星に願いを・・・



by kirapipi様




「やっぱりこんなところで待ち合わせするんじゃなかった」

蘭は、溜息と共に呟いた。

―――新一の馬鹿・・・

今日は2月14日。
バレンタインデーである。
蘭は、前の日に作っておいたチョコレートケーキを箱に入れ、冷蔵庫にしまうといつもよりも上機嫌で家を出た。
いつもだったら学校に持っていって、いつ渡そうかなんてドキドキしながら新一の様子を伺い、何人もの女の子たちが新一にチョコレートを渡すところをやきもきしながら見ていた。

でも今年はちょっと違う。
蘭はもう、れっきとした新一の彼女で、今日は学校が終ってから会う約束をしているので、学校に持っていく必要もない。
もちろん、蘭という彼女がいることを知っても新一にチョコレートを渡す女の子がたくさんいることは分かっているが、それでも今までとは違う、安心感の
ようなものが蘭にはあった。


いつものように新一を起こそうと、新一の家の前まで来たとき・・・

「あれ?新一?」

ちょうど、玄関から出てきた新一に会う。

「よお、蘭、おはよう」
「・・・おはよう。どうしたの?珍しいね。わたしが行く前に新一が起きてるなんて」
「ああ、それが朝っぱらから目暮警部から電話があってよお」

うんざりしたような口調だが、その表情は声とは裏腹にとても嬉しそうで・・・それを見ただけで、蘭には分かってしまう。

「また事件?」
「そうなんだよ。ま、すぐに解決して学校に行くからよ」

そう言って、新一はにっと笑って見せた。
蘭は、ちょっと溜息をつくと

「・・・分かった。もし間に合わなくっても、今日の約束は忘れないでよ?」
「わあってるよ。ちゃんと約束は守るから」

そう言うと、新一は素早く蘭の頬にキスをした。
途端に真っ赤になる蘭を、面白そうに眺めている。

「も〜〜〜」
「へへ・・・おっと、迎えが来たみてえだな」

車の音が近づき、パトカーがやってくるのが見えた。

「じゃあな、蘭」
「うん。気をつけてね」

そうして新一と別れ、1人で学校へ来た蘭。
予想通り、新一にチョコレートを渡そうという女の子が次々に教室に現れては、新一の不在を知り、がっくりと肩を落として帰っていくという光景を何度も見ることになる。

「ある意味ラッキーよね。新一くんがチョコレートを受け取る姿を見ずにすむんだから」

と園子が言った。
その言葉に、蘭は苦笑いする。
もちろんそんな気持ちがないわけではないが・・・。

彼女がいても、せめてチョコレートだけでも渡したい。
そんな女の子たちの気持ちがひしひしと伝わってくる。
人に恋する気持ちはみんなおんなじ。

―――わたしだって、片思いだったらきっと・・・

そんなふうに思うと、新一の彼女だからといって、得意な気分にはなれない蘭。

「蘭ってば、いちいちあの子達の気持ち考えてたら身が持たないよ?」

園子が呆れたように言ったが、もって生まれた性格は変えようがない。
その日1日、蘭はせつない気持ちを抱えながら過ごしていたのだった。

 

そして、結局その日新一は学校に現れなかった。

「約束、忘れてなきゃ良いけど・・・」

一抹の不安を抱えながら、蘭は一旦家に帰ってから約束の場所へと向かった。



  ☆☆☆



約束の10分前にその場所へついた蘭。
しかし、新一が約束に遅れてくることは明白だった。
なぜなら・・・

「あ!工藤新一だ!」

蘭の前を通り過ぎようとしていた女の子が、目の前の大画面テレビを見て声を上げた。
そう、蘭が新一と待ち合わせをした場所のすぐ目の前に、街頭用の大画面テレビがあって、今まさに生中継で新一の推理ショーが繰り広げられているところだったのだ・・・。

瞳を輝かせ、時折顎に手をやり考えながら推理を続ける新一。

「やっぱりかっこいいよねえ。彼女とかいるのかなあ」
「いいよねえ、こんな人が彼氏だったら」

すぐ側に当の彼女がいるとは思ってもいない女の子たちの会話。
聞いていた蘭は、思わず溜息をついた。

―――やっぱりこんなとこで待ち合わせするんじゃなかった・・・。

理想と現実は違うのだろうか。
推理をしているときの新一は、蘭が見てもかっこいいと思うし、そんな新一を誇りにも思う。
だけど・・・

―――今の新一の頭の中には、きっとわたしの存在なんてこれっぽっちもないんだろうな・・・。
途端に寂しさがこみあげる。

―――早く来てよ、新一・・・

だが、今すぐに事件を解決することが出来たとしても、新一のいる場所からここまで、どんなに急いでも30分はかかってしまう。

―――新一の馬鹿・・・。約束は守るって言ったくせに・・・

テレビの前の人だかりから、少し離れたところに立っている蘭。
テレビは高い位置にあるので蘭の位置からでもはっきりと見ることができる。
 
約束の時間を20分ほど過ぎた頃、事件は新一によって見事に解決された。
テレビの中の新一は誇らしげに集まった記者の質問に答えている。

―――まだ来れそうにないわね・・・。

と、蘭が思ったときだった。
突然画面に2人の女の子が現れ、新一に駆け寄った。

「工藤さん!これ、受け取ってください!」
「これも!!」

2人が新一に差し出したのはかわいらしくラッピングされた包みで・・・

「あ!あれ、チョコレートじゃない?良いなあ!わたしもあの場にいたら渡すのにい!」

テレビを見ていた女の子が悔しそうに言った。

テレビの中では、いつの間にか新一の周りに集まった数人の女の子がやはりチョコレートを渡そうとしていた。

蘭の表情が、一気に曇る。

―――あ―あ・・・あんなにたくさん・・・。仕方ないけど・・・でも、やっぱりやだな・・・。

新一がチョコレートを受け取るところを見ていたくなくて、くるっと画面に背を向けたその時、テレビから新一の声が聞こえてきた。

「ごめん、悪いけど受け取れないんだ」

え―――!!と言う女の子たちの声。蘭は、驚いてテレビを振り返った。

「ごめん。今年は・・・1つしか受け取らないことに決めてるから」
「え―、やっぱり彼女いるんだァ」

テレビを見ていた女の子たちもざわざわと騒ぎ出す。
そして、新一はカメラのほうを見ると・・・

「蘭!今から行くから、ちゃんと待ってろよな!」

と、まるで蘭に直接語りかけているように・・・まっすぐにこっちを見てそう言うと、にっと笑って、その場にいた人たちに「そういうことで」と手を振って画面から消えてしまったのだった・・・。

蘭は、ぽかんと口を開けたまま、その場に固まってしまっていた。

―――な、な、な・・・何なのよお、あれは〜〜〜っ


漸く待ち合わせ場所についた新一。
息を切らせつつ回りを見回す。
が、蘭の姿は見えない。

―――帰っちまったのか・・・?まさか、あのテレビを見て怒っちまったとか・・・

ありえない話ではない。
新一は、約束を忘れていたわけではない。
だが、焦ると返って頭が働かなくなってしまうと思い、努めて冷静な振りをしていたのだ。
待ち合わせ場所のすぐ近くにあの大画面テレビがあることは知っていた。
だから、蘭にも新一が今どういう状況か分かるだろうと思っていたのだ。
そして漸く事件を解決し、さっさとここに来ようと思っていたのに、その場にいた記者につかまり、さらにはファンの女の子たちまで現れ・・・内心、新一はものすごく焦っていたのだ。

―――ここで蘭を怒らせるわけにはいかねえんだ!

そしてとっさにでたあの言葉・・・。

「やっぱ、怒っちまったのかな・・・」

その場にしゃがみこむ新一。
はーっと溜息をついたその時、すっと差し出された缶コーヒー。

「お疲れ様。寒かったでしょ?」

にっこり笑って言ったのは・・・

「蘭!」

新一はがばっと立ち上がると、目を丸くして蘭を見つめた。
蘭は、きょとんとして新一を見ている。

「どうしたの?」
「あ、いや・・・帰っちまったかと思ってたから・・・」
「だって、待ってろって言ったじゃない、新一」
「そうだけど・・・おめえ、怒ってねえの?」
「何を?」
「何をって、その・・・」
「・・・怒ってるよ」
「!」
「でも、嬉しかったから・・・」

新一を見上げ、ふわりと微笑む蘭は、まるで花が咲き誇っているように綺麗だった。

「蘭・・・」
「“今年は1つだけ”って・・・これのことだと思っていい・・・?」

そう言って、蘭が差し出したのは丁寧にラッピングされた箱。

「ああ・・・。ありがとう」

新一が受け取ると、蘭はまた、嬉しそうに微笑んだ。

新一は、その箱を持ったまま、そっと腕を蘭の背中に回した。

「ごめんな、遅れて・・・」
「ううん。新一、かっこよかったよ?ああいうときは、きっとわたしのことなんて忘れちゃってるんだろうなって思ってたの。でも、ちゃんと約束思い出してくれて・・・嬉しかった」
「バーロ、俺がおめえのこと忘れるなんて、あるわけねえだろ?ちゃんと覚えてたさ。だから、急いで解決したんだぜ?」
「え、そうなの?」
「あたりめえだろ?推理してるときだって、おめえのことだけは忘れたりしねえよ」

ほんのり頬を染めてぶっきらぼうに言う新一が、堪らなく愛しかった。

「新一・・・」

嬉しそうに笑う蘭を、新一はふわりと抱きしめる。

「寒かっただろ?俺の家に行こう」
「うん」



  ☆☆☆

 

家につき、2人で蘭の作った夕食を済ませてから、コーヒーと紅茶を入れる。
新一は箱からチョコレートケーキを出してみた。

「お、すげえうまそう」
「えへへ。ちょっとだけブランデーも使ってみたの」
「へえ、食っていい?」
「もちろん」

蘭は、ちょっとドキドキしながら、ケーキを食べる新一を見ていた。

「どう?おいしい?」
「うん、うめえよ。このほろ苦さがいいかも。甘すぎなくってさ」
「ホント?良かった。新一ってあんまり甘いもの好きじゃないから、ビターチョコを使ってみたの」
「へえ、さすがだな」

感心したように言う新一に、蘭は嬉しそうに頬を染める。
そんな蘭に見惚れつつ・・・新一は思った。

―――やっぱりテレビで蘭に呼びかけたのは正解だな。学校で、俺と蘭のこと知らない奴にも、知ってても性懲りもなく蘭に手え出そうとしてやがる奴らにも、見せつけてやれたもんな。

新一は、そっと手を伸ばすと蘭の頬に触れ、そのまま唇を重ねた。
静かに目を閉じ、それを受け入れる蘭。
何度も啄ばむようなキスをした後、深く口付ける・・・。
チョコレートのほろ苦い味が蘭の口の中にも広がる。

「おいしいだろ?」

唇を離し、新一が耳元で囁くと、蘭の頬が薄く染まった。

「ん・・・」
「蘭・・・?」
「え?」
「・・・俺、こっちも食べたくなちゃったな」
「?・・・こっちって・・・?」
「こっち」

新一はにっこり笑うと、蘭の瞼に唇を寄せた。
そして新一の言わんとすることを知り、か―っと顔を赤らめる蘭。
そんな蘭を見て、楽しそうに笑う新一。

「蘭・・・いい?」

耳元で甘く囁く新一に、真っ赤になりながらも小さく頷く蘭。
新一は愛しそうに蘭の髪をなでると、立ち上がって、蘭を横抱きに抱えた。

「し、新一・・・」
「俺の部屋、行こう」

熱い瞳で見つめられ、蘭は何も言えなくなってしまった。
ただその胸に頬を寄せ、新一の首に腕を回してきゅっとしがみ付いた。

「・・・今日は、ずっとはなさねえからな」
「うん・・・。離さないで・・・」

新一の部屋の明かりがつき、暫くするとまた消えてしまった。



恋人たちの幸せなひと時。
これ以上覗き見するのは無粋と言うもの。
どうかいつまでも2人が幸せでいられますように。
夜空に瞬く星にそんな願い事をしながら・・・。



fin








う〜ん。
蘭ちゃんてば家には連絡したのかしら。
小五郎さんがさぞかし心配しているでしょう。
なんて心配は要りません。
きっと小五郎さんも・・・



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