いい夫婦な朝の一コマ



by槇野知宏様



 いくら非番と言えど、日出から既に二時間経過したにも関わらず寝室から未だに寝息が聞こえてくる。

「・・・しょうがないなぁ」

苦笑しつつ呟いたオレは部屋のドアを静かに開け、足音をたてないよう室内へ入り込む事に成功した。
ベッドの上を見ると、オレのパジャマを着て、布団に抱きつく・・・というより、胴絞めスリーパーホールドを掛けてる美和子さんを確認。
これは並大抵の事じゃ起きないな、と考えたオレは窓際に移動して閉まっているカーテンと窓を全開にする。
たちまち外から緩やかながら冷たい空気が室内に吹き込み、美和子さんはもぞもぞと動いて布団にくるまってしまった。

「早く起きて下さい、朝っすよ。もう何時だと思ってるんですか?」
「寒いから早く窓を閉めて。昨夜は寝てないんだから・・・非番の日くらいゆっくり寝させてよぉ」
「冬が寒いのは当然です。だいたいオレも美和子さん同じくらいしか寝てないじゃないですか」

寝てない理由は決してオトナの世界ではなく、プロレス中継を見た後、同じ布団の中で二人して試合内容や技について喋ってただけである。

「何で朝から元気なのよ?もうチョットだけ」
「布団干しますから寝ないで下さいっ」
「もう渉くんの意地悪っ」

そう言いながら彼女は起き上がると、オレが愛用している半纏を羽織ってベッドの端に腰掛けた。
それを横目にオレは布団をベランダに運び出して干す作業を開始する。
一方の美和子さんはというと、大きく両腕と背筋を伸ばしたあとに寝ぼけ眼を擦っている光景がネコを思わせる。
そのままオレの作業を眺めていた彼女を追い立てるようダイニングルームに移動すると、テーブルの上にはオレが用意した朝食が並べられていた。
お義母さんより手の込んだものは作れないものの、昼まで空腹を憶えないくらいの簡単な料理は作れるのだ。
で、本日の献立はというと・・・食パンにインスタントのコーンスープ、野菜サラダ、果物にヨーグルトをかけたもの、そして目玉焼きの両面焼き

「「いただきまーす」」

あと四時間もすれば昼食なワケだが、朝食は一日を過ごすためのエネルギーであるため簡単でも良いからしっかりと摂っている。
その気になればご飯も炊けるし、味噌汁も作れる。ただ味噌汁に関しては、ダシが濃い(薄い)、とお義母さんと美和子さんからダメ出しを食らってるが。
マグカップに入れたインスタントのスープを彼女に渡しながら今日の予定を奥様に告げる。

「一〇時から病院ですけど、憶えてますか?」
「定期検診の事?ちゃんと憶えてるわよ」

オレからマグカップを受け取った美和子さんはそう言って食事を始めるが、その姿を暫く観察してたオレは彼女の視線に気付いて食事を開始する。

「私の顔に何かついてるの?」
「そうじゃないですよ。食べ過ぎないか見てただけです」
「それ、どーいう意味かしら?」
「前回の検診で先生から、食事量には十分注意するように、と言われたって、お義母さんに聞いています」
「もう母さんったら・・・確かに言われたのは認めるけど、ちゃんと気を付けて食べてるわよ」

検診とは妊娠検診の事であり、美和子さんは三ヶ月目に入ったばかりであるため、四週間ごとの診断を行っている。
たまたま非番と検診の日が重なったため、オレは初めて彼女の妊娠検診に付き添う事となったワケだ。
雑談を交えながらの朝食であったが、テレビから聞こえてきたある単語にオレたちは動きを止めた。

『今日一一月二二日は、いい夫婦の日、です』

この時期になると芸能人やスポーツ選手、各界の著名人の中から、いい夫婦、を、選んでたよなあ。
選ばれた夫婦を見てみると、確かに、と納得出来る夫婦もいれば、逆もいるワケで・・・一体、どんな基準で決めてるんだか。
そんな事を考えながらマグカップに入ったインスタントスープを飲み干した時、美和子さんがオレを見つめている事に気付く。

「どうしたんすか?」
「渉くんに聞きたいんだけど、いい夫婦、って、何かな?」
「うーん・・・仲が良いのもそうですが、いかなる状況下においても互いを信じ、感情を共有して相互に助け合う・・・何か結婚式の宣誓みたいですけどね」

言い終わった時、オレは自分に向けられた彼女の視線に柔らかみが帯びてる事に気付く。

「美和子さん?」
「渉くん・・・私の半身さん。今後とも宜しくね」
「はい、こちらこそ宜しくお願いします。オレの半身さん」




終わり


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