七夕の歴史の一ページ




by 槇野知宏様



 午前中は雨、午後に入ってからは曇り、そして日没後は晴れ―――七月七日、惑星ハイネセンの天候はこのように変化していた。

「朝は雨で夜は晴れ・・・何か変な天気ね?」
「天気の神様とやらが気前良く大盤振る舞いしたんだろ、きっと」

路面に水たまり、そして上空には雲一つ無い星空。いったん立ち止まって上空を仰ぎ見た一組のカップルは歩く事を再開する。
黒のジャンバー、アイボリーのスカーフにスラックス、そして艦隊徽章がデザインされた艦隊識別帽(スコードロンハットを着こなした男女は帰途に就いている最中だった。
端から見れば仲の良い士官のカップルが歩いているように見えるが、よくよく見ればジャンバーの襟に付いている階級章、男性士官が被る帽子のつばには将官を現す金色の月桂樹のデザイン―――それ以上に二人の若々しい顔にギャップを覚える者もいたかも知れない。
二人とも二〇代前半ながら男性士官の方の階級章は同盟軍中将、女性士官のそれは同盟軍大尉を示している。

自由惑星同盟軍第一三艦隊司令官・工藤新一中将。
自由惑星同盟軍第一三艦隊副官・毛利蘭大尉。

 これが二人の正体であった。
“戦場の名探偵(ザ・ディテクティヴ・オブ・バトルフィールド)”だの“奇跡の名探偵(ザ・ディテクティヴ・オブ・ミラクル)”とジャーナリズムが新聞やテレビなどで煽っている彼であるが、左手に紙袋を抱え、右手に買い物袋を下げている姿は、敵味方から“名将”と畏敬されている人物とはとても思えない。
二人仲良く並んで歩く姿は何人たりとも近寄りがたい甘い雰囲気が漂い、友人であり艦隊主任オペレーターを勤める鈴木園子大尉が命名した“ラブラブ絶対宙域”を形成していた。
その二人がこんな時間帯に何をしているのか、というと、第一三艦隊司令部要員という別の顔を持つ友人たちと七夕パーティーをやっている最中に酒肴のストックが切れたため、買いに行った帰りである。
人類の生息地が地球から銀河系へ、そしてAD(西暦)からSE(宇宙暦)へと替わっても地球古来の伝統的な行事は易々と消滅する事はない―――もっとも行事本来の意味は忘れ去られる事はあるが。
推理小説家である父・優作が所有する膨大な書籍(資料)を幼い頃から読んでいた新一は七夕が持つ本来の意味、そして伝承は知っているが友人たちに披露する事はしなかった。
幾人かは知っているだろうし、誰からも聞かれてないので答える必要がない。今はただ隣を歩く幼馴染みの副官と一緒の時間を共有出来る事がなりより嬉しかった。

「蘭、さっき空を見たら川みたいに幅の広い星の集まりがあっただろ?」
「うん。何だかすごくキレイだったわ」
「あれ、天の川って言うんだけど、川の両側に男と女がいて、一年に一度・・・今日七月七日に逢う・・・そういう伝承があるんだ」
「一年に一度か・・・ロマンチックそうに聞こえるけど、一年に一度だけってのは寂しいような気がするわ」
「考えたのはオレたちのご先祖が地球にいた頃だからな」

そう言って新一は蘭に自分が持ってる紙袋からある物を出すよう頼んだ。言われるまま、蘭が袋から取り出した物は数枚の色紙である。

「ねえ新一、これは?」
「七夕の祭りさ。コイツを短冊状に切って、それに願い事を書いて竹に吊すと願い事が叶うって話だぜ?」
「ふぅん・・・じゃあ帰ったらみんなに配って飾ろうか?」

彼女の言葉に同意しながらも、彼の頭では願い事を書く、という行為を恥ずかしがる(というか難色を示す)友人がいる事が容易に想像出来た(実際、同期生二人が難色を示したのは確かな事実であった)

「で、蘭はどーいう願い事をするんだ?」
「そんな事、ここで言えませんっ・・・そーいう新一はどうなのよ?」
「オレか?・・・今を含めて未来永劫、蘭と共に過ごす時間が続くように、さ」

言葉を聞いた瞬間、蘭は全身の血が顔に集中するのを自覚した。そして平然と言い放った幼馴染みの上官の顔をマトモに見る事が出来なかった。



終わり





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