ある家族の夜の出来事



by槇野知宏様



 長い一日がようやく終わりを告げようとしている。
時計の針が「一二」を指しつつあるのを確認した私は、大きく息を吐いて肩の力を抜いた。
目の前のベビーベッドには生後1ヶ月を迎えたばかりの三人の赤ちゃんが穏やかな寝息をたてている。
その可愛らしい寝顔を見ていると、先程までの悪戦苦闘も忘れて思わず口元が緩むのは当然のことかもしれない。

「ようやく眠ったようですね」

隣で子供たちを見つめていた真さんが小声でささやく。彼も私と同様、赤ちゃん相手に四苦八苦していたのだ。
私の友人である蘭、和葉ちゃんも恐らく・・・いや確実に今時分は私たちと同じ状況下に立たされているだろう。

「建太(けんた)と晴(はる)はともかく、光(ひかり)は一度泣いたら手がつけられないから」

三人の中で唯一の男の子である建太と下の妹である晴は光が泣いてても平然と眠っていることが多い。この子が泣くといえば、お腹が空いた時とお漏らしをした時だけである。
親バカかもしれないけど将来はきっと大物になるわね、建太は。光や晴だって私みたいな淑女になるのは当然だし・・・何てったって私と真さんの子供なんだからっ。
そーいえば工藤くんと服部くんが、この子たちを見て、こんな事言ってたわよねえ。

『ボウズは完全にダンナのコピーや・・・これで鈴木財閥の将来は安泰やな』
『それにしても母親似の娘が一人と園子の姉さん似が一人・・・性格は分からねーが、最悪、園子のコピーが二人いるのかよ』
『賑やかになるんはええけど、ウチのガキ共が振り回されるんちゃうか?』
『右に同じ。親子二代、鈴木家の娘に振り回されるだろうぜ、きっと』

あやつらの息子の将来が心配よねえ・・・どーせ父親と同じ道を歩くのは決定事項だし。ま、娘は母親みたく綺麗になるんだろうけどさ。


 時計を見ると既に日付が変わっていた。ツイてる事に今日は受講するゼミがないからゆっくり休める・・・わけが無い。

『主婦たる者、万事を使用人の方に任せてはならない。自分の家族の食事は自分で作る』

このママの教育方針のおかげで、朝も早よから台所に入って家族の分(真さんと私)の食事を作らなくてはならないのよねえ。
出産前だったら今頃は熟睡していたけれど、出産終わった途端に寝不足に陥ってしまったのはしょうがない。
何せ三人も産んだわけだから、夜中に泣き声の大合唱をされると誰だって寝不足になるのは当然か・・・ま、出産した人は全員そうだろうけど。
さすがに夜中に泣かれると私たちだけでなく、隣の部屋などを使用して就寝している使用人の方たちや両親に申し訳が立たないのは当然だろう。

「この子たちが元気に育ってくれるのは良いんだけどさ」

そんな事を言いながら私が毛布を掛け直していたら、光がむずがるように寝返りをうった。

「ま、まさか―――」

光が泣き出すと最悪、建太や晴も泣き出すので、私に緊張が走る。

『お願いだから泣かないでよぉ・・・』

私が必死に願っているのに、真さんは平然としている・・・我が愛するダンナ様なれど、私の苦労くらい気付きなさいよっ。

「大丈夫。光は泣かないから安心してください、園子さん」
「へっ・・・どーいう事、真さん?」
「今までの経験からすると、ただ動いただけです。光や晴が泣く時は口元が微妙に動きますからね」

彼の言う通り、光はそのままスヤスヤと寝息を立て始める。大きく安堵の溜息を吐いた私に、真さんはニッコリしながらこう言った。

「園子さん、私の言った通りでしょう」

さ、さすが世界空手選手権四連覇中のことだけあるわ。顔を見ただけで判断するなんて・・・つか、母親の私が判断できなくてどーすんのよ。
暫く二人で子供たちを見ていたのだが、真さんが私にこう言ってきた。

「園子さん、そろそろお休みになったらいかがです?」
「私だってそうしたいけど、真さんはどうするの?」
「もう少し、この子たちを見ています」
「そう・・・それじゃ、先に休ませてもらうわ」

欠伸まじりに言うや否や、私は布団に倒れこむ。その様子を見ていた真さんが微笑みながら呟いた。

「お疲れ様でした、園子さん」


 ウトウトとまどろんでいた私が部屋に響いた物音で目が覚めた。
窓の外は真っ暗で、時計に視線を向けると、草木も眠る丑三つ時、と、言われる時間帯である。
さすがに早起きする時間ではないので、もう一度眠ろうと寝返りを打った時、私は隣にいつもいるはずの真さんの姿が無い事に気付く。

「真さん・・・?」

寝ぼけ眼をこすりながら周囲を見渡すと彼はベビーベットの外枠に両肘をついて、子供たちをじっと見つめていた。

「ちょっと真さん、まだ起きていたの?」
「あ、園子さん・・・起こしてしまって申し訳ありません」
「良いのよ、別に。それより寝なくて大丈夫?明日も早いんでしょ?」
「もうこんな時間でしたか・・・つい、目が離せなくてですね」

時計を見たと思ったら、すぐに子供たちに視線を戻す。

「この子たちが、どんな夢見ているのだろう、と、思ったら眠れませんでした」
「もう真さんったら・・・そんな事まで心配しなくても良いのよ。私はあなたが、父親で良かった、と、思っているから」
「そ、そうですか・・・」
「思ってるわよ。建太、光、晴、そして私も」
「そう言われると何だか安心しました・・・そろそろ休みましょうか?」

その言葉に頷くと、私は真さんの隣に潜り込んだ。子供たちに、朝までゆっくり寝させてね、と、心の中で言いながら―――



終わり




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