HANABI



By 春陽様




暗闇に咲く花を二人で愛しそうに見つめた。
毎年、毎年、それは当たり前のように。





ジリジリ音を立てそうなくらい照りつける太陽の光線が肌を焼く。
気持ちのいい澄み切った真っ青な青空、鮮やかな木々の深緑が目に優しく映る。
セミのうるさいほどの嘆きが耳に届く。

夏の到来を五感で感じた。

キラキラと水しぶきが空に舞う。
背丈ほどのひまわり、花を閉じた朝顔、プランターに植えたハーブに水を撒いた。

ホースを巻いて、庭に面したリビングの床にごろんと寝転ぶ。
庭に水を撒いたお陰でひんやりとした風が頬に当たる。

うーんと腕を伸ばし、目を閉じた。
しばらくそのまま目を閉じていると、頭の先で物音がした。

「何やってんだ?」

頭のてっぺんを床につけ、首を逸らし、部屋の中に視線を送る。
呆れる彼の顔が180度反対に見えた。

「新一」

首を元に戻し、身体を起こす。書斎で本を読んでいたはずの彼は右手に水のペットボトルを二本持っていた。

「ほら、水分はちゃんと取れよ。」

ありがとうと礼をいい、差し出されたペットボトルを受け取る。

「読書はいいの?」
「ああ…同じ体勢で読んでたから身体が痛くてさ。ちょっと休憩。」

彼はわたしの隣に座り、ペットボトルを開けて水をごくごくと飲んだ。
手の中のペットボトルはよく冷えていて気持ちいい。

「そうだ!さっきね懐かしいものを見つけたの。」
「何を?」

わたしは足元に置いていたサンダルを履きなおし、庭に出た。
先ほどホースをつけ、水を出した水道へと向かう。

玄関から回ってきたのか、背後から彼の足音が聞こえた。
“懐かしいもの”を手にとり、彼が近づくのを待った。

ちらりと肩から背後をのぞき、彼が射程距離に入ったのを見計らって、照準をあて、引き金を引いた。

「うわっ!」

咄嗟に顔を覆った彼の手に水鉄砲の水が命中した。
わたしは立ち上がり、水鉄砲を彼の目の前に掲げた。

「ふふふ…水鉄砲よ。小さい頃よく二人で遊んだでしょ。」
「らーん…だからって急に打つなよ。」
「ゴメンなさい。新一がよく不意打ちで打ってたでしょ。それをマネしただけよ。」

彼は水で濡れた手をぶらぶらと振り、手についた水滴を落とした。

「夏はよく遊んだな。ずぶ濡れになるまで遊んで、母さんに怒られたな。」
「そう…。新一ってば容赦ないんだもん。これって当たるとけっこう痛いのよ。」
「悪かったよ。あの頃は加減を知らなかったんだから。」

彼はわたしから水鉄砲を受け取るとぴゅーっと壁に向けて水を放った。
中の水がなくなると、また水を入れるのか水道にしゃがんだ。

「新一?」

膝に手をついて彼の手元を覗き込む。にやりと笑う彼の顔がこちらを向いた。びくりと嫌な予感が背筋を走る。
身体を起こし、後ずさりをする。

「蘭」

立ち上がった彼はにこりと笑い、わたしににじり寄った。
わたしはあわてて彼に背を向けて庭を走り、彼から逃げた。

「あっ!待て、蘭!」

後ろから水鉄砲を持った彼が追ってきた。

「イヤ〜…止まったら打つんでしょ!」
「当たり前だろ!」

庭の端から端まで、ぐるりと玄関を回り、二人は彼の家の周りを一周していた。
全速力で元の場所まで戻り、リビングの床にバタンと倒れるように寝転んだ。
先ほど飲んでいた水のペットボトル手に取り飲み干す。

「…お、おめぇ…本気で逃げるなよ。」
「だって止まったら当たると思ったんだもん。」

ドスンと床に座り、彼もペットボトルの水を飲み干した。

「ふふふ…」
「何がおかしいんだよ。」
「だって…新一も本気で追ってくるから。」
「おめぇが逃げるからだろ」

この年になって二人で追いかけっこをするとは思わなかった。
太陽に当たりすぎて肌はひりひりするし、汗で着ていたシャツはべったり肌につき気持ち悪かった。

でも…とても清々しい満たされた気持ちが胸に広がった。





「買物?一緒に行くよ。」

汗でべたついたシャツを着替え、買物バッグを持ち夕飯の買物に行こうとしていたら彼に呼び止められた。

「いいわよ、本の続きを読むんじゃなかったの?」
「いいや、いいんだ。」

彼は廊下に立つわたしの横をするりと抜け、玄関へと向かう。

「ほら行くぞ」

ふぅっとため息をついて彼の待つ玄関へと向かった。
今日に限って買物についてくることないのに。
今日だけは彼に近寄りたくなかった。今日だけは…。

「今日のメニューは?」
「冷やし中華にしようと思ってるんだけど。」

商店街を二人で並んで歩いた。
毎日のように通う商店街を歩くと四方の店から挨拶の声が聞こえてくる。

「きゅうりとトマトください」

八百屋の店主がはいよと渡してくれた野菜をバッグに入れる。
ずしりと重くなったバッグに今度はハムと卵とささみ。あとはもやしも…。

「おめぇ、どれだけ買うんだよ」

バッグから溢れるほど買った食材を見て、彼は呆れ顔。

「だって…新一の家の冷蔵庫、空っぽなのよ。入ってるのは水だけ。わたしが来ない時ちゃんと食べてる?」
「…貸せ、持ってやるから。」

半ば強引に買物バッグを奪われた。
奪って先を歩いていた彼が振り向いた。
わたしの方へ手を伸ばす。

「片手開いてるんだけど」

指を上下に動かし、何かを寄越せという仕草。照れくさそうな彼。
わたしは彼が何を言いたいのか悟り、ふふふと笑いながら手を伸ばし、彼の手をぎゅっと握った。

一通りの買物を終え、帰路を辿っていると、コンビニを見つけた。

「新一!ちょっと待ってて。」

繋いでいた手を離し、コンビニに入る。目当てのものを買って、新一の元へ走る。
街路樹の影でむすっとした顔で待っている彼に買ってきたものを渡した。

「アイス食べよ」

むすっとした彼の顔が柔らかくなった。
差し出したアイスが、幼い頃、夏になるとよく食べていたアイスバーだったからだろう。

「よくこうやってお使いの帰りに買って食べたよね。」
「ああ、お使い行ったらアイス買っていいって言われて毎回食ってたな。」

久しぶりに食べたアイスバーは冷たくて、懐かしい味がした。





家に帰ると、本の続きを読むと彼の後ろ姿は書斎の奥へと消えた。
わたしはキッチンに向かい、夕飯の支度を始めた。

夕飯の支度を終え、彼を呼びに書斎へ行く。扉をノックしたが返事は返ってこなかった。

「新一?」

数回ノックしても扉の向こうは静かなまま。わたしはそっと扉を開けた。
扉を開けると床に座り、本を読む彼の後ろ姿が見えた。

寝ているわけではない。集中しすぎて回りが見えなくなっていてノックの音が聞こえなかったようだ。

「新一!」

少し強い口調で彼の名を呼んだ。
彼の肩がびくりと反応するのが見えた。

「蘭?おめぇいつからそこに?」
「もう!さっきから呼んでたのよ!相変わらずなんだから。」

しょうがないわねと苦笑しつつ、小さい頃から繰り返されてきたやり取りにため息をつきたくなる。

「夕飯できたわよ。食べましょう。」

そういい残し書斎を出た。





夕飯を食べ終え、食器を片付け、リビングを覗くと、書斎へ戻り、本を読んでいるのかと思った彼がソファーに座り新聞を読んでいた。

キッチンへと戻り、コーヒーを淹れた。
ポケットの中に今日コンビニで買ったものをこっそり潜ませてリビングに戻った。
テーブルにコーヒーを置き、彼が新聞から目を離すのを待った。

「ね、新一!これやらない?」

彼は読み終えた新聞をテーブルに置いた。
わたしはポケットから取り出したものを彼の目の前にかざした。
線香花火を一束、彼の目の前に。

リビングの明かりを消し、庭に面した窓を開け、二人で腰掛ける。
ライターで線香花火に火をつけた。
ジジジと音を立ててこよりの先に火玉が灯った。

暗闇に花が咲いた。

「よくここで花火したね。最後にはこうやって二人で線香花火したっけ。」
「そうだな」

パチパチと二人の線香花火が火花を散らす。

火花は必然のように夜空へ消えていく。
わたしにとって必然は彼のとなりだった。

幼い頃は彼と遊ぶのが楽しくていつも付いて遊んでいた。
小学生になって別の友達と一緒に遊ぶことが増えて、中学生になって部活をやりだすと一緒に帰宅することがなくなった。彼への想いを自覚すると照れくさくって、憎まれ口ばかりだった。

彼の隣にいるようになって、膨らむ想い。
でも変わらない想いもあった。彼に対する信頼や安心感は変わらない。
そして彼はいつでもわたしと向き合ってくれた。本気でぶつかってくれる。それがわたしはいつでも嬉しかった。



それは自然で当然で必然。



「ったく、今日はなんなんだよ。水鉄砲にアイスに線香花火。昔を懐かしんでんのか?」
「…うん、懐かしかった。」

懐かしかった。…とはちょっと違う、確かめたかった。
わたしたちの今の必然を。

「昔と同じことをやっても同じことにはならないのよね。水鉄砲で追いかけっこしても新一は水をかけないし、一緒に買物行ったら荷物持ってくれるし。」
「何いってるんだよ。当たり前だろ、そんなこと。」

幼い頃の必然と今の必然は違う。
わたしたちが気付かないうちに変わってきたもの。
それを確かめたかった。

火花は少しずつ勢いをなくし、火玉はぽとりと落ちた。
彼はもう一本取り出し、火をつけた。

「好きだよ、新一」
「な、なに急に言ってるんだよ!」

わたしの突拍子もない告白に驚いたのか、彼は身体を引いてわたしの顔を凝視した。
その動きにそって線香花火の火花が落ちた。

「んー…今言いたかったの。」

彼ににこりと笑いかけた。

今、この時の想いを口にして伝えておきたかった。
今、この時を大事にしたかった。

「なんだよ、それ」
「昔があって今のわたしたちがあるんだもの。昔を懐かしむことは大事だけど、今この時の想いを大事にして伝える事はもっと大事よ。」

わたしが持った線香花火の火玉も落ちた。
手を出し、もう一本線香花火を彼から受け取る。彼が火をつけてくれた。

「オレも…好きだよ、蘭」

線香花火を持って火をつけようとする彼はうつむいたまま言った。
カチ、カチっとライターをつける音が二人の間に響く。指が滑るのか中々火がつかない。

貸してとライターを受け取り、火をつける。

「ありがと、新一」

パチパチと鳴る火花。その優しい光りがわたしたちの顔を照らす。
ゆっくり近づく二人の距離。

今過ごすこの時もいつか思い出に変わる。
だからこの時を大事にしたい。

触れた唇が彼も同じ気持ちだと伝えてくれた。
二人の間の線香花火は、二人が離れるまで灯っていた。



end




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