いつもの光景



by槇野知宏様



 マジックを成功させた瞬間、沈黙していた観客が一斉に立ち上がって大歓声を上げる。
それに応えていると、ステージ上に大勢の観客が押し寄せてオレを取り囲んだ。

『ミスター・ホクト。ユーはミスター・カイトを超えました。おめでとう』
「いや、当然の事です。父も息子に抜かれて本望でしょう」
『ミスター・ホクト。ユーは最高のマジシャンだ』
『ミスター・ホクト。ユー・アー・ナンバーワン』

『北斗、早く起きなさい』

口々に浴びせられる賞賛、そして母さんの声・・・って、何で母さんの声がするんだよ?
不審に思いながら差し出される手に握手をしていくと、今度は父さんの手を握っている。

「と、父さん?」

そうオレが呟いた瞬間、母さんの声が鼓膜に響き渡った。

「北斗、さっさと起きなさいっ!」

瞬間、オレを囲んでいた観客とステージが一瞬で消え去り、そのまま奈落の底へ落下―――そこで目が覚めた。


 そこはラスベガスのステージではなくオレの部屋。

「何だ、夢か。しっかし夫婦揃って息子の夢に出て来んじゃねーよ。目覚めが悪過ぎるっての」

ブツブツと呟きながら周囲を見渡すと、真っ先に飛び込んできたのは父さんの顔。

「よう、北斗。やっと目が覚めたようだな」

顔は穏やかだが、目つきが全く穏やかじゃないし、声もドスが利いてるんですけど。

「と、父さん・・・お、お早うございます」

ごすっ。

直後にゲンコツが脳天を直撃。そのままベッド上でうずくまる羽目になった。

「ようやく目が覚めたようだな・・・ったく、好き勝手めかしやがって」
「ってえなあ・・・寝言くらいで目くじら立てる事ねーだろ?」
「やかましい。さっさと起きねえオメーが悪いんだろうがっ」
「父親横暴!不当な暴力に対して、息子は断固戦ってやる」

ばきっ×2

オレと父さんの不毛な抗争(?)は、突然乱入したモップの一撃で強制終了と相成った。
視線の先には母さんが愛用のモップを構えた格好でオレたちを睨んでいる。

「二人して朝からショートコントをしないの!早く朝ご飯を食べないと片付けちゃうわよ?」
「青子、オレはオメーに言われてコイツを起こしに来たんだぜ?何も殴る事ねーだろ」
「オレだって父さんの不当な暴力に抗議してたのに、殴るのはお門違いだと思うけどな」

父親と二人で抗議するものの、オレと父さんの目の前に突き付けられたモップが母さんの返答。
ハッキリ言って、こういう時は逆らわない方がよい―――父さんとアイコンタクトをして互いに確認する。

「「い、いえ、何もありません。素直に言う事を聞かせて頂きますです、ハイ」」



 着替えてから、父さんと二人で一階へ下りる。

「オレを起こした母さんの声、父さんの口真似かよ。分かってたら起きなかったのに」
「お前だけじゃなくオレも青子の声で目覚めるようになってるからな。ま、それを利用しただけさ」

父さんの声帯模写は本人が喋っているとしか思えず、よくテレビで観るモノマネ芸人なんか目じゃない。
手品だけでなく、声帯模写、そして変装も超一流と言っても過言じゃないが、何故か母さんとお祖母ちゃんに弱いんだよなあ。
待てよ・・・父さんだけじゃなく、友人連中の父親は全員似たようなものじゃねーか?
オレやリョウ、マサたちも同じだよな。ま、オレたちの場合は父親がプラスされるけどね。
そんな事を考えながら、父さんの顔を見やると視線に気付いた父さんが声をかけてきた。

「どうしたんだ、北斗?」
「オレや父さんだけでなく、知り合い連中は似てるなと思ってね」
「家の権力者には逆らわない方が良いんだよ。それが家庭円満の秘訣さ」

ニヤッと笑いながら父さんとオレは食堂へ入ると、既にオレたち二人以外が朝食を摂っている最中だった。
食事を摂っているのは母さん、恭子、銀三祖父ちゃん、ジイちゃんの四人。

「母さん、祖母ちゃん、恭子、銀三祖父ちゃん、ジイちゃん、おはよう」
「「「「北斗(くん×二、お兄ちゃん、坊ちゃま)、おはよう(ございます)」」」」

挨拶を交わして指定席に着く。こうやって大勢で食べるメシって美味いんだよなあ―――もうそれだけでご飯が進むって感じで。
さて、今日の朝食の献立は、ご飯、味噌汁、漬け物、納豆、、アジのひらき・・・って、何でアジのひらき?
オレは魚が食べれない事はないが苦手にしている事は事実。まあ、血の味がするから、と、言って肉が食えない礼子よりはマシと思う。
アジを見た瞬間、即座に母さんを見やるが、逆に鋭い眼光を向けられる羽目になった。
ここで下手な事を言おうものならモップの制裁が待ってるのは確実で、マサんとこだったら問答無用で高速フルスイングのハリセンだろう。
何げに父さんを見れば、器用にアジの身をほぐし、お茶漬けにして食べているけど、魚苦手なくせによく食べるよ。
父さんに意味深な視線を向けると、朝っぱらに叩き起こされた時と同じ視線がオレに突き刺さる・・・コイツは覚悟を決めるしかない。
覚悟を決めたオレは父さんと同じようにしてアジを片付け、続いて納豆で一杯、最後は味噌汁と漬け物で一杯―――合計三杯のご飯を胃に収めた。

「ホント、北斗くんは良く食べるなあ」
「年齢的に食べ盛りだと思いますわ。快斗もそうでしたし」
「でも食べ過ぎじゃないのかなあ?」
「青子、昔から、食う子は育つ、って、言うんだから心配するんじゃねーよ」
「快斗坊ちゃま、それを言うなら、寝る子、だと思いますが」

オトナの会話を黙って聞きながらお茶を飲む。こーいう会話を黙って聞いてると面白いんだよなあ・・・感情を読んだりする勉強にもなるし。
頭の片隅では爪楊枝を欲しがってるけど、そんな事をやろうものなら待っているのは、両親のゲンコツ+モップor祖父母+ジイちゃんの説教。
以前、時代劇に出てくる俳優の真似をして爪楊枝をくわえていたらジイちゃんに怒られたものだ。

『北斗坊ちゃま、若いうちからそんな事をしてはいけません。くわえ楊枝はみっともないから止めた方がいいですよ』

怒る、と、言うより、注意を受けた、と、言った方が正しいのだけど、ジイちゃんは亡くなった盗一祖父ちゃんに付き人として仕えている。
今も父さんの付き人をしていて、付き人歴何年だろ・・・ま、オレの年齢より長い事は確かだ。

『成人した北斗坊ちゃまの付き人になるのが、この寺井の夢でございます』

それがジイちゃんの口癖。そうなると親子三代にわたる付き人になるワケだから、そうなったら、ギネスに申請しようかな、と、マジメに考えている。



 今日は休日なのでのんびりと過ごす。これが平日だったら母さんに追い立てられる(モップで脅される)ようにして登校しているはずだ。

「いや、休日は良いなあ。こういう時は寝て過ごすに限る」

礼子の父親みたいな事を言いながらベッドに寝転ぶ。下の階から父さんの声が聞こえるが無視していると部屋に恭子が乱入して来た。
お兄ちゃん、お父さんが呼んでるよ―――言うなり椅子に乗ったかと思うと、オレにダイビングボディプレスを敢行した。

「ぐえっ」

いくら幼稚園児、体重一五キロ未満といっても、高いところから降ってくるので結構キツイ。

「・・・オメーなあ、どこでそんな技憶えてきたんだよっ!!!」
「涼子お姉ちゃんが教えてくれたよ。お姉ちゃんが、お父さんを起こす時に使ってる、って、言ってたもん」

やっぱりそーかっ!今度、健介に会ったら断固抗議してやる!!慰謝料として缶ジュース二、三本は要求してやるっ!!!
激怒していたら父さんがオレの部屋をのぞきに来た。目が朝と同じ状態だったのは言うまでもないが。

「北斗、何やってんだ?暇だったらマジックの練習をするぞ?」
「暇じゃないよ。明日への英気を養うために休んでるんだけどさ」
「恭子。お母さんに、お兄ちゃんがまた寝てる、って、言ってきな」
「父さん、ちょっと休んでただけじゃないか。喜んで練習させて頂きますです」

即座に跳ね起きたオレは父さんの後について部屋を出ながら、ある事を考えていた。

『母さんの名前を出されると、つい条件反射で言う事を聞いてしまうなあ・・・ま、友人連中や父さんたちも似たようなものだけど』

平日と休日の違いはあるけど、オレにとってはこれが【いつもの光景】だ。




終わり




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