First Kissのあと


by槇野知宏様



『ほ、ホンマにええんか?』
『平次、男のアンタが狼狽えてどないするん?』
『そーいう和葉かて、体が震えとるで?』
『き、緊張しとるんやから、しょうがないやん』
『分かった・・・さっきも言うたけど、オレは和葉の事を好きやねんからなっ!』
『その言葉、そっくりそのままアンタに返すわ。アタシも平次の事が好きやさかい』

二度ほど深呼吸を繰り返し、覚悟を決めた男は自分の唇を彼女のそれに合わせた・・・


 目が覚めた時、アタシは自分のベッドにいる事に気付いた。

「何や、夢やったんや・・・アタシ欲求不満ちゃうやろか?」

そう呟いた時に微かに残る幼馴染みの匂い。クラスメイトが"ファーストキスは何の味"とか言っていたのを思い出す。

「みんないろいろ言うてたけど、何の味もせえへんかったな。強いて言うなら平次の匂いがしただけや」

言った瞬間に昨日の事が思い出され、一瞬で顔が真っ赤になる。

「あの夢、現実やったんや。ど、どないしよ・・・恥ずかしゅうて平次の顔見られへん」

そう言ったものの"平次を叩き起こす"という日課があるため、慌ててアタシはベットから降りた。


「お父ちゃん、お母ちゃん、おはよう」
「おはよう、和葉」
「和葉、平次くん迎えに行くんやろ?もうちょっと早よ起きんといかんよ」

お母ちゃんから出た平次の名前に、昨日の事を強制的に思い出してしまう。

「どないしたんや?昨日学校から帰ってきてから変やで?」
「な、何もあらへんわ・・・平次とは何も無かったさかい」

端から見ても、何かあった、と、勘繰られてもおかしくないような事を言いながら、朝食を口にするアタシをお父ちゃんは新聞を読みながら声を掛けてきた。

「和葉。平次くんと何かあったんちゃうか?」
「ほ、ほなアタシ学校行って来るわ」

長年、刑事として培ってきた直感がそう言わせたかも知れへんけど、アタシは殆ど手をつけていない朝食を置いて家を飛び出した。


 後に残った夫婦は互いに茶を啜りながら語り合ったものだ。

「やっぱり平次くんと昨日何かあったんは確実やな」
「アンタ。お互い高校生なんやさかい、別に目くじら立てんでもええんちゃう?」
「そら分かっとるが・・・ま、平次くんも今頃は和葉と同じ状況に立たされてとるかもな」

そう言って遠山刑事部長はゆっくりとお茶を飲み干した。



 夢が途切れたと同時に服部平次はベッドから転落した。

「・・・オレもかなり溜まってるんやなあ・・・あんな夢見るっちゅう事は」

そうは言っても鼻腔に残る幼馴染みの匂い、唇に残る微かな暖かさ・・・漸く昨日の事を思い出した。心臓が派手な音を立て、全身の血液が顔一点に集中しているのが分かる。

「今日は和葉の顔をまともに見れへんなぁ・・・どないしたらええんや?」

ブツブツと言ったところで問題が解決するわけないのでオレは布団から這い出た。


「オトン、オカン。おはよさん」
「おはよう・・・アンタが早起きするなんて珍しいなぁ。天変地異の前触れちゃうんか?」
「何でオレが早起きすると天変地異になるねん?」
「アンタ、和葉ちゃんが起こしに来ない限り起きんさかいな」

オカンのセリフにオレは顔に全身の血が集中していく。

「な、な、何で・・・か、和葉の名前がそこで出て来るねん?」

オレのは平然とした態度を取ったつもりやったが、オトンとオカンの目には、何かあったんやな、と、いう光を帯びている。
特に常日頃からオレと和葉をくっつけようと画策しているオカンにしてみれば、昨日の時点で何らかの進展があったと睨んどっても不思議や無い。
オレにご飯を渡しながらオトンに目線でサインを送る―――このオバハン、何かイヤな事を企んどるんとちゃうか?その予想は見事に的中した。
オカンの視線を受けて一瞬だけ困ったような顔をしたオトンが発した言葉。

「静、今日の晩飯は何や?」
「今日は天ぷらにしよかと思うてます」
「そりゃええな」
「今の季節は京野菜に鱚(キス)が一番美味しいさかい、それを揚げよかと」

キスという単語に過敏に反応してしまったオレは飲んでいたお茶を勢いよく吹き出してしまった。

「平次・・・どないしたん?」
「な、何でもあらへん・・・ちょっとむせただけやがな。お、オカンも朝っぱらから変な事を言いなや」

オレがそう反論すると、オカンが満面の笑みを浮かべ、鼻歌を歌いながら家事をしている。

『こりゃ、バレてもうたな』

そう思ってると、玄関の呼び鈴が鳴り、オカンは玄関へと消えると残ったのはオレとオトンの二人。
吹き零したお茶を拭いていたオレに、黙って新聞を読んどるオトンから発せられる無言の威圧感は肌で感じる。ふとオトンの方へ目を向けると、視線がぶつかってしもうた。

「平次、お前も一八や。ワシは別にお前の色恋沙汰にまで口出す気はあらへん」

だが相手を悲しませたり傷つけたりしたら容赦なく逮捕したるさかいな、との言葉に、そないなアホな事はせえへん、と、返すとオトンは黙って頷いた。



「あら、和葉ちゃん、おはよ」
「あ、おばちゃん、おはようございます・・・へ、平次おる?」

顔を真っ赤にしながら話す将来の嫁の態度にウチは好感を覚えた。

「和葉ちゃん、そんなに照れんでもええんよ。ウチは何でも知ってるさかいな」
「な、何でも知ってるって?」

デリカシーが欠けとる平次がウチにキスした事を話すんやろか、と、いう表情を浮かべている和葉ちゃんにウチはこう言うた。

「あの子は何も喋っとらへんけど、平次がいくら取り繕うてもウチの人やウチには分かるさかいなぁ・・・和葉ちゃんトコの御両親も薄々勘付いとるんちゃう?」
「お、おばちゃん、そんな事よりも早よ平次呼んでえや」
「ハイハイ・・・平次、未来の嫁ハンが迎えに来とるで。早よ出て来いや」

ウチの声が終わると同時に、平次と和葉ちゃんの声が見事なハーモニーとなってこだまする。

「オカン(おばちゃん)、何言うとるんや―――っ!!!」

今日も大阪・寝屋川の住宅街に二人の声が響き渡っていた―――さて、遠山さんトコの奥さんとは、この話題で盛り上がるやろうな。





終わり



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