マーキング



by 槇野知宏様



 室内に鳴り響く携帯電話の着信音。
その音で眠気が吹き飛んでしまうのは刑事としての性であろう。
瞬間的に上体を起こそうとしたところ、優しい声が私の鼓膜に響く。

「もう少し寝ていても良いですよ」

ベッドサイドに腰をかけた渉くんが、そう言って私に顔を向ける。
私から視線を逸し、電話の相手と二言、三言と会話を交わす彼の背中を眺めながら、電話を掛けてきた無粋な人間を推理・・・する必要はないか。

「電話、本庁からでしょ?」
「ええ・・・その通りです」

電話を終えた彼に聞いてみると、やはり電話を掛けてきたのは本庁の人たち(工藤くん命名、本庁の愉快なおぢさんたち)だった。
二人同時の非番、前日も宿直無しと来れば、敵も私たちがデートするのを読んでいるはず。
工藤くんと蘭さん、由美に千葉くん、そして白鳥くんと小林先生の協力を仰いで、今回は二重、三重と手を打っておいた。
しかし、さすがは本庁の猛者だ、と、言いたいけど、こーいう事を犯人逮捕に生かせないものかしら。
でも協力者のみんなのお陰で、渉くんと有意義な時間が過ごせたのも事実である。


ふと微かな金属音に身体が反応し、私は枕に埋めていた顔を音のする方へ向けた。
真っ先に私の視界へ飛び込んできたのは、彼の背中に残された小さな引っかき傷。

『この傷、私がつけたのよね・・・ゴメンね、渉くん』

そう思って上体を起こすと、人差し指でその傷をなぞる。不意を突かれた格好の彼が身体を震わせて振り返ろうとするのを制して、私は彼の背中にある傷跡を舌で舐めた。

「あ、あの・・・美和子さん?」
「舐めたら治るって言うでしょ?・・・でも治らない方が良いかな」
「何故ですか?」
「“私だけのモノ”って、いう意味があるからよ」

そう言って私は渉くんの背中から舌を放し、彼の唇を自分のそれで塞いだ。。



終わり




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