銀河探偵伝説



By 槇野知宏様



(7)



 駐留艦隊が出撃して三時間、またしても通信が飛び込んできた。
先程の巡航艦からで、何とか要塞近くまで到達したが、なお叛乱軍の追撃を受けているので援護射撃を要請する、と、いう内容のものであった。
通信オペレーターからその事を聞いたシュトックハウゼンは、砲手に援護射撃の準備をさせつつ苦り切った表情を浮かべる。
ゼークトの低能はどこをうろついている?大言壮語を吐くのは構わないが、せめて孤独な味方を救うくらいの事が出来ないのか?

「スクリーンにて味方巡航艦を確認!その後方に叛乱軍とおぼしき艦艇約四〇〇〇が接近中!!」
「映像を拡大投影せよ」

要塞司令官の命令で拡大された映像には傷つきながらも何とか要塞へと辿り着かんと航行するブレーメン型巡航艦が映し出されている。その背後にある光点の一つ一つが当然敵であろう。

「砲戦用意・・・ただし味方の巡航艦には当てるなよ?」

シュトックハウゼンは命じたが、同盟軍の艦艇は要塞主砲の射程圏外ギリギリのラインで一斉に停止し、巡航艦が要塞管制室からの誘導信号に乗って要塞内に入って行くのを認めると諦めたように回頭して行く。

「叛乱軍のヤツ等、敵わない事を知ってやがる」

同盟軍の動きを見た帝国軍将兵は哄笑した。要塞の力と自己の力のとの一体感が彼らの心理的余裕を支えている。
入港し電磁場によって繋留された巡航艦は見るも無惨な姿だった。外から見ただけでも、数十に及ぶ破損箇所が見受けられ、外殻の裂け目からは緩衝材が飛び出している。細かい亀裂に至っては数え始めれば際限(きり)がない。
整備兵たちを満載した水素動力車が駆け寄る。彼等は要塞の兵ではなく駐留艦隊司令官の統率下にあるため、その惨状に心を痛め深く同情した。
巡航艦のハッチが開き、中から頭部に包帯を巻き、眼鏡をかけた眼光の鋭い少壮の士官が現れた。乾いてこびり付いた赤黒いものが青ざめた顔を汚している。

「艦長のフォン・ラーケン少佐だ。要塞司令官シュトックハウゼン大将閣下に至急お目にかかりたい」

弱々しい声ではあるが、完璧な帝国公用語が整備兵たちの耳に流れ込んだ。

「分かりました・・・ですが、要塞外の状況はどうなっているのですか?」

整備士官の一人が問うと、ラーケン少佐は苦しげに喘ぐ。

「我々はオーディンから来たのだからよく分からない。ただ一つ言える事は君たちの艦隊は壊滅したようだ」

唾を飲み込む人々を睨み付けるようにして少佐は何事かを言おうとしたが、苦痛で顔を歪ませてその場に跪く。

「か、艦長!」
「だ、大丈夫ですか!?」

少佐の部下や整備兵たちが彼を取り囲むが、少佐は自らの任務を果たさんとばかりに叫んだ。

「どうやら叛乱軍は回廊を通過するとてつもない方法を考えついたようだ。事はイゼルローンだけではなく帝国の存亡にも関わる・・・早く司令官閣下のところへ!」

その要求は直ちに聞き入れられた。要塞中央指令室で待っていたシュトックハウゼンは警備兵に囲まれて入室してきた五名の巡航艦の士官を見て腰を浮かした。

「私がシュトックハウゼンだ。事情を説明せよ。どういう事か?」

 大股で近づきながら要塞司令官は普段より大きな声で尋ねる。
あらかじめ連絡があったように叛乱軍が回廊を通過する方法を考案したとなれば、イゼルローン要塞の存在意義そのものが問われることになるだろう。
現在この宙域にいる叛乱軍の行動に対する方策も考えねばならない。要塞自体そのものは動けないのだから、このような時こそ駐留艦隊が必要なのである。
それをあのゼークトの猪突家(いのしし)が!今更ながらに駐留艦隊司令官の勇み足が悔やまれる。シュトックハウゼンは冷静ではいられなかった。

「そ、それは・・・」
「どうした、しっかりしろ!」

ラーケン少佐なる人物の声は対照的に小さく弱々しかったので、シュトックハウゼンは、負傷で声が出せないのであろう、と、思い、上半身ごと彼に顔を近づけた。

「・・・こういう事です。シュトックハウゼン閣下、あなたには我々の捕虜になって頂きます」

一瞬の凍結が溶け、鋭い罵声と共に警備兵たちが手にしていた小銃や腰の拳銃を抜き放った時、要塞司令官の首にラーケン少佐の鍛え上げられた腕が巻きつき、側頭部には金属探知システムに反応しない特殊樹脂製の拳銃が突きつけられていた。

「貴様等・・・叛徒共の仲間だな。よくも大それた事を」

指令室警備主任のレムラー中佐が怒りで顔を赤くして呻き声を上げる。

「自由惑星同盟軍所属“薔薇の騎士(ローゼンリッター)”連隊の京極真大佐です。しかし潜入がこうも上手く行くとは思わなかった。偽造IDカードまで用意したと言うのに、同朋だからと言って調べもしないとは・・・どんな厳重な警備システムも運用する側しだい、と、いう良い教訓ですね」
「誰にとっての教訓になるのかな?」

不吉な口調と共にレムラー中佐の銃口はシュトックハウゼンとラーケンこと真を指向している。

「人質をとったつもりだろうが、貴様ら叛徒と我ら帝国軍人を同一視するなよ。司令官閣下は死よりも不名誉を恐れる方だ。貴様らの盾にはならんぞ!」
「その司令官閣下は、過大評価されるのを大変迷惑がられているようですが?」

 真はシュトックハウゼンに巻き付けている腕に力を込めつつ、彼の周囲を固めた四人の部下の一人に目配せした。
その部下―――赤井秀一少佐―――が帝国軍の軍服の下から取り出したのは、特殊樹脂製の掌に載る大きさの円盤状の物体である。

「これが何か分かるか?とっくに作動させてるゼッフル粒子の発生装置だ」

赤井が言うと、広い指令室に電流が走ったようだった。ゼッフル粒子とは発明者の名前をとって命名された化学物質の一種である。
元々は惑星規模の鉱物採掘や土木工事を行うために発明されたもので、一定量以上の熱量やエネルギーに反応して制御可能な範囲内で引火爆発するガスのようなものだ。
しかし、どんな分野の工業技術であっても人類はそれを軍事に転用してきたのである―――ノーベルのダイナマイトのように。
レムラー中佐の顔色が赤から蒼白へと変化していた。エネルギー・ビームを発射するタイプの拳銃や小銃が使用出来なくなったのだ。
もし発砲しようものなら要塞司令官を取り囲む不逞な輩を始末する事は出来るが、空気中のゼッフル粒子に引火するのは確実であり、そうなると中央指令室にいる全員が一瞬で灰と化してしまう。

「ちゅ、中佐・・・」

警備兵の一人が悲鳴じみた声をあげる。レムラー中佐が虚ろな光を湛えた目でシュトックハウゼンを見た。
真が心もち腕の力を緩めると、激しく咳き込み、二度ほど荒い呼吸をした後、イゼルローン要塞の司令官は屈服した。

「お前たちの勝ちだ。仕方ない、降伏する」

その声に真は内心で安堵の吐息を吐いた。

「よし。各員予定通りに行動して下さい」

 帝国兵に変装していた“薔薇の騎士”連隊員たちは、連隊長の指示に従い行動を開始した。
巡航艦に潜んでいた技術兵やオペレーターたちが管制コンピューターのプログラムを変更し、あらゆる防御システムを無力化させ、空調システムを通じて要塞の全区画に睡眠ガスを流す。ごく一部の者しか気付かない間に、イゼルローンは要塞としての機能を奪われていった。
五時間後、睡眠から解放された帝国軍の将兵たちは、武装解除させられて捕虜となった自分の姿に呆然としたものである。その総数は戦闘、通信、補給、医療、整備、管制などの要員を合わせて五〇万人に達していた。
イゼルローン要塞は自給自足が可能であり、駐留艦隊を含めると一〇〇万人以上の人口を支える事が出来る環境と設備が整っている。これによって帝国がイゼルローンを名実共に永久要塞たらしめんと意図した事実が明らかであろう。
だが、そこには帝国軍将兵ではなく、今や同盟軍第一三艦隊の将兵が歩き回っていた。こうして、過去、同盟軍将兵数百万の人血を吸ってきたイゼルローン要塞は新たな血を一滴も加える事なく、その所有者を変えたのである。
要塞に着いて早々に新一が行ったのは駐留艦隊に偽の通信文を送信する事だった―――内容は、一部兵士ニヨル叛乱勃発。至急救援ヲオ願イスル、と。
元々は参謀長と情報参謀を兼務する副参謀長が起案して、司令官へ作戦案を提出しただけであったが、雑談程度の言葉の遣り取りがあっただけで認可された代物である。

「要塞司令官と駐留艦隊司令官の関係を考えれば、ここまで頭を下げりゃ優越感をくすぐられるのは必至だな」
「恩を高値で売れる、と、考えて喜んで来ますよ。怪しんで撤退したところで我々からすれば何の問題もありませんしね」
「万が一だが、通信文に引っ掛からず服部たちへの攻撃を続行したらどうする?」
「その件につきましては副参謀長・・・お願いします」
「最初の偽通信文の三〇分後に、もう一通の偽通信文を駐留艦隊宛に送信しますわ。内容は・・・」

その偽通信文の内容は短いものであったが、聞いた新一は苦笑したものだ。

「これ考えたの、参謀長だろ?士官学校の頃から教官や上級生を怒らせる才能はオレ以上だったからな」
「服部くんや黒羽くんほどじゃないですよ。では偽通信文の件は僕と副参謀長で実行しますが宜しいですね?」

ああ、相手が服部と黒羽の事をド忘れするくらい派手に怒らせてやれ、と、言って、新一は“絶対零度のカミソリ”“紅き魔女”という異名を持つ参謀二人を下がらせ、彼らが通信オペレーターに先の偽通信文を指示するのを見ながら独語しつつ口元を吊り上げた。

「イゼルローン駐留艦隊ハ何処ニアリヤ、何処ニアリヤ。全宇宙ハコレヲ知ラント欲ス、か・・・知恵と自制心がねえヤツなら完全にブチ切れる代物だな」



 後退する第一三艦隊第二、第三分艦隊を猛追するイゼルローン駐留艦隊であったが、追撃を開始してから三時間近く経過するが逃走する叛乱軍との距離が全く詰まらない事に対し、乗員の顔には焦燥の色が浮かび始めていた。
その一方で駐留艦隊司令官たるゼークト大将はというと、大艦隊が小部隊に翻弄されてる事への屈辱感で顔を真っ赤にし、その傍らに立つオーベルシュタイン大佐は内心はともかく、顔色一つ変えず正面を見据えている。
その頃、闘牛士(マタドール)以上のスリルを味わっている平次と快斗は互いの旗艦のメインスクリーンを見ながらニヤリとした笑みを浮かべている。それは普段のイタズラ小僧的な笑顔ではなく、凄味を帯びた笑みだった。

『敵さんが相当にイラついてるのが匂いで分かるぜ・・・そう思わねえ、平ちゃん?』
「ああ、快ちゃんの言う通りやな。焦っとるもんやから先頭集団が崩れとるわ。ほんならオレ等の手で徹底的に崩したろやないかい」

ほぼ同時に頷いた二人は、すぐさま互いの先任参謀・兼・副官に命令した。

「和葉、全部隊に長距離雷撃戦用意を下令。敵前衛部隊がレッドゾーンに侵入したら攻撃を開始や。攻撃開始と同時に本隊に、我、イゼルローン駐留艦隊ノ接触ヲ受ケツツアリ、と、発信せえ」
「青子、全部隊に長距離雷撃戦用意を下令。敵前衛部隊がレッドゾーンに侵入したら攻撃を開始するぞ。攻撃開始と同時に本隊へ、我、イゼルローン駐留艦隊ノ誘致ニ成功セリ、と、発信しろ」

索敵オペレーターが索敵画面を睨みながら帝国軍の動向を見ている中、互いの旗艦では平次と快斗が部下に檄を飛ばしている。
この分艦隊の将兵は彼らが指揮していた駆逐艦戦隊が中核となっており、駆逐艦勤務の乗員は常に最前線で戦う関係上、気性の激しい者などが圧倒的に多い。
士官学校を卒業して駆逐艦に配属された若手将校が一番苦労する事は、一癖も二癖もあって気性の激しい部下たちを如何に纏め上げるかという点に尽きる。
駆逐艦などの乗員が一〇〇名にも満たない小型艦艇は、艦艇が一つの家族、と、言われ、頭ごなしに命令と称して自分の意見を通そうとすれば部下の反感を買い、だからと言って自分が上司である事を忘れて部下に阿(おもね)ると、部下に馬鹿にされるケースが多い。
平次と快斗は士官学校を卒業して最初に配属されたのが駆逐艦であり、飾らない人柄と若年ながら勇猛で血の通った指揮統率ぶりで士心を得ていた。
当時を知る部下からすれば、おらが分隊士が、分隊長、先任将校、艦長、駆逐隊司令、駆逐艦戦隊司令などを経て今では分艦隊司令どのである。戦闘時や訓練になると容赦なく厳しいが、普段は鷹揚で笑いを提供する役目なため部下からは慕われている。

「敵前衛部隊、レッドゾーンに侵入!中央部がまもなくイエローゾーンに侵入します!!」

索敵オペレーターが艦橋に響く。既に全艦艇からは魚雷用意完了の報告を受けているため、後は分艦隊司令が発射の号令をするのみである。
二人の分艦隊司令は通信パネルで互いの顔を見て頷くと、軽く息を吸い込んだ。

「一本たりとも外したらアカンで。第一射終了と同時に急速後退して、第二射の用意や・・・よっしゃ、放てっ!!」
「最初から全部命中させる気でやれ。第一撃を加えたのち急速後退。その後、第二撃を用意する・・・魚雷発射!!」

鋭い声が発せられると同時に第二、第三分艦隊の各艦から一斉に魚雷が発射され、暗黒の闇の中を疾走して行く。
光子ミサイル、レーザー水爆、光子魚雷といった兵器は同盟、帝国両軍でも使用されているが、同盟軍が秘密裏に開発したのは味方から“長槍(ロングランス)”帝国軍からは“漆黒の悪魔”と称される事となる長距離攻撃用魚雷である。
通常のミサイル兵器は発射されれば推進剤等を燃焼するため航跡が残るのだが、同盟軍技術部宙雷班が総力を結集した結果、ほぼ無航跡で既存の光子魚雷と比較しても航続力に優れ、雷速が速いのが利点であった。
ただし炸薬の搭載量が減ってしまい従来型より破壊力が落ちた、と、いう欠点を持っていたが、従来型の魚雷よりコストが三分の一ほど安価であるというオマケ付き。
実際に鹵獲した帝国軍の駆逐艦に対して魚雷発射実験を行ったところ、従来型では一発で艦を真っ二つに引き千切るところを二発ないし三発で完全破壊という状態であった。
その結果を知った実戦部隊のトップである宇宙艦隊司令部は、破壊力の落ちた兵器など必要ない、と、言って突っ撥ねたが、結局は“コスト安”の魅力に勝てなかった国防委員会と最高評議会が採用を取り決めてしまったのである。
そんな曰く付きの長距離高速魚雷が全艦艇に搭載されているのが今回が初陣の第一三艦隊であり、その餌食とされたのはイゼルローン駐留艦隊である。


 異変に気付いたのはイゼルローン駐留艦隊所属の駆逐艦に勤務するオペレーターであった。
味方の前方に展開している叛乱軍艦艇から何かが発射されたのは分かったが、囮にしては近距離過ぎるし、ミサイルにしては遠過ぎる。
何だ、と思いながらも、職業柄の癖で謎の飛行物体を探っている内に自分の体内から血液が音を立てて引いて行くのが分かった。

「は、叛乱軍艦艇から高速飛行体急接近!音紋からして光子魚雷と思われます!!」
「何だと?あまりにも距離が離れ過ぎてるじゃないか。もう少し正確に報告しろ」

艦長からの指摘もあり、もう一度音紋を聞いてみたが、やはり自分たちが“叛乱軍”と称している同盟軍から放たれた魚雷音で、最初に報告した時より音紋が大きい―――明らかに距離が近づいている証拠だ。

「艦長、先程報告した目標は叛乱軍の魚雷に間違いありません!雷速から計算すると、あと一四〇秒後に到達します!!」
「魚雷を回避する!!通信員は後続部隊に、叛乱軍ノ魚雷攻撃ヲ受ケツツアリ。注意サレタシ、と、緊急通信を送れ!」

慌てて命令を実行しようとしたが、その前に前部と後部に魚雷が直撃した。
普段の光子魚雷であれば確実に宇宙塵の一部になり果てていたのだろうが、同盟軍の新兵器である長距離高速魚雷を食らって撃沈されたワケではない。
しかし直撃を受けた艦首部の小口径のレールガン群、後部の機関部は完全に破壊されてしまった。方向転換等に使用するサイドスラスターや補助ブースターは生きているものの、戦闘用艦艇としては全ての機能をやられたに等しい。
生き残った機関を駆使してのたうつように航行する駆逐艦の上下左右を叛乱軍の魚雷が通過していくが、その魚雷の航走音が不吉な音のように乗員には聞こえた。
たちどころに被雷したとの通信が帝国軍艦艇の通信網を席巻する。不運にも撃沈させられたり、作戦行動に支障を来す損害を被った艦艇も少なからず存在したが、大部分の艦艇は損害を遭ったものの戦闘航行に支障なし、と、いう状態だったため帝国軍は同盟軍に向けて猛進を開始する。
帝国軍は自分たちが追っている叛乱軍の艦艇群が囮とは考えていない。後退する小癪な叛乱軍を叩き潰そうと速度を増速して襲い掛かろうとした瞬間、またしても魚雷による攻撃を受けて大混乱に陥った
少数の叛乱軍に良いようにあしらわれていると感じたゼークトは頭から湯気が出るほどに怒り狂って叛乱軍を追い続ける―――それは後に“猛牛の突進”と嘲笑される艦隊運動であったが、その最中にイゼルローン要塞から一本の電文がゼークトの元に届けられた。
曰く、一部兵士ニヨル叛乱勃発。至急救援ヲオ願イスル―――電文の内容を聞いたゼークトは部下を掌握出来ないシュトックハウゼンの無能ぶりに舌打ちをした。
しかし辞を低くして救援を請われ、内心では優越感をくすぐられていた。日頃、口汚く罵り合っている同僚に小さくもない貸しを作る事になると思うと愉快な気分になる。

「足下の火を消すのが先だ。全艦隊、直ちに要塞へ帰投するぞ」

そう命じた時、オーベルシュタイン大佐が前に進み出て、これは叛乱軍の罠である事を進言した。
不愉快な事を不愉快な口調で言う不愉快な幕僚を司令官は憎悪を込めて睨みつけるが、上司の視線に憶することなくオーベルシュタインは更に言葉を続ける。

「閣下、我が軍は叛乱軍の攻撃を受けて少なからず損害を受けております。情報収集をしつつ行動不能に陥った艦艇の乗員を収容してから行動しても遅くはありません」
「で、その収容とやらにかかる時間は?」

急がせても一時間、と、言うオーベルシュタインの回答はゼークトを満足させる数字ではなかったが、苦楽を共にしてきた部下を見捨てるのは艦艇勤務の名折れであるし、放置すれば叛乱軍の各個撃破の対象になりかねない。
とにかく収容作業を急がせるよう指示した司令官は指揮シートに座ったままスクリーンを睨み付けるしかなかった。


 乗員の収容作業は順調に進み、予定より作業が早く終わりそうだ、と、報告を受けて先程より機嫌が良くなったゼークトの表情を一変させる通信文がイゼルローン要塞から届けられたのは作業を開始してから三〇分後の事である。
発信者はイゼルローン要塞司令官、宛先はイゼルローン駐留艦隊司令官。本文は―――イゼルローン駐留艦隊ハ何処ニアリヤ、何処ニアリヤ。全宇宙ハコレヲ知ラント欲ス。
この通信文を読んだ瞬間、ゼークトの表情が怒りで赤く染まり電文を綴っていたバインダーを艦橋の床に叩き付けて軍靴で踏みにじる。

「おのれ、シュトックハウゼンめ・・・我らを愚弄するか!!」

感情を爆発させた駐留艦隊司令官は収容作業中の艦艇に護衛艦五〇〇隻を現宙域に残してイゼルローン要塞へ急行する決意を固めた。
オーベルシュタインが収容作業が完了するまで待つよう進言したが、その発言を完全に黙殺したゼークトは残存艦艇約一万三〇〇〇隻に最大戦速で要塞へ向かうよう指示する。

「最大戦速でイゼルローンに向かう。宇宙モグラ共に貸しを作る絶好の機会だぞ!!」



 その頃、イゼルローン要塞の中央指令室。

「副司令官及び第一分艦隊司令より、イゼルローン駐留艦隊、高速で接近中。現針路速力で五分以内に要塞主砲の射程内に到達する、と、連絡が入りました」
「要塞主砲のエネルギー充填率、一〇〇パーセント。照準固定完了。いつでも発射可能です」

要塞内では叛乱を起こした将兵と交戦中という事になっているため、索敵活動は美和子と渉が率いる合計約一〇〇隻の艦艇が回廊の左右に展開して実施している。
本来の仕事に戻った園子と恵子の活性化され緊張感を帯びた声が要塞中央指令室内に響き渡った。

「もう少し引きつけろ」

新一は要塞司令官用の指揮シートに座る事なく腕組みをしたまま、巨大なメインスクリーンを埋めて接近する無数の光点を見つめる。五分という時間が長く感じられる。

「敵艦隊“雷神の鉄鎚(トールハンマー)”の射程圏内に入りました」

園子の声を聞き終えた時、新一はスクリーンから視線を外さないまま、ひとつ深呼吸して組んでいた腕を解いて肩の高さまで上げた右腕を振り下ろした。

「撃て(ファイヤー)!」

 その声は大きくなかったが、ヘッドホンを通じて砲手たちに正確に伝達され、彼らは司令官の命令と同時に発射ボタンを押した。
圧倒的な存在感を撒き散らす白い光の塊が帝国軍前衛部隊の中央付近に突き刺さる。その直撃を受けた数百隻が爆発する暇もなく瞬時に消滅し、彼らがいた宙域には虚空だけが残された。
爆発が生じたのは彼らの後方、帝国軍の第二陣と直撃を免れた上下左右の艦列においてであり、更にその外側に展開していた艦艇も膨大なエネルギーの余波を受けて大きく揺れ動いた。
帝国軍の通信網はイゼルローン要塞からの第一撃から生還した将兵の悲鳴や叫び声で埋め尽くされた。

「我々は味方だぞ?何で撃つんだ!?」
「まさか要塞は叛乱を起こしたヤツ等に占拠されたのでは・・・」
「どうやって、あの“雷神の鉄鎚”から逃れる」

今までは同盟軍に対してのみ発射されていた要塞主砲が自分たちに向けられた事で、帝国軍将兵はその強大な破壊力を味わい、要塞内部にいる同盟軍将兵も初めて敵に発射した要塞主砲の威力を見せつけられスクリーンを見つめたまま息を飲み込んだ。

「全艦、応戦せよ!主砲斉射!!」

 最初に沈黙を破ったのは帝国軍である。ゼークト大将の怒号は混乱していた将兵を正常に戻す効果があった。蒼白な顔色の砲手たちが主砲操作盤に手を伸ばして自分たちの職務を全うしようと発射ボタンを押す。
数千条のエネルギーの束が宇宙空間を切り裂いて要塞表面に突き刺さったが、艦砲の出力程度でイゼルローン要塞の外壁を破壊するのは不可能であった。発射された全てのビームは外壁に当たって弾き返され、空しく四散した。
かつて同盟軍が味わった屈辱と敗北感、そして恐怖がブレンドされた感覚に帝国軍は囚われた。そこへ艦砲から放たれるビームより十数倍もある一本の光線がイゼルローン要塞から迸る。
再び大量の破壊と死が生産され、帝国軍の艦列には埋めがたい巨大な空洞が空き、その周縁部では損傷した艦艇で埋め尽くされた。
僅か二回の砲撃で帝国軍は半身不随となっていた。生き残った者は戦意を木っ端微塵に砕かれ、何とかその場に踏み止まっているだけに過ぎない。


 この情景を見ていた新一は、ここまでしないと勝てないのか、と、いう気分になってメインスクリーンから視線を外す。
彼の側で司令官と同じ光景を見ていた幕僚たちの中で女性陣は顔を真っ青にしてスクリーンから顔を背ける中、参謀長と“薔薇の騎士”連隊長が司令官に歩み寄った。

「提督、これは戦闘ではなく一方的な虐殺です」
「参謀長の仰る通りです。我々が帝国軍の悪しき真似をする必要はありません」

探と真の方を振り向いた新一は頷いて、二人の意見に頷く。

「確かに二人の言う通りだな・・・参謀長、オレの名前で帝国軍に降伏を勧告してくれ。降伏が嫌なら速やかに要塞周辺宙域から退却せよ、我々は追撃しない、と」
「分かりました」

そう言いながら、探は信頼する副参謀長と共に士官学校の同期である上官を見やる。降伏勧告なら普通の軍人でもする。しかし。敵に対して、退却せよ、とか、追撃はしない、と、言う軍人はいない。
これが工藤新一という用兵家の長所か短所かは不明だが、何れにしても退屈だけはせずにすみそうだ、と、二人で顔を見合わせた。


「閣下、イゼルローン要塞から通信が入りました」

通信士官から電文を受け取ったオーベルシュタイン大佐が淡々と読み上げるのを、ゼークト大将は血走った眼を義眼の参謀に向けたまま聞いた。

「既に要塞は自由惑星同盟を僭称する叛乱軍によって占拠されております。その指揮官である工藤新一少将の名で、これ以上の流血は無益である、降伏せよ、と」
「降伏だと!?」
「はい。降伏するのが嫌なら速やかに要塞周辺宙域より退却せよ、我々は追撃しない・・・との事です」

一瞬、艦橋内にいる将兵に生気が戻った―――そうだ、退却という手段があった。本国には“態勢を立て直す”“転進”と、いう報告をすれば良い。
しかし、乗員の望みは司令官の荒々しい怒声でかき消された。

「叛乱軍ごときに降伏など出来るか!!ましてヤツ等に背中を向けるなどと・・・」

そう吐き捨ててゼークトは軍靴で艦橋の床を蹴った。
イゼルローン要塞を叛乱軍の手に委ね、麾下の半数近くを失い、敗軍の将として皇帝陛下に見(まみ)える事は、ゼークトにとって不可能かつ不名誉な事だった。帝国軍人の名誉のために彼に残された道は玉砕しかない。

「オーベルシュタイン大佐、叛乱軍に返信しろ。内容はこうだ」

司令官が告げる内容を聞いて周囲にいた将兵は色を失った。オーベルシュタインは心の中で上司を軽蔑したものの、それを表情に出す事なくゼークトに進言する。

「閣下、ここは一時の汚名を甘受してでも撤退すべきです。無闇に将兵を道連れに玉砕しては後世に悪名を残すだけです」

生きていれば叛乱軍に報復する機会が必ずある、と、玉砕攻撃に対して翻意を求めたが、司令官の返答は“敗北主義者”“帝国軍人にあるまじき惰弱な発言”と、いう罵詈雑言の雨だった。
しまいには自分の視界から去れ、と、言われたオーベルシュタインは無表情のまま黙って上司に敬礼すると艦橋から出て行く。

「この期に及んで、オーベルシュタインのように命を惜しむ輩はおるまいな?」

艦橋にいる将兵を恫喝する上司の声を聞きながら、オーベルシュタインは冷然かつ侮蔑を込めた口調で小さく吐き捨てた。

「怒気あって真の勇気なき小人め、語るに足りん」

その声はゼークトや艦橋にいる将兵の耳に入る事は無かった。



「閣下、帝国軍から先程の通信に対する返信が届きました」

イゼルローンで新一にそう告げたのは蘭だったが、その表情がいつもと違う。

「汝ハ武人ノ心ヲ弁エズ。我、死シテ名誉ヲ全ウスル道ヲ知ル。生キテ汚辱ニ堪エルヨリ、コノ上ハ全艦玉砕シテ皇帝陛下ノ恩顧ニ報イルノミ―――と、いう事です」
「武人の心に全艦玉砕、だと!?」

新一の声は低いものであったが、怒りが込められているのは誰の目にも明らかだった。
イゼルローン失陥の責任を取りたければ、指揮官一人が銃で自分の頭部を撃ち抜くか、軍法会議で裁きを受ければ良いだけだ。
それなのに、皇帝陛下の恩顧、と、いう意味不明な大義名分を持ち出して部下の将兵に死を強要する。

「死にたければ一人でやれ!部下を道連れにする事はマトモな指揮官のする事じゃねえ!!」

ゼークトに対して鋭い罵声を浴びせた新一は冷静な口調で幕僚たちに宣言する。

「今度は“雷神の鉄鎚”は使用しない。佐藤、高木両准将に、敵旗艦のみに対し射程距離圏外(アウトレンジ)攻撃を実施せよ、と、連絡しろ―――旗艦を潰せば他の連中は逃げる。これが最後の攻撃だ」


 司令官からの命令を受けた美和子は通信パネルに映る渉に視線を向ける。

「高木くん、どう思う?」
『出来ない事はないですが、運任せに近くないですか?』
「運任せじゃなくて、完璧に遂行しなきゃ意味がないわ」
『それもそうですね』

密集している敵艦隊から旗艦のみを狙って攻撃せよ―――無理難題と言っても過言ではない命令であったが、それを数分の協議だけで実行に移したのは彼女たちの指揮能力が後輩(教え子)たちと同等と言う事を示している。
その戦法とは、まず渉が敵旗艦に魚雷攻撃を実施するが、これは囮である。囮を躱そうとする敵旗艦の予定位置に美和子が魚雷攻撃をし、敵旗艦が被弾したタイミングを見計らって渉が再度、攻撃を実施する。敵が回避する事を前提とした運任せの戦法に近いが、互いの呼吸を合わせる事に関して、二人は絶大な自信を持っていた。

「帝国軍、動き始めました。最大戦速でイゼルローン要塞へ突撃を始めました」

続けてオペレーターから、敵旗艦の正確な位置、的針、的速が報告されると、渉は発射魚雷本数や発射角度の細かい指示を与えたところへ、魚雷発射準備完了、と、いう報告が入り、彼の声が艦橋内に響いた。

「魚雷発射用意・・・撃てっ!!」

麾下の駆逐艦二隻から魚雷が八本、敵旗艦へ向け直線状に発射され、それはすぐ美和子に届けられた。指定した駆逐艦からは、魚雷発射準備完了、と、いう報告は上がっている。
第一分艦隊が放った囮魚雷の目標到達予定時間、目標が囮を躱すために執るべき回避方向、そして自分たちの魚雷が回避出来ないようにする発射時間などの計算は戦術コンピュータに任せても良いが、美和子は手に持った腕時計の秒針を見てタイミングを計っていた。
時間にして二〇秒も経ってなかったが、副司令官の命令が下るまで乗員には僅かな時間ですら長く感じられた―――そして発射命令が下される。

「魚雷発射用意・・・放てっ!!」

駆逐艦が四本の魚雷を扇状に発射し、その三〇秒後に第一分艦隊から魚雷が更に四本、追加で扇状発射された。合計一六本の槍が敵の総大将を狙うかのごとく闇の中を疾走して行く。



「敵魚雷、一〇時方向から高速で接近!数は八!!」

帝国軍イゼルローン駐留艦隊旗艦「グルヴェイグ」のオペレーターが絶叫した。艦隊の陣形を密集隊形に改めて要塞へ突撃しようとしたところだったので各艦同士の間隔が狭く移動範囲が限られてくる。
艦長はメインスクリーンに映し出された魚雷の針路予想図と旗艦周辺の艦艇配置図を見て、右斜めに前進して躱すしか無い、と、判断して艦を右斜め前方へ移動させた。
一本、二本と魚雷がイゼルローン駐留艦隊旗艦の左舷側を不気味な音を残しながら通過して行き、八本目が通過して、駐留艦隊司令部及び乗員から安堵の溜め息が漏れた瞬間、オペレーターの悲鳴に近い報告が艦橋内に響き渡った。

「一時方向から魚雷四本!回避不能です!!」

回避した方角から飛来してきた魚雷は相互加速の状態で「グルヴェイグ」の右舷前部、中部、右舷エンジン及び後部エンジンに突き刺さって炸裂し、その三〇秒後には一〇時方向から疾走して来た魚雷四本が左舷前部二発、中部に一発、左舷エンジンを直撃。この雷撃により「グルヴェイグ」は艦隊旗艦だけでなく戦闘艦艇としての能力を一瞬で奪い取られた。
被雷した箇所の被害が立て続けに艦橋に報告され、艦長がそれらに対して応急処置を命じてる最中に機関がストップし、それによって消火システムが完全に機能停止をしたため、消火は消火器や原始的なバケツリレーで行うしかなかった。
更に冷却装置も停止したため、艦橋内にミサイル格納庫、核融合エンジンの温度上昇に伴う誘爆の危険を告げる警報ブザーが狂ったように鳴り響く。艦隊旗艦の被雷、大破はイゼルローン駐留艦隊全将兵の心を恐怖で凍り付かせるには十分過ぎた。旗艦周辺にいた艦艇は我先に反転して要塞主砲射程圏外への離脱しようとする。

「おのれ、上官の命令に背き、叛徒共に背を向けるとは帝国軍人と思えぬヤツ等め!!」

いくら司令官が喚こうとも“雷神の鉄鎚”の威力と旗艦の大破を見せつけられた将兵の恐怖心が簡単に取り除けるワケがない。そこへ艦の運命を決定付ける報告が入った―――被害復旧の見込み無し、と。

「閣下、この艦の命運は尽きました。乗員に退艦のご許可を願います」

艦長の進言を聞いて彼を睨み付けていたゼークトが視線をメインスクリーンに移して力無く頷くのを見た艦長は艦内マイクを取ると力いっぱい叫んだ。

「総員退艦。全ての作業を中止し、後部格納庫へ移動せよ」

命令はしたものの艦内放送が聞こえていない可能性があるため、退艦命令を艦内各部に伝えるべく艦橋から数名の兵士が伝令に走る。その光景を見ていたゼークトは虚脱したかのように指揮シートに腰を下ろした。
総員退艦の命令は速やかに実行された。最初に負傷した将兵、そして乗員と駐留艦隊司令部員が退艦した一〇数分後に「グルヴェイグ」はゼークト大将もろとも二度の大爆発を起こして撃沈した。
それを見た残余の帝国軍は次々と帝国領方面へ撤退して行く。徹底抗戦を叫んでいた司令官が旗艦もろとも消滅したから、一方的な大量殺戮で生命(いのち)を捨てる理由などない。
その中にはオーベルシュタイン大佐が乗るシャトルの姿もあった。彼は遠ざかる巨大要塞を肩越しに眺めた。
ゼークト大将は死の直前に、皇帝陛下万歳、と、叫んだのだろうか―――実に下らない事だ。生きていればこそ復讐戦を企図する事も出来ようものを。

「まあいい」

オーベルシュタインはそう呟いた。自分の機略に傑出した統率力と実行力が加えられたら、イゼルローンなど何時でも奪回してみせる。その前に同盟がイゼルローンを手中にしていたとしても、同盟自体が消滅してしまえばイゼルローンの存在価値は無くなるのだ。
帝国軍の中で自分の才能と忠誠心を刺激する人材―――やはりローエングラム伯ラインハルトしかいない、と。



 イゼルローン要塞のあらゆるスペースでは同盟軍将兵の歓喜と興奮が爆発していた。
彼らと対照的に静かなのは事態を知って呆然自失する捕虜たちと、作戦を演出した工藤新一だけである。
毛利大尉、と、新一に呼ばれた蘭が応答すると、幼馴染みの青年司令官は指揮シートに腰を下ろしたところだった

「本国に、第一三艦隊、作戦完遂、と、連絡してくれ。それが終わったらコーヒーを頼む」

宇宙暦七九六年五月一五日、自由惑星同盟軍は七度目にしてイゼルローン要塞の攻略に成功した。


『戦場の名探偵(ザ・ディテクティヴ・オブ・バトルフィールド)』
『奇跡の名探偵(ザ・ディテクティヴ・オブ・ミラクル)』

首都星ハイネセンに帰還した第一三艦隊を待っていたのは歓呼の暴風である。アスターテ星域での大敗北は忘却の彼方へと追いやられ、新一の知略と彼を登用した服部平蔵元帥の識見が想像出来る限りの美辞麗句によって賞賛された。
手回し良く準備された式典とそれに続く祝宴から解放され、うんざりとした表情で帰宅した“戦場の名探偵”こと新一は蘭が淹れてくれたコーヒーを飲みながらぼやいた。

「どいつもコイツも全然分かってねえ。オレは敵の主力と本拠地を分断して各個撃破する、と、いう用兵術の基礎に多少のアレンジしただけだ。人間の心の隙に付け込んだだけで、奇跡、と、いうレヴェルじゃねえ。ここで下手に煽てに乗ったら、今度は帝国首都(オーディン)を占領して来い、と、言い出すに決まってる」
「でも褒められてるんだから素直に喜んでおけばいいじゃない」

そう言いながら蘭はコーヒーポットをさりげない動作で新一の手の届かない場所へ移動させる。

「勝ってる間だけはな。しかし一度でも負けたら掌(てのひら)返しに批判されるのがオチだろうぜ・・・蘭、悪いけどコーヒーくらい好きに飲ませてくれよ」

すっかり空になったコーヒーカップを両手で遊びながら新一は物欲しそうな視線を蘭が持つコーヒーポットに注いだ。


 イゼルローン要塞陥落の凶報が銀河帝国全土を震撼させた頃、新一の周辺にも変化があった。まず今回の功績により、七月一日付で新一が中将、真が准将に昇進。
更にアスターテ星域会戦で戦傷を負った目暮十三中将が入院加療中なため、第二艦隊を解隊し、その残存兵力を第一三艦隊に編入。これにより第一三艦隊は一個艦隊規模の艦艇を有するに至ったのである。

新一と真が昇進してから一ヶ月後、自由惑星同盟最高評議会において帝国領侵攻作戦が決定した。




続く





注:「銀河英雄伝説」は田中芳樹先生、「名探偵コナン」「まじっく快斗」は青山剛昌先生の著作物です。


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