帰り道



by槇野知宏様



 三週間ぶりに日本の土を踏んだ。
別に失踪や海外逃亡していたわけではなく、アメリカ・ラスベガスで行われたマジックショーに参加していたのだ。
ガキの頃から歩いた道、見慣れた風景、鼻腔をくすぐる匂い・・・日本に帰って来たな、と思う。
アメリカの空港で家に電話をかけた時、青子とこんな会話を交わした。

『じゃ、気を付けて帰ってきてね』
「それはパイロットに言ってくれ」
『成田まで迎えに行ってあげようか?』
「あのな、迎えに来てもらうトシじゃねえよ」
『久しぶりに日本食が食べたいでしょ?腕に選りをかけて魚料理作っておくから』
「それだけは勘弁してくれ」
『ダメよ。快斗がそうだから、北斗も魚嫌いになるんだからね』
「へいへい、分かりました」

 奥さんとの会話を思い出しながら苦笑してしまう。
北斗もオレの魚嫌いが移ったようで、オレが魚料理を残すたびに青子と母さんの視線が痛い。
おかげで父親の威厳を保つため、息子の前ではガマンして食っている今日この頃である。
そんな事を考えていたら、家の近くにある空き地で息子を見かけた。
どーやら近所の子供を集めて即席のマジックショーをやっているらしく、拍手大喝采を浴びている。

「へっ、一人前にマジシャンを気取りやがって」

ついつい顔がにやけてしまう・・・ま、親バカと言われてもしゃあねえな。
北斗がオレに気付いたらしく、ショーを終わらせてオレのところに走ってくる。

「父さん、お帰り」
「よ、北斗。オレが日本を離れる前より少し腕を上げたんじゃねえか?」
「当然だろ。オレは天才マジシャン・黒羽北斗なんだぜ?」
「誰が天才マジシャンなんだ?調子に乗るんじゃねえよ」

苦笑しながら北斗の頭を軽く小突き、親子漫才をやっていると後ろから慣れ親しんだ声が聞こえた。

「快斗、北斗、何やってるのよ?」

声を聞けば振り返らずとも青子と分かる。それ以前に雰囲気で分かっていたのだが。

「見りゃ分かるだろ?親子のスキンシップに決まってるじゃねーか」
「親子のスキンシップと言うより、親子漫才の方が近いと思うけど?」

さいですか、と、呟いて思う。そーいや、帰国の挨拶してなかったよな、と。

「挨拶が遅れたけど・・・ただいま、青子」
「お帰りなさい、快斗」

言葉と同時に差し出した右手には1輪のバラの花、それを見た青子の表情が緩む。

「嬉しいんだけど、青子、両手塞がっているのよねえ」
「しゃあねえな、持ってやるよ」

青子の両手を占領した買い物袋を見ながら、買い過ぎだろっ、と、ツッ込んだのは言うまでもないが、苦労している彼女を見てみぬフリなんぞオレが出来るわけも無い。
嫁の手から買い物袋を二、三個奪い取ったが、しっかりと魚関係が入った袋を避けたのは当然である。

「あのさ、工藤んとこの両親見てるみたいで恥ずかしいんだけど・・・ま、顔が似てるからしゃあねえか」
「北斗、オメーも少し手伝え」
「父さん、オレはお客様相手にマジックしてたんだぜ?その息子を捕まえて強制労働させるのは人の道に反するんじゃねえの?」
「北斗、お父さんは仕事から帰って来たばかりなのよ?親の言う事が聞けないのなら、あなただけ今日の晩ご飯は魚料理にするわよ?」
「母さん、それ児童虐待だろ?」

ったく、コイツはどこでこんなセリフを憶えてくるんだよ?どーせ、友達の影響だろうけどな。

「父さん、後でオレのマジック見てくれないかな?」
「別に良いけど、ド素人にバレるようなマジックじゃねえだろうな?」
「そんなドジは踏むわけねーだろ?」
「ほぉ・・・以前、ド素人にネタがバレたのは誰だよ?」

以前、北斗が同世代の子供相手にマジックを披露していて、一部の子供にネタがバレた事があった。
別に大勢の前で種明かしされたわけではないが、これはマジシャンにとって屈辱以外の何にでもない。

「あ、あれは相手が悪かったんだからしょうがないだろ」

ま、相手が工藤、平ちゃん、白馬んトコの子供だから相手が悪すぎると思うがな。

「バカ。相手が誰だろうとネタを分からないようにするのがマジシャンなんだよっ」
「さすが父さん、良いこと言うねえ」
「生意気言ってんじゃねえ。オメーが未熟だから言ってやってんだよ」
「二人とも、近所の迷惑になるから止めなさいっ!」

家族の声を生で聞かねえと、日本に帰った気がしねえよな―――青子の声を聞きつつ、オレはそう思った。



終わり




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