天の川



By 飛香里様



わずかなブレーキの音と軽い振動に蘭は目を覚ました。
助手席に沈めていた身体を起こすと新一がエンジンを切りながら声をかける。
「いいタイミングで起きたな。ちょうど着いたところだぜ」
「ここどこ? 米花町からずいぶん遠くまできたんじゃない?」
時計に目をやった彼女が不安そうな声を上げる。
夕方、行き先も告げず『一緒に来てほしい』の一言だけで彼の運転する車に乗せられてからすでに数時間。
明るかった街並みは消え失せ、車外は街灯ひとつ見当たらない。
「ここは琴姫山、って言ってもわからねーよな。地元の人しか知らないような場所だし。
とりあえず降りろよ。暗いから足元気をつけてな」
促されて蘭はおそるおそる外に出た。そこは山上の少し開けた空き地のような場所らしかった。
『ここに何しに来たの?』と彼女が問おうとした時、新一が口を開いた。
「蘭、上を見てみろよ」
「上? あっ…」
空を見上げた瞬間、蘭は目を見張った。頭上を無数の星が埋め尽くしていたのだ。
普段見ている夜空とは比較にならない沢山の星に言葉を失う。
「真ん中に帯のようなのが見えるだろ? あれがオメーが見たがってた天の川だよ」
「天の川?! あれが…!」
「実際に見ると案外、大したことねーだろ? 写真やプラネタリウムで見るほうがよっぽどキレイだよな」
「ううん、そんなことない! 本物の方が絶対いいよ! 新一、ありがとう!」
「約束だったもんな、一緒に本物の天の川を見るって。それと蘭、遅くなっちまったけど─」
新一は懐から小さな箱を取り出し、彼女の目の前で開いた。中身を見て蘭が思わず息を飲む。
そこには星明りにキラリと光る石をつけた指輪がおさまっていた。
「し、新一っ、これ…」
「蘭、結婚しよう。待ちくたびれたからもう受け取れない、なんて言うなよ?」
「そんな、言うわけないじゃないっ」
大きく首を振り、震える手でそっと指輪を手に取った。

「似合う?」
蘭が嬉し涙を流しながら指輪をはめた左手を彼の前に差し出すと、新一はその手に唇を落としてニッと笑った。
「とーぜんだろ、オメーに一番似合うやつをこの俺が選んだんだから。ごめんな、待たせて」
「ううん、待ってる間も幸せだったもん。ありがとう、新一」
「これからもっともっと、二人で幸せになろうな」
引き寄せられるように抱き合い、互いの頬を摺り寄せた時、蘭の視界を白く細い光がよぎった。
「えっ? 今の流れ星? あ、また!」
「ああ、今日はペルセウス座流星群の極大日なんだ」
抱きしめていた腕を解き、蘭の横に並んで空を見上げながら言う。
「運が良ければ一時間に五十個近く見られるらしいぜ」
「そんなに?!」
「それだけあれば一つくらいは俺たちの幸せを叶えてくれるだろ」
「もしかして、これのためにわざわざ今日?」
「まーな。ほら、よそ見してると見逃すぞ」
振り向いて問いかける彼女をチラリと見てぶっきらぼうに答える。
「…ありがとう…私、今夜のこと、一生忘れない…」
蘭の呟くような声に新一は黙ってその手を強く握りしめた。



≪終≫




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