怖いもの



By 飛香里様



大学に入学して間もない頃、和葉がこんな質問をしてきた。
「なぁ、平次の怖いもんって何?」
「は? 何や、いきなり?」
「別に。ただなんとなく平次って怖いもんあるんかなーって思っただけ」
「俺の怖いもん…?
ガキの頃は親父のことがめっちゃ怖かったけど、今は怖いというよりいつか追い越したろって思う目標みたいなもんやし。
オカンも怖いと思たことはないしなぁ…」

そんなやりとりの数日後、関東の大学に進学した幼馴染の西沢からあるメールが届いた。
高校時代、『東京でモデルみたいにキレイな彼女を作って自慢したるから楽しみにしとれよ!』
と何度も言っていたソイツ。
上京してからというもの、学校や街で見かけた女の写メを俺に送りつけては
この子は顔はいいけど胸が小さい、こっちはファッションのセンスがイマイチ、などと偉そうなコメントをつけていた。
俺もヒマつぶしに適当なことを返信していたんだが、その日はメールを見た瞬間、絶句した。
添付されていた写真は俺が知っている女性だったのだ。

 〉平ちゃん、ついに見つけたで! 俺の理想の女!
 〉やっぱ、平ちゃんの言うとおりや。あきらめんと探して良かったわ。
 〉見た瞬間、この艶々の長い黒髪と大きな瞳にノックアウトされてもうた。
 〉顔はもちろんスタイルも最高やで! 胸はでかいし太股も太すぎず細すぎず。
 〉触ったら柔らかくてムチムチしてるんやろな。あの胸に顔を埋めること想像しただけでドキドキするわ
 〉ゴールデンウィークまでに絶対落として俺の女にするで! 夏休みに紹介するから楽しみに待っとってや!
 〉こんなイイ女に巡りあえたのも平ちゃんのアドバイスのお陰やな。マジ感謝してる。じゃ、また報告するな。

「こ…の、どアホ!」
脳天気な文面に額を押さえた時、まるで俺の心を見透かしたように携帯電話が震えた。
嫌な予感を覚えながら電話に出る。
『よう、服部。久しぶりだな』
「お、おう。工藤か。どうしたんや? 何か大きな事件でもあったか?」
今すぐ電話を切りたい衝動を抑えながらこたえる。
『いや、ちょっと聞きたいことがあってな。西沢って男、オメー知ってるか?』
「え?! し、知らんなぁ。誰や? それ?」
思わずシラを切ると工藤の声が一オクターブ低くなった。
『実は俺の蘭にちょっかいかけてきた野郎でさ…。そーか、知らねーか。
そいつの携帯電話が今、俺の手元にあるんだが─』
「げっ」
『この中に見覚えのあるメールアドレスが混じってるが、じゃあこれは人違いだよな?
良かったぜ。まさか服部が蘭のナンパに関わってるなんて思いたくねーからなぁ。
あ、突然で悪いけどよ、これからそっち行くから。色々と聞きたいこともあるしな』
「く、工藤っ、ちょっと待て! 誤解や! それにはわけが…」
『ん? 何慌ててるんだ? 西沢なんて知らないんだろ? なぁ平ちゃん?』
地獄の底から響くような声で静かに囁かれ、俺は背筋が寒くなった。

─和葉、俺がめちゃくちゃ怖いもんが一つあったわ。毛利のねーちゃんが絡んだ時の工藤や…。



≪終≫




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