クリスマスの夜に



by 槇野知宏様



「北斗、すっかり眠っちゃったわね」
「そうだな。今日はステージデビューだったから相当気負ってたんだろ」

息子を背負った状態で防寒コートを羽織っている快斗、その隣を歩く青子―――園子ちゃんちのクリスマスパーティーに呼ばれた帰り道。

「五歳の子供にしてみれば上々過ぎるデビュー戦だったけど、終わった後に客の挑発に乗ったのがマイナスだな・・・この不肖の息子め」

快斗が北斗の方を見てぼやくのも無理はない。初めてのステージデビューでマジックを成功させたのは良いけど、ステージ終了後に観覧していた同世代の子供たちと毒舌と揶揄の応酬があったのよねえ。
母親としては息子の初ステージが成功した事は素直に嬉しいんだけど、最後の最後でね・・・思い出すだけでも頭が痛い。

『黒羽くん、素晴らしいショーを見せて頂きましたわ』
『ホンマにええもん見させてもろたけど、イマイチ詰めが甘過ぎたんちゃうか?』
『何だよ、礼子もマサも歯に物が詰まったような言い方しやがって』
『オメーもマジシャンの卵なら、同い年の人間にバレるようなネタを見せるんじゃねえよ。オレ等はその事を言ってんだぜ』
『・・・だったらオメー等もオレと同じ事やってみろよ。出来もしねえくせに御託ばっか並べやがって』
『あら、私は出来ますわよ?黒羽くんがやったようなオモチャみたいな火は出来ませんけどね』
『礼子のヤツはド素人がオマジナイで使うような簡単に着火出来る代物だろーが?』

 ハッキリ言って半歩間違ってたらケンカしてたと思うんだけど、園子ちゃんと高木刑事んちの男の子コンビが宥め回ったから大事には至らなかった。
その後、当事者たちはそれぞれの母親にお小言を言われたてた―――もちろん、青子も言った―――けど、肝心の父親たちは平然として飲み食いしてた・・・ホント、信じられない。

「別にあれくらいの事で目くじらを立てる必要はねえよ。子供同士のコミュニケーションに親が口出すとロクな事ないねえからな」

後で快斗に文句を言ったらこのような返事が返ってきた(後日、蘭ちゃんたちにも聞いたけどダンナさんたち同じような事を言ったみたい・・・探偵(快斗は怪盗だけど)やってると同じ発想になるのかなあ?)

「ねえ。北斗を背負ったままで歩いて帰ろうなんて大丈夫なの?」
「大丈夫だよ。お前を背負って帰るよりはマシさ」
「それ、どーいう意味よ?」
「あのな、こーいうパーティーや結婚式の二次会の時は飲み過ぎて、オレにメーワク掛けてたのは誰だ?」
「青子もだけど、快斗もでしょ!」

そんな賑やかな会話を交わしながら星空の下を歩いていて、何気に空を見上げて息を吐くと白い塊が星空へ消えていく。

「偶に冬の星空の下を歩いて帰るのも良いよね」

視線を快斗に向けると、彼の方も青子に視線を送ってくる。

「全くだ。帰ったあとに熱燗を飲むのがたまんねーんだよな」

何で快斗ってこーいう事しか言えないの?結婚しても全然変わらない関係・・・・でも、青子はこの雰囲気が一番気に入ってるんだけどね。



「青子、今日はクリスマスだろ?」
「うん。そうだけど、どうかしたの?」
「ん・・・オレのコートの左ポケットに青子用のプレゼントがあるから取って良いぜ」

言われるまま快斗のコートの左ポケットに手を入れると、ラッピングされた何かの感触。
それを引き上げてみると全く重さを感じない・・・よく見ると箱に懐かしいメッセージカードがある。

「プレゼントは既に贈呈した。あなたの怪盗キッド」
「何、これ?」
「それに書いてるとおりさ。今度は自分のコートのポケットを探ってみな」

彼に言われたとおりにコートのポケットに手を入れると右ポケットに箱が入っていて、開けると細いシルバーのチェーンにアクアマリンのペンダント・トップがついている。
快斗の方を向くとイタズラ小僧みたいに“どうだ”と言わんばかりの表情を青子に向けてくる。昔から代わらなくて、そして北斗に受け継がれた表情―――
青子にしてみれば、いつの間に、と、いう思いもあったけど、それ以上にアクアマリンのキレイさに目を奪われていた。
かつては怪盗キッドとして世間を騒がせてきた快斗・・・そのお陰かどうかは分からないけど宝石の鑑定眼は確かなところがある。

「すごくキレイだね・・・ありがと」
「結構探したんだぜ。コイツが生まれてから青子にプレゼントを買ってなかったからよ」

快斗は照れたように青子から目を逸らすと、背中からずり落ちようとしている北斗を元の位置まで戻す。
息子の寝息を聞きながら愛しげにそっと頬にネックレスをあてる青子に快斗の視線が集中するのを感じ取った。

「何だ、それ気に入ったのか?」
「ねえ、ここで着けて良いかな?」
「別に構わねえよ。もう青子のものなんだから」

銀の冷たさが肌にわずかに残ったがネックレスは青子にピッタリと合った。星の輝きを浴びてアクアマリンがその輝きを増したような気がする。

「まあ何て言うか・・・すっげえ似合ってるぜ」
「あ、私から・・・プレゼント」

そう言って青子の人生で最高のパートナーに背伸びして軽く重なるだけのキスをして甘い雰囲気に浸っていたけど、そこに不粋な声が侵入してきた。

「あーあ、そーいうのを子供の前でやるなんてリョウ、建太、礼子んちの両親だけと思ってたけどウチもかよ」

とっくに夢の世界へ旅立っていたと思ってた北斗の声に私たちは驚いた。快斗の肩から見える両目には父親に似た、永遠のイタズラ小僧、を、思わせる光を帯びている。

「ほ、北斗・・・いつの間に起きてたの?」
「建太んちからずーっと起きてたよ。それよりもさ、オレにもクリスマスプレゼントくれないかな?」
「別に構わねえぜ・・・プレゼントは来年早々にある鈴木財閥の新年パーティーへの参加状だ」

北斗の言葉に快斗の声が怪盗キッドのそれに変化する。普段は営業用ボイスとして使ってるけど息子に向けられた場合は怒りと同じ意味。

「あ、あの、父さん?」
「北斗、明日からパーティーまでの間、お前の友だち・・・いや、工藤たちにもバレないマジックの練習するから覚えとけ」
「何だよ、それ・・・父親横暴、冷酷非情、幼児虐待、賃金増額、断固要求」
「やかましい!!!適当に四字熟語を喚き立てるんじゃねえっ!!!」

 その直後、クリスマスの夜に不釣合いな乾いた音が一回響いたんだけど、何の音かはナイショ。



終わり




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