1日の始まりは



by槇野知宏様



side −KENTA−

 目覚まし時計の音が室内に響き渡った。
布団の中から腕を伸ばして音を止め、隣の部屋から妹が乱入してこない事を確認してベッドから降りる。
以前、眠りの誘惑に敵わず目覚まし時計の音を無視していたら、隣から光が乱入してきた事があった。

「うるさいじゃない!バカ建太、さっさと起きろ!!安眠妨害でパパとママに訴えるわよっ!!!」

そういった罵声と共に飛んできた物のは次の通り。
枕、ぬいぐるみ、本、スリッパ、ランドセル、サッカーボール、目覚まし時計等々
まさに、叩き出される、と、いった感じでベッドから出た経験があるので、周囲を見渡すが誰もいない。
もう一人の妹―――晴はというと、何事もなかったかのように眠ってたそうで、同じ顔をしているのに何で性格が違うんだ、と、思ったものだ。
素早く道着に着替えて静かにドアを開け、足音を立てないように廊下を歩く。
【ぬき足、さし足、忍び足】という表現があるけど、まさにそういう感じだ。
時間は午前五時過ぎ。下手に音を立てようものなら熟睡している人たちを起こしかねない。
何故、僕がこんな時間に道着に着替えてるかですか?今から父さんと空手の稽古をするんです。


 母屋の隣にある道場に向かうと、座禅を組んだ父さんがいて、僕が中に入ると声をかけてきた。

「建太、おはよう。私の隣に座って座禅を組みなさい」

朝の挨拶もそこそこに父さんの隣に座って座禅を組み、静かに目を閉じると音しか聞こえくなった。
音といっても鳥の鳴き声とか僕と父さんの息遣いだけ。そんな状況で精神を集中しているから心も落ち着いてくる。
座禅が終ったら父さんを相手に基本動作や攻撃の練習だけど、これを延々と繰り返すのが父さんの方式。
練習前と練習後に各一〇分間の座禅、そして基本動作を繰り返す。これが世界選手権最多優勝記録を持つ父さんの稽古法だ。
夜二時間、朝一時間。僕と父さんは毎日三時間も空手の稽古に時間を割いているけど、母さんや妹に言わせるとただ一言。

「「「真さん(パパ)と建太って、やっぱり親子よねえ」」」

母さんは苦笑しながら、光はあきれ、晴はのんびりとした口調で言っていたけど、空手をしていると精神面の鍛錬にもなるし、何より目的があるから空手を学んでいる。

 練習が終了すると父さんと浴室に向かう。
一時間の練習と言っても、常に全力を出し切ってるから汗をかいてしまうのは当然。
さすがに汗だらけの身体で朝ご飯は食べたくないし、学校にも行きたくない―――もっとも、父さんと母さんが許してくれるはずがないけど。
浴室に入るとさっそくシャワーを浴びる。少し温いお湯だけど練習で火照った体にちょうど良い。


side −HIKARI&HARU−

 目覚まし時計の音が室内に響き渡る。
布団の中から腕を伸ばして音を止めようとしたら、時計ではなく誰かの手に当たった。

『ママだったら速攻で布団を引き剥がすだろうし、パパや建太の手にしてはスベスベしてるわねえ』

そんな事を考えながら布団から顔を出すと、同じ格好をした晴と目が合った。

「晴、おはよ」
「光、おはよ」

朝の挨拶を交わしてベッドから下りる。その前に目覚まし時計は止めてるけど。
窓を開けると風が流れ込んできて、火照った体がすっごく気持ち良い。

「光、あなた寝汗かいてるわよ?」
「そーいう体質だからしょうがない・・・って、晴も人の事が言えるの?」

どうやら私たちは寝汗をかく体質らしく、こーいう時はシャワーを浴びてサッパリしたい。
子供が生意気な事を言うな、ですって?私たちはレディなの。朝っぱらから汗をかいた状態で、パパや建太そしてクラスメートに会うワケいかないでしょ!
そーいう女心を理解しない男がいるから独身女性が増えていく―――ホント、困ったものよねえ。

「ねえ、早く起きないとママに怒られるわよ?」
「分かってるって・・・着替えを持って早く浴室に行こ?」
「でも、行ったところでパパと建太に占領されてるんじゃないかな?」
「それはありえるわね」

あの二人ってお風呂入ると長い・・・浴室の中で空手の話で盛り上がるから今日こそはパパだろうが誰だろうがガツンと言わないとね。

「ひかり〜、何一人で熱くなってんの?先に行ってるよ」
「晴ったら待ちなさいよっ」

双子の妹の声を聞いた私は慌てて着替え片手に彼女の後を追った。


side −KENTA−

 目の前にいる母さんが、しょうがないわねえ、と、いう表情で僕を見ている。
原因は単純明快にして情けない理由―――シャワーを浴びたのは良いけど着替えを持って来ていなかったのだ。
僕はタオルを腰に巻きつけただけの格好、父さんに至っては浴室に篭城中。

『夫と言えど、妻の前で己の肌を簡単に見せるわけにはいきません』

そう言った理由で父さんはこの場にいないわけだが、母さんよると父さんのそういう堅物的なところが可愛いらしい。

「真さんったら何年経っても変わらないわねえ。でも、そーいうところが可愛いのよね」
「園子さん。あの・・・その・・・き、着替えはまだですか?」

この件に関する工藤くんの意見。

「先生ってさ、うちの父さん以上に風格あるけど園子さんには弱いよなあ。ま、ウチも似たようなものだけどよ」

確かにその通りです。息子として否定しません。
“蹴撃の貴公子”または“拳聖”と、言われている父さんだけど、母さんには弱い。
他人にも厳しいけど、自分にはもっと厳しい・・・求道者、と、呼ばれてもおかしくないけど、母さんが絡むと厳格さがなくなるんだよね。
母さんもそれを笠に着て無理難題を言うわけでもない。仕事の時はともかく、プライベートでは父さんとイチャついてる。

「母さん。父さんが困ってるから着替えを渡してあげたらどうかな?」

この意見具申が通って父さんは着替えを受け取る事が出来たけど、母さんが脱衣所にいるため浴室から出てこれない。

「別に減るものじゃないから良いでしょ、真さん」
「園子さんっ。子供の前で変な発言は謹んで下さいっ」

こういった発言を光と晴がしようものなら、即座にソファもしくはベッドの上に正座させられて説教である。
母さんの場合だと二人っきりになった時に説教するのは容易に想像できる。説教というより諭すと言ったほうが良いかも知れない。
結局、母さんは僕たちに背を向けた状態で話を続けている。

「建太が空手を始めたのは、幼稚園の年少組の頃だったわよねえ」
「そうですね。私から、空手をしなさい、とは一言も言ってませんから」
「もう五年・・・何で続けたがるのかしら?」
「空手の魅力に取り付かれたのもあるでしょうけど、何か目的を見つけたのではないですか」
「目的ねえ。まさか好きな女の子でも出来たとか?」
「武道の本道は、人を守る事、ですからね。建太個人の事ですから余計な詮索はしないようにしましょう」

頭上で繰り広げられる両親の会話を耳にした瞬間、僕はある事に気付く。

『この二人、完全に気付いてるんじゃないだろうか?』

そう思った瞬間、紅毛の女の子が父親譲りのアルカイック・スマイルを浮かべているのが僕の脳裏に浮かんだ。


side −HIKARI&HARU−

「爽やかな朝、そして朝シャン・・・良いと思わない、晴」
「肌を磨いての登校・・・朝はこうでなきゃね、光」

双子同士で他愛もない会話を交わしながら浴室へ向かう―――常に身嗜みを気遣う、これがレディってものよ。
ホントだったら夜寝る時に香水をパジャマ代わりにして寝たいけど、実行寸前にパパとママに見つかって散々怒られたのよねえ。

「あなたたちに香水はまだ早過ぎるわよっ!!!」
「裸で寝るとは何事です。恥じらいというものを持ちなさい」

あれは辛かったわ。パパの説教が道場で三〇分、そしてママの説教が寝室で一時間・・・あの時は思いっきり足が痺れたし。
我が家の両親の説教って、新一小父様のサッカーの練習よりハードなんだもん。

「どうしたの、光?」
「この間の事を思い出してたのよ。あの正座事件を」
「光がパパとママに言った理由がストレート過ぎたから怒られるに決まってるじゃない」
「どこかの女優がやってたから、ってヤツ?他に何て理由があるのよ?」
「裸で寝る健康法。これしかないと思うけど」

そーいうのが理由になるワケないでしょっ!そんな理由で両親が・・・特にパパが納得するはずないじゃない。
そんな事を言おうものなら二〜三時間の説教地獄が待ってるに決まってるわ。機関銃のようなママの説教。お坊さんの読経のように延々と続くパパの説教。
ハッキリ言ってあれは拷問。長時間の正座に慣れている建太や、剣道をしている晴ならともかく、か弱いレディである私には耐えられないわよ。
ブツブツ言いながら脱衣所の前に到着するが、扉には【使用中】の札が掛かっている。

「あの二人、まだ入ってるのかしら?」
「私たちやママなら札を返し損ねる事はあるけど、あの二人はそーいう事ないからね」
「で、こーいう時の対処法に関する晴の意見は?」
「こーするの・・・新撰組の宿改めである。速やかにドアを開けなさいっ」

『あ、あんた・・・どこで、そーいう言葉を覚えてくるのよ?』

ドアを数度ノックする晴を見た私はそう思わざるを得ない。やっぱり最近読んでる歴史小説の影響かしら?頭抱えていると、ドアが開いてママたち三人が中から顔を出した。


side −SONOKO−

 私と真さんの会話を打ち切らせたのは、ドアのノック音と晴の声。

「新撰組の宿改めである。速やかにドアを開けなさいっ」

瞬間的に真さん、そして建太の三人で顔を見合わせた。

「ここは池田屋ではないのですがね・・・どうしたのでしょう?」
「この間、マサから歴史小説貰ってたから、その影響だと思う」
「ったく、すぐ本やマンガの受け売りに走るんだから。誰に似たのやら」

昔の自分の事を遠くに放り投げておいて、ドアを開けて廊下を見ると、ドアをノックしようとしている晴と頭を抱えている光がそこにいた。

「「・・・パパ、ママ、建太おはようございます」」
「「光、晴、おはよう」」
「二人とも、おはよう・・・って、朝っぱらから何やってんの?」
「パパと建太が浴室を占領してるから、無血開城してもらおうかと思って」

無血開城って、どこからそんな言葉が出てくるのよ?私の横では真さんと建太が苦笑している。
男性陣はさて置いて、私は二人の娘に視線を転じた・・・着替えを持っているって事は、また朝シャンするつもりね?
私が朝シャン始めたのは中学生の頃なのに、目の前にいる私と姉キに似た娘は小学生に入る前から実行中。
二人も汗っかきだからしょうがなかったけど、朝シャンと言っても普通の入浴時間並みに浴室に入ってるのよねえ、この娘たちは。

「また、朝シャンなの?別に良いけど早く出なさいよ?この前みたいに登校時間ギリギリまで入ってる事のないようにね」
「「はーい」」

威勢の良い返事を残して脱衣所に入ったのを確認した私はドアを閉めた。無論ドアには【使用中】の札が掛かってる。

「建太、早く学校へ行く支度をして食堂に来なさい。真さんも出勤の準備をして食堂にね」

『うーん、テキパキと指示を出す主婦な私って格好良いわねっ』

悦に浸っていた時、ある事を思い出した・・・今日の仕事の予定って何だったかしら?

「ま、真さんっ。今日の予定って何だったか教えて〜」

慌てて真さんの後を追う私・・・こうやって我が家の一日は始まる。同じ事を幾度となく繰り返しながら―――



終わり




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