By 飛香里様



朝は嫌いじゃない。
高校時代は朝の光のように澄んだ声が俺を目覚めさせてくれた。
今は無機質な携帯電話の振動で少し早めに起きて傍らの寝顔を見つめる。
彼女の甘い香りを胸いっぱいに吸い込みながら顔や首筋にキスを繰り返すと、やがて漆黒の瞳がゆっくり開く。
「しんいち…?」
「おはよ、蘭。よく眠れたか?」
捨てられた子犬のように不安そうな表情がふわりと笑顔にかわった。
─大丈夫、俺はここにいるよ。
今日も一日、この笑顔を守っていこう。



朝は嫌い
母が家を出て行ったのは冬の初めの寒い朝だった。
小さなナイトが書き置きを残して居なくなったのも朝。
小学生の頃、飼っていた小鳥が冷たくなっているのに気付いたのも朝だったっけ。
朝は私から大切なものを連れ去っていく。だから眠りから覚めても目を開くのがコワイ。
誰にも話したことはなかったのに、彼はそんな私を毎朝、優しいキスで起こしてくれる。
「…しんいち、ありがと」
唐突な私の言葉に彼は驚く様子もなく、微笑んで唇に触れるだけのキスをくれた。
さあ、今日も一日頑張らなくちゃ。

≪終≫

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