初日の出



By 飛香里様



険しい山が迫る海岸沿いの道を流線型の車体が走り抜けていく。
普段は大型トラックが忙しなく行き交う幹線道路だが、元日の夜明け前ともなればさすがに通る車はほとんどない。
ゆるやかなカーブを何度か曲がり、たどり着いた岬で新一は車を止めた。

「蘭、起きろよ、着いたぞ」

助手席でまどろんでいた恋人の肩を軽く揺する。

「ん…しんいち…?」
「もたもたしてっと初日の出見られなくなっちまうぜ」
「え? あっ」

『初日の出』という単語に彼女の頭が反応した。見れば空はもう明るくなりはじめている。
慌てて車外に出たとたん、明け方の冷えきった外気が彼女を覆った。

─あっ、コート脱いでたんだ…

首をすくめて車に戻りかけた時、ふわりと暖かいものが肩にかけられる。

「ほら、ちゃんと着てねぇと風邪ひくぞ」
「ありが…と…」
コートに袖を通しながら振り向いた蘭は自分を見つめる彼の優しい表情に思わずみとれた。

「どこ見てんだよ、日の出はあっち」

蘭の視線に気付いた新一は照れくさそうに笑って彼女の体を180度回転させる。

「ちょうどあの二つ並んだ島の間から昇るってさ」
「誰に聞いたの?」

彼が指差す方向を見ながら尋ねた。

「この先にあるホテルのオーナー。この場所を教えてくれたのもその人なんだ」
「ひょっとして…事件で知り合った人?」
「当たり」
「新一の知り合いってそんなのばっかりね」
「うるせーよ」

彼女の額を指先で軽く突き、クスクスと笑いあった。



「…そろそろだな」

笑みをおさめた彼が腕時計に目をやった。蘭は頷き、息をつめてその時を待つ。
やがて島の間からわずかにのぞく水平線に一条の光が現れた。
かすかな波の音しか聞こえない張り詰めた静けさの中で、その光は次第に輝きを増し暗い海面にキラキラと光の帯を伸ばす。
蘭はごく自然に辺りを照らす光に向かって手を合わせていた。
特に信仰心が厚いわけでもないはずの自分の無意識の行動に驚きながら隣を見ると、新一もまた合掌している。

「不思議だよな。太陽なんてただの恒星なのにこうして日が昇るところを見ると畏敬の念を抱いちまう」

それを聞いて蘭は笑みを浮かべた。

「何だよ? こんなこと言うなんて[らしくない]とか思ってるな?」
「違うわよ。私も同じこと感じたから少し嬉しかったの。ふふっ、初詣でお願いしたことがもう叶っちゃった」

甘えるように腕をからませて身体をくっつける。

「お前、何を願ったんだ?」
「今年もいっぱい新一と同じものを見て、一緒に感動できますようにって」
「何だ、そんなことかよ」

少し拍子抜けしたような彼の口調に蘭は口を尖らす。

「そんなことって何よ?新一と一緒に感動できるのって、私にとってはすごく幸せなことなんだからっ」
「バーロ、んな小さなことで幸せになるなよ」

腕をふりほどいて彼女を強く抱きしめる。

─これから先、俺のこの手でお前を誰よりも幸せにしようと思ってるのに…!

「じゃあ新一は何てお願いしたの?」
「いいじゃねーか、そんなの」
「良くない、ねぇ、教えてよ?」

愛らしい表情で腕の中から見上げる恋人に彼は負けた。

「うるさいな、わかったよ」

そして照れながら耳元で囁く。

「今年も沢山蘭の笑顔が見られるようにってな。それと…いや」
「それと?」
「何でもねぇよ」
「何よ、言いかけてやめるなんて気になるじゃない。言・い・な・さ・いったら」

両手で新一の頬を引っ張ってつねる。

「ってーな! んなことするやつにはこうだっ」

頬から蘭の手を引き剥がし、間近に迫った彼女の唇を奪った。

「んっ……っ」

角度を変えながら何度も求めた後、潤み始めた瞳を優しく見つめる。

「叶ったらちゃんと教えてやるよ。それまでは大人しく待ってろ」

─今言っちまったら意味がなくなるからな

握り締めた手の中でしなやかな薬指をそっと探りながら新一はつぶやいた。




この日から半年余り後、梅雨が明けて間もなく彼の願いは無事に叶ったのだった。



≪終≫



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