夏祭り
by 槇野知宏様
神社の境内の両側に並ぶ出店から漂う食べ物の匂い。
そして時折聞こえる囃子の音に祭りを楽しむ人々の声。
それらが五感を占領していくと同時に、子供の頃にタイムスリップしたような感覚に囚われる。
『そういえば、出店で売ってる食べ物を全部制圧しようと考えた事もあったよな』
子供の頃を思い出しながら境内を歩いていると、右手を急に引っ張られて現実に引き戻された。
「渉くん、どうかしたの?」
「すいません。チョット昔を思い出しただけっすよ。夏祭りに来るのも久しぶりなものですから」
「近所でやってるのは知ってたけど、仕事と重なったりしてたから行く事もなかったもの」
オレの腕を引っ張った美和子さんにそう答えると、ついつい彼女の服装に目が行ってしまう。
普段はビシッとした着こなしを見せるているが、今日は浴衣を着ているため、いつも何かが違う。
「歩きづらい」
「浴衣に着られてる感じがする」
事ある度にそう言っているけど、浴衣姿の彼女になかなか似合っている。
以前、着物姿の美和子さんを見た時は“キレイだな”と思ったものだが、この浴衣姿は何というか・・・身体のラインが艶めかしいというか・・・
『いかんいかん。何を考えてるんだ、オレは?』
内心で自分を叱りつけながら境内を歩いていると、ある出店の前で彼女の足が止まった。
「どうしたんですか?」
「へえ・・・このかき氷屋、けっこうシンプルね」
彼女が足を止めた出店はかき氷の販売をしており、店先に五種類のシロップが置かれている。
最近はシロップの種類が増えだして、ここに立ち寄る前に通ったかき氷の出店は一〇種類以上のシロップが置いてあった。
「オレが子供の頃と同じですね。佐藤さんもそうじゃないですか?」
「渉くんの言うとおりね。種類がゴチャゴチャあるよりシンプルが一番よ」
出店の前で雑談に耽ってたワケだが、彼女のの目が急に光を帯び出したのはオレの気のせいじゃない。
彼女がこういう表情を浮かべると“食べたいな”とか“この(プロレス)技、使える”と、いう意味である。
さすがに後者はあり得ないだろうから、前者であるのは誰の目から見ても明らかだ。
「かき氷、食べたいんですか?」
「そうなんだけど、お腹に入るかな、と、思ってるの」
「佐藤さん、この直前にタコ焼き、綿菓子食べてましたよね?」
「“デザートは別腹”って、言うから、別に良いでしょ?」
オレが何か言おうとする前に彼女は出店の人にかき氷を注文していた。
「おじさん、かき氷二つね。私はイチゴで・・・渉くん、何にする?」
「オレはハワイアンブルーでお願いします」
二人とも今日はデートかい、と白い歯を見せて笑ったおじさんが慣れた手つきでかき氷を作っていく光景を見てると、子供の頃に夏祭りに行ったら店の人がかき氷を作っていく様を真剣に見ていた事を思い出した。
終わり
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