レディース・トークin居酒屋



By 槇野知宏様



 残暑が未だ残る九月のある夜。

都内にある居酒屋の座敷に四名の女性が集結していた。
傍から見ると“同僚または友人同士の飲み会”にしか見えないワケだが、全員職業が公務員というおカタイ職種の人たちである。
厳密に言えば、一名は警視庁捜査一課の刑事で、二名は同じく本庁交通課の女性警察官の先輩後輩、一名は都内にある小学校の先生。
お名前は、佐藤美和子、宮本由美、三池苗子、小林澄子という。
ちなみに今夜の飲み会は由美が決めたものであるが、彼女の内心は自分以外の三名(特に美和子)からコイバナを聞いて大いにからかってやろう、と(笑)
しかし現実は由美の思惑と違う方向へ突き進む羽目になった。

「「「「かんぱーい」」」」

当初は和やかな雰囲気で始まった飲み会だが、その雰囲気に風穴を開けたのは由美の一言だった。

「美和子、高木くんとは進展してんの?」
「わた・・・高木くん?な、何ともないわよ」

この時点で美和子以外の三名は“ある事”に気付く。咄嗟に言い直したものの、名前で呼びかけた、という事を。
彼女が同部署の年下の部下である高木渉巡査部長と付き合っている事は、本庁だけでなく近隣警察署では有名な話である。

「美和子、高木君が入院してた時に病室でキスしてたでしょ?」

由美が放った特大の爆弾に美和子は飲んでいたビールでむせそうになり、他の二人も驚いて美和子に視線を向ける。
な、何言い出すのよ・・・という声も力なく顔が赤くなっているところを見ると列記とした事実なのは誰の目にも明らかだ。

「佐藤刑事、凄いです」
「病室でだなんて・・・大胆です」

ここぞとばかりに苗子と澄子が賞賛(感嘆)の声をあげるが、その内心では、それぞれのお相手といつか必ず、と言う決意が込められていたりする。
その光景を横目に由美は美和子に徹底的に飲ませて、渉との恋愛進捗状況を聞き出そうと考え行動を開始した。

「美和子、これ飲んで落ち着きなさいよ」
「あ、ありがとう」

そう言って由美が美和子に渡したのはオレンジジュースみたいな色をした飲み物であったが、これが罠であった。
一見すればオレンジジュースだが、その正体はスクリュードライバーと呼ばれるカクテル―――所謂アルコール。
このカクテルはアルコール度数の高いウォッカをベースにしているが、ウォッカ自体は無味無臭なため、オレンジジュースを使って口当たりを良くしている。
そのため女性を無自覚なまま酔わせるのに適しており、別名を“レディキラー”と言われているほどだ。
由美から渡されたスクリュードライバーを一息に飲み干した美和子は、その口当たりの良さに同じものを立て続けに注文し始めた―――傍らで友人が小悪魔的な笑みを浮かべてる事にすら気付かずに。
四、五杯ほど飲んだ時、美和子の目が完全に酔っ払いのそれになったのを確認した由美はニヤリと笑い、二人のやり取りを見ていた苗子と澄子に声をかけた。

「二人とも、何か質問したら?」
「じゃ、じゃあ・・・佐藤刑事は高木刑事のどこが気に入ったんですか?」

苗子の質問は警視庁及び近隣警察署の美和子ファン男性職員または高木ファン女性職員の疑問である。
若く、しかもノンキャリアで警部補という地位にある美和子と、刑事としての才能はそこそこあるが風貌や態度から一部の職員に“ヘタレ”扱い(そこが良い、と言う女性ファンもいるらしい)されている渉。
学園ドラマ(マンガ)風に言えば“全校生徒に人気のある三年の生徒会長と入学したばかりの普通の一年生が恋愛している”ようなものだ。
アルコールで真っ赤に染められた顔でニッコリと笑うと、美和子は苗子にこう告げた。

「最初組んだ時は“やる気が空回りしてるな”と思ったけど、何事にも一生懸命に取り組む姿がイイのよね・・・初めて渉くんを意識するようになったのは彼からお説教された時」
「お説教ですか?」
「渉くんと知り合う前に私、片想いの同僚がいたんだけど・・・爆弾事件で殉職しちゃってね。数年後に犯人を見つけた時、我を忘れて至近距離から発砲した事があるの」
「松田くんか・・・って美和子、至近距離から発砲したですって!?」
「その前に渉くんが私に飛びついたから弾は外れたけど、その後に“忘れちゃダメですよ。それが大切な思いでなら忘れちゃダメです。人は死んだら人の心の中でしか生きられない”って、渉くんが諭してくれてから・・・かな」
「うわ〜っ、高木刑事って語りますねえ」
「今じゃ、背中を安心して任せられる頼れる相棒・・・違うわね、半身ってトコかな」

ややしんみりとした雰囲気になってしまったので、由美は澄子に次の質問をするようジェスチャーで指示する。

「えーと・・・佐藤刑事は高木刑事とデートする時、どこに行きます?」
「アミューズメントパーク、野球観戦、ケーキバイキング、食事は居酒屋かラーメン屋か焼き肉。あと・・・プロレス観戦は必須ね」

プロレス観戦が必須?食事は居酒屋かラーメン屋か焼き肉?
澄子と苗子の頭に「?」マークが浮かぶが、これは美和子との付き合いが短いため、彼女の本質を分かっていないためだ。
二人の不思議そうな顔に気付いた美和子は、とろんとした目で二人を見つめる。

「私、堅苦しい何たら料理のフルコースって苦手なの。食事はお腹に入れば良いしね。プロレス技は犯人逮捕時の切り札だからDVD見るより、本物を見たほうが勉強になるのよ」
『アンタのは切り札を超越してる危険技だっつーの』

由美が内心でツッ込みを入れるが、美和子に聞こえるワケがない。

「あと渉くんと本庁の武道場を使って練習するんだけど、私は投げ技、落とし技と打撃技が得意で、彼は関節技と絞め技・・・勝負は紙一重って感じがイイのよね」

本庁や近隣警察署にいる美和子や渉のファンにしてみれば“武道場で二人っきり”というシチュエーションは羨ましい光景だろうが、現実は後頭部から落とされ、関節を極められ、頚動脈を絞められ、(グローブとレガース、各種パットは装着して)打撃技を食らう・・・
東都に展開する佐藤美和子(高木渉)ファンクラブの数は不明であるが、美和子が暴露した実戦さながらのスパーリングを目にした日には百年の恋も吹き飛ぶかも知れない。
ちなみに美和子と渉は逮捕術と柔道の腕は本庁でもトップクラスという評判である。特に美和子の低空高速で投げる裏投げ、渉の飛び付き腕ひしぎ逆十字固めは他の追随を許さないほど・・・と、由美は聞いた事がある。
デートしたり相手の事を名前で呼ぶのはともかく“相棒”“半身”と称したり、男女の垣根を越えて実戦さながらのスパーリングを行う自体、親密度がハンパない事を如実に表している。
由美は自分のグラスに入っていたビールを一息にあおると、友人に単刀直入に聞いてみた。

「美和子、チョット聞きたいんだけど・・・高木くんとヤッた?」

瞬間、澄子と苗子がむせた。
何とか落ち着いた二人が抗議しようとするのを由美が止める。

「由美さん。な、何で止めるんですかっ?」
「そ、そうです。こ、こんな場所で不謹慎ですっ!」
「あのねえ。あなたたちも意中のお相手とそうなるんだから、ここは後学のために聞いておいても良いんじゃない?」

動きの止まった二人の顔を見れば完全に真っ赤であるが、由美を妨害する気はないらしい。
妙齢の女性で意中の男性がいるとなれば、その手の話に好奇心が沸いてもおかしくはないだろう。

「で、どーなのよ。美和子?」
「ヤッたわよ・・・て言うか、食べちゃった」

食べた?
高木くん(刑事)に食べられた、の間違いじゃないのか?
誰もがそう思い、話を続けるよう促すと真相が分かった。
真実は渉の部屋でプロレスのDVDを観賞してた時に、技の入り方を実地でやってる最中にそのまま押し倒した、という状態だったようだ。
しかも二人とも酒を飲んでおり、殆ど覚えていなかったらしく。美和子の証言によると“痛いと思ったら気持ち良かったし”と言う事らしい。
初体験の記憶がウヤムヤだったのが彼女は相当悔しかったようで、次の週末はシラフで事に及んでようやく・・・と言った具合だった。
今では週末の度に渉の部屋で期間限定の同棲生活を営んでいるそうで、完全に酔っ払ってる美和子は当然のように週末の性生活をも暴露する。

「渉くんって、基本は優しいんだけど激しい時のギャップがたまんないのよねえ」
「渉くん、私の弱点ばっかり攻めるから、こっちも反撃しちゃうのよ。彼って胸とアソコが弱いんだけど、特にアソコを舐めてると何か切なそうな表情を見るのが好きなのよねえ」
「渉くんと繋がってる時に、彼の背中に手を回した時が一番幸せを感じるかな」

ここまで来れば完全な惚気話であり、三人は砂糖菓子を飲み込んだような胸焼けを覚えつつ放心状態である。
一方、週末の性生活を暴露した張本人はというとテーブルに突っ伏して動かなくなった。時折心地よい寝息が聞こえてくるところを見ると酔い潰れて眠ってしまったようだ。
その周辺にはスクリュードライバーが入っていたグラスが一〇個転がっており、よくもまあ飲んだものだ、と感心せざるを得ない。

「由美さん。佐藤刑事をどうするんですか?」
「ほっとくワケないでしょ。こーいう時こそ、美和子専用タクシーの出番ってヤツよ」

そう言って由美は携帯電話を操作して誰かを呼び出していたが、電話に出た相手と会話を始めた。

「あ、高木くん?・・・そう美和子絡みよ。チョッチ酔い潰れちゃってさあ・・・早く来てねえ」

取り敢えず支払いを終え、酔い潰れて眠っている美和子を由美と苗子が肩に担いで店を出た時、前のパーキングエリアに一台の乗用車が止まって運転席から渉が出てきた。

「あら、お迎えご苦労様」
「由美さん、どのくらい飲ませたんですか?」
「私はカクテルを一杯しか飲ませてないけど、あとは美和子が勝手に注文したのよ」
「了解・・・美和子さん、自宅へ送りますよ」

由美と苗子に担がれていた美和子の身体がピクリと動き、ゆっくりと酔眼を動かして渉を見つける。

「渉きゅぅん、迎(むきゃ)えに来てくれたにょ?」
「そうです。今からご自宅へお送りしますね」
「嫌!渉きゅんの部屋に泊まるの!!」

そう言って由美と苗子の肩から手を外し、渉の方へ歩いてるのだろうが、酔っ払ってるため当然足元はふらついている。
美和子の荷物を澄子から受け取り後部座席へ置いて振り向いた途端、渉は年上の彼女が自分に倒れ掛かるのを目にした。

「渉きゅぅん、抱き締(ち)めてえ・・・あにゃたの部屋で・・・やちゅみ明けまで・・・」

そのまま身体を渉に預けるようにして抱きつく・・・と言うより、殆どボディアタックである。
周囲に知人たちの目があるため躊躇した渉だったが、美和子をお姫様抱っこの要領で抱え上げて由美に告げた。

「じゃあ、連れて帰りますが、この件については内緒にしてて下さいね」
「ハイハイ。美和子が酔ってるからって別の意味で泣かすんじゃないわよ」
「は!?な、何ですか、それ?」
「美和子が全部バラしたわよ・・・週末限定の同棲って、美和子のお母さん知ってるワケ?」
「美和子さんは言ってないそうですが、感づいてるでしょうね。この間、ご自宅へ送って行った時に“早く孫の顔を見たい”って耳打ちされまたし」

会話をよそに美和子が年下の彼氏に抱きついて身を預ける様は、微笑ましく羨ましいものであった。
二人の世界を思う存分見せられた感のある三人の中で、澄子と苗子が携帯電話を操作し始める。

「もしもし、白鳥さんですか?小林ですが・・・今から宜しいでしょうか?」
「もしもし、千葉くん?三池だけど、今から暇?」

とっくに美和子と渉は帰った後であるが、電話でお相手と話す二人の周辺には“幸せオーラ”が漂っている。
それを見た由美は、今日はここでお開きね、と言って歩き出したが、内心では、自分も彼氏が欲しい、と思っていたのはいうまでもない。

「家でもう一回飲み直しね。もう今日はヤケ酒よっ!」

その声は夜の帳に小さく響いて消えていった。



FIN…….




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