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By 衣麻様


「ねえ、工藤君…?」
微かに頬にかかる風が、本の頁をも捲ろうとする。
新一は本の左上の方に手をのばし、先へ先へと黙読した。
阿笠博士が彼が読みたがっていた本を手に入れ、家に帰るのももどかしくその場に留まり、その本を読みふける。
新一は三十分程前から一言もしゃべらず、一定時間ごとに動かす左手以外は、まるで人形のように固まっていた。
眼が文字を追う。風が彼の髪をなびいた。
涼しい、微かに冷たい風が吹く。
「わたしと付き合ってくれない?」
沈黙が流れる。まるでその言葉自体が最初から無かったかのように。
その流れに流されるままにしている言葉を紡いだ志保は、手元にあるコーヒーカップを手に、唇に近づけた。
「……何所に?」
コーヒーを飲み、またテーブルに置いたところで、ようやく新一が答えた。
しかし検討外れだ。
志保はそっと肩をすくめると、ゆっくりとした動作で、ブラックで飲んでいたコーヒーに砂糖を入れた。ついでのようにミルクも入れる。
立ちあがりスプーンを取ってくる。
もう一度、今まで座っていた場所に戻って来、そのスプーンで砂糖とミルクとコーヒーをなじませるようにかき混ぜた。
適当にぐるぐると回していたスプーンを皿の上に置き、志保は言った。
「二人で、遠い所に。」
砂糖とミルクのせいで、甘くなり過ぎたコーヒーを一口。
志保は、それと分からないように、内心顔をしかめた。
苦いコーヒーが好みだったが、少しでも甘くしようとしたのが間違っていたのだろうか。
少しだけ、ほんの少しだけ苦いコーヒーのような自分も甘くなりたかった。
志保は、そのコーヒーを我慢するように一気に飲みあげた。
「はあ? 遠いって、お前海外にでも行くつもりか?」
新一が、そこで初めて顔をあげた。
怪訝そうな表情が刻み込まれている。
志保はふと唇をあげると、まさか、と呟いた。
「別に場所は何所でも良いわ。二人で行けるのなら。」
新一は、まじまじと志保の顔を眺めていた。
が、やがて本は手中のままに、志保の隣へと場所を移動しようとする。
志保は意味もなく、空になったコーヒーカップを手に取った。
新一は志保の隣に座ると、突然自分の掌を彼女の額につけた。
体温が直接伝わってくる。
志保は、ぱっとその手を払いのけた。
そうされることが嫌だったのではないが、そうされることで自分が変になりそうなのが嫌だった。
「やっぱりお前、熱あるんじゃねーのか? 風邪ひいてんだったら、博士に薬貰って寝とけよ。」
「…熱なんてないわ。それよりどうなの? わたしと付き合う?」
再度訊いた志保に、新一はたまりかねたように声を出して破顔した。
視線から解放された感じと、火照った頬にあたる風が気持ち良く感じる。
「悪いけど、蘭がいるから行けねーよ。…ったく、俺をからかってる暇があるんなら、男ぐらい見つけたらどうなんだよ。オトナの天才さん?」
オトナの天才。
アポトキシン4869という強力な毒薬をも作ってしまえる天才。
どんな難解な事件も解いてしまう名探偵も天才と言える。
そんな彼女と彼の間には、年齢差があった。
大きくはないが、決して小さくもないと志保は考える。
「あら、男なら目の前にいるじゃない。最も、既に可愛い彼女がいるけど。…どう思う? もう一人の天才君は。」
コーヒーカップをテーブルに置く。
今度は、真直ぐと正面を向いて新一の眼を見つめた。
「どう思う?」
繰り返し尋ねた志保に、新一は眼を見開き、しばしの間絶句していた。


  ☆☆☆


「何で…?」
不思議そうに訊いてくる蘭に、新一は言葉を濁した。
急遽事件が入りドタキャンするのは多かったが、特に予定も入っておらずにデートのキャンセルをすることは、あまり数多いことではなかった。
眼をそらし、冷や汗を浮かべている新一を見て、蘭は半眼になりぐっと前に出た。
「何? もしかして新一、何か隠してない?」
「べ、別に隠してることなんてねーって。何で俺が隠し事なんてしなくちゃなんねーんだよ?」
内心の慌てを思わず顔に出し早口で言葉をまくし立てた新一は、言い終わった瞬間、しまったと言う顔をした。
それを蘭が見逃すはずがない。
不信気な顔のまま、頬を膨らませた。
「わたしには秘密ってわけ? どーせわたしなんてどーでも良いんでしょ。もういいわよ。」
おもむろに立ちあがり玄関へ向かおうとする蘭を、新一は慌ててひきとめた。
眼の前を通り過ぎ様としている腕を軽く、それでも振り払われないくらいには強く、その細い腕を掴む。
「ちゃんと話を聞けよ!」
ソファに座っている新一から見上げられるようにして見つめられた蘭は、それでも不機嫌そうな表情を崩さないまま、もう一度ソファに座りなおした。
「話を聞けって、何か話してくれることでもあるわけ? デートのキャンセルの理由も話さずに納得してもらおうとする、秘密が好きな偽りの王子様?」
からかうように言いながらも、蘭は眼が笑っていなかった。
唇だけで、端の方をつりあげとりあえず笑っている感じだ。
しかも、その眼はまるで新一を困らせ様とでもしているかのように、漆黒に輝いている。
新一は半眼で乾いた笑い声のようなものを出すと、少し間を置き、妙に力を入れて深呼吸した。
そうしておいて、それでも新一はためらいがちに口を開いた。
「実はさ。」
「志保さんね?」
「――は!?」
蘭は足を組み、その足の上に両手で頬杖をつき組んだ指の上に顎を乗せ、新一の方を見ていた。
自然と姿勢が下がり、新一を見る視線も上目になっている。
「だって、博士のところから帰ってきて、突然キャンセルするんだもん。何があったか分からないけど……理由は志保さん、だよね?」
まるで確信しているかのように蘭は言った。
漆黒の眼から、何か押し殺した圧倒されそうなものが迫ってくる。
新一は、とりあえず首を縦へと動かした。
続きを言って良いものかと迷う。
そんな新一の心中を見透かしたように、蘭は、眼だけで先をうながした。
「……宮野がさ、突然、その…何てゆーか…。」
言葉が出てこない。
志保が二人で何所かへ行きたいと言ったのでデートのキャンセルをした、とでも言ったら、怒りの鉄拳が、それこそ鉄拳が飛んでくるのは間違いないだろう。
しかし、志保が新一に愛の告白をした、と言ったらそれもまた違うことになる。
なにしろ、ほのめかすような言葉はあったとしても、直接的な言葉は一言も言ってはいないのだから。
「志保さんとデートするの?」
何時までも続きの言葉が出てこない新一に、蘭がたまりかねたように言った。
漆黒の瞳が、輝いているような気がした。
しかしそれは、意地悪気にではなく、何かを我慢しているかのように。

蘭、その名前を言葉にしようとして、新一は声が出なかった。
物理的には何も圧力はかかっていないはずなのだが、何故か息が苦しい。
蘭の瞳が、新一の首に手をかけているように感じた。
それほどまでに感じる、想い。
新一は首を微かに縦に動かし、肯いた。
途端、息苦しさが嘘のように楽になった。
蘭の眼がそれている。
何所を見ているのかは分からないが、新一から視線を外し顔をそむけた。
息はもう苦しくはない。
変わりに、鋭い刃物でさされたように心臓の近くが悲鳴をあげはじめた。
痛い。
薬を飲んでもひかない痛み。
それは、時が進むにつれて増してきた。
顔を背けた蘭の、長い髪を見つれば見つめるほど、更に数本の矢が打ち込まれた。それでも眼を離すことが出来ない。
まるで、何かに取りつかれたかのように。
肯いてから、視線が外れてから、あまり間はなかった。
新一は、身体ごと新一を背けている蘭が、何かを言ったような気がした。
「蘭…?」
新一は声を出した。
今度は、ちゃんと音が出る。
蘭、その名前をもう一度呟いた。
「新一は…。」
新一が二回目に名前を呼ぶのとほぼ同時に、蘭は口を開いていた。
震える声で必至に音を生み出し、言葉を紡ぎ上げる。
「新一は、志保さんが好きなの…?」
その言葉を聞き、瞬間的に言葉を失った。
声は出るが、頭が追いついていかない。
蘭が返事を待っている、それだけが、頭の中を過ってはまた戻ってきた。
思い浮かばない。
何も、浮かんではこなかった。
否定の言葉や、微かな怒りの言葉や、哀しみの言葉や、それらのものが浮かんでは消えた。言葉が出来ない。
蘭は新一が何も言わないことを肯定の意として受け取ったのか、顔にかかった髪を払い、ゆっくりとした動作で立ちあがった。
「蘭。」
新一が名を呼んだが、蘭はそのまま立ちあがり、歩き始めた。
ドアを開け廊下を歩む。――そして、そこでその歩みは止まった。
「新一…放して!」
突然後ろから抱き締められた蘭は、驚いた様子も見せず、ただ短調に言葉を述べた。
言葉が続く。
放して、放して、放して。
新一が言った。
「世界中の誰よりも、蘭のことを愛してる。」
間を開けずに蘭が呟いた。
放して、と。
「宮野は支えを失ってるんだ。不安的な状態で揺らいでるから――殺したくないんだ。自分を殺させたくない。人が死ぬのは嫌だ。」
放して。
蘭が、力無くそう呟いた。
声だけではなく、身体の力も入っていない。
新一が抱かかえているその腕を放したら、すぐに床へと座り込んでしまうだろう。
それでも、蘭は呟いた。放して、と。
「……放さねーよ。たとえ、嫌われても。」
新一は腕に力を入れた。


  ☆☆☆


志保の眼に、蘭の姿が飛び込んできた。
美術館前に午前十時。
それが、その日志保が新一と約束していた場所だった。
「蘭さん…?」
蘭は、迷うことなく美術館の前に立っている志保の方に歩いて来る。
志保は動揺を隠そうと努力を試みた。
無表情を顔の上に作り上げる。
「おはよう、志保さん。」
蘭は、天使のような笑みでにこやかに微笑むと、志保の隣に立った。
新一が本を読みに来た日に吹いたのと似た風が、志保や蘭の髪を揺らした。
穏やかで、涼しい風。
しかし志保の心境はそれと全く正反対だった。
蘭は腕につけていた時計に眼をやると、そっぽを向いている志保の顔を覗き込んだ。
「まだ十時前だけど、新一、少し遅れるかもしれないって言ってたから、美術館の中の入り口近くで待っとかない?」
志保は、その文章を理解するのに数秒かかった。
すぐに理解出来るような気がするが、気持ちが追いついて行っていない。
「蘭さん…。」
志保は口を開いた。蘭が、にっこり笑って応える。
志保はその顔を見遣って言った。
「どうして蘭さんがここにいるの?」
「え…? わたしがいるの、嫌?」
くったくのない笑顔に、敵意のない言葉に、志保は眼を背けた。
どうかしている、そんな風に思った。その言葉の主語は分からない。
蘭かもしれないし、もしくは自分自身なのかもしれない。
「わたし、今日新一とデートの約束してたし、志保さんも新一と美術館に行きたいんなら、一緒に行こうよ。」
ね、と蘭は志保に向かって微かに首を傾けた。
「いいわ。……中で待つのよね?」
志保が、蘭の答えも聞かずに歩き出した。
蘭も、やや早足についてくる。横目で後ろを見てみる。
蘭は、自分に合った可愛い洋服を来ていた。
志保は自分の姿を見て自分を憫笑した。
むしょうに、蘭の格好が羨ましかった。


  ☆☆☆


「悪りぃ、出かける直前に警部から電話がかかってきちまってよ!」
新一は、外を走ってくるその勢いを持ったまま、美術館の中へ駆け込んできた。すぐ近くの椅子に座っていた蘭が立ちあがる。
それにワンテンポ遅れて、志保も椅子から離れた。
蘭の輝くような笑顔に応える新一を見て、微かに何所かが音を立てた。
しかし、次の瞬間、志保に申し訳なさそうな顔を向けた新一を眼にし、一瞬崩れかけたそれが元に戻るのを感じた。
志保も、ぎこちなく笑む。
嘲笑や憫笑、唇を微かに上げて笑うそれ以外の笑い方なんて知らない。
そんなもの忘れてしまった。
だから、精一杯隣の彼女の真似をしてみた。
新一はそのまますぐにこっちへは来ず、ついでのように、すぐ側に有ったカウンターで入場券を三枚買って来た。
「中、入ろーぜ。」
新一がチケットを手渡して行く。
場所的に近かったからだろうか、一番最初に志保に渡された。
蘭ではなく、自分に。
「ありがと…。」
「おう。」
小さく、呟くように言った志保の言葉を耳にし、新一は軽く応えた。
そのまま、残りのチケットを、もう一人の彼女に手渡す。
隣で、蘭もチケットを手に微笑んだ。

「志保さん、あっちの方見に行こ!」
焼物、又は陶器と言うのだろうか。
新一は興味無さげに、適当にどんどんと進んで行く。
時々「日本重要文化財」などと記されたカードが陶器の下に置いてあるが、どれを見ても同じような気がした。
元々この美術館に行きたいと言ったのは蘭であり、志保に場所の指定は任せると言われた新一は、蘭が行きたいと言っていた美術館にした。
選んだ動機がただそれだけなので、興味が沸かないのも、仕方がないと言えなくもない。
それに比べ、張り切って陶器を見ている蘭は、新一がぼーっと適当に見ていることが気に食わない様子だった。
だから、蘭ほど熱心ではないが、新一よりは大切に陶器を見ている志保だけを誘い、蘭は違う場所に引っ張って行ってしまった。
何しろ館内が広いので見る場所は沢山あるのだ。
しかし、二人で行ってしまったことを認識しても、新一は不安など浮かびあがってはこなかった。
ただ、心中にあるのは安堵感。
これで、適当に陶器を見ていたとしても、むっとしたような張り詰めた視線を感じることはないのだから。


  ☆☆☆


志保は、じっと陶器を見つめている蘭を見遣った。
蘭がそこで立ち止まり見ているのは在り来たりな形の陶器だ。
この美術館内にも幾つか似たようなものがあったが、何所となく気に入ったのか、蘭はなかなかその場所を離れようとはしなかった。

「邪魔。」
蘭と二人で館内を歩き、陶器を見ていくうちに、ぽつりと、零れるように志保の唇から出てきた。
明かに、蘭へ向けた言葉。
近くには蘭と志保の二人以外人はいない。
静寂がただよっている館内の中では、バスや電車の中では聞こえないほどの大きさの声も、はっきりと響いた。
「志保さん…。」
蘭が、凝視していた陶器からゆっくりと眼を離した。
それでも余程気に入っていたのか、名残惜しそうにガラス張りのケースを指でなぞる。
そんな、愛しむような動作がぴったりと似合っており、志保は思わず言葉を吐き出した。
「蘭さんなんて邪魔。工藤君はわたしがもらう。」
自分でも以外なほどに、はっきりと言葉が出た。
早口でもなく、一つ一つ確めるように言っている自分に驚く。
蘭は、志保の言葉を聞いて、間近にいなければ分からないほど、ゆっくりと微かに唇をあげた。
まるで、そう言われるのを予期していたかのように。
「違う。志保さんは我侭なだけだよ。新一は渡さない。」
新一も自分を選んでくれる、そんな確信を抱き志保を見ている蘭の瞳は、志保の糸を断ち切った。
冷静を保っていた糸が切れ、後は流れ出て行くばかり。
新たな糸で繕うまでは止まる事を知らない。
「わたしには工藤君が必要なのよ! 蘭さんよりも、もっとずっと求めてる! だから邪魔、何所かに行ってよ…!」
志保は、意思に反して溢れ出てくる涙を拭うこともせず、声を張り上げた。
それでも蘭は、顔をしかめもしない。
唇だけの微笑も消え、無表情のまま、何も考えていないかのように、その場所のまま立っている。
志保は蘭に近づき、手を振り上げた。
叩くつもりは無かった。
ただ、顔をしかめてほしかった。
醜い顔を見せてほしかった。
そして、いつも感じている敗北感を消し去り、少しの間だけでも、たとえそれがどんな形だとしても、蘭に勝ったと言う優越感を味わいたかった。
蘭は顔をあげた。
蘭よりも背が高い志保を見上げるように、顔をあげた。
その表情は変わらない。
志保の、振り上げられた手を見ても、微かな表情の変化も見せなかった。

――パンっ…

小さな音と、大きな痛みが走った。
蘭の頬を打った掌が痛い。
蘭の頬も微かに染まっていた。
何も考えることが出来なかったが、手の痛みだけが現実を証明してくれる。
「志保さん。」
ふと、無表情だった蘭が笑んだ。
唇を上げるだけの微笑ではなく、顔全体で破顔していた。
「志保さんが辛いこと、知ってる。支えが必要だってことも分かってる。だから、わたしにも痛みをちょうだい。新一を志保さんに渡すわけにはいかないけど、でも、わたしにも痛みを軽く出来るなら、わたしにも痛みをください。」
蘭の頬が、時間が経つごとに染まって行く。
志保の手も赤くなっていたが、痛みはもう、あまり感じられなかった。
「蘭さん…。」
衝動的だった。
考えや計算も何もない。
感情に押されるまま、志保は蘭に抱きついた。
それを蘭が受けとめてくれる。ケースをなぞった指のように、愛しむように、そしてそれは暖かかった。
一筋の涙が頬を伝う。
嗚咽をする志保と、微笑んでいながらも涙が溜まって行く蘭の瞳から、一筋の涙が頬を伝った。


足音が聞こえた。
控えめに、それでも蘭と志保の名を呼ぶ声も聞こえた。
志保は涙を拭い、蘭から離れた。
何となく眼があい、微笑み合う。
やがて新一の姿がはっきりと見えるようになった。
新一が駆け寄り、何所か何時もとは違う空気に微かに戸惑うのが分かる。

――と、蘭が何か言いたげにしている新一の腕を取った。
「新一、館内の喫茶店にでも行こっ。」
半ば強引に足を交互に動かし始める。
腕をしっかりと掴まれた新一もそれに合わせ、歩いていく。
ふと、蘭が振りかえった。
立ち止まっている志保の方に眼を向ける。
そして、微笑みながら、小さく舌を出した。
新一は渡さない、自分のライバルだとでも言うように。
志保は微笑んだ。
唇を開き笑うことはなかったが、それでも幾分か心は晴れていた。

深呼吸を一つすると、志保は新一に駆け寄り、蘭が掴んでいない方の腕を取った。
「もちろん工藤君のおごりよね?」
新一が、嫌そうな半ば諦めたような顔をした。
それでも、すぐにその表情を取消し、笑って肯く。
蘭が小さく、やった、と呟くのが聞こえた。
それからすぐに、志保の方に握り締めた拳の人差し指と中指を立て、微笑みかけた。
自分が気軽にそう出来るようになるのは何時なのだろうか。
考え、志保は、そんな気持ちを隅の方へと押しやった。
今は幸せだ。
少なくとも、前よりは。
志保は精一杯の今の気持ちと、心からこみ上げてくる笑顔とで、蘭に向かって微笑した。



Fin…….


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