夏は



By衣麻様



「ふう」
青子は帽子を取ると、手の甲で汗をぬぐった。
真夏日の今日、日が照りつけるなか、プールへとやってくる人は少なくない。
そしてやはり、安全で快適に過ごすためには、雑用をする人も必要なのである。
「浮輪一コもらえますか?」
「あ、はい」
数人の女の子達に浮き輪を渡しながら、青子はもう一度汗をぬぐった。
水分をすべて取られるんじゃないだろうかと思うほど、暑い。
元気良く礼を言い、走っていく彼女達に笑顔で応える。
顔をあげたついでに、さんさんと照りつける太陽を軽くにらんでやった。
「あーおこ」
「ん?」
声と同時に、突然眼の前に缶が出てきた。
わあ、と驚いている間もなく、それを額に軽く押しつけられる。
「ジュース。いるだろ?」
にっと笑って快斗。
青子は缶ジュースを受け取ると、頬にくっつけた。
中のジュースがなまぬるくなってしまうが、こっちの方が気持ち良い。
ひんやりとした感じを味わっていたが、やがてプルタブに指を引っ掛ける。
それを待つまでもなく、快斗は既に半分ほど飲んでいた。
そんなに冷たくはなかったが、少しでも水分補給はしておきたい。
青子は一気に飲めるとこまで飲み、缶を唇から離した。
小さく溜息をつきながら、小さくぼやく。
「このアルバイト、思ったより大変だね」
「でも、ここくらいだぜ? 数日アルバイトして、まとまった金になるのって。」
快斗は空になった缶をぽいっと放った。
上手く目標に到達。
簡易ゴミ箱が小さくゆれる。

切欠は、青子の「旅行に行きたいね」だった。
夏休みの思い出になる小旅行。
二人で旅行に行く計画を立てるからには、やはりそれなりの資金という物がいる。
まさか親には頼めないので、バイトという形になったのだ。

「そだね。バイトも今日で終わりだし。」
青子は残りのジュースを飲み干すと、快斗と同じように缶を投げた。
小さな音がして、ゴミ箱の上を缶が踊る。
内に落ちるかそれとも外か。
「それに。」
青子が言葉を続ける。
空缶が踊り、太陽の光に反射する。
――内だった。
「明日から、旅行に行けるし。」
快斗の方を見て、笑顔で言った青子に、声がかかった。
「すみません、浮輪もらえますか?」
「え…?」
聞いたことがある声に、青子が顔をほころばせた。
「蘭ちゃん!」
いきなり大声で叫ばれ、声をかけたその人は眼をぱちぱちとさせていたが、やがて青子と同じような笑顔になった。
「青子ちゃんじゃない!」
「蘭ちゃん、元気だった?」
盛りあがる二人をよそに、快斗は辺りをきょろきょろと見まわしていた。
毛利蘭がいる。ということは、おそらくこの辺りに―――。
「いてっ!」
ふいに頭を小突かれ、快斗は半眼になり後ろを振り向いた。
やはりそこには、思った通りの彼がいる。
「なにきょろきょろしてんだよ?」
思った通りの彼。
快斗は溜息をついた。
せっかくアルバイトが最後で、明日から旅行だというのに。
何故、こんな時にこいつらと。
「なんでおまえがここにいんだよ、新一?」
「なんでって、蘭が来たいっていったからに決まってんだろ?」
座っている快斗の頭に腕を起き、当然、と言った感じで言う。
見てみると、当たり前と言えば当たり前なのだが、二人とも水着姿だった。
「快斗は、ここに来てんな格好してるってことは、バイトでもしてんのか?」
鋭く突っ込まれ、ぐっと詰まった。
こんな時、得意のポーカーフェイスが役にたつ。
わざと平気そうな顔をして答えてみる。
「さすが名探偵、鋭いですね」
「さしずめ、青子ちゃんとの思い出作りってとこかな。」
半眼でからかいを十分に含んだ顔で、新一が笑った。
顔には大きく、勝った、と書いてある。
快斗はくるっと顔を背けると、逆襲とばかりに言ってやった。
「それにしても、蘭ちゃんはプロポーション良いよなー。誰かさんにはもったいな――。」
突然視界が真暗になった。
新一が掌で、快斗の眼を押さえたのだ。
「見んなてめー。」
顔を見ずとも、額には青筋がたっているだろう。
快斗は頬をひきつらせながら、ぱっぱっと新一の掌を払いのけた。
「快斗ー!」
こっちを見て呼びかけている青子に、助かったとばかりに快斗は返事を返す。
―――が。
「蘭ちゃん達も明日から旅行なんだって。場所も近いし、一緒に行こうよ。」
快斗が一瞬、カチンと固まった。
同時に、新一がこっちを睨んでいるのがよく分かる。
しかし今度は快斗も負けてはいなかった。
必至にアルバイトをし、やっとここまでこぎつけたのだ。
「おまえなっ――。」
食ってかかろうとした快斗に、怒り声が聞こえた。
「黒羽ー! 休憩時間、とっくにすぎてるんだぞ! さっさと仕事につかんか!」
「え…マジ?」
快斗は慌てて時計を見、げっと言う顔をした。
指示されていた場所に、急いで飛び出していく。
それを見て新一は溜息をついた。
「蘭、もうそろそろ行かねーと、邪魔になるんじゃねーか? 青子ちゃんもバイトなんだろ?」
「そっか。じゃ、また明日ね。」
「うん。バイバイ。」
手を振り笑顔の二人を見て、新一はまたもや溜息をついた。
また明日。
明日って何だよ、明日って…。
新一は小さく呟いた。
結局、二人の良いようにされているような気がする。

休憩所から出ると、太陽がよりいっそう照っていた。
夏は、まだこれから――。



Fin…….
 
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