大切なもの 後編



By 飛香里様



新一と喧嘩した翌朝、蘭は起きるなり園子にメールを送った。すると5分とたたないうちに彼女から電話がかかってきた。
「ごめんね、園子。朝早くメールして起こしちゃった?」
「うちは子供のおかげで朝が早いから大丈夫よ。それよりあんた達、また喧嘩?」
「そうなの。もう、新一ったらひどいと思わない? 人が心配して遅くまで待ってたのに余計なことするな、なんて」
「アヤツも進歩がないわねぇ。で、ダンナはもう仕事行ったの?」
「さあ? 今日は休みらしいからまだ寝てるんじゃないかな。寝室は鍵かけて入れないようにしちゃったから居るなら客間か書斎ね」
─あらら、こりゃ相当頭にきてるわね。確かに新一君の態度も問題だけど、蘭も少し頭を冷やさせた方がいいかも。
園子は苦笑いをもらした。
「ねぇ蘭、良かったら今からうちに来る? 久しぶりにゆっくりしゃべりましょ。私も育児でストレスたまってるしさ」
「ゴメン、有難いけど今日は遠慮する。今、風邪気味なの」
「何? あんた体調悪いの?」
「大したことないのよ。いつもよりちょっと調子が悪いだけだから。でも赤ちゃんにうつしちゃうと大変でしょ?」
「あんた生理は? ちゃんと来てる?」
園子の問いに蘭はキョトンとした。
「え? んー、今月は遅れてるかな。でも何で?」
「当然、新一君もその事は気付いてるわよね。なるほど。だから夜更かしした蘭を怒ったんだ」
「何の話?」
「蘭、あんた妊娠してるかもよ?」
「ええっ?! 妊娠?!」
予想もしなかった言葉に蘭は思わず大声をあげる。
「そんな驚くことじゃないでしょ?」
「で、でも吐き気とか全然ないし」
「私も妊娠したばかりの時は吐き気なんてなかったわよ。とりあえず一度、検査してみたら?」
「う、うん。わかった」


蘭が早々に電話を切って寝室のドアを開けると黒っぽい塊がムクリと立ち上がった。
「きゃっ。え? 新一?!」
「おはよ、蘭」
くるまっていた毛布を肩から下ろし、あくびをひとつする。
「まさか一晩中ここにいたの?」
「まーな。ここならオメーに何かあってもすぐわかるし。それより体調はどうだ?」
言いながら額にそっと手を当て、「やっぱりまだ微熱はあるか…」とつぶやいた。
「病院行くからすぐ支度しろ。俺も着替えてくる」
クローゼットへと向かう彼の背中に蘭が声をかける。
「新一、あの、病院って…?」
「産婦人科だよ。園子からも聞いたんだろ? 検査薬買って来て調べるより直接行って診てもらう方が早いからな。
どのみち妊娠してたら病院へは行かなきゃなんねーし。それと─」
振り返った新一はそっと蘭の身体を抱き寄せた。
「昨夜は怒鳴って悪かった。オメーの身体が心配でつい大声出しちまって。連絡もなく遅くなったら蘭が不安で眠れないのは当然だよな。ごめん」
「ううん、私こそあんな言い方してごめんなさい。新一はいつだって私の事を一番に考えてくれるのに私ったら…」
新一は背中に両腕を回してきた彼女の頬に手を当て、その瞳をみつめる。
「蘭、愛してる。オメーは俺にとって何よりも大切な存在なんだ。それは何があろうと絶対変わらねぇ。それを忘れないで欲しい」
「うん。でも私も新一が一番大切よ。それも忘れないでよ?」
「わかってるって」
新一はクスリと笑いをもらし、拗ねたように尖らせた彼女の唇に自らのそれを重ねる。
「これでもう喧嘩は終わり。早く病院行こうぜ? 子供、できてるといいな」
「うん!」

≪終≫


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