shooting star
By 春陽様
シャーペンを走らせ、問題集の問題を解く。
途中で詰まることなく、一区切り終わったところで、わたしは顔を上げた。とたんに、五感が反応する。
肌に触れる涼しげな風。その風に乗って薫る、草木の青さ。窓から見える澄みわたる青空に、光り輝く太陽。うるさく鳴く蝉の声。
わたしの感覚すべてで夏を感じた。
こんな日に外に出て運動したら気持ちいいだろうな。身体を動かすことが好きなわたしとしては、今すぐ外に出たい。
でも、わたしにはやらなきゃいけないことがある。目の前の課題。ふぅっと一呼吸ついて、再びシャーペンを手に取った。
問題集を半分ほど解いたころ、監督の先生が声を上げた。
「朝はここまで。今からお昼休憩に入ります」
シンと静まっていた部屋に、音が戻る。息を張りつめて問題を解いていた生徒たちがおしゃべりをしながら席を立った。
「蘭ちゃん、食堂に行こう」
クラスメイトに声をかけられ、うん、と頷いてわたしは席を立った。
わたしは夏休みに、一週間の夏合宿に参加していた。
この夏合宿は部活動の合宿ではなく、学力向上のための、勉強合宿だった。全員参加ではなく、希望者のみ。だけど強制参加の人もいる。一学期にテストで赤点を取った人や、出席日数が危ない人は強制に参加させられる。
今この合宿所には、わたしと同じ学年の子たちが集まっている。合宿は学年ごとに行われ、それぞれ日程が異なる。
補習がない希望して参加した人は、夏休みの課題をさせてくれる時間があり、一週間のうちに終わらせることができる。
わたしはそれならと参加した。
親友である園子は、課題以外にも勉強させられると聞いて、参加しなかった。
でもわたしも、こんなにみっちり勉強させられるならもう少し考えればよかった。
学校の時間割のように、みっちり組まれたカリキュラム。朝からはじまり、昼の休憩を挟み、夕方まで。ずっと机に座って勉強だった。
学校の時間割だったら、体育だったり、実習だったり、動くこともあるけど。この合宿はそれがない。
合宿所は山間にあり、周りは森に囲まれている。夏の暑さを忘れることができるけど、周りにお店の類は一切ない。
携帯電話も電波状況がいまいちよくない。息抜きが一切できないことがこんなにも辛いなんて知らなかった。
「聞いてはいたけどかなりハードな合宿ね」
「そうだね。こんなにみっちり勉強することって今までにないもの」
昼食のオムライスを食べながら、一緒に参加しているクラスメイトにため息混じりに言った。
「でもこの合宿に参加してたら、内申書の評価がよくなるんだって。部活の先輩が言ってたの。だから補習じゃないのに、参加している人多いでしょう」
そう言われてみたら、クラスの大半は参加している。
「そうなんだ、知らなかった」
「そうよね。蘭ちゃんは工藤くんが参加してるから参加してるんでしょ」
ぐっと口に入れていたものが喉につまった。慌ててお茶を飲む。
「ち、違うの! 新一が参加することを知ったのは、わたしが申し込んだあとよ」
「はいはい。本当に仲がいいわよね」
クラスメイトはみんな、わたしと新一の仲を勘違いしている。そんな仲じゃない。ただの幼なじみだもん。
「違うのに……」
わたしは、新一がこの合宿に参加することをギリギリまで知らなかった。
新一は望んで来たのではない。出席日数はギリギリ足りていた。けれど、教科ごとの出席率に偏りがあり、あまり参加していない教科があった。その教科の補習のためと、合宿に参加しておけば、二学期に多少足りなくなっても目をつぶると先生に言われたかららしい。
課題をやる人たちと、補習をする人たちでは、勉強をする部屋が分かれている。それに、補習をする人たちとはカリキュラムも違うらしく、ご飯のときも会わない。宿泊施設は男女別々。合宿がはじまってわたしは新一と会っていなかった。
「会えないからってそんなにしょげないで。ほら、昼の授業がはじまるわ。早く食べよう」
そんなんじゃないわ。
否定したかったけど、早く食べないと、お昼の授業がはじまってしまう。わたしは急いで残っていたオムライスを食べた。
夕方までみっちり勉強した後は夕ごはん。それから決められた時間までにお風呂に入り消灯。
普段よりずっと早い時間に布団に入る。規則正しい生活を続けたおかげか、すぐに睡魔は訪れてくれる。最初の一日目はみんな眠れずに遅くまでおしゃべりしていたけど、二日目以降はみんな消灯後まもなく寝ていた。
「蘭ちゃん、まだ起きてる?」
うつらうつらしているところに、隣に寝ている子から小さい声で話しかけられた。
「うん、起きてるよ」
「部活の先輩に聞いたんだけど、最終日には、みんなで夕飯作って、キャンプファイヤーやるんだって」
「キャンプファイヤー?」
「うん。合宿の打ち上げみたいなものじゃない? その日は夜遅くまで騒いでも、先生たちはうるさく言わないんだって」
「それは楽しみね」
うん、と返事をしてその子はまもなく寝息を立てはじめた。
わたしも眠りに入るため、目を閉じた。
最終日、午前中のカリキュラムが終わると、先生から午後の説明があった。
聞いていた通り、夕飯は自分たちで用意し、それをみんなで食べ、キャンプファイヤーを行うということだった。
食事を用意するものと、キャンプファイヤーの準備を行うものを班で分け行動するということだった。
公正なくじ引きで、わたしは夕飯を準備する班になった。
夕飯はカレーを作ることは最初から決められていた。学年の半分の生徒が参加しているため、大量に作れる料理となると限りがある。それでも大きな寸胴鍋が二つ分の材料となると予想以上の量だった。
カレーを作る人と、ご飯を炊く人に分かれて、それぞれ準備に入った。
カレーを作るのは女子と、料理をしたことのある男子が担当した。
まずは野菜の皮をみんなで剥いた。ピーラーが用意されていたけど、人数分なかったから、わたしは包丁で皮を剥いた。
「毛利さん、包丁の扱い、上手いね」
皮を剥いたじゃがいもの芽を包丁のあごで抉って、水を入れたボールの中に入れる。次に剥くじゃがいもを手に取ったところで、隣に座っていた、隣のクラスのクラス委員長に話しかけられた。
成績優秀者として、学年で有名な人だから、顔は知っていたけど、話しかけられたのははじめてだった。
「そんなことないよ。慣れだよ」
「全然危なっかしさがない。料理も上手いんだろうね」
料理で褒められることは少ないから、褒められると照れる。赤くなる頬を隠すように俯きながら、ありがとう、と呟いた。
しばらく黙々と皮を剥いていると、背後から話し声が聞こえはじめた。
「工藤くんったらすごいの。一声でサボってた男子を動かすんだから。それに、女子には重いもの持たないで男子に持たせていいからって言うの」
「高校生の男子がそういう気配りなかなかできないよ。すごいよね。それに、補習でもわかんないところ何度でも教えてくれて。あたし、好きになっちゃいそう」
「ええ、ずるい。あたしが先なんだから」
学年に工藤という名字は一人しかいない。新一のことだ。
じゃがいもを動かしていた手が止まった。あからさまに振り向くことができないから、よくわからないけど、女子が二〜三人で話している。自然とわたしの聴覚が彼女らに向けられる。
「あんまり学校来なくって、高校生探偵とかしてて、近寄りがたかったけど。これを機会にお近づきになろうかな」
「そうよね。高校生の男子って子供っぽくて嫌だったけど、工藤くんならそんなこと感じなさそうよね」
「今日のキャンプファイヤーで……」
新一のことを話していた女の子らは離れていったのか、声が聞き取れなくなった。
背後で話していた子たちがどんな子か見たくて、慌てて振り向いた。
「いたっ!」
ゴトッと足もとに何かが落ちた音が聞こえたあと、左手の親指に鋭い痛みが走る。
慌てて親指を見ると、親指の腹が縦に切れ、傷口から血が溢れていた。じゃがいもを包丁に当てて振り向こうとしたから、手がじゃがいものでんぷんで滑って、親指を包丁で切ってしまったらしい。
「だ、大丈夫? 親指の付け根を押さえて、手を上げて」
隣のクラスの委員長に指示されたように、持っていた包丁を地面に置いて、右手で左手の親指の付け根を押した。
「けっこう出血してるね。コテージに養護教諭がいるから、そっちに行った方がいい」
委員長は持っていたハンカチで、わたしの指をぐるっと巻き、わたしの手の上から、押えてくれた。
白いハンカチからすぐに血が滲みだした。
「何やってるんだよ」
ありがとう、とわたしがお礼を言った声と被さるように別の声がすぐ側で聞こえた。
手を動かさないようにしながら、振り向くと、新一が立っていた。新一はわたしを睨んでいて、怒っているようだった。何で怒っているのよ。久しぶりに会ったばかりで怒られるようなことをした覚えはない。
久しぶりに会えて、嬉しいと思っているのはわたしだけなんだ。
指の痛みより、胸が痛んだ。
「……指を切ったの」
「そんなの見たらわかる。オレが言いたいのは……」
「え? 何が言いたいのよ」
新一は言いたいことがあって声をかけたんだろうけど、言葉が詰まったのか、なかなか話しだそうとしない。
煮え切らない新一に、わたしは、ついとげとげしく言った。
「……ど、どうせぼーっとしてたんだろ! 危ないんだよ! 大きな怪我でもしてみろよ。みんなが準備した飯やらキャンプファイヤーができなくなんだろ! おめぇみたいな奴がいたら……め、迷惑なんだよ!」
「っ!」
確かに誰かが怪我をしたら、この打ち上げはできなくなってしまうだろう。新一の言うことで間違ったことなんてない。だから、彼の言葉が胸に突き刺さって痛い。
胸の底から込み上げてくるものが口から出ないように、歯を強く食いしばる。
「毛利さん、血が止まらないみたいだ。コテージに急ごう」
委員長は左手でわたしの指を押さえたまま、右手でわたしの背中を押した。わたしは押されるまま、新一に背中を向けた。
「ちょ、ちょっと待てよ!」
「君の言っていることは正しい。でも正しくない」
立ち止まって振り返ったのは委員長だけで、わたしはまっすぐコテージに向かった。
「血がたくさん流れたみたいだけど、傷は深くないわ。これなら病院に行く必要もない」
コテージに着くころには、血は止まりかけていた。
わたしの出血量は、真っ白だったハンカチが血で赤く染まるほどだった。それほどの出血量で、病院に行かなくて済んだのは不幸中の幸いだわ。
養護教諭の手当てで、親指にぐるぐると包帯を巻かれた。
「ちょっと大げさだけど我慢して。他に具合が悪いところはない?」
はい、と頷くと養護教諭は救急道具を仕舞った。
「ここでしばらく休んでいていいから。先生たちもみんな外に行っているから、私も行くわね。しばらくしたら外に戻りなさいね」
ありがとうございます、とお礼を言って頭を下げた。
養護教諭を見送ると、入れ違いにクラス委員長が戻ってきた。彼の手には濡れたハンカチが握られていた。
「乾かないうちに洗ったから、キレイに落ちたよ。気にしないでいいから」
委員長はハンカチを広げて、血が落ちたことをわたしに教えた。
血が付いたハンカチをわたしは弁償するといったのだけど、委員長が洗ったら落ちるから気にしないでいいと言っていた。わたしが治療を受けている間、姿が見えないと思っていたら、ハンカチを洗っていたらしい。
「何から何までありがとう」
「いいんだ。それより、僕は先に戻るけど、毛利さんはしばらくここにいたらいいよ。班の方には言っておくから、安心して休んで」
「うん、ありがとう」
委員長は気遣わしげに見たけど、何も言わずに出て行った。
にっこり笑ったはずだけど、ちゃんと笑えていただろうか。
このコテージの中には誰もいない。わたししかいない。ふっと肩の力が抜けた。気付かないうちに肩に力が入っていたらしい。
肩の力を抜いたとたん、ぽろぽろと涙がこぼれた。どうやらいろんなところに力を入れていたらしい。
激しい怒りをぶつけられて、突き放されて。わたしはどうしたらいいんだろう。ううん、どうしたらいいかなんてわかってる。謝ればいい。でも謝って許してもらえる? わたしに対してあんなに怒っている新一は見たことない。
世話を焼いてうっとうしがられても、突き放されたことはない。迷惑だって言われたこともない。
許してもらえないかもしれない。もう側によることも許されないかもしれない。
そうなってしまうのが怖くて。わたしはどうすることもできない。
とめどなく流れる涙と、嗚咽で、呼吸がうまくできない。
突き刺さった彼の言葉は、抜けない棘となり、どんどん深くに入り込んで、傷を抉る。あまりの痛さに胸を押さえて、わたしは泣いた。
目がひりひり痛むほど涙を流したら、少しだけ冷静になれた。
まだ合宿の途中だった。早く戻らないと、みんなに迷惑をかけちゃう。ただでさえ怪我で準備ができなかったのに。このまま泣き続けていたら、キャンプファイヤーがはじまっちゃう。迷惑かもしれないけど、与えられた仕事はやり通さなきゃ。
新一とのことを思い出したら、勝手に涙は出てくるけど、泣くのは後。
嗚咽をこらえながら、呼吸を整えた。
コテージの中の洗面所で、左手の親指を濡らさないように気をつけながら、顔と手を洗った。
そして、養護教諭が使っていいと渡してくれていたタオルを水で濡らし、目の上に置いた。洗面所の鏡を見たら、瞼が腫れあがっていた。しばらく目を冷やしていないと、このまま戻ったら、余計に心配をかけてしまう。
目の充血は治まっていないけど、目の腫れはだいぶ引いた。コテージにあったビニル袋にタオルを入れて、わたしはようやく外に出た。
元の場所に戻ると、材料を鍋に入れ、煮込み始めていた。班の子と会うと、みんなに大丈夫? と言われて困った。たいした怪我じゃないのに心配かけてしまった。
「あとはわたしがやるから」
「指は大丈夫?」
「鍋の様子を見るだけならできるわ。今まで何にもできなかったからさせてほしいの」
じゃあお願い、と大きいしゃもじを渡された。他の子は他にも準備するものがあるらしく、みんなそちらに行った。
火の側だからとても暑い。けれど、鍋の様子を見るだけなら、何も考えずにいられる。ときどき鍋の中をかき混ぜながら、野菜が煮えるのを待った。
できあがったカレーをつぎ分けると、キャンプファイヤーのために組まれた薪の周りをみんなで囲んで食べた。
特別に何かを入れたわけでもないのに、みんなで作ったカレーをみんな一緒に外で食べると、とてもおいしかった。
周りを見回したけど、新一の姿は見えなかった。少しホッとした。顔を合わせて何を話したらいいのかわからない。
カレーを食べ終えた頃には、辺りはうっすら暗くなっていた。そろそろ明かりがないと見づらくなる。
キャンプファイヤーに火を入れよう、と薪の周りに人が集まり始めた。その中に新一の姿が見えた。
ちくっと胸に刺さった棘が痛んだ。
キャンプファイヤーといったら、火を囲んでオクラホマミキサーなどでフォークダンスをする。例にもれず、フォークダンスをするらしく、音楽が鳴り始めた。
女の子は口では嫌だといいながら、誰ひとり輪から離れようとはしなかった。
踊る気分になれなかったから、近くにいた友達に、気分が悪いから先に戻っていると伝えた。
他の人に見られないように暗がりを歩いて、その場から離れた。
まっすぐ宿泊施設に戻る気が起きなくて。戻り道とは別の道に入った。それはけもの道で、明かりはないし、足元は危うい。けれど戻る気はなかった。
あまり遠くに行かないように。帰り道を忘れないように。ゆっくりとわたしはその道を進んだ。。
合宿中はほとんど外に出なかったけど、近くに川があるのは聞いていた。たぶん、こっちの方だと思うのだけど。
しばらく歩くと、木々の間から、光るものが見えた。何だろう。とりあえずそこを目指そう。
木々に遮られ狭かった視界が、急に開けた。
「うわっ……キレイ」
そこは目指していた川だった。光っていたのは、川の流れに映った、月と星だった。川の流れがキラキラ光って、思わず声が出てしまうほどキレイだった。
見上げると、空にもキレイな星空があった。今まで空を見上げていなかったから気付かなかった。夜空一面に、星が瞬いている。まん丸のお月さまもいた。
都会では到底見れない景色にしばし見とれた。
河原の石に足を取られないように、ゆっくりと川に近づく。
夜でも川の底が透き通るほど、水はキレイ。涼やかな川の流れに手を浸す。ひんやり冷たくて気持ちいい。
わたしは大きくて安定した石を見つけて、そこに腰かけた。
靴と靴下を脱いで、川に足をつける。
さらさらと川の流れる音がやけに耳に響く。他の物音はなく、とても静かで、ちゃぷん、ちゃぷん、という小さな水音さえすごく大きく聞こえる。
ちゃぷん、ちゃぷん、という水音を楽しむ。
重苦しかった心が少しだけ軽くなった。
やっぱり、早いうちに新一に謝ろう。いつまでも引き延ばしていたら、謝るタイミングを失ってしまう。
新一が許してくれるまで何度でも謝ろう。許してもらえなかったら、は考えず。許してくれるまで謝る。悪かったところは直すから、許してほしいと何度でも言おう。誠心誠意謝れば、新一は許してくれる。しょうがねぇなって許してくれる。そう信じている。
明日は起きてご飯を食べたら、ここを去ることになっている。
新一を探して、謝る時間はない。だから、明日帰ったら、すぐに新一の家に行こう。そして謝るんだ。
大丈夫だよね。許してくれるよね。わたしは頭上に輝く星に問いかけた。
ガサガサッと背後から草の擦れる音が聞こえてきて、わたしは慌てて振り向いた。
目を凝らすと、わたしが来た方向と同じところから、何かが動く気配がする。
持っていたハンカチでさっと足を拭いて、急いで靴を履いてから、わたしは立ち上がった。
警戒し、身体に力を入れる。動物? それとも、合宿の参加者?
ガサガサという音は少しずつ近づいていた。
草の音に負けないくらい、心臓がうるさく胸を叩く。
木々の間から、出てきた人影に、わたしの息が止まった。
「し、新一……」
それは新一だった。新一はすぐにわたしに気づいて驚いていた。
「ど、どうしたの」
新一は河原をゆっくり歩き、わたしの目の前に立った。
動揺を隠しきれず、出した声は情けないほどに震えていた。
「おめぇこそ、どうしてここに」
「キャンプファイヤーに参加する気分になれなくて、ちょっと気分転換に。新一は?」
「……オレもそんなところ」
そっか、と何気ない風を装って相槌を打った。内心はパニック。新一に会ったら、何を言おうとしてたっけ。さっき決めたことが、ぽーん、と頭から飛んでいったらしい。さっぱり思い出せない。
何を言ったらいいのかわからなくて、わたしは視線だけ上を向けて、新一の様子を伺った。
新一はわたしを見ていたのか、視線を向けた瞬間、バチッと新一と目が合った。そして二人して気まずそうに視線を逸らした。
ああ、そうだった。
新一と視線が合った瞬間、思い出した。わたしは新一に謝ろうと思っていたんだった。わたしはぎゅっと手を握り締めて、頭を下げた。
「「ゴメン」」
わたしと新一、二人同時に頭を下げて謝罪の言葉を口にした。
「え!?」
新一がどうして謝るの。わたしは驚いて顔を上げた。新一も驚いた顔をして頭を上げた。
「今日はあんな言い方して本当に悪かった。オレ、イライラしてて。蘭に八つ当たりした。本当に悪かった」
新一は、ゴメン、ともう一度頭を下げた。
「やめて。頭を上げて。わたしが悪いの。新一の言ったことは正しいよ。もし大きな怪我だったらキャンプファイヤーできなかったと思う。刃物を持ってたんだから、わたしがもっと気をつけるべきだったの」
「それでも言い方が悪かった。もっと言い方があったはずだし、迷惑なんて思ってもいなかったのに、言ってしまった。本当にゴメン。蘭のこと、一度だって迷惑って思ったことない」
「ほ、本当?」
「ああ、本当だ」
頭を上げた、新一の瞳に嘘はない。
「よかった」
声が震える。身体の力が抜けるほどホッとした。
迷惑と思ったことがないと言われたのが、涙が出るほど嬉しかった。泣いたらきっと新一が困るから我慢するけど、心の中では、嬉しくて泣いていた。
「……許してくれるのか?」
「当たり前でしょう。わたしも悪かったんだもの」
「よかった」
新一はすごくホッとしていた。
新一もわたしと同じように気にしていたのだろう。謝っても許してもらえるだろうかと不安になったり、何度だって謝ろうと思っていてくれたりしたんだろう。
それを思うと、また嬉しかった。
「あ、新一! 流れ星!」
わたし達は満天の星空を眺めていた。新一は星座を指してはそれにまつわる話を語ってくれた。新一の話に聞き入っていると、視界の端を流れていく、流れ星を見つけた。
「ああ? どこだ?」
話を中断されておもしろくないのか、新一は不機嫌そうに言った。
「あの辺に見えたんだけどな……あっ、あった!」
指したとたん、流れ星は見えなくなった。
「願い事唱える暇もなかったよ」
「当たり前だろ。流星が発光している時間は一秒前後だからな」
もう一回探そうと、夜空をくまなく探した。首が痛くなっても諦められなかった。
「蘭、そろそろ戻るぞ。キャンプファイヤーも終わる頃だ」
わたしは渋々立ちあがった。
「ほら、手を出せ」
新一はわたしの一歩先に立ち、わたしに手を差し出した。
「え?」
「帰り道は暗いから危ないだろう。転ばないように手を引いてやる」
ほら、と差し出された手にわたしは手を伸ばした。新一の手を握ると、ぎゅっと握り返された。
ここに来るまでは、また新一と手をつなげるようになるとはこれっぽっちも思っていなかった。顔が勝手ににやける。
ゆっくりと新一とふたり、来た道を戻る。
とっても暗かったけど、新一の温かい手のおかげで不安になることはなかった。
「なぁ、蘭。流れ星を探して、何を願うつもりだったんだ?」
「……教えない。教えたら効力なくなりそうだもの」
「なんだよ、それは」
新一は呆れたように呟いた。
教えられるわけがない。だって恥ずかしいもの。こんなことを願っているなんて新一に知られたら堪らない。だからこっそりと願う。
わたしの願いは、ただひとつ。
――この人と、ずっと一緒に居れますように。
FIN・・・・・・.
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