winter garden


By 立花英美子様


走り去る車を見送りながら、オレは小さく溜め息を吐いた。
吐いた息がすぐに白く染まる。
それが空に溶けていくのを見届けるかのように空を仰いで、月が出ていない事に気付いた。
今夜は新月か…。
月の見えない空が余計に寒々しい。
視線を落として、腕時計を覗き込む。
日付けなんか、とっくに変わっていた。

夜風が容赦なく吹きつける。今夜はいつも以上に寒い。
まだ12月だと言うのに、もうすぐ冬が終わってしまいそうな程の寒さだ。
このままだと風邪を引いてしまう。
早く家に入ろう。
ベッドに潜り込んで眠ろう。
明日…、今日は日曜日だ。昼まで寝ていても構やしない。
それから……。
今、オレの部屋で眠っているだろう蘭の事を思い出した。
起きてなきゃいいんだけど……。
少し心配になって、急いでポケットから鍵を取り出した。



極力音を立てないように苦労しながら家の中に入り、階段を上って部屋のドアを開ける。
中に入って、後ろ手でドアを閉める。
ベッドサイドのライトがつけっ放しになっているがはっきりと分かった。
この部屋を出る前にはちゃんと切ったはずなのに。

ベッドの上は毛布が不自然なくらいに丸くなっていて、寝た振りをしているのがばればれだ。
着ていたジャケットを脱いで、傍にあるイスにかける。
足音を立てずに近づいて腰を下ろすと、急な重みで軋んだベッドに、毛布の塊がびくっと震えた。
そんな一つ一つの仕草にさえ、愛おしさが込み上げてくる。
笑いをこらえながらそっと手を伸ばして、毛布をめくってみる。
オレの眠り姫は……、案の定、起きていた。
「やっぱり起きてた」
オレの言葉に、蘭は顔をしかめた。
「何で分かったの?」
「あれで騙せたと思ってんのか?」
意地悪く笑って見せると、蘭は浅く溜め息を吐いて、気だるそうに起き上がった。
「おつかれさま」
数時間前にオレが着ていたシャツを着ている。
華奢な蘭の身体にとってそれは当然だぼだぼで、手もすっぽりと隠れてしまっている。
思い切り抱きしめたい衝動に刈られた。

そんなオレの気持ちを知ってか知らずか、蘭は両手でオレの頬をはさむように包み、ふんわりと微笑った。
薄暗い部屋を明るく照らし出すような笑顔。オレの好きな笑い方だ。
「おかえりなさい」
夜風で冷えた頬に疲れた心に、蘭の指と笑顔の温かさが染み込んで行く。
鼻先が触れ合う位置に顔を持っていって、こつんと額をくっつけた。
「ただいま」
わがままで自分勝手な事ばかりやってるオレに、
なんだかんだ言ってもオレを迎えてくれる笑顔がすぐ近くにある。
蘭にしか言えないセリフが嬉しい。

目の前の、無垢な蘭の瞳だけを見つめる。
重なった額が熱い。
甘い空気に包まれていくのを感じた。
「ごめんな? 一人にして…」
「やだ。謝んないでよ。事件だったんでしょ?」
「……そうだけど」
「外、寒かったでしょ? ほっぺた冷たい」
「ああ…。…あっためてくれよ」
甘えるようなオレの口調に、蘭がくすりと笑った。
「どうやって?」
何も言わずに、キスする事で答える。
蘭の唇はやっぱり温かくて、触れてみて初めて、自分の唇が冷たくなっていた事に気付く。
「ホント。唇もすごく冷たい」
「だろ?」
もう一度、その唇に触れさせる。
二度目のキスは、さっきより長く。
「…あったまった?」
悪戯っ子のような顔をして蘭が尋ねてくる。
「まだ」
触れるだけのキスじゃ物足りない。
もっと蘭の唇の感触を感じたくて、もっと温めてほしくて、飽きる事なくキスを繰り返した。
「……ん」
蘭の息が続く限り。
何度も何度も。
その存在を確かめるように。
さっきまでくっつけていた額や今重ねている唇から伝わってくるぬくもりが体中に満たされていく。
「…っ」
キスをやめないで、ゆっくりと蘭の身体をベッドに倒し、抱きしめる。
やっと自分の居場所に帰ってきたんだと実感できて、安堵の溜め息を吐いた。
「……あったけー…」
「…なぁに? わたしって新一の湯たんぽなの?」
「そうかもなー」
抱き合ったまま、どちらからともなく笑いを零す。
そんな心地好さと甘い空気に、だんだんと眠くなってくる。

笑い声が止まない内に、蘭の額に唇を押し当てた。
「寝よーぜ、まだ夜中だ」
「…うん」
蘭が頭を持ち上げる。
その下に伸ばした腕を差し入れてやると、頭を乗せた。
「おやすみ、新一」
子猫が甘えるみたいにぴったりとくっついてきて、
「新一もあったかい……」
しばらくすると、寝息を立て始めた。
「………」
…ったく。
なんでこんなにも無防備なんだろうな?
しかも蘭にとっては無意識なんだから、余計にタチが悪い。
こっちの身にもなってみろってんだ。

顔をそっと持ち上げてみると、無邪気な笑顔。
前髪に触れてもキスしてみても、一度寝たら朝まで起きない蘭が目を開けるはずが無い。
「ん……。しんいち」
しかも、可愛らしい声での寝言付き。
「おやすみ、蘭…」
すやすやと眠る蘭の耳元で囁いて、オレは目を閉じた。
オレだけしか知らないぬくもりを腕の中に感じながら。
片時も離さないように、しっかりと抱きしめて。




fin.


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