Hot Night



by槇野知宏様



 四月のある日の夜、アタシが夕食の後片付けを終えた時、リビングルームから騒々しい声が聞こえてくる。

『はぁ・・・またや』

そう思とったら、案の定、娘の和華(わか)が足を踏み鳴らしながらリビングから出て来た。

「和華、またかいな?」
「そうや。お父ちゃんとマサが、またテレビ占領しとんねん」

“マサ”というのは和華の双子の兄・礼儀(まさのり)の事。
息子本人はこの別称を嫌がっとんのやけど、家族だけでなく友達(東京方面を含む)には略称で通っとる。
まともに“礼儀”と呼ぶのは、お父ちゃんコンビに大滝ハンを筆頭とする大阪府警捜査一課の面々、そして平次とアタシが説教をする時だけや。
四月と言えばプロ野球開幕シーズン。根っからのタイガースファンである平次とマサがテレビを独占してしまうため、アタシたちは見たい番組を見れない立場に追い込まれとんねん。

「・・・あの二人にも困ったもんやねえ」
「アタシも頭きたさかい、お父ちゃんたちの後頭部に肘鉄かましたったわ」
「アンタなぁ、無闇に人をどついたらアカン、って、いつも言うてるやろ?」
「言う事聞かへん二人が悪いんや。それに昔から、ホトケの顔も三度まで、って、言うやん?」

『アタシも気ィ強い方やけど和華も相当のもんやで。やっぱ、精神修行、と、称して、合気道習わせたんがマズいんかなぁ』

娘の言葉にそう思たんやけど、口にしたんは別の事。

「ま、二人ん事はお母ちゃんにまかしといて、和華はお風呂に入っとき」
「ホンマ、大丈夫なん?あの二人、中継終了まで動こうとせえへんで、きっと」

そう言うて和華はお風呂の準備をするために二階へ上がって行ったが、アタシは腕組みして考え込んだ。

「あの子の言うとおりなんよねえ・・・それにしても平次たちもいい加減にして欲しいわ」



「よっしゃ、ええストレートや。ゲッツ、腰引けとるで?」
「アホンダラ!そんなヘッピリ腰で○見のストレート打てる思とんか」
「よっしゃーっ、三振や!やっぱ能○はトラのエースやで。そう思わへんか、オトン?」
「当然や。昔やったら“右の村山、左の江夏”やったけど、今は○見と○田で決まりやで」

そんな事を言いながら平次とマサは野球中継に釘付けや。中継内容は言わずと知れたタイガースVSジャイアンツ戦。
テレビに映し出される選手の動作一つ一つに一喜一憂とする二人を見とると、息子はともかくダンナは子供と変わらへん。
これが府警や近畿管内の警察署で“鬼平”と、称され畏敬されとる警部補殿とは思えんわ。
半ば甲子園球場のライトスタンドと化したリビングのテーブルには缶ビール、スポーツ飲料、そして応援グッズの定番・メガホンが置かれとる。

「いやあ、声枯らして応援した後に飲むスポーツ飲料は格別や・・・オトン、ビール一口飲ませてんか?」
「何やと?おいマサ、冗談言うんも大概にせえ。未成年の飲酒を現職の警察官が許す思とるんか?」
「別にええやん。タイガースも勝っとるんやからバチは当たらへんで」
「・・・んな事やったら府警の道場で腰立たんようにシバきまわして、そのまま留置場に叩き込んだるさかいな」
「それは殺生やで。オトンのシゴキは天下一品やからなぁ」

『やっぱ親子なんやねえ、全てが平次に似とるわ』

延々と親子マンザイを続ける二人を見ながらアタシは思うんも無理はない。
子供の頃から府警の道場に通わせとるお陰で、その腕は同世代の子供より数段上・・・そら、並の大人でさえ根を上げる平次のシゴキに耐えとるんやから当然やわ。
ここまでは何も言う事あらへんけど、問題は何か事件があれば平次の後について現場を徘徊する事や。
ブツブツ言いながら現場に連れてく平次にも問題があるんやろうけど、大滝ハンらはマサが来る事を歓迎しとるから余計に腹立たしい。
この件に関して平次、大滝ハン、そしてお父ちゃんに文句言うたんやけど、全く聞く耳持たへん。

「別にええやんけ。マサかて事件解決に少なからず貢献しとんのやし」(平次)
「和葉ちゃんの言い分も分かるけど、礼儀くんも事件解決に一役買っとるし、何か昔の平ちゃんを思い出してしもうて」(大滝ハン以下捜査一課の面々)
「ま、これも服部家の血筋やからしゃあないわな。それにしても礼儀くんの将来が楽しみやで」(お父ちゃん)

大のオトナ、それも現職の刑事と近畿の全警察署を統括管理する近畿管区警察局長が何考えとんのや!
そらマサは並の子供より性根はあるけど、子供なんやから危険がつきまとう事件現場に連れてってどないすんねんっっっ!!!
そーいや、蘭ちゃんも同じ事言うてたなぁ。息子の亮治くんが工藤くんと一緒に事件現場へ行ってるって。
蘭ちゃんの話やと、工藤くんも小さい頃から父親に連れられて事件現場へ顔出してたって・・・お父ちゃんの言い分やないけど、血筋ってヤツかいな。
あ、そんな事より平次とマサをどーにかせんとアカンわ。アタシが二人に声をかけようとした瞬間、マサと平次の声がリビングに響く。

「ドアホ!ウナギイヌにホームラン打たれてどないすんねん!!」
「ツーアウトから打たれるな、ってのが、常識ちゃうんかい、ボケ!!!」
「ウナギイヌごとき抑えんかいっ!!!」
「腕の振りが悪いからチェンジアップがど真ん中行っとんねん!ちったあ反省せえ!!」

アンタ等、口の悪い野球解説者か?平次に至っては腕の振りを実演しとるし。
二人は苦虫を噛み潰したような表情でテーブルの飲み物を口にしたところでアタシの存在に気付いた。

「オカン、どないしたんや?」
「アンタ等なぁ、応援するんはええけど、もっと静かに応援出来ひんの?前も言うたけど一つしかないテレビをアンタ等二人が占領してどないすんねん?」
「タイガース応援しとったら、関西人の血が騒ぐんやからしゃあないやんけ」

口元にビールの白い泡をつけた平次が言いワケらしからぬ事を言うてる時、またしてもマサの声がリビングにこだまする。

「よっしゃ―――っ、勝ち越しホームランや!さすが○井弟や!!!」
「何っ、勝ち越したんか?和葉、話は後にせえ・・・よっしゃ―――っ、ブラ○ルもホームランや」
「二者連続か・・・頼むでアニキ・・・よっしゃ―――っ、三者連続バックスクリーンや」

アタシの存在すら忘れたかのように応援する二人・・・この時、アタシの中で何かがキレた。

『ほぉ・・・アンタ等がそーいう態度取るんや?そないな態度を取るんやったら実力行使しかあらへん』

呼吸を整え、精神を集中しつつ、二人の背後へ回り込む。目の前にいるアホ共はテレビに夢中で全く気付いとらへん。

「よっしゃあっっっ!これがタイガースの戦い方っちゅーもんや!」
「何が“史上最強打線”や!!四番バッターを掻き集めただけのチームで野球が出来る思とんかい?それやったら全世界のプロ野球チームと戦って全勝してみんかい!!」
「“史上最強打線”より“史上最低中継ぎ投手陣”の看板がお似合いやで?“史上最強打線”の看板はタイガースが頂いたるわ!」
「マサ、あんなネーミングセンスのない看板はいらへんわ。タイガースは昔っから“猛虎ダイナマイト打線”って、相場が決まっとるんや!!!」

普通やったらアタシの気配を察知して振り向いとんのやろうけど、このアホ共は・・・心の底から怒りが湧き起こって来おったで。

「あ、アンタ等なぁ・・・いい加減にしときや―――っ!!!」
“ミスターフルスイング”ばりの高速ハリセンを平次の後頭部に炸裂させ、反動で回転した状況を利用してマサの後頭部にハリセンを命中させると、二人はたまらずリビングのテーブルに突っ込んでしもた。

「「な、何すんねん?」」
「何すんねん、じゃあらへん!アンタ等、人が下手に出てればいい気になりおって・・・さっさとゴミ片付けてお風呂へ行ってきいや!!!」
「オカン、今からアレ歌わなアカンから、それは無理や」
「そうやで?試合に勝ったらアレを歌う、これが真のタイガースファンちゅーもんや?風呂は別に逃げるワケないんやから後でもええやんけ」

アレとはタイガースが試合に勝った時に何処の球場だろうとお構いなく歌われてる応援歌の事や(ちなみに平次とアタシの携帯の着信音にもなっとる)
不服そうにぼやく亭主と息子に対して、アタシは穏やかそうに言うてやった。

「・・・平次、礼儀、もう一遍言うで?ここ片付けて、お風呂に入ってきいや・・・あと一〇秒以内で実行せん時は、どーなるか分かっとんのやろね?」

笑顔を浮かべて言いながらハリセンを目の前にちらつかせたら、男共の顔から血の気が引きおった。

「「は、はい、素直に実行させていただきますっ!!!」」



 二人がお風呂へ行った後、アタシはソファに座ってテレビのチャンネルを変えたけど、何処もおもろい番組やっとらへん。
何や、つまらん、と、呟いて缶ビールに口を付けた時、和華がお風呂から戻って来た。

「お母ちゃん、また二人をハリセンでシバいたん?」
「言う事聞かん時はな、あれが一番ええねん。もっとも最後の手段やけど」
「さよか・・・で、どっちが勝ったん?」
「そら決まっとる。タイガースの勝ちや」
「ホンマ、タイガースは強いなぁ。それに比べてジャイアンツは・・・」

アタシの隣に座る和華にスポーツ飲料を渡してやる。

「マサの言い分やないけど“史上最強打線”より“史上最低中継ぎ投手陣”の看板がお似合いやな」

そう言うた時、テレビから例の応援歌が流れてきて、女二人で口ずさんでしもうた。
これも関西人の性なんやろか、それともアタシをトラキチに仕立て上げた張本人が悪いんやろか・・・ま、タイガースが勝ったからええこっちゃ。
そうやないと、男共が朝っぱらから不機嫌なオーラを全身から出すもんやから気分悪うなんねん。



 ちょいとしたオマケ話
風呂場中に響くクシャミの音二つ。クシャミの発生源たる浅黒い肌を持つ父親と息子は互いに顔を見合わせる。

「オトン、どないしたん?風邪でもひいたんちゃうん?」
「そらオレのセリフや。マサこそ風邪ひいとるんちゃうんか?」

まさか自分の妻(母親)が噂しているとは思わない男二人は浴槽の中で腕組みして考えた結果、ある結論に達した。

『ジャイアンツファンの連中(東京方面在住の友人)が、オレに愚痴っとるんちゃうんか?』

そして同時に浴槽から立ち上がって、同じ事を叫んだものである。

「「よっしゃ、今から工藤(リョウ)を筆頭とするジャイアンツファンの家へ嫌がらせしたんでーっ」」

当然、実行にうつしたワケだが、妻(母親)に怒鳴られた挙げ句、再度ハリセン攻撃を食ったのは言うまでもない。





終わり



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