とっておきのバレンタインデーv



By kirapipi様



その日、新一は学校が早く終わったので、蘭の通う帝丹小学校までいくことにした。

―――この時間に行けば、ちょうど帰るところだろう。

新一は、傍目にも分かるほど上機嫌で小学校に向かった。
小学校の校門が見えるところまで来て、足を止めた。
ランドセルを背負った小学生が、門からわいわいと楽しそうにおしゃべりをしながら出てくる。
新一はその中に蘭の姿を探していたが・・・。

「?おかしいな。もう出て来てもいい頃なのに」

なかなか出て来ない蘭。
不思議に思った新一は、門の近くまで行き、中を覗き込んだ。

「もう行っちまったのかな・・・」

と、新一が呟いたときだった。

「ホント!?どうもありがとう!!」

と言う、女の子の嬉しそうな声が後ろから聞こえ・・・

―――今の、蘭?

新一は、急いで声のしたほうに行き、細いわき道を覗き込んだ。
そこには、嬉しそうに微笑む蘭と、見たことのない男の子・・・。

―――誰だ?あれ・・・

蘭と同じ1年生らしいその男の子は、目がパッチリと大きく、なかなかかわいらしい顔立ちの子だっ
た。
蘭に微笑まれ、照れたように頬を染めている男の子・・・。
新一は、その光景に思わずむっと顔を顰めた。

「いつでもきていいよ?」

と、その男の子が言うと、蘭はにっこり笑って、

「うん。じゃあ、明日行くね。あ、わたし、柚木くんのお家分からないから、一緒に行ってくれる?」
「うん、良いよ。じゃあ、明日の帰り、門のところで待ってるね」
「うん!ありがとう!」
「へへ、じゃあね、沙羅ちゃん」
「バイバイ、柚木くん。また明日ね!」

蘭が手を振り、柚木と呼ばれたその男の子は、新一がいるほうとは逆方向にかけていってしまった。
蘭が、くるりと向きを変え、新一のほうへ向かって歩いてきた。角を曲がったところで、新一が蘭の前に立った。
「よお、沙羅」
「!!新一・・・お兄ちゃん!どうしたの?こんなところで」
「・・・学校が早く終わって、な」
「え・・・もしかして、迎えに来てくれたの?」
「―――まあな」

新一の言葉に、蘭の顔が、パッと輝く。

「ホント?うれしいv じゃあ一緒に帰れるね」

素直ににこにこと笑っている蘭に対し、新一はどこか不機嫌そうで。

「?どうしたの?」
「いや、別に・・・行くか」
「うん」

2人並んで歩き出す。蘭はいつになくご機嫌だ。

「・・・ら・・・沙羅」
「ん?」
「おめえ、明日・・・」
「明日?何?」
「その・・・何か予定あんのか?」

新一の言葉に、蘭は一瞬ドキッとしたような表情になる。

「ど、どうして?」
「いや・・・久しぶりに2人で買い物にでも行こうかと思ってよ。おめえの服とか、買ってやろうかと思ってんだけど」
「え・・・あ、え―と・・・ご、ごめんね。明日はちょっと、友達と約束しちゃって・・・」
 蘭は、しどろもどろになって言い訳する。
その顔は赤く染まっていて、新一の胸に鈍い痛みが走る。

「―――そっか。分かった」
「ごめんね、新一・・・お兄ちゃん」
「別に・・・」

それ以上何も聞かれないことに安心したのか、蘭は新一の様子がおかしいことには気付かなかった。

―――なんだよ?おめえは本当は高校生なんだぞ?何であんな小学生のガキと遊ぶ約束なんかしてんだよ?しかも顔赤くしたりして・・・。あいつと話してるときもやけに楽しそうだったし・・・。まさ
か蘭の奴、あのガキのことが好きなんじゃあ・・・!まさか・・・まさか・・・な。

新一の心に、ぬぐう事の出来ない暗雲が立ち込めていた・・・。









「何でこんな日に限って・・・」

新一はすっかり暗くなってしまった道を、一人歩いていた。

昨日の蘭の様子がどうしても気になり、学校を早退してまた小学校まで行こうと思っていた新一。
だが、昼休みの最中に警部から電話があり、事件現場へ直行することになってしまった。
早く終わらせて蘭の元へ行こうと思っていたのに、結局解決したのは夜の8時を回った頃だった。
さすがに、蘭ももう博士のところに帰っちまってるだろう。
新一は溜息をついた。

―――情けねえ・・・。小学生のガキにやきもち妬くなんて・・。けど、どうしても気になっちまう。蘭のあの嬉しそうな笑顔・・・。あの笑顔が、たとえ小学生でも他の奴に向けられるなんて、許せねえんだ・・・。

暗い気持ちのまま、玄関の鍵を開け、中に入る。と、

「お帰り、新一」

パタパタと、走って出迎えてくれたのは、蘭その人だった。

「蘭!?おめえ何してんだよ?」
「何って・・・。ご飯作って待ってたんだよ?」

ぷうっと頬を膨らませる蘭。

「博士は!?」
「博士なら、会合で遅くなるからご飯はいらないって、昨日言ってたでしょ?だから今日は2人でご飯
食べようって言ってたのに」

忘れちゃったの?と拗ねたような表情で軽く新一を睨みつける。

―――そういやそんなこと言ってたような・・・。昨日の蘭とあのガキのことが気になって、ちゃんと聞いてなかったから・・・

「あ―――ごめん、蘭。俺、連絡もしねえで・・・」

と新一が言いかけると、蘭はにっこりと笑い、

「事件だったんでしょ?そんなことだろうと思ってた。ご飯、今温めなおすから、着替えてきて?」

と言った。
新一は言われたとおり、部屋に行って着替えてくると手を洗って席についた。

「じゃ、食べよう。いただきまあす」

蘭が元気に言って、箸を取る。
新一も同じように食べ始めたが・・・。
やはり、蘭の様子が気になる。
今日も、妙にご機嫌だ。
あの男の子と会っていたからなのか・・・。
そう思うと、新一はあまり食事が進まなくなってしまった。

「新一、どうしたの?おなかすいてない?」

蘭が、新一の様子に気付いて声をかける。

「いや、べつに・・・」
「そう?具合とか、悪いんじゃない?」
「平気だよ、何でもねえ」
「ならいいけど・・・。あ、そうだ、新一、明日何か用事ある?」

蘭が、何か思い付いたように聞く。
頬をうっすら染めて上目遣いに新一を見ている
蘭に、新一は気付かない。

「明日・・・?別に予定はねえけど・・・」

と、気のない返事。

「ホント?じゃあ、学校が終わったら、まっすぐ帰って来てくれる?わたし、ここで待ってるから」
「ここで?博士の家じゃねえのか?」
「うん。ここが良いの。・・・ダメ?」
「いや、かまわねえけど」
少し疑問を感じたが、今、新一の心の中はそれどころではなかった。
蘭が、嬉しそうに頬を染めている様子にも気付かない。
そして、蘭もまた明日のことを考え胸を膨らませ、新一の様子に気付かなかったのだ・・・。









次の日、学校へ行こうとした新一の元へ、目暮警部から電話がかかってきた。

「―――もしもし。・・・あ、警部・・・はい・・・はい・・・分かりました。すぐにそちらへ向かいます」

電話を切ると、蘭がひょいと新一の前に顔を出した。

「事件?学校、いかないの?」
「ああ。早く解決できれば行くけど・・・。ちょっとわかんねえな」

新一の言葉に、蘭の顔がしゅんとなる。
新一は、そんな蘭の頭に手を乗せると、

「・・・なるべく早く終わらせて、帰ってくるよ」

と言った。
その言葉に、蘭は少し微笑み、

「ん・・・。待ってるね」

と言ったのだった・・・。



新一が行ってしまうのを見送っていると、いつの間にか後ろに立っていた阿笠博士
が、蘭の頭を優しくなでた。

「博士・・・」
「早く帰ってこられるといいのう・・・」
「うん」
「新一君のことじゃから、今日が何の日かということをわかっとるかどうかも疑問じゃが・・・。せっかく蘭君が一生懸命作ったんじゃ。今日中に渡せるといいのう」

博士の言葉に、蘭はただ微笑むだけだった・・・。



  ☆☆☆



「あ―あ、結局こんな時間になっちまったぜ」

新一は、昨日と同じ道を、昨日よりも遅い時間に歩いていた。
時計の針はすでに10時を回っている。

―――さすがに、蘭の奴帰っちまったかな・・・。

もっと早く終わらせるつもりだったのに、予想以上に時間がかかってしまったのは、やはり蘭のことが気になるからか・・・。

―――ほんっと情けねえな・・・。

溜息をつきながら、玄関のドアを開ける。

「あれ・・・灯りがついてる・・・?蘭、いるのか?」

明かりの漏れているリビングに入り、声をかけるが、返事はない。
そっと様子を伺ってみると・・・。
テーブルには、2人分の夕食が手付かずでラップをかけられていた。
そして、ソファで丸くなっている蘭・・・。

「蘭・・・待っててくれたのか・・・」

新一は蘭の側に行き、膝を付いた。
少しだけ開かれた唇からは、規則正しい寝息。
長く、きれいな睫毛が微かに揺れている。

「蘭・・・。ただいま・・・」

新一は、蘭の柔らかそうな頬に、そっと唇を寄せた。

「ん・・・」
まだ完全に眠ったわけではなかったのか、蘭が微かに身動きし、うっすらと目を開けた。

「新・・・一・・・?」
「ただいま・・・。ごめんな、遅くなっちまって」

新一の言葉に、蘭はふわりと微笑むと、ゆっくり体を起こした。

「お帰りなさい、新一。おなか、すいてない?」
「ん、すいてる。蘭もだろ?」
「うん。今あっためるね」
「ああ」

遅めの夕食を、2人で食べる。その間、新一は疑問に思っていたことを口にした。

「なあ、今日も博士、会合だったっけ?」
「ううん。今日はね、お友達とマージャン大会だって」
「ふーん・・・?」

不思議顔の新一に、なぜか楽しそうな顔の蘭。



  ☆☆☆



食事の後皿を片付けた蘭は、紅茶と一緒になにやらリボンをかけられた白い箱を持ってきた。

「?何だ?それ」
「開けてみて」

蘭に言われ、箱を開ける。
と、中から出てきたのは、ハートの形のチョコレートケーキ・・・。

「これ・・・?」
「ふふ・・・やっぱり忘れてたんだ。今日はバレンタインデーだよ?新一」
「バレンタインデー・・・」
「うん。・・・受け取ってくれる?」

恥ずかしそうに、頬を染めて新一を見つめる蘭。
新一もやっと我に帰り、頬を赤く染めながら、

「あ、ああ・・・。サンキュー、蘭・・・」

と言った。
その言葉に、蘭は嬉しそうに笑みを浮かべる。

「これ、蘭が作ったのか?」
「うん。ね、ちょっと食べてみて?」

言われて、新一は一口それを口に入れる。
程よい甘味と、ほんのりビターな味は甘いものの苦手な新一好みで・・・。

「あれ、これ酒が入ってんのか?」
「分かった?ちょっとね、ブランデー入れてみたの」
「ブランデー?わざわざ買ったのか?」
「うん。同じクラスの子でお家が酒屋さんやってる子がいるの。その子のお家に行ってね、チョコレートに合うやつを選んでもらったの。普通のところじゃ、聞きにくいから」

その蘭の言葉に、新一ははっとする。

「その酒屋さんの子って・・・柚木って子か?」
「え?何で新一、柚木くん知ってるの?」
「あ、いや、ちょっとな、そういう酒屋さん見たことあるなあと」
「ふーん?良く分かったね。そうだよ、柚木くん。昨日、その子の家に買いに行って、帰ってから作ったの」

にこにこしながら説明する蘭を見て。

―――そっか・・・。じゃ、全部俺のため、だったのか・・・。

そう思うと、今度はうれしさに顔が緩む。
げんきんなものである。

「―――蘭」
「え?」

新一は、小首を傾げて見上げる蘭をいきなり抱き上げ、自分の膝に乗せた。

「!!な、何?新一?」

途端に赤面し、慌てる蘭を面白そうに見つめ、微笑んだ。

「蘭、ありがとう。すげー嬉しいよ」
「新一・・・」
「なんか、お返ししねえとな」
「え、別に良いよ。新一忙しいし」
「じゃ、今やるよ」
「え?」

蘭が目を瞬かせているうちに、新一はチュッと蘭の唇に優しく触れるだけのキスをした。

「/////!!」

真っ赤になっている蘭を見て、満足そうに微笑む新一。
蘭は拗ねたような表情になり、

「もう・・・これって、お礼?」

と言った。

「ああ。嫌だった?」
「・・・いやじゃ、ないけどっ・・・」

なんかずるい、とこぼす蘭を優しく抱きしめて。

「・・・じゃ、これはホントのお礼。3月14日は、蘭と一緒にいれるようにするよ」
「・・・ホント?」
「ああ、約束する・・・。忘れんなよ?」
「忘れるわけ、ないでしょ?」
「そうだな」

くすくす笑いながら、新一はもう一度蘭の顔を優しく手で包み込み、唇を重ねた。

「―――好きだよ、蘭」

言って、また口付ける。
何度も、何度も・・・。

―――何度口付けても、足りない・・・。蘭、俺がどれだけおめえのことを好きか、おめえはしらね
えだろ。あんな小学生にまで嫉妬してしまうほど・・・。きっと、おめえに近づく全てのものに嫉妬してしまう。好きで好きで、このまま好きになり続けたら、気が狂ってしまいそうなほど、どうしようもないくらい惚れちまってるんだぜ・・・?こんな俺の気持ちを知ったら、おめえは逃げちまうかも知れねえな・・・。けど、はなさねえ。おめえだけは、絶対にはなさねえよ。


その日、蘭は新一の隣で眠った。博士がまだ帰っていないからというのもあった
が、それよりも、新一が蘭を離そうとしなかったのだった・・・。

そして3月14日、本当に新一は蘭と一緒にいることが出来たのか・・・?
それはまた、別の話・・・v




FIN…….


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