神社にて



by槇野知宏様



 職場で高木渉警部補と佐藤(現姓:高木)美和子警部こんな会話をした事がある。

「ふうん・・・白馬くんのところは七五三とお宮参りが一緒なんだ」
「上の子が三歳、下の子が先月生まれたばかりですので。イギリスだったら行かずに済んだ話でしょうけど」
「まあ、郷に入りては郷に従え、って言葉があるからね。うちの子のお宮参りの時なんか大変だったよ」
「そうそう。二人で休暇を申請してたのに呼び出し食らって、健介とお母さんたちを家に取り残して出勤だったから」
「お宮参りに行く途中と帰ってから説教。あれにはホント参ったよ」
「それは災難でしたね・・・で、七五三の時期は大幅に過ぎてるから大丈夫でしょうか?」
「昔は一一月一五日って言われてたけど、今は両親が多忙だから日にちが前後するのは当然らしいね」
「法律や条例に、一一月一五日に必ずやれ、って書かれてないんだから違反にはならないわよ」



 ふとそんな事を思い出しながら、人影まばらな神社の玉砂利の上を歩く。

「どうしたんですの?探さん」
「いえ、何でも無いですよ」

そう言いつつ、自分が抱いている先月生まれたばかりの仁貴(ひとき)を見る。
お宮参りとは、土地の守り神である産土神(うぶすながみ)に赤ちゃんの誕生を報告し、健やかな成長を願う行事の事だ。
昔は神社に参拝して新しい氏子(うじこ)として産土神の祝福をうける行事とお産の忌明けの儀式という意味合いが強かったらしい。
ただし今では無事に生まれた感謝と健やかな成長を願う行事となっている事が多いらしい。

「仁貴も大きくなりましたね」
「たかが一ヶ月、されど一ヶ月、ですわ。礼子の時もそうだったでしょ?」
「確かにそうでした」
生まれた直後の我が子を抱いた時は、軽い、と思ったものだが、今では抱き上げるたびに腕に圧し掛かる重さに成長を感じている次第である。
知り合いや友人に話を聞いても同じような答えが返ってくるが、誰とは言わないが親バカ的意見もあるのも事実だ。

「ねえ、父さま。これ歩きづらい」

紅子さんと手を繋いでいた礼子の声に頷かざるを得ない。この子にとっては生まれて初めての着物だから歩きづらいのは当然だろう。
黒羽くんや木さんのところは先だが、工藤くん、服部くん、鈴木さんのところは今年が初めての七五三だったらしい。

七五三とは、三歳、五歳、七歳という子供の厄年を節目ごとに祝ったのが始まりとされる。
三歳の男女は「髪置き:髪を伸ばし始める」
五歳の男子は「袴着(はかまぎ):初めて袴をつける」
七歳の女子は「帯解き:帯を使い始める」
昔は宮中や武家の行事だったようだが、明治時代になって現代の七五三として定着したらしい。

「あと少し我慢しなさい。紅子さんだって我慢してるんですからね」
「探さん、着物って歩きづらいですわね」
「紅子さん、間髪入れずにそんな事を言わないで下さい」
「冗談よ。礼子、私も我慢してるんだから我慢しましょうね?」
「はい、分かりました」

二人の会話を聞きながら、紅子さんの着物姿というのも良いな、と思う。考えてみれば僕自身、彼女の着物姿を見るのは初めてだ。

「あなたの着物姿ってのも、なかなか新鮮ですね」
「誉めてもらって嬉しいですけど、来月のお小遣いは増えませんわよ?」
「別にお小遣いアップは要求してません。僕は本音を言っただけです」
「父さま、私は?」
「礼子も綺麗ですよ」

ここで話が終わるなら良かったのだが、子供というのはとんでもない質問をして来る事が多い。礼子がまさにそれだった。

「じゃ、私と母さま、どっちが綺麗?」

この質問に詰まったのは言うまでもない。こんな質問されては誰だってうろたえるに決まっている。

「あら、東の白馬、西の服部、と、警察関係者の中じゃ評判の探さんが何をうろたえてるのかしら?それに私も聞いてみたいですわ」
「紅子さんまで何を言うんですか」
「ねえ、どっちなの?」
「どっちかしら?」

これが、工藤くん、服部くん、黒羽なら対応策はあるが、自分の妻と娘には下手な事は言えない。
紅子さんもそうだが、特に幼い礼子は多感な時期だから下手な事を言って、傷つけたり怒らせでもしたら話にならない―――答えづらいので戸惑っていたら二人が顔を見合わせて笑っていた。

「礼子、もう止めましょう。探さんが困ってらっしゃるわ」
「紅子さん、どう言う意味ですか?」
「いつも沈着冷静な探さんの困ってる表情が見たかっただけですわ」
「父さまの事だからいろいろ考えると思ったからです」

小悪魔めいた表情で平然と妻と娘に言われて僕は肩を落とす。最近は二人して家の地下室で赤魔術の練習に余念がない。
礼子が紅子さんに似るのは構わないが、紅子さん化しないで欲しいと思うのは父親として複雑なところだ。
視線を落としたところに仁貴のそれと合ってしまい、言葉を理解しないのは分かっているのにボヤいてしまう。

「仁貴だけは、こういう大人にならないで下さいね」
「父さま、早く早く」
「探さん、先に境内に行ってますわよ?」

僕の呟きは、紅子さんと礼子の声にかき消されてしまった。




終わり



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