幸せへの架け橋



by槇野知宏様



 その日、オレが目を覚ますとリビングのソファの上だった。
何で、こんな所で寝てたんだ、と思って周囲を見渡すと机の上に並び立つビールの空き缶と酒の肴。
そして床で眠りこけている色黒男とマジシャン・・・言わずと知れた服部と黒羽である。

「そういえば昨夜はコイツ等と飲んでたんだよな」

 そう呟いたオレは体内に残ったアルコールを頭を振って追い払いつつ昨夜の事を思い出す。
昨夜、独身最後の晩飯を食おう、と考えていたところへ押し掛けてきたのが、この二人だった。

『独身最後やから飲み会やろうや』
『残りの三人にも声かけたから派手にやろうぜ』

 蘭は実家で自分の両親と食事、我が家の両親に至っては当日の朝に合流するので二人の意見に賛同したのだが、これがいけなかった。
途中から、黒羽が言う残りの三人―――京極さん、高木刑事、白馬―――が合流して飲み会が始まり、日付が変わるまでに三人は帰途に就いたが、服部と黒羽は居座って飲み続け現在に至っている。


 居間に漂うアルコールの匂いと我が身を襲う頭痛に顔をしかめつつ、オレは立ち上がって窓を開けた。
外から流れ込む生温い風とクーラーから出る人工の風が室内の酒精分を吹き飛ばしてくれるが、完全に匂いが抜けるには暫く時間が掛かるだろう。
ふと床に転がっている物体二名の様子を見るが、起きる気配が全くないので二人の背中に蹴りを一発ずつお見舞いする。

「「痛てっ・・・何するんや(だ)、工藤?」」
「やっと起きやがったな?この酔っ払い共が」
「工藤、自分元気やなぁ・・・もう少し寝かせてくれへんか?二日酔いで頭が痛いんや」
「式までには時間あんだろ?式場と蘭ちゃんが逃げるワケねえよ」

 不服(屁理屈)を並べ立てて床から動こうとしない二人に文句を言おうとした時、オレは居間の入り口付近から放たれる強烈な視線に気付いた。
そこにいたのは蘭、母さん、英理さん、和葉ちゃん、青子ちゃんの五人・・・表情は穏やかだが、その目つきは完璧に怒っている。

「「「新(一、ちゃん、一くん)どーいう事か説明して貰おうかしら?」」」
「これは・・・その・・・昨夜、男連中で飲み会やって・・・」

 弁解(言い訳)しつつも、オレは服部と黒羽を蹴り起こす。
高木夫婦直伝のGTSとかショットガン・キックや顔面蹴りよりはマシな背中への蹴りだ(やった日には、この二人は確実に結婚式への参加出来ないだろう)

「・・・何や工藤?もうちっと優しゅう起こされんのか?」
「・・・右に同じ。二日酔いに響くから蹴るのは勘弁してくれよ」

 ぶつくさと文句を言いながら上体を起こす二人は目が完全に覚めた状態じゃない。そこへ冷然とした二つの声が響く。

「「平次(快斗)・・・覚悟は出来とんやろな(覚悟は良い)?」」
「「・・・げっ、か、和葉(あ、青子)」」

 恋人の声を聞いた男二人の声が恐怖で引きつる。和葉ちゃんの手にはハリセン、青子ちゃんのそれにはモップが握られており、その直後―――

「「このアホンダラーっ!!(バ快斗ーっ!!)」」

 二人の罵声と共に専用の獲物で撃滅させられた西の学生探偵と元・怪盗が床に転がっていたのは言うまでも無く、オレたち三人は仲良く正座されられて女性陣に説教を食らったのはお約束である。



 服部と黒羽が引き摺られるようにして帰った後、オレは風呂場でシャワーを浴びて昨夜のアルコール分を完全に抜く。
サッパリとしたところで、用意された衣服に着替えリビングに向かうと、我が家の影の権力者たちがオレを一斉に睨みつけた。

「新一くん、やっとアルコールが抜けたようね?」
「まったく、式当日に二日酔いなんて聞いた事がないわよ」
「蘭ちゃん、こういう時に男を甘やかすとつけあがるから、ビシッと言っちゃいなさい。それがダンナをコントロールする方法よ」
「おい、母さん・・・」

 文句を言おうとしたら即座に睨まれて黙る羽目にになった。いくらオレでも、この三人に敵うワケがない。

「まあ、小五郎よりまだマシってとこかしらね。あの人ったら前日の飲み会で酔い潰れて式に遅刻しかけたんだから」
「そうだったわね。ウチも優作が式当日が締め切りだからって、前日に終わらせたんだけど八時間しっかり睡眠を取って式が遅れたのよねえ」
「そうそう。あの時は“花婿が行方不明”だの“逃亡した”って、噂が流れて、会場が騒然としたものねえ」
「その前例があったから様子を見に来たんだけど大丈夫だったようね」

 もし目が覚めてなかったら、和葉ちゃんと青子ちゃんに制裁を受けた服部や黒羽と同じ目にあってただろう。
本当に早く目が覚めて良かった、と思って蘭の方に視線を転じると、彼女はニッコリとしながらオレの耳元に囁く。

「新一、結婚したら飲み過ぎないようにしてね?」
「はい、真摯に受けとめます」

 蘭を筆頭とする女性陣には元々から逆らえないのだが、今回の事で完全に頭が上がらなくなった。
悪しき前例を作った父さんと小五郎さんが悪い、そう思わないでもないが、蘭に頭が上がらなくても良いさ、と思ったのも事実である。
考えてみればコナンになってた時も、探偵という仕事を始めてから迷惑をかけっぱなしだったから、彼女の言う事は聞かないとバチが当たるってもんだ。



 慌しく準備を終え、家の外で待機している英理さんの車に乗り込むと真っ先に母さんから声が飛んだ。

「新ちゃん、あれは持ってるんでしょうね?」
「ちゃんと持ってるよ。英理さん、確認お願いします」

 そう言ってオレは英理さんに婚姻届を渡した。記入欄の必要事項は全て埋めてあるのだが、初めて書いたワケだから記入漏れがあったらシャレにならない。
そこで専門家である英理さんに確認を頼んだのだが、暫く(と言っても三〇秒ほど)用紙を見ていた英理さんは、オレに用紙を戻したあと笑顔で頷いた。

「完璧よ。これなら市役所の担当職員は文句も言わず受理するわ。それじゃ市役所へ行くわよ?」

 車のエンジン音によって英理さんの最後の声は聞き取れなかったが、歴戦の“法曹界のクィーン”のお墨付きを貰ったのだから心の底からホッとしたものだ。

「それを聞いて安心しました。チェックしたけど不安だったものですから」
「婚姻届を見ている時の新一の顔って、完全な探偵の顔してたものね」
「それだけ真剣に考えてたって事だろ」

 蘭とそんな会話を交わしていると、オレの胃が抗議の声を上げた。
朝から何も食べていないから抗議のシュプレヒコールを上げるのは当然だろう。その音に気づいた蘭が持っていたバスケットを差し出した。

「和葉ちゃんたちから昨夜の事を聞いて、朝ご飯を食べる暇がない、と思って、おにぎり作ってきたの」
「そいつは有り難てえな。お茶持って来てるか?」
「当然でしょ。あとは日本茶・・・酔い覚ましにピッタリだと思うけど」
「サンキュ、蘭」

 カップに注がれたお茶をご飯と一緒に喉に流し込んでいると、母さんと英理さんの声が聞こえてくる。

「ねえ、有希子。何か二人のやり取りを聞いてると夫婦として完成された感があると思うのは気のせいかしら?」
「確かに英理の言う通りなんだけど、幼馴染生活二〇年近くで悟りえぬ事が結婚生活一週間で悟れるもの・・・新ちゃんと蘭ちゃんが良い夫婦になるのを期待しましょ」

 母親同士がそんな会話を交わしているうちに車は市役所へ到着した。



 市役所に婚姻届を提出すると、腕カバーをした担当職員がオレたちの顔を見てこう言ってくれた。

「おめでとうございます、お幸せに」

 たった一言だけであったが、その言葉の中に祝福や激励だけでなく、オレと蘭が法律的に夫婦である、という意味が込められているのが理解できた。
職員の方に軽く会釈して振り返ると、今しがた妻になったばかりのから柔らかい声が紡ぎ出される。

「新一、これからも宜しく」
「蘭、これからも宜しくな」

 言葉と同時に差し出される右手をオレはしっかりと握り締めた。
 




 終わり






 ためにもならないウンチク

ネタで出て来るプロレス技ですが・・・全部、あのプロレスマニア刑事のせいです(笑)
新一くんの脚力なら、いくら身体が頑丈な平次くんや快斗くんとて病院送りは免れないでしょう(爆)

 GTS
正式名は「go 2 sleep」(直訳すれば「お休みなさい」)
抱えた相手を自分の前方へ放り投げて、相手の顔面や顎、腹部を膝で蹴り上げる変形のニーリフト。
ちなみに相手の身体を反転させた状態で放り投げて延髄付近を膝で蹴り上げる裏GTSもある。

 ショットガン・キック
ロープに投げて戻って来た相手に走ってからジャンプして靴底で相手の顔面を蹴る、というかぶつける技。
日本では、ジャンピング・フロントハイキックと呼ばれる。
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