神と魔女の契約



by槇野知宏様



 天空に浮かぶ月が放つ蒼白い光。

その光がカーテンの隙間から入り込み、漆黒の衣で覆われた室内を蒼白く浮かび上がらせる。
ふと目を覚ますと、視界に入ったのは黒と蒼が織りなす世界。白いカーテンが窓の隙間から入ってくる風に揺れ、黒と蒼の世界に絶妙なアクセントを加えている。
サイドテーブルに置かれたワイシャツを羽織って視線を動かすと、“絶対零度のカミソリ”と称されるワイシャツの持ち主が静かに眠っていた。
整った顔、無造作に流れ落ちる髪、規則正しく繰り返される呼吸の為に僅かに開いた唇―――幾度となく見慣れている探さんだが、月の蒼白い光を浴びて眠っている姿は幻想的であり神々しくすらあった。

眠っている彼の髪から頬、首筋、胸へと指を滑らせていくと、指先が何かの音をキャッチした。その音は心臓の鼓動であったが、この音を世界で聴いているのは私だけ、という感覚に囚われる。
指先から伝わる感覚に名残り惜しさを感じつつ、私は探さん背中に腕を回してその胸に直接顔を埋めた。目を閉じて繰り返される心臓の音に聞き入っていた時、急に抱きすくめられる。

「起きてられたのですか?」

僅かに眠気が混ざっていたが、ハッキリとした声で問いかけてくる探さん。彼特有の薄茶色の髪と瞳は僅かな蒼白い光の中でも、その色を際立たせていた。

「少し目が覚めただけですわ」
「そして僕を観察してたワケですか・・・その観察記録をお聞きしたいものですね」
「以前、私に、月の光が似合う、と、探さんは仰いましたけど、貴方も似合いますわ」
「で、僕の寝顔の感想を伺いたいものですね」


そう言って探さんは上半身を起こして私の唇を塞いだ。 そのまま彼に身体を預けてベッドに倒れ込むと、ベッドが僅かに軋む音が耳に届く。

「慈愛に満ちた優しさを持ち、神に次ぐ力を持った“明けの明星”の異名持った神ってところかしら」
「なるほど。神にならんと欲し、天界を追放されたルシファーですか・・・」

視線を私の顔と天井を二度ほど往復させた彼が私の目を見ながらこう言った。

「魔女たるあなたを愛して天界を追放される・・・それも一興ですね。僕としては神に逆らおうとも紅子さんと共に道を歩く事を選びますよ」
「私も魔女の掟に背いても良い。貴方と共に何処までも参りますわ」

 互いに目を合わせて笑った後、どちらからでもなく互いの身体を求め合う。その最中に私は別の事を考えていた。
何者も寄せ付けない絶対零度の刃を持つ騎士。その刃の裏に隠された素顔。
月光に浮かび上がる瞳や髪の色の鮮やかさ。彼が発する呼吸、心臓の鼓動。そして彼特有のアルカイックスマイル。
身体の奥底から沸々と沸き上がる征服欲。これら全てを独占できるのは世界で私一人だけ。
身体の底から沸々と沸き上がる欲望に抗う事なく私は甘い香りのする首筋にそっと歯を立てると、次第に歯の先が彼の皮膚に沈み込む。
やがて皮膚が裂ける音微かな音を耳で捉え、噛み破った小さな傷から滲み出る生暖かく錆びた鉄のような味がする紅い液体。それを舌の上で味わって嚥下する私を探さんは何も言わず見つめていた。



終わり




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