本日の晩ご飯



by 槇野知宏様



「ただいま帰りました」
「お帰りなさい、渉くん」

家(と言っても、奥さんの家だが)に帰ると、本日非番だった美和子さんが台所から顔を出した。
職場でビシッとしたスーツやスカートに身を包んでいるのも良いが、やはりエプロン姿というのも良く似合っている。

「どうしたの。人をジロジロ見て?」
「エプロン姿ってのも良く似合ってるなあって思いまして」
「嬉しい事言ってくれるわね。もうすぐ夕飯の支度が出来るから、先にお風呂へ行ってきてちょうだい」
「分かりました」

それを了承しつつ彼女の作る夕飯の献立を想像してしまい、よだれが危うく出かけるのをオレは押し止めた。
今日の仕事の疲れをお風呂で洗い流して食卓につくと、待ってましたとばかりに食事が始まる。
えーと本日の献立は、かきたま汁、卵焼き、茶碗蒸し・・・オムライス?
何か卵料理が多いなあ、と、思いながら、卵焼きを口に入れると、咀嚼すると同時に固形物を噛み潰したような感覚にとらわれた。
すぐに口から出すと、その物体は白い破片・・・卵の殻の残骸である事は即座に分かった。
卵料理をする上で卵を割る際に殻の破片が入るのは良くある話なので、オレとしては何も言うつもりはなかったのだが、向かいに座る美和子さんの顔を見ると申し訳なさそうな表情を浮かべている。

「ねえ、渉くん」
「はい・・・あ、言わなくても良いです。卵の殻が入るのはよくある事ですから、気にしなくても良いですよ」

ことさら明るく振る舞ったつもりだったが、彼女が首を左右に振ったという事はどうやら卵の殻の事ではないらしい。

「卵の殻じゃないとすれば・・・今日の献立の事ですか?」
「うん。今日買い物の帰りに、ひったくり犯と遭遇して・・・」

あ、そう言えば帰る前に、三課の人に御礼を言われたっけな―――ひったくり常習犯を奥様のお陰で逮捕する事が出来ました、って。
なるほど・・・ひったくり犯を捕まえようとして、卵の入った買い物袋で相手の顔面に叩き付けたんだな。

「犯人を逮捕するために卵を使ったんだから問題はないですよ」
「そうじゃないの。実は卵の事なんだけど、スーパーで特売日だったから四パック買ってたのよね・・・それが全部割れちゃって」

その言葉を聞いたオレは何も言えなかった。



終わり




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