5月4日は運命の日



by 槇野知宏様


 オレの名は工藤新一、職業は探偵。
血なまぐさい事件に関わる依頼が多く、依頼先の例を挙げれば、ざっとこんなものだ。
警視庁、FBI、スコットランドヤード、パリ司法警察局、そしてインターポール。
酷い時一1ヶ月ほど家を空ける事があるが、家に帰ってくると出迎えてくれる家族の笑顔。
そして家族四人で食卓を囲んで水入らずの食事、団欒、家族サービス・・・これらは何よりの疲労回復薬になる。
頭脳明晰、容姿端麗、完全無欠・・・そんなオレに降りかからんとする悩みがあった。



 五月四日。
その日の朝食―――ご飯、目玉焼き、ヨーグルトをかけた野菜サラダ、鯵のひらき、そして季節の野菜をたくさん入れた味噌汁。
家族と楽しい朝食のはずだが、オレにとってはベートーベンの「運命」とマーラーの「葬送行進曲」を聞いている心境だ。
この日は蘭や子供たちにしてみれば記念すべき日であろうが、オレにとっては最悪・・・いや、呪われた日に相当する。

『くそっ、何だって五月四日が来るんだよっ』

不条理な事を思っていたら、息子・亮治(通称:リョウ)から声が飛んだ。

「・・・さん、父さん」
「何だよ?」
「悪いけど、ソース取ってくれないかな?」
「あ、ソースか・・・ほらよ」
「新一。さっきからボーッとしてるけど、体調でも悪いの?」

息子の言葉を即座に実行すると、今年で結婚一〇年目を迎える蘭の温かみのある声がオレを現実へ引き戻した。

「何でもねえよ。ちょっと考え事をしてたんだ」
「また事件の事?食事の時くらい止めて、って、言ってるでしょ?」
「いや、そうじゃなくて・・・ま、何て言うか下らない事さ」
「どーせ、三〇になりたくねえ、って、考えてたんじゃねえの?」

リョウの一言で、オレは忘れようとしていた最大級の悩みを無理矢理思い出させられた。

『コイツ、余計な事を思い出させるんじゃねーよ!』

内心でそうボヤいたが、この余計な一言が家族全員に広まってしまった。

「あーあ、お父さんも遂に、おじさんの仲間入り、か。クラスのみんなには、葵ちゃんのお父さんってカッコイイ、って、言われてるのに」
「葵、心配すんなよ。どーせ“カッコイイ”から“シブイ”に、変わるだけだろうぜ・・・ったく、歳相応に老けろっつーの」

実の子供にそこまで言われる・・・さすがに頭にゲンコツを落としたい心境だが、蘭の声でそれを思い留める。

「どうして三〇歳になるのを嫌がるの?問題は個性であって、年齢じゃないと思うんだけど?」

幼少の頃は“早く大人になりたい”と、思い、三〇歳が近づくと“歳を取りたくない”中高年になると“若い頃は良かった”と、思うのが人間の心理の一端だろう。
世間様では“平成のシャーロック・ホームズ”だの“迷宮無しの探偵”などと、奉られているオレもれっきとした普通の人間って事だ。

「蘭の言ってる事は頭の中じゃ理解してるけど、知り合い連中より先に三〇になるのが気に食わないんだよ」

この時、知り合いの同級生がオレの頭を過ぎった。園子、服部、黒羽・・・それぞれの配偶者は出来た人物だが、この三人に関しては一癖も二癖もある。
今日あたり、電話で何を言われるか知れたもんじゃない。そんな事を考えてたら、電話が鳴ってリョウが応対に出る。

「・・・うん、ちょっと待ってて。父さん、電話」
「誰からだ?」
「有希子さんから」

我が家の子供は母さんと英理さんを名前で呼んでいる。これは二人の御意向(脅迫?)に沿ったものだ。
オレをからかう事を生き甲斐にしてるとしか思えない母さんからの電話に嫌な予感が脳裏をかすめる。

「おはよう、母さん」
『おはよう、新ちゃん・・・って、どうして朝から不機嫌な声出してるの?』
「あのな、自分の胸に手を当てて考えて見ろよっ!朝っぱらから何の用だよっっ!!」
『そんなに怒鳴る事ないでしょ・・・新ちゃんの三〇回目の誕生日を祝おうかと思ってね』
「・・・まさか、それだけのために帰国するんじゃねえだろうな?」
『ピンポーン、大正解・・・って、言いたいけど、今、成田なの』

は?今、何て言った・・・確か成田―――新東京国際空港―――って、言わなかったか?

「母さん・・・帰国する際には連絡しろって、いつも言ってるだろ」
『だから、こうやって連絡してるじゃない』
「オレは、ロスを出る前に連絡しろ、って、言ってるんだよっっっ!!!」
『・・・新一、有希子を責めないでくれないかね?彼女に悪気はないんだから』

いつの間にか話し相手が母さんから父さんに変わった。

『ま、今回の事は彼女が言い出した事を私が少しアレンジしただけだからね。私たち夫婦のささやかなプレゼントだよ』

笑いながら話す父さんに対して、どこがプレゼントだよっ、と、内心でツッ込む。
我が両親からすれば愛情表現の一環だろうが、あまりにもタチが悪過ぎるってものだ。

「迎えはどーすんだよ?オレが行っても良いけど」
『別に必要ないよ。たまにはバスや電車に揺られているのも悪くはない。次回作のインスピレーションが生まれる事もあるからね』

ホントに生まれるのかよ?いつも締切でヒーヒー言ってるくせに、と、思ったものだが、会話を打ち切って聞いていた一同に先刻の内容を披露する。

「お義父さまとお義母さまが来るなら、ウチの両親も呼ばないといけないわね」
「え、ホント?じゃ、お父さんの誕生パーティーをやろうよ」
「何、お祖父ちゃんたちが来るのか?小遣い貰うチャンスだぜ」

はしゃぐ家族を尻目にオレは、パーティーの主役というより酒の肴にされるんだろうな、と、言う事を自覚していた―――で、実際そうなったワケである。



「もう新ちゃんも三〇歳・・・ホント、月日が流れるのは早いものよねえ」
「新一くんもそうだけど、蘭も今年で三〇歳・・・光陰矢の如し、とは言うけど」

そこで言葉を切った二人はオレと蘭を見て、嘆息しながら言ったものである。

「「どう見ても二人とも三〇歳とは思えないわ・・・ハァ、羨ましい」」
「新一も三〇歳になったけど、私から言わせてもらえば、まだまだ人生の修行が足りないね」
「工藤先生の仰るとおり。私たちみたいに人格に磨きをかけて、深みと成熟さを加えたら一人前と言えるでしょうな」

『二人とも五〇のクセして、まだ三〇代後半にしか見えないのが不思議(不気味)なんだよっ』
『父さんが言うならともかく、小五郎さんが言っても、言葉に全然重みが感じらねえよっ』

四人の集中口撃を受けてそう思ったのだが、言葉に出そうものなら更なる集中口撃を食らいかねないので止めておいた。
そしてパーティーのメインイベント。ケーキに林立するキャンドルの火を消す時にオレはある事に気づく。
目視したところ、キャンドルが二九本しか立っていないのだ。周囲の連中は気付いていない様子だった。
取り敢えず火を吹き消すと歓声と同時にクラッカーの音が派手に鳴り響いた・・・クリスマスパーティーでもあるまいし、そこまでする必要はねーだろ。



「ふう・・・やっと終わった」

パーティーも終わり、オレは寝室のベッドの縁に腰を下ろして呟いた。
子供たちは自分の寝室に戻っており、両親二組は、久しぶりの再会。、と、称してリビングで飲んでいる。
どーせ小五郎さん主導だろうが、あの人は酒好きだけと酔っ払うのも早いんだよなあ。
パジャマに着替えた蘭が寝室へ入って来たのを見て、オレは彼女に言った。

「なあ、蘭。あのバースデーケーキ、キャンドルが少なかったんじゃねーか?」
「あ、分かった?」
「探偵をなめんじゃねーよ。どー見ても二九本しか立ってなかったからさ」
「だって、新一、三〇はイヤだ、って、駄々こねてたでしょ?だから見た目年齢分だけ立てたの」
「見た目年齢ねえ。オレ自身は、まだ二〇代前半で通る、と、思ってるんだけどな」
「新一、それって思いっきりサバの読み過ぎじゃない?」
「そいつは悪かったよ。ま、それは置いといて、オレとしてはプレゼントが欲しいんだけどな、奥さん?」

そう言ってオレは蘭の腕を引っ張ると、彼女の身体は吸い込まれるようにしてオレの懐へ入って来る。
もう、新一ったら・・・そう呟く蘭の口を塞ぐ。後は明日の朝まではオレたち夫婦の時間だ。



終わり




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