匂い



by 槇野知宏様



 珍しく酔っ払った後輩くんを彼のアパートまで送る。

「ほら、渉くん。あなたの部屋に着いたわよ」

そう言って彼の懐からアパートの鍵を取り出して、ドアを開けると渉くんを部屋の中に押し込んだ。
暖房の利いていない部屋は肌寒く、今まで飲んだアルコールによって暖められた体内から少しずつ温度を奪っていく。
勝手知ったる部屋なので電気を点けて、暖房のスイッチを入れようとした時、渉くんの腕が私の動きを止めた。

「美和子さん。今日泊まっていってくれませんか?」

ここ最近、酔っ払うと彼はこういうワガママを言う。

「明日は仕事なんだから、同じ服装で行けるワケがないじゃない」
「そのためにオレの部屋に着替えがあるんじゃないですか」

私としては自堕落になるのが怖いけど、酔眼の中に光る彼の瞳(め)には逆らえない。

「だけど・・・」

じゃ、オレが決心させてあげますよ、と、言って、渉くんが正面から抱きついた途端、自分の動きが止まった。
そのまま私の首筋に唇を這わせながら、私の両腕の動きを封じ込める。

「良い匂いですね・・・1日中外を回っていたのに、何でこんな匂いがするんですか?」
「へ、変な事、言わないで・・・んっ」
「このまま寝てもいいですか?」

そう口にした渉くんの手が肩に触れた時、身体の奥底から体温が上昇するのを感じる。

「服が皺になるからダメ」
「じゃ、脱ぎます?」
「イ、イヤに決まって・・・」

その間に彼の両手は私の腹、胸、首などを行き交い、吐息が耳の後ろやうなじに吹き掛けられ、その度に身体から力が抜けて行く。

「どうしたんですか?オレは美和子さんの感じるところは一ヶ所も触ってませんけど」

その時、渉くんの視線と私のそれが至近距離でぶつかる。口元に笑みを浮かべた彼の瞳を直視していると、吸い込まれそうな感覚に囚われる―――私はこの一瞬の感覚が堪らなく好きだ。

「美和子さん・・・」
「ん、良いわよ・・・渉くん」

私の言葉が合図となり、夜は続いていく。



終わり




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