係は深くなっていた。
「快斗、そういえばもうすぐ文化祭だね。」
そう江古田高校では、もうすぐ文化祭が行われる。青子は自分が通っていた母校を懐かしく感じた。
「で、快斗のクラスは何をやるの?」
「んー模擬店。」
「そうなんだ!へ〜」
青子が笑うと快斗は青子の頬を両手で包んだ。
「青子…」
快斗は青子にキスをした。
「青子。オレのマジックショーを観に来てくれるよな?」
「もちろんよ。約束だから!」
青子は微笑んでいた。実は文化祭に快斗の出し物がある。体育館で快斗によるマジックショーが行われることになっていたのだ。青子は恵子とマジックショーを見る予定をしている。恵子は快斗と青子が付き合っているのを知っている。はじめは快斗が高校生なのもあり、うまくいくだろうか?と不安を抱いていたが、現在では二人の恋を応援していた。
だがそのとき、青子たちは知らなかった。
マジックショーの最中に、悲劇が起こることを…。

「待てー!!怪盗キッド!」
中森警部の叫びが夜空に響いた。
その夜、いつものように怪盗キッドは仕事をやりこなしていた。キッドは警察から逃れ、ビルの上で羽を休めた。
「ふぅ…」彼がため息をついたそのとき…
「お疲れのようだな。怪盗キッドさん♪」
キッドはその声にハッとし、後ろのほうを振り向いた。そこにいたのは工藤新一だったのだ。
「め、名探偵!…今日も私を捕まえにきたんですか?」
キッドはポーカーフェイスを保っていたが、内心不安を抱えていた。なぜならこの工藤新一は、怪盗キッドより三つ年上で、日本で一番有名な大学生探偵であった。
「いや。お前に大事が話があってさ。」
「大事な話というと?」キッドは恐る恐る聞いてくる。
新一はそんなキッドを心配そうな顔を心配し、こう言った。
「お前、森川刑事に気をつけろよ?なんかわからねぇけど、嫌な予感がするんだ。」
キッドは目を見開いた。

そう学校でも紅子に言われた言葉と似ていたのだ。

「あなた、学園祭の時、気をつけていたほうがいいわよ。」
紅子は真剣な表情で快斗に告げた。
「あん?まだオレがキッドだと疑っているのか?」
「違うわ。ルシュファーの占いによると黒羽快斗が危険な目に合うの。そして貴方の大切な人を泣かせる良くない結果が出ていたの。」

怪盗キッドは目をつぶりながら、青子のことを思った。そして新一に向けて苦笑いした。

「確かにな…。昼間でも同じ事を言われたよ」

新一は怪盗キッドに対して言葉を発した。
「お前を見ていると昔のオレに似ている。蘭に危険な目に合わせたくなくてなんとかあいつを事件から遠ざけたんだ。でもそれが却って、蘭を不安にさせたんだ。ところでさ…」
新一はいったん言葉を切った。
「お前、どうみても高校生だろ?」
新一の言葉に怪盗キッドは目を見開いた。
「どうしてオレが高校生だと…」
「バーロー!オレを誰だと思っている?初めてお前を見たときから、どう見てもオレより年下じゃねーかと思ってたんだぜ?まあさすがにお前の正体までは見抜けてはないが」
怪盗キッドはふっと笑った。
「そうか…。でもオレは捕まえられないぜ?名探偵?」
そういうと怪盗キッドは弾丸をなげ煙の中に消えた。
「くそ!…相変わらず気障な奴だぜ…。」
新一は微笑んでいたが、胸の中にある嫌な予感は消えなかった。

青子は夜寝る前に蘭と電話していた。
「中森警部、今日も怪盗キッドで忙しいのね。うちのお父さんったら、『オレが中森警部だったら、感嘆に捕まえられるのに』と言ってたわ…」
蘭の苦笑いが聞こえる。
「でも蘭ちゃんのお父さん、すごいよ。いろんな事件を解決しているんだもん!」
蘭は青子の言葉にハハハと乾いた笑いが出た。父の小五郎は確かに「眠りの小五郎」と言われていたが、その裏で新一が関わっていたのだ。そのことは青子はもちろん、他の短大仲間も知らない真実である。
「で、蘭ちゃんも工藤君と行くんでしょ?その…」
青子は赤くなり、俯いていると蘭がクスクスと笑った。
「黒羽君でしょ?新一がどうしても行きたいって言うから行くわよ。ただ…」
蘭は口を閉じる。青子はそんな蘭に疑問を抱いた。
「蘭ちゃん?」
「ううん!!なんでもないの!じゃあ、江古田高校の文化祭楽しみにしてるね!」
「うん!じゃあ今度の土曜日にね!」
青子と蘭は電話を切った。

蘭は電話を切り、ため息を出した。
(青子ちゃんに言えるわけないじゃない…。新一…)
蘭は新一から
「青子ちゃんは文化祭に行かないほうがいいじゃねーか?なんか、すげー嫌な予感がするんだ。」
と言われていた。
「なんでそんなこというのよ?青子ちゃん、すごく黒羽君のマジックショー、楽しみにしているじゃない…」
蘭は新一に反論したが、新一はさらにこう付け加えた。
「そのマジックショーが不安なんだよ。なんか分かねぇけど…」
新一の苦渋の表情に蘭は戸惑った。
「じゃあ私たちも行こう!青子ちゃんに何かあったら、私が青子ちゃんを守るから!」

「けど…」
「お願い!」
蘭の必死なお願いに、新一は頷く。
「分かったよ。オメーがそこまで言うんなら。」
新一は蘭の髪を優しく撫で、その可愛い唇に自分のそれを重ねた。
「ん…、ふぅ…」
キスから解放された蘭の息遣いは色っぽかった。新一はそのまま自分の部屋に蘭を入れた。

蘭は違うよね…と思いながら電話を置いた。

文化祭当日
「恵子!こっち!!」
青子は恵子に手を上げ、江古田高校の廊下で手を招いた。
「青子!もう早く着すぎだよ。」
恵子は苦笑いをしながらも、青子のほうに走っていった。

青子と恵子は模擬店を見回りながら思い出話で盛り上がった。
「青子ったら、もう泣いてばかりだったあら。文化祭のときは」
「だってあの時はクレープの巻き方が下手だったんだもん!」
青子は高校二年のとき模擬店でクレープを焼いていたが、失敗だらけで泣いていたという。
「中森さん!桃井さん!」
ちょうど向かい先に、女の人が走ってきた。
「「栗原先生!」」
そう、青子と恵子の担任だった栗原麻美だった。
「久しぶりね!元気だった?」
「はい!とても!」
栗原の質問に青子は元気に答えた。
「二人とも変わっていないわね!」
栗原と恵子と青子は、思い出話に花が咲いていた。

「あ、そうそう今私が担当しているクラスの男子がマジックショーをやるんだけど、貴方達も観る?」
「え?」
栗原が担当しているクラスに快斗がいるということに目を見開いた。
「?中森さん?」
「あ、いいえ。なんでもないです!」
青子は顔を真っ赤にし、下に俯いた。


青子たちは体育館の中に入った。
さすがマジックショーをやるということもあり、人がたくさん入っていた。
「青子ちゃん、こっちこっち!」
蘭が手を上げた。新一、園子がいた。
「蘭ちゃん!それに工藤君に園子ちゃん!」
青子がぱあと笑顔を輝きながら、蘭たちのところへ駆けていった。
「鈴木さん、この間はありがとう。」
恵子がお礼を言う。
「ううん。気にしないで。私も桃井さんがいなかったら、ここまでできなかったのよ」

恵子と園子は大学の授業で、英語のレポートに苦戦していた。時には二人とも大学の教室に寝泊りして書き上げていたほどだったらしい。

一方の蘭と青子はというと
「ねえねえ。卒論はどう?進んでいる?」
「全然、青子も進んでいないよね。あの先生、卒論に厳しい人だしね。」
卒論の話題で盛り上がっていた。

そこに白馬と紅子がやってきた。
「白馬君じゃない!」
青子が白馬に声をかけてきた。白馬の父親も中森警部も警察関係柄、よく酒を飲む仲である。
「これはこれは中森警部のお嬢さん。」
白馬は紳士的な笑顔で青子に挨拶してきた。しかしそれをみて面白くないといった紅子がいた。
「あれ?この子は?」
青子が紅子に声をかけた。紅子は青子に声をかけられたことにびっくりしたが、すぐに笑顔になった。
「私は小泉紅子というの。探さん、あまり気楽に女の人に声をかけないでほしいわね…」

紅子は顔を白馬から背けた。
それを青子は、二人が恋人同士だということに気がついた。
「白馬君!水臭いわね。紅子ちゃんと恋人同士だなんて、すぐに言えばいいじゃない!」

青子の突っ込みに、白馬と紅子は顔を真っ赤にし、下にうつむいてしまった。

『ただいまより、2年B組の黒羽快斗君によるマジックショーが始まります!!』
そしてマジックショーが始まった。
「Welcome! Ladies and Gentlemen!!」
快斗はそういい、黒のシルクハットを頭からとった。その中からトランプカードがたくさん出てきて、多くの人を魅了させた。

「わぁ〜!」
青子は快斗のマジックに興奮した。だが白馬、紅子、新一はいつになく暗い表情でマジックショーを観ていた。
「何も起こらないといいわね。本当に」
「ええ。ところで紅子さん、本当に良くない結果が出ていたんですか?」
白馬は紅子に聞いた。
「ええ…。ルシュファーの予言によると、黒羽君の身に危険が迫っているの。」
紅子は青子のほうをチラッと見た。複雑な思いを抱きながら…。

マジックショーもクライマックスを迎え、箱の中に入った。
「僕の入った箱に刀が刺さります。」
長い刀が快斗の入っている箱を刺そうとしたとき、悲劇が起こった。

ド――――――ン!!

箱が爆発したのだ…。

何が起こったのかわからずに、体育館は騒然とした。
「蘭!青子ちゃんを頼む!」
蘭が青子をきちんと抱きしめていた。
新一はすぐ快斗のもとへ駆け寄った。

快斗は爆発したところからちょっと離れており、ステージの隅のところにうつぶせで倒れていた。
快斗の頭から血が流れていた。学ラン服はボロボロになっていた。
新一は快斗を抱き上げ、ステージから飛び降りた。快斗を安全な場所へ運び込んだ。
「しっかりしろ!」
快斗はうっすらと目を開けた。
「めい…探…偵。あ…おこ…は…?」
快斗は自分がこんな状態なのにも関わらず、青子の身の安全を気にしていた。
「青子ちゃんは無事さ。」

「快斗!!」
青子が泣きながら快斗に近づいた。青子の目からたくさんの涙が溢れ出しており、視線がぼやけていた。快斗はそんな青子の頬を撫でながら、微笑んでいた。
「青子…」
そして意識を手放した。

「快斗!かいとー!いやああああああ!」
青子の叫び声が体育館に響いていた。

病院で快斗の手術が行われていた。千影もラスベガスから帰国し、病院に駆けつけた。

「青子ちゃん!!」
「快斗のお母さん…」
青子は千影にかけて、事情を話した。中森警部も来ており、一同は騒然としていた。警部は愛娘を心配していた。
青子は手術室を見つめたままだった。
「青子…」
中森警部が心配して、青子に声をかけたが青子は一向に振り向かなかった。
手術時間は長かった。やがて快斗を担当した医師が出てきた。

「手術は成功しました。ただ快斗君の容体は依然危険な状態です。あとは本人の頑張り次第でしょう…。」

数日間、青子は快斗のお見舞いに行っていた。だが青子たちが見舞いに来ても快斗は目が覚めず、人工呼吸はつけたままだ。
危険な状態は続いていたが、青子は退室時間が来るまで、快斗の手を握っていた。青子はマジシャン特有の快斗の手が大好きだ。
自分の髪を撫でてくれる手、キッドの仕事が終わった後に青子の手を握ってくれる大きな手…。

「快斗…」
青子は快斗の髪を撫でていた。手術後は坊主頭だった頭も今は髪の毛が覆っている。
蘭と恵子は青子を心配したが、青子はボーとしていたのだ。

そのとき…

「久しぶりだな、青子」

青子にとって聞きたくないもない声の主が現れた。蘭は青子の前に立った。
「何の用?」
蘭は森川を睨んだ。
「やだな…。青子と復縁するために来たんだよ?毛利探偵の娘さん?」
という森川は蘭を見ておらず、青子を見つめていた。
「森川さん…」
青子は怖がり、蘭の後ろに隠れた。
「今更青子に手を出さないでよ!言っとくけど私、黒羽君と出会ってから青子は変わったよ。笑顔も増えたし青子は本当に黒羽君が好きなんだなって思ったよ。親友としてあんたを信用できないよ。」
恵子が叫んだ。
「そんなにびびるなよ?元恋人が現れたっていうのに。」
「青子に何の用だ?」
後ろから中森警部が来た。警部は元部下の森川を睨んだ。青子の純潔を奪おうとしたこの男が許せないのだ。
「これは中森警部、お久しぶりです」
冷たい笑みを浮かぶ森川…。
「貴様に用はない!青子から消えろ!!」
森川に殴りかかろうとする中森警部を、青子が押さえた。
「お父さん!やめて!」
青子は森川に言った。。
「森川さん、青子は気持ち変わらないよ、青子は…、快斗が好きなんだもん」

青子のその台詞に快斗の手がかすかに動いたのを一同は気付かない。

「青子?いい加減に僕のことを見てくれよ。こんな高校生のガキに心を奪われてなんかいないで。」

「青子に手を出すんじゃねぇよ…。」

その声に一同は振り向いた。

快斗が目を覚ましたのだ。
「快斗…」
青子が快斗に駆け寄り、起き上がっていた快斗を抱きしめた。
「バ快斗ぉ…。死ぬかと思っていたよ…」
青子は泣きながら快斗の首に腕をまわした。快斗はそんな青子の髪を優しく撫でていた。

「バーロ…、オメーを置いていけるわけねぇだろ?アホ子…」

新一と蘭はそんな二人を見て、微笑んでいた。
中森警部は、そんな青子たちを見て複雑な思いを抱きながらも、咳を出した。
「オホン、いつまで青子を抱きしめているんだい?快斗君…」
快斗と青子はお互い離れて、下に俯いた。千影は快斗に厳しい表情でこう言った。
「快斗のバカ!!青子ちゃんを置いて逝っちゃダメ!今回は助かって良かったんだけど、もし貴方まで何かあったら…。あのときみたいに」
快斗は千影の涙を見てハッとした。
「お袋…。思い出させて悪かったな…。だけど信じてくれ…。オレはお袋や寺井ちゃん…。そして青子を残して死んだりはできねぇ」
そういう快斗は深海のような瞳で、青子を見つめていた。
「快斗…」
青子の目から再び涙が出た。
「つたく…、泣くなよ」

ここで沈黙していた森川が口を開いた。
「つたく君たちには負けたよ…」
ついに敗北を認めたのだ。森川は、誰にも入る余地のない二人の絆を感じ取ったんだろう。
「青子…。幸せになれよ」
「森川さん…」
森川は快斗に気障な笑みを浮かべ。
「その代わり、いつか君を捕まえて見せるよ」
森川は快斗にそういって去った。
「つたく、正体を知りやがったな…」
快斗は去った森川を思い浮かべて、苦笑いした。そして青子をギュッと抱きしめた。
病室はもう二人以外いなかった。
快斗と青子はキスを交わした…。

森川は警察に江古田高校での爆破事件について、自首した。動機はやはり青子を快斗に取られるのが怖かったんだとか。とはいえあの事故を越えて快斗と青子の絆は、さらに深まったことは間違いないのだ。

快斗は無事に退院した、幸い事故の後遺症はなくいたって健康である。
「バ快斗〜!!」
「ここまでおいで〜!」
盗一を殺した組織は怪盗キッドによってつぶされ、無事に怪盗キッドは引退したのだ。青子はモップを持ち快斗を追いかけていた。
あれから一年が過ぎ、快斗は先月高校の卒業式を終えたばっかりだ。青子は仕事で忙しくここのところ快斗と会っていなかったのだ。
久しぶりに快斗と過ごす時間はあっという間だ。

快斗はふっと青子の耳にi-podを耳にかけた。二人が大切にしている歌「素直になれたら」が聞こえてくる。
「快斗と青子…、この歌があったからここまで来られたんだね。」
青子は笑顔で答える、同時に不安が募る。
そう快斗はもうすぐアメリカに旅立ってしまうのだ。マジシャン志望の快斗はマジックの修行で約二年間向こうに行ってしまうのだ。

「青子?」
下に俯いている青子の顔を覗くと青子の視点は背に向いた。
「見ないで!青子、今ひどい顔してるから」
後ろに振り向いている青子の背中が震えていた。快斗はそんな青子を後ろから抱きしめた。
「青子…」
後ろから抱きしめた快斗は、青子の手を握った。快斗が離れると…。
「!!」
青子の手にはアメリカ行きのチケットが握っていた。
「快斗…」
快斗を見上げる青子の目には、涙があふれていた。
「青子…。オレについてくるか?オレは青子という存在が必要だ。マジシャンの黒羽快斗の付き人になってくれねぇか?」

快斗から思いがけない告白に、青子は目を丸くする。
「いいの?青子で?」
「オレは…青子がいなきゃダメな人間だから」
はじめてみる快斗の弱気な瞳に、青子はハッとする。青子は気付いたのだ。青子がいたからあのときの事故から生還してこうしてマジシャンとしての第一歩を振り出したのだ。

「青子でよければ…」
青子の返事に、快斗は嬉しそうに青子を抱きしめた。
二人の未来は今、動き出したのだ。


あなたと一緒にいることをいつも夢見ていたの…。

青子の心は、快斗との絆で満たされているから…。
 



FIN…….



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