大切なもの 前編



BY 飛香里様



「やっちまった…」
階段を上がって行くいつもより大きい足音を聞きながら俺は溜め息をついた。

喧嘩のきっかけは帰りが遅くなった俺を蘭が起きて待っていたことだった。
『遅いときは先に寝てろって言っただろ、何回同じ事言わせるんだ?!』
『電話もメールもないんだもん、何かあったのかと心配するじゃない』
『オメーは余計な心配しなくていいんだよ!』
『余計って何?! 私は新一の心配しちゃいけないの? なら何のために結婚したのよ!』
『いや、そういう意味じゃなくて…』
『もういい! 新一は私の事なんてもうどうでもいいのよね。わかったわよ!』
蘭は潤んだ目でキッと俺を睨みつけると部屋を飛び出した。

「…蘭、違うんだ。オメー、自分で気付いてないみてーだけど、たぶん今は普通の身体じゃないだろ?
なのにあんな薄着で遅くまで起きててよ。俺なんかよりもっと自分の心配をして欲しいんだよ。
俺には蘭以上に大切なものなんてないんだから」
─だったら何でそれを素直にアイツに言わなかったんだよ?
不意に聞こえてきた声に振り返ると眼鏡をかけた少年が苦々しい顔で俺を見上げていた。
─言葉と態度できちんと示さなきゃ気持ちは伝わらないぜ? もう、その手は蘭に届くんだろ?
「…ああ、そうだよな」
目を伏せて静かに頷く。再び目を開けた時、彼の姿は消えていた。

≪終≫


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