3分間の家族の会話



By 柚佐鏡子様



「うわぁ。素敵!」

 蘭が感嘆の声を上げたのは、ある日の夕食時のこと。場所は毛利家の茶の間である。

 ちょうど夕食の時間帯、コナン、蘭、小五郎の3人で毎週見ている『探偵左文字』がいいところでCMに切り替わったとき、番組の代わりにブラウン管に映し出されたのは、真っ白なウエディングドレスを着たアイドル・沖野ヨーコだった。

 初めてみるCMだった。
ロケ地はハワイだろうか。
青い海、青い空をバックに、ドレス姿のまま裸足で駆け出す彼女の行く先には小さな教会があり、その扉を開けると、タキシードを着た男性のバックショット。
 −−−この日のために生まれてきた。

 彼女自身の声でのナレーションが入る。

 −−−海。空。あなた。わたし。それさえあれば、世界は変わる。

 チャララ〜ラララ〜ララ〜♪とかいう軽快なBGMに乗せて、最後に『海外挙式・ハネムーンのご相談は青山旅行企画へ』のタイトルバック。
 要するに旅行会社のCMなのだが、大の沖野ヨーコファンである小五郎は、苦虫を噛み潰したような顔をして、

「全く、縁起でもねえCMつくりやがって・・・。ヨーコちゃんが本当に結婚でもしたらどーしてくれるんだ」

と、ブツブツ文句を言っている。
 そんなミーハーな父親をジト目で見遣りながら、

「あのねえ・・・いくらアイドルって言っても、ヨーコちゃんだっていつかは結婚するんだからね。お父さん、いくらヨーコちゃんの大ファンだからって、その時になって彼女の結婚相手に嫌がらせとかしないでよー?」

と、まるで父親の良識を信用していないような意見を遠慮なく述べる娘。
 その傍らで、

(ハハハ・・・確かにこのおっちゃんならやりかねねーかもな・・・)

 呆れながらも妙に納得した感のあるコナンだったが、続けて蘭が、

「あと、わたしの結婚相手にもね」

などと恐ろしいことをさらっと言うので、おとなしく食事を続けているふりをしながらも、彼の耳はダンボになっていた。

「バーカ、オメーの結婚なんざ10年早いんだよ」

 当の小五郎は軽く交わすが、そうあからさまに子ども扱いされると、さすがの蘭も少しカチンとくるものなのか、

「どーしてよ?わたし、もう結婚できる歳なんだけど?」

と、更にとんでもないことを言い出す。

(ちょっと待て、オレはまだ結婚できねーぞ)

 コナンは心の中で焦っていた。
コナンならばなおのこと、仮に新一だとしても、彼はまだ17歳だ。

 そんな彼の心中も知らず、蘭は続ける。

「今すぐじゃなくても、もしわたしがお父さん達と同じ歳で結婚するとしたら、こうして一緒に生活できるのも、あと3年くらいなんだよ?」

 自分で言い出したくせに、口に出してみて改めてその事実の重みに気づいたのか、

「お父さん、そういうの少しは考えてくれてる・・・?」

と、なんだか急にしんみりしてしまった娘に対して、小五郎は仏頂面をして、

「湿っぽいこと言うんじゃねーよ。明日結婚するわけでもあるめーし」

 わざとぞんざいな口調で言い放ち、音を立ててお茶を啜った。
彼とて『そんな日』が来ることを、まだあまり考えたくないのだろう。
 そんな父親の動揺は、コナンには十分に見て取れるのだけど、蘭にはとってはいつもと変わらぬ態度のように見えたので、

「そ、そうだよね。わたしまだ高校生だし、そんな話、気が早いよね」

と、空想による湿っぽさをすぐに打ち消して、現実感覚を取り戻したのだった。
 が、しかし。

「それに、コナン君を置いてくわけにはいかないし」

 お父さん何もできないから、わたしがいなかったらコナン君が大変だもんね、などと笑っていたかと思いきや、

「あっ、分かった。じゃあコナン君も連れてけばいいんだ!」

 何を思ったか、彼女は全く聞き捨てならない発言をする。

(オイオイ・・・子連れで新婚生活って何考えてんだオメー・・・っていうか、オレ連れてどこの男と結婚する気だ)

 そんなことは許さねー、とばかりに一気に不機嫌になるコナンだったが、そんな本心は心の奥底に押し込めて、

「で、でもさあ、ボクなんかが一緒だったら、せっかくの新婚生活が台なしになるから、蘭姉ちゃんのダンナさんが嫌がるんじゃないかな?やめといた方がいいよ、そんなの」

と、さりげなく釘を刺そうとすると、

「大丈夫!わたしのダンナさんになる人は、すごく優しい人だから。コナン君のことも、文句言いながら絶対可愛がってくれるって!」

などと、一体何を考えているのやら、満面の笑顔を浮かべて蘭は言うのだった。
 まあ、何を考えていると言っても、当然彼女は、

(アイツとコナン君は仲良しだし、同じ推理オタクだから、きっと話が合うわよね・・・)

などと、嬉し恥ずかしな乙女の妄想をしているだけなのだが、

「やけにキッパリ言い切るじゃねーか。まさか蘭、オメー、もうそんな約束をしてる相手がいるんじゃ・・・まさかとは思うが、あの生意気な探偵ボウズと・・・」

 娘の笑顔に何か嫌なものでも感じたのか、さっきまで話半分の適当な受け答えをしていたくせに、いきなり真剣な面持ちでツッコミを入れてきた小五郎の言葉で、妄想から我に返って恥ずかしくなったのか、

「も、もう・・・いるわけないでしょ、そんな人。もしもの話!もしそうなったら、コナン君は連れていこうっていう話よ!」

と、蘭は大袈裟に手を振って否定するのだった。

「実の父親のことはほっといて、居候のガキは連れていくのか?ったく、薄情な娘だな」

 ぼやく小五郎の拗ねっぷりたるや、世の父親一般に倣ってあまりにも大人げなく、それを見た蘭は、

「なによもー。そんなに寂しいんなら、お母さんに戻ってきてもらえばいいじゃない!」

と、毎度おなじみの苦情を繰り広げたりして。

「ケッ、冗談じゃねーや。誰があんなヤツ」
「もー、意地っ張りなんだから!お父さんがそんなんじゃ、わたし安心してお嫁になんかいけないよ。早く仲直りしてよね!」
「オメーを嫁に出すためだけに、あんなヤツと手が組めるかってんだ」
「もー、変な言い方しないでよ!手を組むも何も、最初っから夫婦でしょ!」

 せっかくのしんみりとしたいい話(?)が、単なるいつもの言い合いに収束しかかった頃、ちょうどCMタイムが終わり、テレビの画面が左文字のドラマに切り替わったため、そんな賑やかな親子のコミュニケーションも自然と立ち消えたかに思えたが。

「・・・オメーもヨーコちゃんも嫁になんか行かなくていいんだよ。一生な」

 最後にぼそりと呟かれた小五郎の渾身の一言に、

(一生って、んな無茶な・・・!オレの人生設計はどーなるんだよ)

 コナンがひとりで勝手に自分と彼女の将来を危惧し、その後のドラマの展開に集中できなくなってしまったことは言うまでもない。



(終)



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