影ふみ



By 飛香里様




ガキの頃の蘭は多分、飛び抜けて可愛い顔立ちでもなかったと思う。
レベルで言うならおそらく中の上くらい。もちろん俺以外の奴らにとっては、だが。
それが常に男達の目を釘付けにするようになったのはいつからだろう。
蘭に目を奪われる男が増えるにつれ、俺は不安に駆られるようになった。
『いつか俺の傍から飛び去ってしまうんじゃないだろうか…』と。



バスを降りると西の空が紅く染まりはじめていた。

「見て新一、影がこんなに長い」

蘭が足元を指差す。

「すっかり遅くなっちまったな。暗くならないうちに帰ろうぜ」

彼女の肩に手を回し、歩きだそうとすると蘭が急に顔を上げて言った。

「ね、久しぶりに影ふみしない?」
「は? 影ふみ?」

最近、一段と色気を増したその容姿とはかけ離れた単語に俺の思考回路が一瞬止まる。

「学校の帰りによくやったでしょ? まず新一が鬼ね。負けたらジュースをおごること! じゃあ、ヨーイ、スタート!」

言うや俺の手をするりと抜けて走り出す。

「あ、おい! 待てよ、勝手に決めるなって!」

慌てて追い駆けたが、蘭は右へ左へとすばしこく動き回ってなかなか捕まえられない。
俺はふと思いついて脇道に目をやった。

「あれ? あそこにいるのチワワじゃねぇか?」
「えっ、どこ?」

蘭が思わず足を止めた隙にその影を踏む。

「はい、俺の勝ち。オメー、小学生の頃からちっとも進歩してねーな」
「ずるい! 騙したわね!」

口を尖らせ、キッと睨みつけてきた顔は普段とは違う美しさで胸の鼓動が早くなる。それを悟られないように俺はわざとぶっきらぼうに言った。

「何度も同じテに引っかかるお前が悪いんだよっ」
「いいわ、今度は私が鬼になって新一を捕まえるから!」

そう言って離れようとした蘭の腕をグッと掴む。

「ちょっと、手を離してよ」
「やだね。なあ、もう鬼ごっこは終わりにしよーぜ」
「え…?」

俺の声のトーンが急に変わったことに気付いたのか、蘭の顔に戸惑いの色が浮かんだ。
フッと笑って見せると彼女の細い体を強く抱きしめる。

「俺はもうどこへも行かねえ。だからオメーも一生、俺の側から離れるな…!」

俺の熱いささやきに蘭がかすかに頷いた。その顎を右手で上げさせて顔を近づける。
唇が重なる直前、地面に目をやるとさっきまで離れていた二つの影が一つに重なっていた。



≪終≫



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