…桜。
誰もに好かれる、春の人気者。
見てるとホッとするとか、幸せな気分になれるとか、みんな色々言ってるけれど、
 
 
 

…私には、涙を流させるだけ。
 

桜を見ていると、つらくなる。
涙が溢れて、止まらなくなる。
 

…想い出があるから。
 
悲しく、切なすぎる想い出があるから。
 
 
 
 
 
 
 
だから、桜は 嫌い。
 
 
 
 
 
 
 

=桜の木の下=


by 日高実奈様
 
 
 
 
 
 
 
「え?明日?」
 
博士の突然の提案に、私は目を丸くして言葉を返した。
「ああ、そうじゃ。探偵団のみんなと桜を見物しに行かんかと思ってな。もちろん新一君も一緒じゃぞ」
「そ、そう…」
 
ったく、博士っていっつもそう。
直前になって、平然と話を切り出すんだから。
 

「悪いけど私、桜には興味ないのよ」
いつものように顔を背けてそう答えると、博士がヌッと瞳を覗き込んで、ニコッと笑った。
「また、遊びを断って研究に没頭する気かね?」
「えっ…」
「知っとるよ。いつも、夜中遅くまで地下室で研究しとること。解毒剤を作る為に…。」
「ちっ、違うわ。そんなんじゃ…」
 

慌てて否定すると、博士はフッと優しい笑みをこぼした。
 
「…たまには気分転換するといい。風にあたれば、気持ちも安らぐじゃろ。」
 
 
 
 
 
 
 

静かな夜が訪れた。
私は一晩中、眠れなかった。
 
 
 

……………ずっと、'あの事'を思い出していたから。
 
 
 
 
 
―――――――――――2年間、あの桜の下で結んだ、果たされなかった約束の事を……。
 
 
 
 
 
 
 

めったに会えなかった、たった1人の肉親…宮野明美。
そう、私のお姉ちゃん。
 
 
 
久しぶりに会う機会ができて、私達2人は海辺の桜を見に行った。
 
 
 

「志保!見てみなさいよ、素敵な桜よ!」
 
はしゃぐお姉ちゃんを見て、私もその後を追った。
 
「私、桜って大好きなのよ。優しくて、キレイだから…。嫌な事、ぜーんぶ忘れさせてくれるみたい…」
 
青空に広がる桜の木を見上げ、目を細くしてお姉ちゃんは言った。
 
 
 

「…私も」
 
そう答えた私の手を、ぐいっと引っ張り走り出したお姉ちゃん。
 
 
 
しばらく走り回ったあと、ぐったりとして2人は桜の木の下に座り込んだ。
 
 
 

「ねぇ、志保」
「え?何?」
「桜って、志保に似合うわね」
「えっ!?」
「可愛くて、純粋で…ほら」
 
お姉ちゃんは1枚の花びらを、私の髪の毛に絡めた。
 
 
 
「頑張ろうね、志保。また、一緒にこうして桜を見ようね」
ガッツポーズをして、私にウインクをしてみせる。
「…うん。約束ね。また、一緒に桜を見るって…」
「…約束」
 
 
 
からめた小指に、桜の花びらが乗った。
 
 
 
淡くて小さな、2人だけの約束だった。
 
 
 
 
 
 
 

――――――――果たせないまま、2回目の春が来た。
 
 
 

お姉ちゃんとは、もう会えない。
…一緒に桜を見る事も出来ない…。
 
 
 
 
 
約束したのに。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「ほら、灰原さんももっと近くで桜見なよ!キレイだよ」
 
 
 
ハッと気づくと、私はみんなと一緒に桜の木の下にいた。
 
 
 
 
 
「…いいわ。桜には興味ないから」
 

腕を引っ張る吉田さんの手をほどいて、桜とは反対の方向へ歩いた。
 
 
 

桜なんて嫌い。
見たくも無い。
 
 
 

……お願いだから、思い出させないで………。
 
 
 

「おい!あっちに小鹿がいたぞ!!」
「えっ、本当!?」
「行ってみましょう!!」
小嶋君の言葉で、ワーッとそちらへかけていく吉田さんと円谷君。
そんな3人が心配なのか、博士も後をついていく。
 

誰もいなくなったのを確認して、そっと桜の方へ歩み寄った。
 
 
 
 
 
 
 
…………匂いがする。
 
優しくて、柔らかくて、安心できる…
 
 
 

お姉ちゃんの匂いがする…。
 
 
 
 
 

どうして?どうしてよ?
どうして行っちゃったのよ!?お姉ちゃん!!
 
 
 
約束したじゃない!
また2人で桜見ようねって…あの日約束したじゃない!!
 

なのにっ…。
 
 
 
 
 

「お姉ちゃんっ………!」
 
 
 

おさえていた涙が溢れて、私は幹にしがみついた。
 
 
 
 
 
 
 
「桜には興味ねーんじゃなかったのかよ?」
 
 
 
背後からの声にビクンと反応して、慌てて涙を拭く。
 
 
 

「…く…工藤君…」
「ったく、桜 好きなら好きって素直に言えよな!」
 

…その言葉に、気持ちが溢れた。
 

「おっ…お姉ちゃんと行った事があるのよ、花見…。…や、約束したの。また桜見ようって。…ば、ばかよね。お姉ちゃんはもういないのにね。いくら待ったって、約束が果たされるワケないのにね……」
 
 
 
涙がどんどん溢れた。
もう…どうしたらいいのか分からない。
 
 
 
 
 
お姉ちゃん!!!!
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「…桜ってさ、オマエに似合うよな」
「えっ…?」
 
 
 

聞き覚えのあるセリフに驚いて、私は顔を上げた。
 
 
 

「…なんか似てるよ。桜とオマエ」
 
 
 
 
 
…………何が言いたいの?
 
 
 
 
 
 
 

「俺がいるだろ?桜、…一緒に見よう」
「えっ…?」
 

突然の彼の言葉に硬直した私に、ふっと微笑みかけてくれる。
 
 
 

「…ほ、ほんとに…?」
「ああ」
 
「来年も…?」
「あたりめーだろ?」
 
 
 
 
 
 
 

果たせなかった約束。
でも…、
 
 
 
それはやがて、別の意味を持つモノにきっと変わる。
 
 
 
 
 

「………工藤君」
「ん?」
 
静かに、彼の方に歩み寄る。
 
 
 
「………ずっと、言いたかった事があるの……」
 
 
 
 
 
 
 

桜が舞う。
それぞれの想いを乗せて。
切なくつらいあの日の出来事も、…
 
 
 

美しい桜吹雪に乗って、大切な想い出に変わるように…。
 
 
fin
 
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